マヌエル・サンチス・オンティジュエロ

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マヌエル・サンチス Football pictogram.svg
名前
本名 マヌエル・サンチス・オンティジュエロ
愛称 マノーロ
ラテン文字 Manuel Sanchís Hontiyuelo
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 1965年5月23日(47歳)
出身地 マドリード
身長 177cm
体重 72kg
選手情報
ポジション DF(CB)
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1983-1984
1983-2001
カスティージャCF
レアル・マドリード
10 (2)
524 (33)
代表歴
1986-1992 スペイン 48 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

マヌエル・サンチス・オンティジュエロManuel Sanchís Hontiyuelo, 1965年5月23日 - )はマドリード出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー

父はレアル・マドリードスペイン代表でプレーしたマヌエル・サンチス・マルティネスであり、チェーザレ・マルディーニパオロ・マルディーニ親子に続いて2組目となる親子2代で欧州王者を経験した。

目次

経歴 [編集]

レアル・マドリードカンテラ出身。1983年12月4日にトップチームデビューし、その後18年間マドリード一筋でプレーした。エミリオ・ブトラゲーニョマルティン・バスケスミチェルミゲル・パルデサと共にキンタ・デル・ブイトレと呼ばれ、1985-1986シーズンからリーグ5連覇に貢献。通算ではリーグ8回、コパ・デル・レイ2回、UEFAチャンピオンズリーグ2回、UEFAカップ2回等、数々のタイトル獲得に貢献。公式戦710試合に出場し、ラウル・ゴンサレスが塗り替えるまでレアル・マドリードの最多出場記録を保持していた。また、1993-94シーズンからはキャプテンも務めていた。キンタ・デル・ブイトレの中では最も長く現役を続け、唯一レアル・マドリードで引退した。

一方で、ジョン・トシャック1991年に退任する際、チーム内における多大な権力を持ったマヌエル・サンチスについて「不運にも出会ってしまった最悪の人物」と批判した[1]

スペイン代表として1988年欧州選手権1990年ワールドカップに出場した。また、1986年U-21欧州選手権では、大会最優秀選手に選ばれる活躍でスペインの初優勝に貢献した。

獲得タイトル [編集]

クラブ [編集]

代表 [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ 再びトシャックが監督に就任した1999年、サンチスはまだ現役であった。

外部リンク [編集]


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