ロマ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ロマ(Roma、単数形はRom)は、北インドのロマニ系に由来する移動型民族である。移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。
ジプシーとして知られた民族を、ジプシーはエジプト人という誤解から来ていること、及び、ジプシーという言葉が偏見、差別的に使用されていることなどを理由に、最近では彼等全体をロマ(その単数形のロム)と呼ぶようになっている。 ただし、ロマという呼称はジプシー全体を指すものではなく、ジプシーという言葉に差別的ニュアンスがまとわりついているという考えが、即すべてのジプシー集団に共通する見解でもないとされている。
ジプシーという呼び名は、「エジプトからやって来た人」という意味の「エジプシャン」の頭音消失したものと言われる。彼らの主流は、インドから移動してきたと考えられているが、非インド起源であることをアイデンティティとするジプシーとして、コソボ紛争で有名になったアッシュカリィやエジプシャンなどがある。
エジプシャンはアレキサンダー大王に従って移民したエジプト系の末裔を自称しており、それぞれがロマとは別のグループであることを主張する傾向がある。
目次 |
[編集] 歴史
彼等は西暦1000年頃に、インドのラージャスターン地方から放浪の旅に出て、北部アフリカ、ヨーロッパなどへとたどり着いた。旅に出た理由は分かっていないが、西に理想郷を求めた、などの説がある。彼らがヨーロッパに史料上の存在として確認できるようになるのは15世紀に入ってからで、ユダヤ人と並んで少数民族として迫害や偏見を受ける事となる。ただしユダヤ人ほどこの事実は強調されていない。
[編集] 皇帝ジギスムントの特許状
初期のロマは神聖ローマ皇帝ジギスムントにより巡礼者として帝国全土の自由な通行を許可されたと称し、いわゆる『皇帝ジギスムントの特許状』[1]を保証として各地を放浪した。しかし15世紀中頃には彼らに対する蔑視が始まり、とくにユダヤ人と彼らを同類とする風説が現れ、18世紀に至るまで広く流布した。1500年には神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世によって『皇帝ジギスムントの特許状』は無効であるとされ、ロマを殺しても基本的には罪に問われないこととなった。ロマが放浪する犯罪者の温床と考えられ、都市では彼らが現れたら教会の鐘を鳴らして合図し排撃した。
[編集] 領邦権力による定住化政策
1761年、オーストリアではマリア・テレジアとヨーゼフ2世の近代化政策の一環として、ロマの定住化が図られた[2]。これらは啓蒙主義に影響された、ある意味でロマへの差別をなくすことを目的とした人道的な同化策だった[3]が、定住や(ヨーロッパ人の考える)文化的な生活の押し付けとなり、ロマたちの拒否するところとなった。1773年にプロイセンのフリードリヒ大王がロマを隔離して定住させようとしたが、結局失敗している。
[編集] ナチスの絶滅政策
ドイツにおいてはナチスが政権獲得後の1935年に、ロマを「劣等民族」と見なす法律が施行された。ロマの選挙権は剥奪され、非ロマとの結婚禁止、商売の禁止、学校入学の禁止、ドイツ国内での移動禁止などが主な内容である。その後ロマは強制移住や強制労働政策の対象となり、収容されたロマには優生学的な観点から、強制的断種手術が行われた。 第二次世界大戦によりドイツの占領地域が広がると、ナチスは再び多数のロマを抱えこむことになった。ナチスが「最終解決策」と呼んだ政策で、ロマはユダヤ人と同様にホロコーストの対象とされた。正確な数は不明であるが、戦争中に約50万人のロマが殺害されたとされる。強制収容所への移送を待たずに現地で殺害されたものも多かった。ナチス親衛隊特別行動部隊「アインザッツグルッペン」が東欧の占領地域に派遣され、ユダヤ人、共産党員、ソ連軍捕虜とともに、多数のロマが殺害された。ナチスの被害にともなう戦後補償について、現在もロマはユダヤ人より不利な扱いを受けている。
[編集] 戦後のロマ
第2次世界大戦を経てロマの人口は減少した。社会主義体制となった東欧とソ連圏では、ロマの労働者化をすすめるために移動禁止令が制定された(ソ連1956年~ポーランド1964年)。これらはロマに定住を求める同化政策であり、政治家にまでなったものもいる。西欧諸国ではロマへの同化政策は採用されなかったが、国内のロマを少数民族とみとめて権利を与えることはなかった。例外的に社会主義国のユーゴスラヴィア(1974年)とハンガリー(1979年)が、ロマを少数民族と認定した。スイスでは、1926年から1972年まで政府の支援を受けた民間団体「青少年のために」が1000人以上の子供のロマを親元から誘拐し、施設に収容したり、スイス人の家庭へ養子として引き渡したりした[4]。 ドイツでは1995年に、ドイツ国籍をもつロマを少数民族と認定している。戦後の経済変動のなかでロマの生業は成立しなくなり、ロマの経済的な困窮は一段とすすんだ。
[編集] コソボ紛争
1999年のコソボ紛争では、コソボ地域内の少数派セルビア人住民に荷担されたとされるロマやアッシュカリィの一部が、報復を恐れて国内避難民化した。
[編集] 文化
- タロット(タロー)と呼ばれるカードを使った占い。但しタロットのロマ起源説は一部の神秘主義者が主張するだけであり、裏付けに乏しい。なお神秘主義者の間ではタロットの起源についてエジプト、ヘブライ、ケルトなどさまざまな説があるが、現在ではイタリアで玩具として考案されたのが始まりとする見方が有力である。
- フラメンコの原型とも言われる、独自の音楽、踊り。
- 旅芸人として重宝された。
- ブルガリアやセルビアなどでは、出生・洗礼・誕生日・聖名祝日(Именден)・結婚式などに際して、ロマが呼ばれて演奏する。
[編集] ロマの音楽
ロマの文化(芸能・生活)の一部であるロマ音楽は、現地の文化と相関関係にあり、歴史的に大きな貢献をしている。ルーマニア・ハンガリー文化圏、スペインなどの文化が際立って有名。ロマン派の作曲家の中にはロマ音楽に触発されて曲を書いたものもいた。リストの「ハンガリー狂詩曲」、ブラームスの「ハンガリー舞曲」(発表当時は編曲とされ、またハンガリー古来の音楽と混同された)、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」などである。
[編集] 砂漠祭り
毎年2月の満月の3日間、ロマ人の出身地とされるインドのジャイサルメールで行われるロマの祭典である。色々な旅芸人などが集まる。
[編集] 言語
詳細は「ロマ語」を参照
- ロマ語 - インド・ヨーロッパ語族とされるが、流浪した分だけあちらこちらの言語を取り入れている。
また、定住した各土地の言葉や、各地の言語を多く取り入れたクレオール言語を使っているグループもある。
[編集] 職業
移動型の人々の職業は、伝統的に鍛冶屋、金属加工、工芸品、旅芸人、占い師、薬草販売等だった。第2次大戦までの多くの国では、固定した店舗で開業することは禁止されていた。現在も基本的に移動生活を続けている、移動手段として自動車を用い、したがって職業も以前の馬の売買から、自動車の解体・中古車のあっせんなどに変化してきている。
[編集] 宗教
元々の宗教はヒンドゥー教だったと考えられているが、定住した土地での主流の宗教に改宗することが多い。すなわち、東ヨーロッパでは正教またはイスラム教、西ヨーロッパではカトリックかプロテスタントである。独特の神秘主義的な風習はあるが、それは宗教とは別と考えられている。
[編集] ロマの有名人
- 西欧
- カルメン・アマヤ (Carmen Amaya, 1913年11月2日 - 1963年11月19日)- フラメンコダンサー、歌手
- ラモン・モントヤ Ramón Montoya - ギタリスト。
- ジャンゴ・ラインハルト (1910年1月23日-1953年5月16日)- ベルギー出身のジャズギター奏者。
- チャールズ・チャップリンはアイルランド人とロマの血を引いている。
- リカルド・クアレスマ(1983年9月26日 - )- ポルトガル出身のサッカー選手。父方の家系がロマ。
- ヨハン・シュトラウス二世 - 父方がカトリックに改宗したハンガリー系ユダヤ人の家系、母方がロマといわれる。
- マリスカ・ヴェレス - 歌手(ショッキング・ブルー)。父がハンガリー出身のロマ。
- ピシュタ・ダンコー
- ジョルジュ・シフラ (ツィッフラ・ジェルジ、Georges Cziffra, Cziffra György)
- ツィンカ・パンナ(パンナ・ツィンカ(姓); Cinka(Czinka) Panna, Panna Cinková, 1711年-1772年)- 女流ヴァイオリニスト。 [2]
- ビハリ・ヤーノシュ (János Bihari, Bihari János)
- ベルキ・ラースロー (Berki László)
- ボロシュ・ラヨシュ
- ラカトシュ・ローベルト (ロビー・ラカトシュ; Roby Lakatos, Lakatos Róbert) [3]
- カイ・ヤグ Kalyi Jag(黒い炎) - ハンガリーのバンド。;http://www.amrita-it.com/kalyi_jag/index.htm
- ライコー Rajkó Zenekar(ジプシーの子供たち) - ハンガリーのオーケストラ。;http://www.rajko.hu/
- タラフ・ドゥ・ハイドゥークス Taraful Haiducilor, Taraf De Haïdouks - ルーマニアのバンド。
- ヨン・ヴォイク Ion Voicu - ルーマニアのヴァイオリニスト。
- ファンファーレ・チョカルリア - ルーマニア北東出身の世界最速を誇るジプシー・ブラスバンド。
- イヴォ・パパゾフ (1945年 -)- ブルガリアのクラリネット奏者。トルコ語を話すジプシーの出。
- アジス (Azis)ブルガリアのポップフォーク歌手。
- レイハン (Reyhan)ブルガリアのポップフォーク歌手。
- その他
- ユル・ブリンナー (Yul Brynner(Taidje Khan))- 俳優。母方ロマと自称するも彼自身が申し立てた伝記的事実には偽りが多く、1989年に彼の息子が出版した伝記によると、ブリンナーは父方がモンゴルとスイスの混血で母方がユダヤ系ロシア人の医者の娘だという。
- Andy McCoy
- ジプシー・キングス(ジプシー・キングス・ロス・レイエス)
- 1980年代後半に一世を風靡したワールドミュージックの第一人者。日本では発泡酒のCMに使われた「ボラーレ」が有名。
- ファイルーザ・ボーク(Fairuza Balk) - アメリカの女優。父方ペルシア人、母方ロマ。
[編集] 世界のロマ呼称
彼らは世界中に散在する事から様々な名で呼ばれる。これには「エジプトから来た」という意味を起源とするジプシー系と、昔ギリシャで「異教徒」を意味したアツィンガニ系の主に二系統がある。
ジプシーという言葉を物乞い、盗人、麻薬の売人の代名詞のように使う人間も多く、注意が必要である。また、ロマという自称を使わないグループも存在する。このため誤解・ステレオタイプ・偏見・無知を避けるよう十分な注意を払う必要がある。もともと流浪の民と定住者とでは、所有観念、勤労意欲や社会的規範の内面化の仕方において文化的に異なり、これが原因で居留地の住民との軋轢が生じ、これが積もり積もって誤解を形成したと考えられる。
- 英語 - ジプシー gypsy
- フランス語 - ジタン gitan、ボヘミアン bohémien、ツィガーヌ tzigane、ロマニシェル romanichel、マヌーシュmanouche
- スペイン語 - ヒターノ gitano
- ポルトガル語- ロン Rom
- オランダ語 - ジヘーネル zigeuner
- アフリカーンス語 - シヘーネル sigeuner
- ドイツ語 - ツィゴイナー Zigeuner、シンティ
- ハンガリー語 ツィガーニ cigány
- ルーマニア語 ロミ rromi、ツィガニ ţigani
- イタリア語 - ズィンガロ zingaro
- フィンランド語 - ムスタライネン mustalainen(近年は「romani ロマニ」とも)
- アラビア語 - ズット غجر
- トルコ語 - ファラウニ
- ロシア語 - ツィガーネ Цыгане(近年は「ロムィ」とも)
- ウクライナ語 - ツィーハヌィ Цигани(近年は「ロマ」とも)
[編集] ロマが登場する主要な芸術作品
古典に類する作品には古い固定観念・偏見が含まれている可能性もある。
[編集] 歌謡、民謡
- 『ジプシーがチーズを食べる』(コダーイ・ゾルターンによる民謡編曲)
- 『流浪の民』(ロベルト・シューマン作曲)
- 歌曲集『ジプシーの歌』(ドヴォルザーク作曲)
- 『黒い瞳』(ロシアの流行歌)
[編集] ヴァイオリン曲
- 『ツィゴイネルワイゼン』(サラサーテ作曲)
- 『ツィガーヌ』(ラヴェル作曲)
- 『ラプソディー第1番』、『ラプソディー第2番』(バルトーク作曲)
[編集] 管弦楽曲
- 『ガラーンタ舞曲』(コダーイ・ゾルターンによる編曲)
[編集] 吹奏楽曲
[編集] 演劇、歌劇
- 『ジプシー男爵』(ヨーカイ・モール原作、ヨハン・シュトラウス2世作曲)
- 『カルメン』(後述のメリメの小説によりビゼー作曲)
- 『イル・トロヴァトーレ』(ヴェルディ作曲)
[編集] 映画
- 『007 ロシアより愛をこめて』 監督:テレンス・ヤング(ジプシーキャンプが登場。主人公の007に協力する)
- 『スナッチ』 監督:ガイ・リッチー(作中の「パイキー」はロマの別称)
- 『ガッジョ・ディーロ』 監督:トニー・ガトリフ
- 『ベンゴ』 監督:トニー・ガトリフ
- 『ラッチョ・ドローム』 監督:トニー・ガトリフ
- 『ル・ジタン』 フランス映画、監督:ジョゼ・ジョヴァンニ
- 『ジプシーのとき』 ユーゴスラビア映画、監督:エミール・クストリッツァ
- 『黒猫・白猫』 監督:エミール・クストリッツァ
- 『鋼の錬金術師シャンバラを征く者』 アニメ 監督:水島精二
- 『ノートルダムのせむし男』(ビクトル・ユゴー原作)
- 『僕のスウィング』監督:トニー・ガトリフ
- 『恐竜グワンジ』監督:ジェームズ・オコノリー
- 『ジプシー・キャラバン』監督:ジャスミン・デラル
- 『耳に残るは君の歌声』監督:サリー・ポッター
- 『炎のジプシー・ブラス 地図にない村から』監督:ラルフ・マルシャレック
[編集] TVドラマ
- シャーロック・ホームズの冒険
- Dr.HOUSE シーズン3 #13
[編集] 小説
- 『カルメン』 (プロスペル・メリメ)
- 『まだらの紐』 (アーサー・コナン・ドイル)
- 『ノートルダム・ド・パリ』(ヴィクトル・ユーゴー)
- 『痩せゆく男』(スティーブン・キング)
- 『ドリトル先生シリーズ』(ヒュー・ロフティング)
- 『終わりなき夜に生まれつく』(アガサ・クリスティ)
[編集] 日本の歌謡曲
- 『ボヘミアン』(歌:葛城ユキ、作詞:飛鳥涼、作曲:井上大輔)
- 『謝肉祭』(歌:山口百恵、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童 )
- 『ジプシー』(歌:児島未散、作詞:魚住勉、作曲:馬飼野康二)
- 『ジプシー』(歌:西城秀樹、作詞:森雪之丞、作曲:鈴木キサブロー)
- 『ジプシー・クイーン』(歌:中森明菜、作詞:松本一起、作曲: 国安わたる)
- 『ロマの娘』(歌:志方あきこ、作詞:篠田朋子、作曲: 志方あきこ)
[編集] アニメ
- 『ビートルズ・カートゥーン』
- 『Blood+』
- 『ポルフィの長い旅』
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
- ロマの年表(英語版)
- ラウターリ(英語版)
- ロマ音楽(英語版)
- 熊芸能(英語版) - 熊や猿をつかう見世物と付随音楽。熊遣い、ウルサーリとも。
- エクソニム
- ファンファーラ
- クレズマー
- マイノリティ
- 少数民族
- ホロコースト
- イェニシェ
- サンカ - 「日本におけるロマ」と例えられることがある。
[編集] 外部リンク
- The Patrin Web Journal - Timeline of Romani(Gypsy)History (英語)
- Alin Dosoftei, Articles about the Romani people (英語)
- Ian Hancock, The Romani archives and documentation center (英語)
- Ashkali.org.YU (アッシュカリィのサイト) (英語・他)
- Notes on the experiences of a Slovak art teacher in a Romany school (英語)
- A cigányság/Gipsies (ハンガリー語)
- cigany.lap.hu (ハンガリー語)
- Invatamant pentru rromi-gipsy, gipsies (ルーマニア語)
- EUROPEAN ROMA RIGHTS CENTER
- Union Romani(スペイン)
- ロマの名称について
- 4.Tziganes - BLACK DUTCH (英語)
- Viscri(Deutsch-Weißkirch) (ドイツ語)
- 古館由佳子 http://www.ai-net.gr.jp/gypsy-vl/ - 日本人で、ジプシー風ヴァイオリンの名手。
- ROMA MIGRÁCIÓ
- Kállai Ernő: Cigányzenészek(ハンガリー語)
- Roma-Persönlichkeiten - ROMBASE Pädagogik(主にドイツ語圏のロマについて扱っている)
- List of Roma people

