断種

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断種(だんしゅ)とは、不妊手術(sterilization)のことであるが、優生学により、ある集団あるいは個人の血統すなわち種を断つという側面に重点が置かれた用語である。そのため「本人の意思を伴わない不妊手術」すなわち強制不妊手術 (compulsory sterilization)を指すことがある。優生手術とも呼ばれる。

断種は優生学によるため世界的に行なわれ、北欧における断種の強制が1997年にニュースで知られた。

断種あるいは強制不妊手術は、国際刑事裁判所ローマ規程第7条において、「人道に対する罪」の一つに規定されている。

2006年11月採択の性的指向と性自認に関する国際人権法に関するジョグジャカルタ原則の第3条では、トランスセクシャルの法的性別の変更の条件に不妊手術を強制されないことが明記され、欧州評議会も2010年に同原則に従い法的性別変更に手術を条件をしないことを求める勧告がなされた。[1]さらに2011年の国際連合人権理事会の勧告でも『他の人の権利を侵さない限り』法定性別と名の変更を容易にし不妊手術を強制しないことが明記された。これを受けて2012年5月にアルゼンチンで法的性別変更に関して手術の条件が撤廃されたほか、スウェーデンを始めとした諸外国でも同様の法改正の成立に向けた議論がある。2013年2月1日に、国際連合人権理事会の拷問及び残酷、非人道的及品位を傷つける扱いと刑罰に関する特別報告官は、とりわけ精神障害者に関する虐待や断種、女性器切除を含む医学的乱用と性的指向と性自認に由来する医学的乱用を取り上げ、ドイツやスウェーデンの裁判所の判決も引用して、性別変更に不妊手術や性別適合手術が必須とされることが、身体の不可侵性の侵害になり得ることを指摘している。[2]

日本[編集]

日本では遺伝性疾患をもつ患者に対する断種が1940年(昭和15年)の国民優生法で規定され、1941年(昭和16年)から1945年(昭和20年)の間に435件の断種が行われた。 1948年(昭和23年)に制定された優生保護法では、遺伝性疾患だけでなく、ハンセン氏病や「遺伝性以外の精神病精神薄弱」を持つ患者に対する断種が定められた。優生保護法に基づく強制的な優生手術は、1949年(昭和24年)から1994年(平成6年)の間に1万6千件に及んだ。 断種は男性にも女性にも行われたが、このうち7割は女性の断種であった。同意に基づく優生手術は80万件以上であった。 この優生保護法は1996年(平成8年)の改正で母体保護法に法律名が変更され、障害者およびハンセン病患者への強制的な優生手術に関する条文が削除されたため、現在では本人および配偶者の同意のない断種は禁止されている。

優生保護法第三条では、以下の場合本人及び配偶者の同意を得て医師が優生手術を行えるとしていた。

  1. 本人又は配偶者が精神病、精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性疾患又は遺伝性奇形を有する場合
  2. 本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が、精神病、精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性疾患又は遺伝性奇形を有する場合
  3. 本人又は配偶者がらい疾患(ハンセン氏病)に罹っているもの
  4. 妊娠又は分娩が母体の生命に危険を及ぼすおそれのあるもの
  5. 数人の子を有し、分娩ごとに母体の健康度を著しく低下するおそれのあるもの

ハンセン氏病患者に対する優生手術は1915年(大正4年)に始まり、後に優生保護法で法律的背景を得た。ハンセン氏病患者はらい予防法強制隔離され、療養所では妊娠した女性の妊娠中絶を実施し、また断種を結婚の条件としていた。中には医師の手によらず、看護師の手で手術されたこともあった。公表されただけでも男性2300人以上、女性1252人が断種をうけた。これらは「本人及び配偶者の同意」を得ていることにはなっているが、強制隔離された環境での同意がどれほど有効なものか問題になった。

脚注[編集]

  1. ^ Discrimination on the ground of sexual orientation and gender identity
  2. ^ Report of the Special Repporteur on torture and other cruel, inhuman or degrading treatment or punisgment (A/HRC/22/53), para 57-78

関連項目[編集]

外部リンク[編集]