ケープレル・ラヴェラン・リマ・フェレイラ
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| 名前 | ||||||
| 本名 | ケープレル・ラヴェラン・リマ・フェレイラ | |||||
| 愛称 | ぺぺ、パブロ | |||||
| ラテン文字 | Pepe | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1983年2月26日(30歳) | |||||
| 出身地 | ||||||
| 身長 | 187cm | |||||
| 体重 | 81kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | CB | |||||
| 背番号 | 3 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2007- | 41 (3) | |||||
| 2. 2012年6月13日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ペペこと、ケープレル・ラヴェラン・リマ・フェレイラ(Képler Laveran Lima Ferreira "Pepe"、1983年2月26日 - )は、ブラジル、アラゴアス州マセイオ出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。レアル・マドリード所属。愛称はパブロ。
目次 |
来歴 [編集]
クラブ [編集]
地元のクラブであるコリンチャンス・アラゴアノのユースで育つ。18歳の時にポルトガルのCSマリティモと契約。2002–03にトップチームに昇格。アナトリー・ブイショヴェツ監督の信頼を得て複数のポジションで起用された。翌2003-04シーズンの開幕前にはスポルティング・リスボンへの移籍が浮上し、2週間に渡りスポルティングの練習に参加した。しかし、両チームが合意に至らなかったため、もう1シーズンの間、マリティモでプレーした。
2004年夏、100万ユーロとトネルら3選手とのトレードでFCポルトへ移籍。契約条項にはペペの将来の移籍の際には移籍金の20%をマリティモが受け取るという条件も含まれた。移籍初年度こそ出場機会に恵まれなかったが、コー・アドリアーンセが監督に就任した2年目以降はチームの主力に成長。攻撃的な3-4-3システムにおける守備の要としてプレーし、スーペル・リーガ連覇とタッサ・デ・ポルトガル優勝に貢献した。
2007年7月10日、移籍金3000万ユーロでレアル・マドリードに移籍し5年契約を結ぶ[1]。移籍1年目からセンターバックとしてイタリア代表のファビオ・カンナバーロらと最終ラインを形成し、スペイン代表のセルヒオ・ラモスが右サイドバックとしてプレーすることを可能にした。
2009年4月21日のヘタフェ戦で競り合った際に倒れたハビエル・カスケーロの脚と背中を蹴り、一発退場処分を受ける。同僚のイケル・カシージャスからも「クレイジーだ」と批判された[2]このプレーで、ペペは10試合の出場停止処分を科された。これにより、シーズンの残り6試合に加え、翌シーズンの最初の4試合も出場できないこととなった[3]。処分後、ペペは「なぜあんなことをやったのか覚えていない。今は人生で最もつらい時期だ。必要があれば引退も考えている」と語った[4]。
2009-10シーズンは出場停止が明けた10月のセビージャFC戦で復帰し、グティのフリーキックからレアル・マドリ-ド移籍後初得点も挙げた。しかし、12月に行われたバレンシアCFとの試合で右膝の前十字靭帯を断裂[5]。全治半年と診断され、残りのシーズンを棒に振った。
怪我から復帰した2010-11シーズンは、代表でも共にプレーしている新加入のリカルド・カルヴァーリョとセンターバックのコンビを組み、安定したディフェンスを見せた[6]。
これまでの実績を評価し、クラブは契約期間の延長交渉に入るが、年俸を巡って交渉が難航[7]。一時はマンチェスター・ユナイテッドFCやインテルが獲得に興味を持っていると報じられたほか[8]、ガゼッタ・デロ・スポルトはレアル・マドリードがユヴェントスFCのジョルジョ・キエッリーニに関心を持っていると報じた[9]。最終的にはセンターバックの選手として世界で6番目に高額な年俸400万ユーロで2015年まで契約を延長した[10]。
2011年4月に行われたエル・クラシコ4連戦では守備的MFとしてプレー。16日のリーグ戦、20日のコパ・デル・レイ決勝ではリオネル・メッシを徹底マークし、効果的な働きをみせた[11]。続くUEFAチャンピオンズリーグ準決勝ファーストレグでも着実に攻撃の芽を摘むが、後半にダニエウ・アウヴェスへのファールで退場処分を受け、その後の2失点によりチームは敗退。試合後、この判定は物議を醸した[12][13][14]。
代表 [編集]
2007年夏にポルトガル国籍を取得、9月8日のポーランド戦、並びに9月12日のセルビア戦でポルトガル代表に初選出された。EURO 2008ではポルトガル代表メンバーに選出され、初戦のトルコ戦で見事初ゴールを決めた。ポルトガル代表はベスト8に終わるも、ペペ自身は大会選定の優秀選手に選ばれるなど活躍を見せた。
2010 FIFAワールドカップでは、監督のカルロス・ケイロスにより守備的ミッドフィールダーとして起用された。
EURO 2012ではブルーノ・アウヴェスとともにCBを務め、全5試合にフル出場。準々決勝のチェコ戦、準決勝のスペイン戦では無失点に抑え、自身も大会通算でわずか2回のファールしか与えず[15]、デンマーク戦では先制点を挙げるなど高いパフォーマンスをみせ、2大会連続で大会選定の優秀選手に選ばれた。
なお、祖国のブラジル代表としては各ユース世代を含めて試合への出場経験はない。
プレースタイル [編集]
高いテクニックとポジショニングセンス、強いフィジカルを持ち、ボールカットに優れることから「足にはさみを持っている」と言われている[16]。そのボール奪取能力を買われ、本職のセンターバックでなく中盤の底として起用されることもある。
その一方で、2009年4月21日のヘタフェCF戦[17]、2011年9月18日のレバンテUD戦[18]、2012年1月18日のFCバルセロナ戦[19] など、異常としか言い様のない程の暴力行為をピッチ上で頻繁に繰り返すことが問題視されている。また、足の故障により戦列を離れることも少なくない。
エピソード [編集]
- 尊敬するディフェンダーはフェルナンド・イエロ、アントニオ・カルロス、リカルド・ゴメス[16]。
- スパイクも買う余裕のないほど貧しい家庭に育つが、彼が14歳の頃父親にアンブロの「スペシアーリ」を買ってもらって以来、今に至るまでずっと履き続けている。本人曰く、「今でも新品を手にすると、親父に初めて買ってもらった時のようにワクワクする」とのことで、「これからも絶対に手放せない」と語っている[20]。
所属クラブ [編集]
タイトル [編集]
- インターコンチネンタルカップ(2004)
- スーペル・リーガ - 優勝 (2005-06, 2006-07)
- タッサ・デ・ポルトガル (2005-06)
- ポルトガル・スーパーカップ (2006-07)
- リーガ・エスパニョーラ - 優勝 (2007-08, 2011-12)
- コパ・デル・レイ - 優勝(2010-11)
個人成績 [編集]
クラブでの成績 [編集]
| クラブ | リーグ | シーズン | 背番号 | リーグ戦 | カップ戦 | 欧州カップ戦 | 期間通算 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| CSマリティモ | スーペル・リーガ | 2001-02 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | |
| 2002-03 | 29 | 2 | 1 | 0 | - | - | 30 | 2 | |||
| 2003-04 | 30 | 1 | 2 | 0 | - | - | 32 | 1 | |||
| 通算 | 63 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 66 | 3 | |||
| FCポルト | 2004-05 | 7 | 15 | 1 | 1 | 0 | 5 | 0 | 21 | 1 | |
| 2005-06 | 14 | 24 | 1 | 4 | 0 | 5 | 2 | 33 | 3 | ||
| 2006-07 | 14 | 25 | 4 | 1 | 0 | 8 | 0 | 34 | 4 | ||
| 通算 | 64 | 6 | 6 | 0 | 18 | 2 | 88 | 8 | |||
| レアル・マドリード | プリメーラ・ディビシオン | 2007-08 | 3 | 19 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 22 | 0 |
| 2008-09 | 3 | 26 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 29 | 0 | ||
| 2009-10 | 3 | 11 | 1 | 1 | 0 | 6 | 0 | 18 | 1 | ||
| 2010-11 | 3 | 26 | 1 | 4 | 0 | 8 | 0 | 38 | 1 | ||
| 2011-12 | 3 | 29 | 1 | 7 | 0 | 9 | 0 | 45 | 1 | ||
| 通算 | 110 | 3 | 16 | 0 | 31 | 0 | 157 | 3 | |||
| 総通算 | 237 | 12 | 25 | 0 | 49 | 2 | 311 | 14 | |||
代表での得点 [編集]
| # | 開催日 | 開催地 | 対戦国 | スコア | 結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2008年6月7日 | 1–0 | 2–0 | UEFA EURO 2008 | ||
| 2 | 2009年9月9日 | 0–1 | 0–1 | 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 3 | 2012年6月13日 | 1–1 | 2–3 | UEFA EURO 2012 |
脚注 [編集]
- ^ AFP BB News (2007年7月11日). “レアル・マドリード ペペ獲得を発表”. 2009年11月1日閲覧。
- ^ カシージャスがペペに苦言goal.com、2009年4月23日
- ^ AFP BB News (2009年4月25日). “レアル・マドリードのペペ 10試合の出場停止処分”. 2009年7月14日閲覧。
- ^ Real Madrid's Pepe: I Have No Desire To Return To Footballgoal.com、2009年4月22日
- ^ サッカー=レアルのペペ、ひざ負傷で6カ月間欠場へReuters.com、2009年12月15日
- ^ yahoo!スポーツ (2010年11月9日). “レアル移籍で大活躍のカルヴァーリョ チェルシーは後悔?”. 2011年1月18日閲覧。
- ^ ペペ、契約延長が折り合わずに退団も?goal.com 2010年10月3日
- ^ ペペ、マドリーとの契約延長が進まずgoal.com、2010年12月8日
- ^ Luis Fabiano vuole andarseneIl Real punta Chiellini e Maicongazzetta.it
- ^ レアル・マドリーのペペ、2015年までの契約延長で合意スポーツナビ、2011年3月22日
- ^ クラシコ4連戦第1戦、現地紙の報道は?
- ^ 映像ではペペはアウベスに触れていないrealmadrid.com、2011年4月29日
- ^ 世界の報道:ペペのレッドカードは不当realmadrid.com、2011年4月29日
- ^ シャビ:「ペペ退場は正しい判定だった」goal.com、2011年4月28日
- ^ 全50人の選手を発表! Goal.com 50 - 20位 ペペ Goal.com
- ^ a b realmadrid.com. “DF 3 ペペ”. 2011年1月18日閲覧。
- ^ ペペに10試合の出場停止処分uefa.com 2009年4月24日
- ^ ぺぺ、レバンテ戦でまたも暴力行為goal.com 2011年9月20日
- ^ シャビ:「ペペの“ピストン”は酷かった」goal.com 2012年1月19日
- ^ 「ワールドサッカーダイジェスト」第300号より。
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