チアゴ・エミリアーノ・ダ・シウバ

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チアゴ・シウヴァ Football pictogram.svg
Thiago Silva (cropped).jpg
名前
本名 Thiago Emiliano da Silva
カタカナ チアゴ・エミリアーノ・ダ・シウヴァ
ラテン文字 THIAGO SILVA
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1984年9月22日(30歳)
出身地 リオ・デ・ジャネイロ
身長 183cm
体重 79kg
選手情報
在籍チーム フランスの旗 パリ・サンジェルマンFC
ポジション DF(CB)
背番号 2
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2002-2003 ブラジルの旗 RSフテボウ
2003-2004 ブラジルの旗 ジュベントゥージ 28 (3)
2004-2005 ポルトガルの旗 ポルトB 14 (5)
2005-2006 ロシアの旗 ディナモ・モスクワ 0 (0)
2006-2008 ブラジルの旗 フルミネンセ 81 (6)
2008-2012 イタリアの旗 ミラン 93 (5)
2012- フランスの旗 パリ・サンジェルマン 50 (3)
代表歴2
2008-2012 ブラジルの旗 ブラジル オリンピック 8 (0)
2008- ブラジルの旗 ブラジル 52 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年10月24日現在。
2. 2014年10月24日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

チアゴ・エミリアーノ・ダ・シウヴァ(Thiago Emiliano da Silva, 1984年9月22日 - )は、ブラジルリオ・デ・ジャネイロ出身のプロサッカー選手リーグ・アンパリ・サンジェルマンFC所属。ブラジル代表ポジションディフェンダー(DF)ディフェンダー(MF)

プレースタイル[編集]

カードをもらうことなく華麗なプレーをすることを心がけており[1]カルロス・ガマーラフアンがお手本であるとインタビューで答えている[1][2]。利き足は右足だが、センターバックとして左右どちらの位置でもプレーすることができる[3]。戦術眼、スピード、ポジショニング、空中戦の強さとセンターバックとして高い能力を誇る[3]

経歴[編集]

若手時代

フルミネンセのユースチームで育ったが、初めてプロ契約を結んだのはリオ・グランデ・ド・スル州の小クラブペドラブランカFCであった。しかし、同じ州内にあるジュベントゥージが彼に目を付け、2004年シーズンに素晴らしいプロデビューイヤーを送った。ジュベントゥージでは主に右ウイングを務め、時には中盤やサイドバックもこなすマルチロールプレーヤーだったが、後にセンターバックにコンバートされた。ここでのプレーは欧州にも名を轟かせるものであり、2004年から2005年にはFCポルトFCディナモ・モスクワに在籍したが、いずれの期間も怪我や体調不良によりリーグ戦に出場することはなかった。特にディナモ・モスクワ時代に結核を患った際は、片肺を摘出する恐れがあり、引退も考えたという[4]

フルミネンセ

2006年、ユース時代を過ごしたフルミネンセに復帰した。2007年シーズンのブラジル全国選手権は前年の15位から4位に躍進し、コパ・ド・ブラジルでは初優勝を果たした。2008年に出場したコパ・リベルタドーレスでは決勝まで勝ち進んだが、LDUキトにPK戦で敗れ、クラブ初の南米制覇はならなかった。この敗北を、チアゴは「キャリアで最も悔しかった瞬間」に挙げている[4]

ACミラン
ミラン時代のチアゴ・シウヴァ

2009年1月14日、移籍金1000万ユーロでフルミネンセからイタリアのACミランに移籍した。ミランのEU圏外枠に空きがなかったために公式戦出場は出来なかったが、アレシャンドレ・パトの例と同じようにトップチームに帯同して練習を続けた[5]。1月21日のハノーファー96との親善試合でフル出場してチームデビューした。2009年夏に晴れて試合に出場する権利を得て、8月22日ACシエナとの開幕戦にアレッサンドロ・ネスタとのコンビで先発出場してリーグデビューした。UEFAチャンピオンズリーグデビューは9月15日オリンピック・マルセイユ戦で、やはりネスタと組んで先発出場。11月8日のラツィオ戦では移籍後初得点を挙げた。移籍1年目は33試合に出場し2得点を記録。安定感のあるディフェンスでレギュラーを勝ちとると、瞬く間にセリエA有数のセンターバックとなりネスタと同様にミランのディフェンスラインの要となった[4][5]。シーズン終了後にはレアル・マドリードやライバルのインテルなどから獲得のオファーがあったが、ミランに残留した[6]

2010-2011シーズンは、ミランの中盤選手に怪我人が続出してしまったため、アンカー(守備的ミッドフィルダー)を務めることもあった。このシーズンも、33試合2897分の出場で警告1度(イエローカード1枚)のみと質の高いプレーでリーグ最少失点を誇ったミラン守備陣を支え、セリエA優勝に貢献。セリエA最優秀DFに贈られる、アルマンド・ピッキ賞の第1回受賞者となった[7]

パリ・サンジェルマンFC

2012年7月14日パリ・サンジェルマンFCへの移籍が合意、主将に就任した [8]

ブラジル代表
ブラジル代表でプレーするシウヴァ

2008年、シンガポールベトナムとの親善試合に向けたブラジル代表に初めて招集された。その後、北京オリンピックにオーバーエイジ枠で出場し、銅メダルを獲得。2008年10月12日の南アフリカW杯予選ベネスエラ戦で代表デビューを果たした[5]2010 FIFAワールドカップのメンバーにも選出されたが、出場機会はなかった。

コパ・アメリカ2011ではレギュラーとして全4試合にフル出場。準々決勝のパラグアイ戦では120分間を0点に抑えたものの、その後のPK戦で2人目のキッカーとして失敗。チームも敗れベスト8での敗退となった[9]

2011年11月14日エジプト戦からキャプテンとしてプレーしている[10]。2012年5月30日のアメリカ戦で代表初得点を挙げた。

2014 FIFAワールドカップでは準々決勝の対コロンビア戦で累積警告により出場停止となり、ネイマールの骨折による離脱とともに準決勝のドイツ戦で歴史的大敗を喫する要因を作ってしまった。

11月に行われるトルコオーストリアとの親善試合でワールドカップ以来の代表復帰を果たしたが、キャプテンの座をネイマールに譲った[11]

人物[編集]

妻と共にミラノの街とACミランに愛着を感じており、前述の獲得オファーにも「インテルでプレーすることを考えたことはない」と語っている[6]。引退後は自らの背番号33が永久欠番になることを望んでいる[12]

評価[編集]

2000年代終盤から2010年代前半にかけて世界最高のDFの一人であるとされている[3]

在籍していたACミランのレジェンドパオロ・マルディーニは、チアゴ・シウバを自らの後継者だと言って憚らず[13]、またミランで元同僚であったアレッサンドロ・ネスタも「彼は素晴らしい、世界最強のDFだ。まだ何年もミランは大丈夫だ」と最大級の賛辞を送っている[14]マッシミリアーノ・アッレグリは「間違いなく世界最強のCBで、しかも未だに成熟の途上である」としている[3]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

クラブでの出場記録[編集]

2012年3月20日時点
クラブ シーズン 国内リーグ 国内カップ 国際カップ 通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ECジュヴェントゥージ 2004 28 3 1 0 29 3
通算 28 3 1 0 29 3
FCポルト 2004–05 0 0 0 0 0 0 0 0
通算 0 0 0 0 0 0 0 0
FCディナモ・モスクワ 2005 0 0 0 0 0 0 0 0
通算 0 0 0 0 0 0 0 0
フルミネンセFC 2006 31 0 8 0 4 0 43 0
2007 30 5 12 3 42 8
2008 20 1 12 2 32 3
通算 81 6 20 3 16 2 117 11
ACミラン 2009–10 33 2 0 0 7 0 40 2
2010–11 33 1 3 0 6 0 42 1
2011–12 27 2 3 0 7 1 36 3
通算 93 5 6 0 20 1 118 6
PSG 2012-13 22 0 3 1 9 2 34 3
2013-14 28 3 6 0 7 0 41 3
通算 50 3 9 1 16 2 75 6
経歴通算 252 17 35 4 52 5 370 29

代表での年別出場試合数[編集]

2014年6月6日時点[15]


ブラジル代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 3 0
2009 3 0
2010 6 0
2011 13 0
2012 8 1
2013 12 1
2014 7 1
通算 51 3

代表での得点[編集]

# 日付 場所 相手 スコア 最終結果 大会
1 2012年5月30日 アメリカ合衆国の旗ワシントンD.C.  アメリカ合衆国 2–0 4-1 親善試合
2 2013年9月10日 アメリカ合衆国の旗フォックスボロ  ポルトガル 1–1 3-1 親善試合
3 2014年7月4日 ブラジルの旗フォルタレザ  コロンビア 1–0 2-1 2014 FIFAワールドカップ

タイトル[編集]

クラブ[編集]

ブラジルの旗 フルミネンセ
イタリアの旗 ACミラン
フランスの旗 パリ・サンジェルマンFC

代表[編集]

個人[編集]

  • ボーラ・ジ・プラッタ 2007
  • アルマンド・ピッキ賞 2011
  • サンバドール : 2011
  • FIFA/FIFPro世界イレブン 2013
  • FIFAワールドカップ ベストイレブン 2014

脚注[編集]

  1. ^ a b WORLD SOCCER DIGEST 2011年6月16日号
  2. ^ Goal.com (2009年8月13日). “セリエAデビューを待つチアゴ・シウバ”. 2009年9月4日閲覧。
  3. ^ a b c d Goal.com (2011年8月11日). “Goal.com50:チアゴ・シウバ(18位)”. 2011年8月12日閲覧。
  4. ^ a b c Livedoorスポーツ (2010年5月11日). “T・シウバ:「結核で引退する恐れがあった」”. 2011年4月15日閲覧。
  5. ^ a b c Livedoorスポーツ (2010年8月2日). “おかえり、チアゴ”. 2011年4月15日閲覧。
  6. ^ a b Livedoorスポーツ (2010年11月26日). “チアゴ・シウバ、ミランへの忠誠誓う”. 2011年4月15日閲覧。
  7. ^ SOCCER KING (2010年5月17日). “ミランのチアゴ・シウヴァがセリエA最優秀DF賞を獲得”. 2011年5月19日閲覧。
  8. ^ Goal.com (2012年7月15日). “PSG、T・シウバ獲得を発表”. 2012年7月15日閲覧。
  9. ^ Goal.com (2011年7月18日). “ブラジル 対 パラグアイ リポート”. 2011年8月12日閲覧。
  10. ^ cbf.com.b (2011年11月14日). “Thiago Silva dá aula de como jogar na zaga”. 2012年5月31日閲覧。
  11. ^ ゲキサカ (2014年10月24日). “T・シウバ復帰も主将はネイマール!4戦連続クリーンシートのブラジルが代表メンバー発表”. 2014年10月24日閲覧。
  12. ^ la Gazetta dello Sport.it (2011年6月13日). “Thiago Silva ha un sogno "Dopo di me mai più il 33"”. 2011年8月12日閲覧。
  13. ^ Goal.com (2009年5月7日). “マルディーニ:「後継者はチアゴ・シウバ」”. 2009年9月14日閲覧。
  14. ^ Livedoorスポーツ (2011年4月14日). “ネスタ:「後継者はラノッキア」だがT・シウバも称賛”. 2011年4月15日閲覧。
  15. ^ Silva, Thiago”. national-football-teams.com. 2012年2月23日閲覧。

外部リンク[編集]