ルカ・モドリッチ
|
||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Luka Modrić | |||||
| キリル文字 | Лука Модрић | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1985年9月9日(27歳) | |||||
| 出身地 | ザダル | |||||
| 身長 | 175cm | |||||
| 体重 | 74kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 背番号 | 19 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2002-2008 2003-2004 2004-2005 2008-2012 2012- |
→ → |
112 (31) 22 (8) 18 (4) 127 (13) |
||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2001 2001 2003 2003-2004 2004-2005 2006- |
U-15クロアチア U-17クロアチア U-18クロアチア U-19クロアチア U-21クロアチア |
2 (0) 2 (0) 7 (0) 11 (1) 15 (2) 51 (8) |
||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年8月29日現在。 2. 2011年10月11日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||||||
ルカ・モドリッチ(Luka Modrić, 1985年9月9日 - )はクロアチア・ザダル出身、レアル・マドリード所属の同国代表サッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。
目次 |
経歴[編集]
クラブ[編集]
クロアチア時代[編集]
幼少期はユーゴスラビア紛争真っただ中で、祖父をセルビア軍に殺害されるなど過酷な環境で過ごす[1]。7歳から本格的にサッカーを始め、地元クラブのNKザダルの下部組織に入団。16歳でディナモ・ザグレブの下部組織に移籍する。
18歳でトップチームに昇格するものの、同じポジションにニコ・クラニチャールが居たため、HŠKズリニスキ・モスタルにレンタル移籍。ここで年間MVPの活躍を見せるものの、ディナモへの復帰は叶わず、翌年NKインテル・ザプレシッチに再びレンタルに出され、年間最優秀若手選手賞を受賞[1]。
転機が訪れたのはクラニチャールがハイデュク・スプリトに移籍してから。2005年1月に急きょ呼び戻されると、ヨジップ・クゼ監督の下、エドゥアルド・ダ・シルヴァ、ヴェドラン・チョルルカ、オグニェン・ヴコイェヴィッチらとともに、リーグ優勝を達成。モドリッチもチーム内で確固たる地位を築き、リーグ3連覇に貢献。2007年にはリーグ年間最優秀選手に選出された。
トッテナム・ホットスパー[編集]
2008年5月30日にトッテナム・ホットスパーFCへ同クラブの史上最高額となる移籍金2300万ユーロ(37億6000万円)で移籍[2]。
8月16日のミドルスブラFCとの開幕戦でプレミアリーグデビュー[3]。ファンデ・ラモス監督の下では中盤の底で司令塔としての役割を求められたものの、プレミアリーグに適応できない中での不慣れなポジションでのプレーとあり、また膝の怪我もあり低調なパフォーマンスが続いた[4][5]。しかし10月末にファンデ・ラモスが解任されハリー・レドナップが就任すると、セントラルハーフや左サイドでプレーするようになり、レギュラーに定着。2008年12月18日のUEFAカップ、FCスパルタク・モスクワ戦で移籍後初得点を挙げると[6]、その3日後にはニューカッスル・ユナイテッドFC戦でプレミアリーグ初得点を挙げた[7]。移籍初年度から計44試合に出場し、5得点を挙げた。
2009-10シーズンもレギュラーとしてスタートしたものの、2009年8月29日のバーミンガム・シティFC戦でリー・ボウヤーと接触し右足の腓骨を骨折[8]。当初は6週間の離脱とみられたが[9]復帰は遅れ、12月にようやく戦列に復帰した[10]。復帰後はトッテナム躍進の原動力となり、クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献した[4]。シーズン終了後、トッテナムと新たに6年契約を結んだ[11]。
2010-11シーズンは自身初めてチャンピオンズリーグ本戦に進んだ。2010年9月29日のグループリーグ第2節、ホームでのFCトゥウェンテ戦でチャンピオンズリーグ初出場を果たし、ガレス・ベイルの得点を導くなど4-1の大勝に貢献[12]。続く10月20日のアウェーでのインテル戦ではゴメスの退場により前半11分で交代となるも[13]、11月2日のホームでのインテル戦ではラファエル・ファン・デル・ファールトの先制点をアシストし、3-1での勝利に貢献[4]。続く11月24日のヴェルダー・ブレーメン戦ではチャンピオンズリーグ初得点を挙げた[14]。チャンピオンズリーグでは8試合に出場し、グループリーグ首位通過と初のベスト8進出に貢献した。プレミアリーグでは32試合に出場し、パス成功数とインターセプト数でリーグベスト3に入る活躍をみせた[4]。トッテナムは2シーズン連続のチャンピオンズリーグ出場権獲得は逃したものの5位につけ、UEFAヨーロッパリーグ出場権を獲得した。
レアル・マドリード[編集]
2012年8月27日、トッテナムとパートナーシップ契約を結ぶレアル・マドリードへの移籍を発表した。契約は5年間で、移籍金は推定3500万ユーロ+出来高700万ユーロ。8月30日、FCバルセロナとのスーペルコパ・デ・エスパーニャ第2戦で途中出場し、レアル・マドリードデビューした。
代表[編集]
各世代の代表に選出後、2006年3月1日のアルゼンチンとの親善試合でフル代表デビュー。ドイツワールドカップのメンバーにも選出されるが、同じポジションのニコ・クラニチャールも選出されたため、グループリーグの日本戦とオーストラリア戦に途中出場したのみに終わった。
監督がスラヴェン・ビリッチに交代すると、それまでより1列下がったポジションを任され、代表のレギュラーに定着。ニコ・クラニチャールとの共存にも成功する。ワールドカップ後最初の試合となった、世界王者のイタリアとの親善試合で代表初得点を記録。EURO2008予選で全試合に出場し、アウェーでのイングランド戦ではドリブルで数々のチャンスを作り出しクロアチアの本戦出場に貢献するとともに、イングランドを予選敗退に追い込んだ[1]。
EURO2008ではグループリーグ初戦の開催国オーストリア戦でPKにより決勝点を記録[15]。グループリーグ第2戦のドイツ戦ではマン・オブ・ザ・マッチに選ばれる活躍で金星に貢献。準々決勝のトルコ戦では延長後半14分にイヴァン・クラスニッチの先制点をアシストしたものの直後に同点とされ、PK戦では最初のキッカーとして失敗し、チームはベスト8で敗退した[16]。しかし「EURO2008最大の収穫」と評される活躍により、自身はUEFA選定大会優秀選手に選ばれた[17]。
| # | 日時 | 場所 | 対戦相手 | スコア | 最終結果 | 大会 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1. | 2006年8月16日 |
|
|
親善試合 | ||
| 2. | 2006年10月7日 |
|
|
UEFA欧州選手権2008予選 | ||
| 3. | 2007年2月7日 |
|
|
親善試合 | ||
| 4. | 2008年6月8日 |
|
|
UEFA欧州選手権2008 | ||
| 5. | 2008年9月6日 |
|
|
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 6. | 2008年10月15日 |
|
|
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 7. | 2009年6月6日 |
|
|
2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選 | ||
| 8. | 2011年9月6日 |
|
|
UEFA欧州選手権2012予選 |
人物・プレースタイル[編集]
攻撃的ミッドフィールダーとして、特に左サイドでのプレーを得意とする[4]。両足で精度の高いボールコントロールが可能で、オフ・ザ・ボールの動きも良い[4]。2010-11シーズンのプレミアリーグでパス成功数とインターセプト数の両方でベスト3に入るなど、攻守に高いレベルでプレーができる[4]。
HŠKズリニスキ・モスタル時代にプレミイェル・リーガ特有の激しくダーティなプレーの中で、心身の強さを培った[1]。モドリッチ自身も「ボスニアでプレーしたなら世界のどこでもプレーできる」と語っている[4]。
そのプレーや容姿、背番号「14」からヨハン・クライフと比較される[1]。憧れの選手として、母国の選手であるズボニミール・ボバンのほかフランチェスコ・トッティの名を挙げている[18]。
評価[編集]
ハリー・レドナップはモドリッチを「模範的で、違うレベルのプレーヤー」と表現[4]。そのプレーやサッカーへの真面目な姿勢、プロ意識を高く評価し、ガレス・ベイルらとともに「代えの利かない売却不可能な選手」であるとしている[19][20][21]。
ダレン・アンダートンはモドリッチがトッププレーヤーであり、ポール・スコールズの完璧な後継者となり得ると賞賛した[22]。
ジョン・テリーはモドリッチを「対戦するのが難しいワールドクラスのプレイヤーで、機敏な素晴らしいフィニッシャー」と賞賛した[23]。
獲得タイトル[編集]
クラブ[編集]
- プルヴァHNL:2005-06, 2006-07, 2007-08
- クロアチアカップ:2007, 2008
- クロアチアスーパーカップ:2006
- スーペルコパ・デ・エスパーニャ:2012
個人[編集]
- プレミイェル・リーガ最優秀選手:2003
- クロアチア年間最優秀若手選手:2004
- プルヴァHNL年間最優秀選手:2007
- クロアチア年間最優秀選手:2007, 2008, 2011
- UEFA欧州選手権2008大会選定優秀選手
- トッテナム・ホットスパーFCシーズン最優秀選手:2010-11
脚注[編集]
- ^ a b c d e EURO2008紙面連載「ニュースター候補生」第5回 ルカ・モドリッチ(クロアチアMF22歳)EURO2008 nikkan sports.com 2008年6月5日
- ^ http://news.bbc.co.uk/sport1/hi/football/teams/t/tottenham_hotspur/7368463.stm
- ^ Middlesbrough 2–1 TottenhamBBC Sport 2008年8月16日
- ^ a b c d e f g h i Goal.com50:ルカ・モドリッチ(27位)Goal.com 2011年8月6日
- ^ Luka Modric puts war years behind him at SpursThe Daily Telegraph 2008年12月19日
- ^ Tottenham 2–2 Spartak MoscowBBC Sport 2008年12月18日
- ^ Newcastle 2–1 TottenhamBBC Sport 2008年12月21日
- ^ 好調トッテナムに打撃、司令塔モドリッチが骨折FootballWeekly 2009年8月30日
- ^ Spurs suffer Modric injury blow.BBC Sport 2009年8月30日
- ^ Luka's back!Tottenhamhotspur.com 2009年12月8日
- ^ モドリッチ、トッテナムと6年契約FootballWeekly 2010年5月30日
- ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - トッテナム-トウェンテUEFA.com 2010年9月29日
- ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - インテル-トッテナムUEFA.com 2010年10月20日
- ^ UEFAチャンピオンズリーグ 2011 - トッテナム-ブレーメンUEFA.com 2010年11月24日
- ^ Austria 0 - 1 CroatiaUEFA.com 2008年6月8日
- ^ Croatia 1 - 1 TurkeyUEFA.com 2008年6月20日
- ^ EURO2008のトップ10プレーヤー発表Livedoorスポーツ 2008年6月30日
- ^ モドリッチ:世界で一番のクラブに入団出来たことは誇りrealmadrid.com 2012年8月28日
- ^ レドナップ:「1億ポンドでもモドリッチは売らない」Goal.com 2011年2月21日
- ^ モドリッチ移籍話を一笑に付すレドナップGoal.com 2011年6月8日
- ^ モドリッチの態度を絶賛するレドナップ「偉大なプロだ」Goal.com 2011年7月24日
- ^ 「モドリッチはスコールズの完璧な後継者」Goal.com 2011年6月2日
- ^ モドリッチの獲得を望むテリー「ワールドクラスのプレーヤー」SOCCER KING 2011年7月20日
外部リンク[編集]
- realmadrid.jp - 公式ウェブサイト (日本語)
- ルカ・モドリッチ - FIFA主催大会成績
|
|
|---|
|
||||||||||||||
|
|||||
|
|||||
この項目は、ウィキプロジェクト サッカー選手の「テンプレート」を使用しています。