マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウヴァ・ジュニオル

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マルセロ Football pictogram.svg
Marcelo Vieira.jpg
名前
本名 マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウヴァ・ジュニオル
Marcelo Vieira da Silva Júnior
ラテン文字 MARCELO
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
スペインの旗 スペイン
生年月日 1988年5月12日(26歳)
出身地 リオデジャネイロ
身長 174cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム スペインの旗 レアル・マドリード
ポジション DF(LSB)
背番号 12
利き足 左足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2006
2007-
フルミネンセFC
レアル・マドリード
30 (06)
198 (15)
代表歴2
2006- ブラジルの旗 ブラジル 31 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年6月6日現在。
2. 2014年6月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
2009-10シーズンのマルセロ

マルセロ・ヴィエイラ・ダ・シウヴァ・ジュニオル(Marcelo Vieira da Silva Júnior, 1988年5月12日 - )は、ブラジルリオデジャネイロ出身の同国代表スペインレアル・マドリード所属のサッカー選手。ポジションはディフェンダーミッドフィールダー。過去にブラジル代表、レアル・マドリードでプレーしたロベルト・カルロスの後継者と呼ばれる[1]

経歴[編集]

リオデジャネイロ、カテテで消防士の父と教師の母の元に生まれる[2]。マルセロは9歳の頃にフットサルを始め、13歳でフルミネンセFCのユースチームに加入。当初はミッドフィールダーとしてプレーしていたが、よりスピードを生かすために当時の監督はマルセロのポジションを下げた。フベニールに所属していた時に貰った初めての給料は、全て祖父に渡した[2]2005年にトップチームに加わった。またブラジル代表としても2005 FIFA U-17世界選手権2007 FIFA U-20ワールドカップに招集され、2006年に行われたブラジル対ウェールズの親善試合にて代表でもトップチームデビューし、強力なミドルシュートで代表初ゴールを決めて見せた。

代表デビュー後にCSKAモスクワセビージャFCユヴェントスFCなど多くのクラブからオファーを受け取り、フルミネンセはセビージャへの移籍で合意に至っていた[3]。しかし、本人の希望で2007年1月移籍金600万ユーロでレアル・マドリードに移籍し、7日のデポルティーボ・ラ・コルーニャに途中出場。翌節のラシン・サンタンデール戦で、ファビオ・カペッロはマルセロをスタメンで起用した。その年にクラブはスペインリーグを制覇した。2008年に行われた北京オリンピックでは銅メダルを獲得した。

2009年、監督にファンデ・ラモスが就任してからは守備の不安もあってガブリエル・エインセが左サイドバックの位置で使われたため、左サイドハーフでプレーする機会が増加。怪我人等でやむを得ない場合や攻撃重視のシステムを用いる場合を除き、左サイドハーフで出場するようになった。マヌエル・ペジェグリーニが監督就任してからも変わらず、主にミッドフィールダーとして出場した。そのシーズンはゴールキーパーのイケル・カシージャスに次ぐ出場試合数、出場時間であり[4]グティと並んでクラブトップタイ、リーグ全体でも4位となる9アシストを記録した。

翌シーズンは再びレフトバックの位置でプレーし、2010-11シーズン前のプレシーズンマッチ、エルクレスCF戦ではキャプテンを務めた。その後、新たに監督に就任したジョゼ・モウリーニョの指導もあって、長らくの課題とされてきた守備を大幅に向上させ信頼を獲得[5]ディエゴ・マラドーナからは「メッシクリスティアーノと別として、現状でマルセロがリーガで最高の選手だと思う」との賛辞を受けた[6]。また、マアマドゥ・ディアッラASモナコ移籍後は、イケル・カシージャスセルヒオ・ラモスに次ぐ第3キャプテンとなった。2011年3月16日のUEFAチャンピオンズリーグ 決勝トーナメント第1戦のオリンピック・リヨン戦2ndレグでは先制点を挙げると共に2点目の起点となり、レアル・マドリードの7年ぶりのベスト8進出に大きく貢献[7]前年の雪辱を果たした。

エピソード[編集]

  • 自宅から10分の距離にある練習場でさえ音楽を聴きながらでないと行けないというほど音楽を好んでいる[2]ヒップホップを特に好んで聴き、iPodにも多くの曲をいれている[8]
  • 自身のアイドルとして、ロベルト・カルロスの他にフットサル選手のマノエル・トビアス、同じくブラジル代表左サイドバックのブランコを挙げている[8]
  • 幼馴染と2008年に結婚し、翌年9月には第一子が誕生している。
  • 中盤でのプレー機会があることや攻撃が評価されることが多いことからポジションのコンバートを問われることがあるが本人は「後方からパスを受けた方が試合展開を読める。自分のスタイルはサイドバック。」とコメントしている[9]
  • チーム内では、左サイドでコンビを組むクリスティアーノ・ロナウドと最も仲が良いと言われている。 

所属クラブ[編集]

獲得タイトル[編集]

スペインの旗 レアル・マドリード
代表

個人成績[編集]

クラブ リーグ シーズン リーグ戦 カップ戦 国際試合 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
フルミネンセFC セリエA 2005 12 2 0 0 0 0 12 2
2006 18 4 0 0 0 0 18 4
通算 30 6 0 0 0 0 30 6
レアル・マドリード プリメーラ・ディビシオン 2006-07 6 0 0 0 0 0 6 0
2007-08 24 0 2 0 6 0 32 0
2008-09 27 4 2 0 5 0 34 4
2009-10 35 4 2 0 6 0 43 4
2010-11 32 3 6 0 12 2 50 5
2011-12 32 3 5 0 7 0 44 3
2012-13 14 0 3 0 2 1 19 1
2013-14 28 1 4 0 7 1 39 2
通算 198 15 24 0 45 4 267 19
総通算 228 21 24 0 45 4 297 25

代表での得点[編集]

# 開催日 開催地 対戦国 スコア 結果 大会
1 2006年9月5日 イングランドの旗ロンドンホワイト・ハート・レーン ウェールズの旗 ウェールズ 2–0 2–0 親善試合
2 2011年10月11日 メキシコの旗トレオンエスタディオ・コロナ メキシコの旗 メキシコ 1–2 1–2 親善試合
3 2012年2月28日 スイスの旗ザンクト・ガレンAFGアレナ ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ 0–1 1–2 親善試合
4 2012年5月30日 アメリカ合衆国の旗ワシントンD.C.フェデックスフィールド アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 1–3 1–4 親善試合

脚注[編集]

外部リンク[編集]