リカルド・クアレスマ

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リカルド・クアレスマ Football pictogram.svg
Ricardo Quaresma - Inter Mailand (1).jpg
名前
本名 Ricardo Andrade Quaresma Bernardo
愛称 ハリー・ポッター、マスタング
スィガーノ
カタカナ リカルド・アンドラーデ・クアレスマ・ベルナルド
ラテン文字 QUARESMA
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 1983年9月26日(28歳)
出身地 リスボン
身長 173cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム トルコの旗 ベシクタシュJK
ポジション MFFW
背番号 7
利き足 右足
代表歴 2
2003- ポルトガルの旗 ポルトガル 24 (3)
2. 2009年2月2日現在。
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リカルド・アンドラーデ・クアレスマ・ベルナルド(Ricardo Andrade Quaresma Bernardo, 1983年9月26日 - )は、ポルトガルリスボン出身のサッカー選手ベシクタシュJK所属。ポジションはミッドフィールダーで主に左右のウイングとしてプレーしている。

優れたウイングプレーヤーを輩出するスポルティング・リスボンのアカデミーの出身(先輩にルイス・フィーゴ、後輩にクリスティアーノ・ロナウドルイス・ナニ)であり、切れのあるドリブル突破が持ち味のポルトガル期待のウインガーである。

ポルトガルでの発音はクァレズマかクァレジュマに近い。

目次

[編集] 経歴

スポルティング・リスボンのアカデミーの練習生を経て2000-2001年シーズンにBチームでデビューし15試合に出場。翌2001-2002年シーズンにはトップチームのメンバー入りを果たし、FCポルト戦でリーグデビューを飾ると中心選手として活躍(リーグで28試合出場3ゴール)、今シーズンのリーグとカップのダブル優勝に貢献。続く2002-2003年シーズンも31試合に出場し5ゴールで一躍脚光を浴び、シーズンオフにリーガ・エスパニョーラの名門・FCバルセロナに引き抜かれた。

2003-2004年シーズン、ACミランとのフレンドリーマッチでデビュー、1得点を挙げる上々のスタートを切り、序盤戦は4-2-3-1システムの右ウイングとして先発を任され、ロナウジーニョと共に大きな期待を寄せられたが、若さを露呈し満足のいくプレーは出来なかった。シーズン後半には4-3-3へシステムを変更し純粋なウイングではなくよりフォワード的な選手(ロナウジーニョとルイス・ガルシア)が起用される様になると先発出場の機会が激減した。フランク・ライカールト監督と起用法をめぐって対立し、シーズンオフにはデコとのトレードでFCポルトに移籍する事になった。リーグ戦では22試合に出場(内先発は11試合)し1ゴール。また、シーズン最終週で足の甲を骨折し、噂されていたEURO2004とU-21欧州選手権の両方に欠場することを余儀なくされた。

2004-2005年シーズンは32試合に出場し5得点(リーグ戦2位)、翌2005-2006年シーズンは29試合出場5ゴール。2005-2006年シーズンにはドリブルだけではなくクロスから多くの好機を演出しリーグのアシスト王となり、リーグとカップの二冠に大きく貢献した。活躍が代表監督・ルイス・フェリペ・スコラーリの目に止まり、2006 FIFAワールドカップの予選で招集を受け試合にも出場するものの、本大会のメンバー入りはならなかった。

インテルでプレーするクアレスマ(2009年)

2006-2007年シーズンにはリーグ2連覇を達成。自身も26試合に出場し6得点を記録し年間最優秀選手を受賞。技術的にも精神的にも成長を見せ、代表も継続的に呼ばれるようになり、左右のウイングとして先発出場も増えた。シーズンオフにはリーガ・エスパニョーラアトレティコ・マドリーや、プレミアリーグリヴァプールFCといったビッグクラブへの移籍も噂されたが残留し、リーグ3連覇とチャンピオンズ・リーグでの躍進を目指す事となった。

2008年8月に移籍期限ぎりぎりでイタリアの強豪インテルに1860万ユーロ(約29億3000万円)という高額な移籍金、加えてペレのトレードという事で加入した。「ビッググラブでプレーしたい」という本人の希望に加え、インテル監督に就任したモウリーニョが強く求めていた選手の1人であったことから大きな期待をかけられたものの、2008年度はポルト時代ほどの活躍は見せておらず、初めてのセリエAに大苦戦。そのため、ラジオ局のリスナーが選ぶイタリア年間最悪選手賞である「金のバケツ賞」を受賞、その後はチャンピオンズリーグの登録メンバーからも外れる等、イタリアでの挑戦は散々な結果となってしまった。

2009年2月冬の移籍市場で期限ギリギリでチェルシーFCにレンタル移籍するが、出場は数試合に止まり活躍は見られなかった。シーズン終了後にジェノアに放出されそうになるが本人が拒否し、インテルに復帰した。復帰後は引退したフィーゴが付けていた背番号「7」を引き継いだ。だがチームは三冠を達成したもののわずか3試合の出場に終わり、シーズン終了後にトルコのベシクタシュへ移籍金730万ユーロで移籍した。

[編集] 備考

[編集] 所属クラブ

イングランドの旗 チェルシーFC 2009(loan

[編集] 個人成績

クラブ シーズン リーグ 背番号 リーグ戦 カップ戦 欧州カップ戦 合計
試合 ゴール 試合 ゴール 試合 ゴール 試合 ゴール
ポルトガルの旗 スポルティング・リスボン 2001–02 スーペル・リーガ - 28 3 - - - - 28 3
2002–03 スーペル・リーガ - 31 5 - - - - 31 5
合計 59 8 - - - - 59 8
スペインの旗 FCバルセロナ 2003–04 プリメーラ 20 22 1 - - - - 22 1
合計 22 1 - - - - 22 1
ポルトガルの旗 FCポルト 2004–05 スーペル・リーガ 10 32 5 - - - - 32 5
2005–06 スーペル・リーガ 7 29 5 - - 6 0 35 5
2006–07 スーペル・リーガ 7 22 3 - - 8 2 30 5
2007–08 スーペル・リーガ 7 25 9 - - 8 2 33 11
合計 108 22 - - 22 4 130 26
イタリアの旗 インテル・ミラノ 2008–09 セリエA 77 14 1 - - 6 0 20 1
2009–10 セリエA 7 3 0 - - 1 0 4 0
合計 17 1 - - 7 0 24 1
イングランドの旗 チェルシーFC 2008–09 イングランドプレミアリーグ 18 4 0 - - - - 4 0
合計 4 0 - - - - 4 0
トルコの旗 ベシクタシュJK 2010–11 トルコ・シュペルリガ 7
合計
合計 210 32 - - 29 4 239 36

[編集] 獲得タイトル

2005年のクアレスマ

[編集] 代表

  • U-17欧州選手権優勝: 1 (2000)

[編集] クラブ

[編集] 個人

  • ポルトガル最優秀選手賞:2 (2005, 2006)
  • ポルトガル・ゴールデンボール:1 (2007)
  • ビドーネ・ドーロ:1 (2008)

[編集] 外部リンク


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