ダニエウ・アウヴェス

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ダニエウ・アウヴェス Football pictogram.svg
DanielAlves.JPG
名前
本名 ダニエウ・アウヴェス・ダ・シウヴァ
愛称 ダニ
ラテン文字 DANIEL ALVES
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
スペインの旗 スペイン
生年月日 1983年5月6日(28歳)
出身地 ジュアゼイロ
身長 173cm
体重 70kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 FCバルセロナ
ポジション DF/MF (RSB/RSH)
背番号 2
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
2001-2002
2002-2008
2008-
ブラジルの旗 ECバイーア
スペインの旗 セビージャFC
スペインの旗 FCバルセロナ
25 (1)
175 (11)
98 (10)
代表歴 2
2006- ブラジルの旗 ブラジル 53 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月22日現在。
2. 2011年10月11日現在。
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ダニエウ・アウヴェス・ダ・シウヴァDaniel Alves da Silva, 1983年5月6日 - )はブラジル出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダーミッドフィールダー

登録名やユニフォームに記された名前はダニ・アウヴェスである。

目次

[編集] 経歴

[編集] クラブ

ブラジル時代

少年時代はフォワードやミッドフィールダーとしてプレーしていたが、1996年、兄がプレーしていたジュアゼイロSCのU-13チームに加入し、サイドバックに転向した[1]。1997年にはジュアゼイロSCの監督とともにECバイーアの下部組織に移り、バイーアのU-17チームではマルセロ・シャムスカペリクレス・シャムスカの弟)からも指導を受けた[1]。18歳でプロ契約を果たし、2001年11月のパラナ・クルーベ戦でデビューすると、PKを獲得して勝利に貢献した。2002年シーズンには19試合に出場し、ブラジル全国選手権初得点も決めている。

セビージャFC

南米ユース選手権の活躍が認められ[2]、2003年1月にセビージャFCに移籍した。すぐさま主力として活躍し、2005-06シーズンのUEFAカップでは優勝を果たしてMVPを獲得した。2006-07シーズンは、リーグ戦開幕前に行われたUEFAスーパーカップFCバルセロナと対戦。相対するロナウジーニョの裏のスペースを激しく突く動きを繰り返し、チームの勝利に大きく貢献した。(この試合を観戦したイビチャ・オシムは、「ダニエウ・アウヴェスの動きがセビージャ勝利の要因となった」と発言している[3]

また、そのシーズンはリーグ戦でも11アシストを記録し、ダビド・ビジャと共にアシスト王に輝いた。

2006-07シーズン終了後、多くのビッグクラブが獲得に動くも、交渉はまとまらずに残留。移籍騒動が長期化したこともあり、2007-08シーズンの公式戦初出場はリーガ・エスパニョーラ開幕直後に行われたUEFAスーパーカップACミラン戦からとなった。キャプテンのハビ・ナバーロが全休したこともあり、キャプテンマークを巻き、チームのUEFAチャンピオンズリーグベスト16入りを支えた。

FCバルセロナ
ルビン・カザン戦でのアウヴェス(右)

2008年7月2日、FCバルセロナに移籍した。移籍金は2900万+600万ユーロとされる。この金額はバルセロナ史上歴代3番目に高い移籍金で、この夏の移籍市場でもロビーニョレアル・マドリードマンチェスター・シティFC)に次ぎ2番目に高い移籍金であり、サイドバックの選手としては当時史上最高額の移籍金だった。セビージャFCを離れる際の記者会見では涙を見せ、再び戻ってくることを誓った。

8月13日のUEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦のヴィスワ・クラクフ戦でデビューを飾り、8月31日のヌマンシア戦でリーグデビューを飾った[4]。2008-09シーズンはレギュラーとしてリオネル・メッシとともに右サイドから攻撃を展開。自己最多となる5ゴールを挙げるなど、バルセロナのリーガ・エスパニョーラ、UEFAチャンピオンズリーグ、コパ・デル・レイの3冠獲得に貢献した。ただし、UEFAチャンピオンズリーグ決勝のマンチェスター・ユナイテッドFC戦には累積警告により出場できなかった。

[編集] 代表

ブラジル代表でのアウヴェス
南アフリカW杯決勝トーナメント1回戦、チリ戦)

ECバイーアのU-17チーム所属時代にU-17ブラジル代表に選ばれた[1]セビージャFC移籍直後の2003年にはFIFAワールドユース選手権に出場し、決勝ではMFアンドレス・イニエスタやFWセルヒオ・ガルシアなどがいたスペイン代表を下して優勝した。

ドゥンガ監督の下、2006年10月7日アル・クウェートとの非公式戦でブラジル代表デビューすると、エクアドルとの親善試合で公式戦初出場。コパ・アメリカ2007のメンバーにも名を連ね4試合に出場した。決勝のアルゼンチン戦では代表初得点となるゴールとアシストを記録する活躍を見せ、ブラジルの連覇に貢献した。ドゥンガ監督のもとではマイコンが起用されることが多かったが、FIFAコンフェデレーションズカップ2009準決勝の南アフリカ戦では途中出場ながらフリーキックで値千金の決勝ゴールを挙げるなど結果を残している。

南アフリカワールドカップ後、マノ・メネーゼス新監督が就任して初となるアメリカ戦にはわずか4人のワールドカップ出場組のひとりとして招集され、後半の45分間はキャプテンマークを巻いた[5]

[編集] 所属クラブ

[編集] タイトル

[編集] クラブ

セビージャFC
FCバルセロナ

[編集] ブラジル代表

[編集] 個人

[編集] 脚注

  1. ^ a b c 「笑顔に隠されたストイックさ」ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2009年12月3日号、78-79頁
  2. ^ 「激闘の向こう側」、ワールドサッカーダイジェスト、日本スポーツ企画出版社、2007年5月17日号、14-16頁
  3. ^ 杉山茂樹『4-2-3-1』
  4. ^ Numancia 1-0 BarcelonaESPN Soccernet、2008年8月31日
  5. ^ 「新生ブラジルが変わるべきこと、変わらざるべきこと」footballista、ソルメディア、2010年8月25日号、20-21頁


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