フランク・ランパード

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フランク・ランパード Football pictogram.svg
F-Lampard.jpg
名前
本名 Frank James Lampard Jr.
愛称 鉄人、ランプス
カタカナ フランク・ジェームズ・ランパード・ジュニア
ラテン文字 Frank LAMPARD
基本情報
国籍 イギリスの旗 イギリス(イングランドの旗 イングランド)
生年月日 1978年6月20日(33歳)
出身地 ロンフォードロンドン
身長 184cm
体重 88kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 チェルシー
ポジション MF
背番号 8
利き足 右足
クラブチーム1
クラブ 出場 (得点)
1995-2001
2001-
イングランドの旗 ウェストハム・ユナイテッドFC
イングランドの旗 チェルシーFC
148 (24)
344 (115)
代表歴 2
1999– イングランドの旗 イングランド 90 (23)
1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月23日現在。
2. 2011年11月13日現在。
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フランク・ランパード(Frank James Lampard Jr., 1978年6月20日 - )は、イギリスロンドン出身のプレミアリーグチェルシーFC所属のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。愛称はランプス。

目次

[編集] 経歴

[編集] 少年期

1978年6月20日、父フランク・シニア、母パットの間に生まれる。裕福な家庭に育ち、学業も優秀であった。一般に0.1%しかいないと言われる150を超えるIQの持ち主である[1]。またクリケットでも地元の代表チームに選抜されている。パブリックスクールであるブレントウッド・スクールを卒業。

[編集] クラブ

チェルシーでのランパード(2007年)

1995年ウエストハムでキャリアをスタート。その後スウォンジー・シティにレンタル移籍する。復帰後はあまり活躍できずにいたが徐々に頭角を現していき、1998-99シーズンは全試合に出場する。そして1999年イングランド代表にも招集され着実に成長していく。しかし、ウェストハムでは数シーズンに渡って経験を積むが、伯父のハリー・レドナップが監督、父親のフランク・ランパード・シニアがコーチであったために、調子が悪い時には批判のターゲットとなっていた。ファンから愛されず、またレドナップ、フランク・シニアが不明確な理由でクラブから解雇されてしまい、自身の環境転換の為に2001年夏に移籍金1100万ポンド(約24億円)でチェルシーへ移籍。移籍後はセンターハーフとしてすぐにレギュラーを獲得。毎シーズン10ゴール以上記録するなど、中心選手として活躍。2005年にはバロンドールFIFA最優秀選手賞共にロナウジーニョに次ぐ第2位の得票数を獲得。イングランド代表の同僚でリヴァプールスティーヴン・ジェラードと並び、世界最高のセンターハーフの1人とも評されている。

イングランド代表GKのデイビッド・ジェームズが保持していたプレミアリーグの連続試合出場記録を更新、2005年12月28日マンチェスター・シティ戦でウィルス性疾患のため欠場するまで、足掛け4年・164試合連続出場という大記録を樹立した。この期間、ランパードはミッドフィールダーという消耗の激しいポジションで怪我をしなかっただけでなく、累積警告による出場停止もなかった。

モウリーニョ監督の「国内選手にクラブを引っ張ってほしい」との方針から、チェルシーでは副キャプテンを務める。2006-07シーズンでは故障がちなジョン・テリーに代わって、多くの試合でキャプテンマークを巻いている。

2008年のシーズンオフにはモウリーニョ率いるインテルへの移籍が噂されたが、最終的にはチェルシー残留を選んで5年契約を結び、チェルシーでキャリアを終える意向を明らかにした[2]

2010年3月27日のアストン・ヴィラ戦で4得点を記録し、チェルシーでのプレミアリ-グ通算100ゴールを達成した。2009-10シーズンはMFのプレミアリーグ史上最多得点となる22得点を挙げ、5年連続でシーズン計20得点を記録。チェルシーの4シーズンぶりのプレミアリーグ制覇に大きく貢献した。

[編集] 代表

1999年10月10日ベルギー戦でデビューを果たす。デビュー後しばらくは目立った活躍をすることはできず、2002年日韓ワールドカップではメンバー選考から外されてしまう。しかし、チェルシーの躍進と共に自身もコンスタントに代表で出場機会を得るようになると、EURO2004ではレギュラーとして出場し、準々決勝で敗退するが、自身は3ゴールを記録する活躍を見せた。大会ベスト11にも選出された。

2006年ドイツワールドカップ予選では5ゴールを挙げるなど、イングランド代表をドイツへ導く活躍を見せた。しかし、本大会ではフリーの場面でボレーシュートを蹴り損なうなどベストコンディションには程遠く、準々決勝敗退後は批判に晒された。しかし、後に調子を取り戻し現在のイングランド代表のセンターハーフとしてジェラードを凌ぐ活躍を見せている。

2010年南アフリカワールドカップ決勝トーナメント1回戦の対ドイツ戦では、1点リードされて迎えた前半38分に放ったシュートがクロスバーに当たりゴールラインを越えたがゴールと認められず、1-4でイングランドは敗戦。「幻の同点ゴール」と言われ[3]、科学的な判定の導入を求めた[4]。イングランドは1966年イングランドワールドカップ決勝戦で起こった「疑惑のゴール」とは逆の「誤審」を味わうこととなり、英メディアの憤激を呼び起こした[5]他、たまたま開催中だった2010年サミットの合間に共にテレビ観戦していたアンゲラ・メルケル独首相デーヴィッド・キャメロン英首相に謝罪する一幕もあった[3]

[編集] 人物

ランパード(2007年)

[編集] エピソード

  • 一番恥ずかしかった思い出は15歳のときに、ウェストハムのユースチームの試合に出るために学校を休み、翌日、校長室に呼び出されたことであるという。それ以来、サッカーのために学校を休むことは二度となかった。
  • 2008年4月、母親のパット・ランパードが病に倒れ、リーグ戦を欠場して看病にあたっていたランパードだったが、24日に母は他界。その精神的なショックから、30日のチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグのリヴァプール戦を欠場するとの見方もされていたが、練習に復帰して気丈に振る舞うとクラブ初のファイナル進出をかけた重要な一戦にも出場し、見事なパフォーマンスを発揮して、結果的に先制点につながるスルーパスを出し、延長戦のPKの場面ではプレッシャーのかかる中で冷静に決めた。PKを沈めた瞬間には左腕の袖下に隠していた喪章に口づけし、感極まった表情で天国の母にゴールを捧げた。以降、ゴールを挙げた際には両手で空を指差すパフォーマンスを行っている。

[編集] 獲得タイトル

[編集] 個人成績

所属クラブ シーズン 所属リーグ イングランドの旗 リーグ FAカップ リーグカップ UEFA主催 期間通算
出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点 出場数 得点
スウォンジ 1995–96 ディヴィジョン2 9 1 0 0 0 0 0 0 9 1
ウェストハム 1995–96 プレミアリーグ 2 0 0 0 0 0 0 0 2 0
1996–97 13 0 1 0 2 0 0 0 16 0
1997–98 31 5 6 1 5 4 0 0 42 9
1998–99 38 5 1 0 2 1 0 0 41 6
1999–00 34 7 1 0 4 3 10 4 49 14
2000–01 30 7 4 1 3 1 0 0 37 9
チェルシー 2001–02 37 5 8 1 4 0 4 1 53 7
2002–03 38 6 5 1 3 0 2 1 48 8
2003–04 38 10 4 1 2 0 14 4 58 15
2004–05 38 13 2 0 6 2 12 4 58 19
2005–06 35 16 5 2 1 0 9 2 50 20
2006–07 37 11 7 6 6 3 12 1 62 21
2007–08 24 10 1 2 3 4 12 4 40 20
2008–09 37 12 8 3 2 2 6 3 53 20
2009–10 36 22
ウェストハム通算成績 148 24 13 2 16 9 10 4 187 39
チェルシー通算成績 284 83 36 16 27 11 70 20 417 130
キャリア通算成績 441 108 49 18 43 20 80 24 613 170

[編集]

  1. ^ Frank Lampard has 'higher IQ than Carol Vorderman'”. Daily Telegraph. 2009年3月5日閲覧。
  2. ^ Lampard agrees new Chelsea deal
  3. ^ a b “「幻のゴール」独首相、英首相に「申し訳ない」” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/etc/news/20100628-OYT1T00373.htm 2010年6月28日閲覧。 
  4. ^ “誤審?当事者ランパード「科学判定導入」求める” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/tournament/news/20100628-OYT1T00404.htm 2010年6月28日閲覧。 
  5. ^ “誤審「へまな審判見落とした」英メディア怒り” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/tournament/news/20100628-OYT1T00433.htm 2010年6月28日閲覧。 

[編集] 外部リンク


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