ヨハネスブルグ
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| ヨハネスブルグ市都市圏 City of Johannesburg Metropolitan Municipality |
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ヨハネスブルグ政府庁舎 |
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| 愛称 : "joburg(ヨバーグ)" | |||||
| 位置 | |||||
ヨハネスブルグの位置(南アフリカ共和国) |
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ヨハネスブルグの位置(ハウテン州) |
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| 座標 : | |||||
| 歴史 | |||||
| 建設 | 1886年 | ||||
| 都市圏 | 2000年 | ||||
| 行政 | |||||
| 国 | |||||
| 州 | ハウテン州 | ||||
| 都市圏 | ヨハネスブルグ市都市圏 | ||||
| 市長 | アモス・マソンド (アフリカ民族会議) |
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| 地理 | |||||
| 面積 | |||||
| 都市圏域 | 1,644.96km2(635.1mi2) | ||||
| 標高 | 1,753m(5,751ft) | ||||
| 人口 | |||||
| 人口 | (2007年現在) | ||||
| 市域 | 3,888,180[1]人 | ||||
| 人口密度 | 2,364人/km2(6,122.7人/mi2) | ||||
| その他 | |||||
| 等時帯 | 南アフリカ標準時 (UTC+2) | ||||
| 市外局番 | 011 | ||||
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| 公式ウェブサイト : city of johannesburg | |||||
ヨハネスブルグ(アフリカーンス語: 英語: Johannesburg)は、南アフリカ共和国ハウテン州にある都市(都市圏)、同州の州都である。
目次 |
[編集] 概要
国内最大の都市で、人口は3,888,180人[1]。都市圏人口は7,850,000人であり、世界第31位のメトロポリスを形成している。近年は経済や治安の悪化、貧困、エイズ問題などの不安材料も多い。
ヨハネスブルグの名称の由来は、1856年の金鉱発見の際に測量のため派遣されたヨハネス・マイヤーとヨハネス・リシックの名と、アフリカーンス語で「村」を意味する「burg」にちなんでいる。
[編集] 歴史
19世紀半ばまでは、先住民族であるサン人による小さな集落のひとつであった。1853年にトランスヴァール共和国の成立移行も開拓のためボーア人が定住したものの大きく変わるものではなかった。
1886年、ウィットウォーターズランド(『白水の峰』を意味するアフリカーンス語)の金鉱脈が発見され、アフリカ各地からの移住者が増加した。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのボーア戦争で、イギリスが現地のオランダ系移民ボーア人に勝利して金鉱をおさえた。その後、イギリス人とボーア人は和解、黒人の権利を踏みにじり鉱山労働などで酷使するアパルトヘイト政策を行った。
アパルトヘイト統治時代、市内はアフリカーナー居住区とアフリカ系・カラード居住区に分断され、アフリカーナー居住区への優遇政策が実施されていた。
1990年代、アパルトヘイトが廃止されたことで居住区の移動制限が撤廃されたため、職を求めてアフリカーナー居住区に多くのアフリカ系・カラードが移住したもののほとんど職を得ることができなかったため、一部の失業者による犯罪が多発し、市内の治安が極端に悪化している。
2000年、周辺の自治体と合併しヨハネスブルグ市都市圏が発足。
2002年、「持続可能な開発に関する世界首脳会議」が開催された。これは、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットを受けたものである。この国際会議において、「持続可能な開発に関するヨハネスブルグ宣言」が出された。
[編集] 地理
南アフリカ東部にある標高が1,753 m(5,751 ft)の高地に位置する。周辺地域は、ウィットウォーターズランドと呼ばれる小さな峰で、北部や西部の郊外は起伏のある丘がある一方、東部の都心地域は平野である。
[編集] 気候
10月から4月の夏の期間は乾燥した陽光に恵まれて、午後遅い時間に時折激しい雨が降る。ヨハネスブルグの気温は通常穏やかで、夏の1月でも最高気温は26℃で冬の6月でも最低気温は平均して16℃である。冬の間は時々気温は深夜に凍えるほど下がり霜が降りる場合もある。雪は滅多に降らず、1956年5月、1981年9月、2006年8月に経験したくらいである。2007年6月27日も降雪があり、その時は約10cmの積雪があった。年間平均降水量は713mmでそのほとんどが、夏の期間に降る。
ヨハネスブルグが乾燥した気候にも関わらず、600万本もの樹木がある世界最大の人工林(非商業的で)の都市と言われている。ほとんどの樹木は都市の北側に鉱業のため19世紀に植えられたものである。この地域の開発はダイヤモンド鉱山などを牛耳るドイツ系移民の企業家Hermann Ecksteinが開発していた。彼はこの辺りを"forest estates Sachsenwald"と呼んでいた。その名前も、" Saxonwold"に変わり現在は郊外の地名になっている。第一次世界大戦中、白人居住区はこの地域に移り森林も保持され新しい木も植えられたが、現在は北側の開発が進み、多く樹木が伐採されている。20、30年のうちに多くの森林が失われることが危惧されている。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 年間 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月間最高気温(℃) | 35 | 34 | 32 | 29 | 26 | 23 | 24 | 26 | 31 | 32 | 33 | 32 | 35 |
| 平均最高気温(℃) | 26 | 25 | 24 | 21 | 19 | 16 | 17 | 19 | 23 | 24 | 24 | 25 | 22 |
| 平均最低気温(℃) | 15 | 14 | 13 | 10 | 7 | 4 | 4 | 6 | 9 | 11 | 13 | 14 | 10 |
| 月間最低気温(℃) | 7 | 6 | 2 | 1 | -3 | -8 | -5 | -5 | -3 | 0 | 2 | 4 | -8 |
| 降水量(mm) | 125 | 90 | 91 | 54 | 13 | 9 | 4 | 6 | 27 | 72 | 117 | 105 | 713 |
| South African Weather Service(2007年7月26日) | |||||||||||||
[編集] 政治
アパルトヘイト廃止以前は、市内は人種居住区別に11の行政区(アフリカーナー行政区7・アフリカ系、カラード行政区4)が設置されていた。行政区域はきわめて非効率的で、市政府は税支出の90%をアフリカーナー居住区に、アフリカ系やカラード居住区への税支出は10%に過ぎなかった。
1995年、アパルトヘイト廃止に伴い成立した市政府は、税支出の民族別不均衡の是正に取り組むと同時に、民族別居住区の撤廃を実施した。
1999年、市域の拡大を行いヨハネスブルグ市都市圏が発足、市内を民族構成や地域構成を基に約300,000人を目安とした新たな11行政区・109地区[2]に再編した。
2006年2月、市政府は行政サービスの効率化を図るため、市議会の議決を経て7行政区[3]への再編した。
[編集] 行政
- 市長 - アモス・マソンド(アフリカ民族会議)
- 市議会議長 -
- 市議会構成 -
[編集] 行政区分
[編集] 治安
[編集] 概要
南アフリカは世界でも有数の犯罪発生率の高さで、特にヨハネスブルグの危険性は突出しており、「世界最悪の犯罪都市」、「世界の犯罪首都」と称されるほどである。地元警察にて公式発表される殺人事件による犠牲者数は、1日当たりで80名で、外国からの駐在員及び観光客だけでも1日当たりで20名である。これらは警察で認知した公式件数であり、行方不明となったままの外国人も数多く、実際の被害数は地元当局でも把握できない状況にある。
アパルトヘイト廃止後、職を求めて南アフリカに隣接する国家からの不法入国者を含む多くのアフリカ系、カラードが一挙に市街地へと流れ込んだ。しかし、アパルトヘイト時代は黒人に対する教育が非常に乏しかったため、読み書きや初歩的な計算すらできない者も多い。こうした黒人たちが高層ビルの林立する近代都市で職を得る事は難しく、その結果一部の者を犯罪へ駆り立て、多くの犯罪組織が作られることとなり治安は急速に悪化した。
これを嫌った白人の富裕、中産階級層は、ヨハネスブルグから北部のサントン地区などの近郊へと職場(企業)や住居を移した。こうした悪循環で益々仕事の機会がなくなり、中心部など街の一部地区はゴーストタウンと化した。近代的な高層ビル群や高級マンションには、市街地に流れ込んできた職のない黒人たちが不法入居者として住みつき、麻薬取引をはじめとする犯罪の温床と化した。
とりわけ中心部界隈の治安の悪さは、戦時下にない地域としては世界でもワーストクラスとなっており、市域全体でも昼夜を問わず殺人・強盗は日常的に生じ、店のショーウィンドーには鉄格子が据え付けられている。富裕・中産階級層が移転した郊外地区の中心部には、ホテルが併設された大型ショッピングセンターが存在しており、常駐する武装警備員により治安が良好に保たれている。観光ツアーで、単なるショッピングセンターへの立ち寄りが組み込まれる理由はここにあるが、こうした施設の内部でも、宝石店が襲撃され強盗犯と警備員の間で銃撃戦が発生する事例は生じている。
鉄道やバスといった公共交通機関は低所得層が利用する手段であり、旅行者が用いるべきではない。観光客などが空港・商店・ホテルなどの建物間を移動する場合には、主に自動車での送迎が用いられる(ほとんどのホテルは送迎を行っている)。夜間は車であっても危険な地区では決して停車しないように警告されている。
2010年FIFAワールドカップの開催地に決まっているが、治安問題から開催そのものも不安視されている。
[編集] 危険情報
日本の外務省からは、南アフリカに対しては危険情報が出されている[4]が、ヨハネスブルグはその中で1項目として挙げられており、ダウンタウンやヒルブロウ地区については「可能な限り公共輸送機関の利用は避け、同地区には立ち入らないように」という勧告も出されている。
[編集] 産業
[編集] 交通
ヨハネスブルグ国際空港があり、これが南アフリカ共和国の空の玄関である。鉄道、高速道路も各都市を結び、よく整備されている。
[編集] 鉄道
中央駅であるヨハネスブルグパーク駅に各路線が連絡している。
- 寝台列車
- ショショローザ・メイル
- ラックスレール
- 通勤列車
[編集] 空路
国内最大のO・R・タンボ国際空港のほか、国内線専用のランセリア空港、小規模空港であるランド空港、グランドセントラル空港がある。
[編集] 高速道路
[編集] 観光
- テーマパーク
- 動物園
- 博物館
- 美術館
- 商業施設
[編集] 教育
ヨハネスブルグには公立・私立共に質の高い大学がある。2005年1月、ランド・アフリカーンス大学、ウィットウォータズランド工科大学、ビスタ大学の3つが合併し、ヨハネスブルグ大学が設立された。この大学では英語だけでなくアフリカーンス語でも教育が行われる。
[編集] 大学
- ヨハネスブルグ大学
- ウィットウォータズランド大学
- モナシュ大学
[編集] スポーツ
FNBスタジアムが、2010年に開催される第19回FIFAワールドカップの決勝戦を行うファイナルスタジアムとして決定されているが、命名権を持つファースト・ナショナル・バンクのFIFAスポンサー権利範囲が国内に限定されるため、大会中はスタジアム名を「サッカーシティ・スタジアム」に変更する。
- プレミアサッカーリーグ
- スーパー14
- カリーカップ
- サーフィン ジェフリーズベイと呼ばれる世界屈指のサーフポイント。世界大会(WCT)も毎年行われている。
- サウスアフリカンダービー
- SAテニスオープン
[編集] 友好都市
[編集] 脚注
- ^ Statistics South Africa, Community Survey, 2007, Basic Results Municipalities (pdf-file) Retrieved on 2008-03-23.(英語)
- ^ Johannesburg's administrative regions - city of johanenesburg - ヨハネスブルグ市都市圏政府サイト(英語)
- ^ The seven regions - city of johanenesburg - ヨハネスブルグ市都市圏政府サイト(英語)
- ^ http://www.anzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=122#header
[編集] 外部リンク
- 公式
- ヨハネスブルグ市公式サイト (英語)
- 観光
- ヨハネスブルグ - ウィキトラベル
- ヨハネスブルグ観光公式サイト (英語)

