日系ロシア人
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| 日系ロシア人 Японский Русский |
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| 総人口 |
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835人(ロシア国勢調査) |
| 居住地域 |
| モスクワ、ウラジオストク、サハリン その他ロシア各地 |
| 言語 |
| ロシア語、日本語 |
| 宗教 |
| ロシア正教、仏教、神道 |
| 関連する民族 |
日系ロシア人(にっけいロシアじん、ロシア語: Российские японцы)とは日本人の血を引いたロシアの市民である。
目次 |
歴史 [編集]
最初にロシアへ移住した日本人は江戸時代中期の漂流民の伝兵衛である。他にもロシア極東各地には日本人の漂流民が流れ着いたとされている。開国以降、ロシア極東との貿易が盛んになり、ウラジオストクは一大拠点となった。大正中期の最盛期にはウラジオストクに日本人街が作られおよそ6,000人、ハバロフスクには600人の日本人が生活していた。しかし、日露戦争をきっかけに多くは日本へ帰国をよぎなくされ、ウラジオストクの日本人社会は壊滅してしまう。
第二次大戦後、ソ連に侵攻・占領された南樺太に在住したおよそ40万人の在留邦人は引き揚げを強いられたが、朝鮮人やロシア人と結婚するなどして帰国できなかった人も少なくなく、サハリンには2001年時点で、残留日本人約400人が存在する。また、シベリアに抑留された70万人におよぶ日本人捕虜の中には、ウクライナ人となった上野石之助やカザフスタンの阿彦哲郎のようにそのまま残留しソ連へ帰化して生活してきた人も存在する。また、木村三浩による現地調査でグルジアのアブハジア共和国にもシベリア抑留者の子孫が在住していることが分かった。他にも、ロシアカルムイキア共和国に住む中川義照[1]のように、近年になりロシア残留孤児も多数存在することが確認された。このように、ロシアや旧ソ連地域の日系人については未調査のものも多く、日本人の子孫は相当数存在する可能性もある。
著名な日系ロシア人 [編集]
関連項目 [編集]
脚注 [編集]
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