マイコン・ダグラス・シセナンド
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マイコン |
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| 名前 |
| 本名 |
マイコン・ダグラス・シセナンド |
| ラテン文字 |
MAICON |
| 基本情報 |
| 国籍 |
ブラジル |
| 生年月日 |
1981年7月26日(30歳) |
| 出身地 |
サンタカタリーナ州クリシウマ |
| 身長 |
184cm |
| 体重 |
77kg |
| 選手情報 |
| 在籍チーム |
インテル |
| ポジション |
DF |
| 背番号 |
13 |
| 利き足 |
右足 |
| クラブチーム1 |
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| 代表歴 2 |
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1. 国内リーグ戦に限る。2010/11シーズン終了時点現在。
2. 2011年7月17日現在。
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マイコン・ダグラス・シセナンド(Maicon Douglas Sisenando, 1981年7月26日 - )は、ブラジル出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(右サイドバック)。イタリアセリエA、インテル所属。ブラジルポルトガル語では、ダグラスではなくドグラスと発音。
[編集] 経歴
2001年にクルゼイロECでプロデビュー。主力選手として2シーズンを過ごし、2003年のCONCACAFゴールドカップ初戦のメキシコ戦で(23歳以下の年齢制限付きながら)ブラジル代表デビューを飾った。続くホンジュラス戦で代表初得点を記録。2004年のコパ・アメリカでは優勝を経験している。
2004年7月1日にフランスのASモナコに移籍。モナコではレギュラーとしてプレーし、ロベルト・マンチーニのラブコールを受けて2006年7月1日にイタリアのインテル・ミラノに移籍した。当初は守備に重きを置く役割に戸惑い、「攻撃を愛する僕がなぜディフェンダーなのか」とコメントした事もあったが[要出典]、レギュラーポジションを奪取。移籍初年度でチームのリーグ優勝に貢献した。
2008-2009シーズン終了時にはマンチェスター・ユナイテッドなどの他のクラブへの移籍の噂もあったが[1]、結局インテルに残留した。
2009-2010シーズンはセリエA、コッパ・イタリア、UEFAチャンピオンズリーグの3大会で合計7ゴール12アシストの成績を収め、イタリアのクラブ史上初の主要タイトル三冠達成に貢献した。
2010 FIFAワールドカップ初戦の北朝鮮戦では先制点を挙げ、大会選定のマンオブザマッチに選出された[2]。
[編集] エピソード
- 「マイコン・ドウグラス」 (Maicon Douglas) という名前は、俳優のマイケル・ダグラス (Michael Douglas) に由来する。マイコンの父親がカーク・ダグラスの大ファンであり、自分の息子にカークの実子と同じ名前を付けた。しかし戸籍を登録する際、担当者に「外国風の名前は認められない」と言われ、英語の発音に近いポルトガル語の綴りで"Maicon"と名付けた。
[編集] 所属クラブ
[編集] 獲得タイトル
[編集] クラブ
- クルゼイロ
- インテル
[編集] 代表
[編集] 個人
- セリエAゴール・オブ・ザ・イヤー : 2010(ユヴェントス戦のボレーシュートに対して)
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク