サッカーウクライナ代表
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| 国または地域 | ||||
| 協会 | ウクライナサッカー連盟 | |||
| 愛称 | Жовто Блакитні(青黄軍団) | |||
| 監督 | オレフ・ブロヒン | |||
| 最多出場選手 | アナトリー・ティモシュチュク(106試合) | |||
| 最多得点選手 | アンドリー・シェフチェンコ(45得点) | |||
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| 初の国際試合 | 1992年4月29日対ハンガリー 2-2 |
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| 最大差勝利試合 | 2006年8月15日対アゼルバイジャン 6-0 2009年10月14日対アンドラ 6-0 |
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| 最大差敗戦試合 | 1995年3月25日対クロアチア 0-4 2006年6月14日対スペイン 0-4 |
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| FIFAワールドカップ | ||||
| 出場回数 | 1回(初出場は2006) | |||
| 最高成績 | ベスト8(2006) | |||
| UEFA欧州選手権 | ||||
| 出場回数 | 0回 | |||
サッカーウクライナ代表(Збірна України з футболу)はウクライナサッカー連盟(FFU)により編成されるウクライナのサッカーのナショナルチームである。
目次 |
[編集] 歴史
1991年にウクライナが独立を果たした事に伴い、代表チームは創設された。翌1992年4月29日、ハンガリーとの間で初の国際試合が行われたが、1994 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選への参加は見送った。このため、アンドレイ・カンチェルスキスやヴィクトル・オノプコを始めとしたウクライナ国籍をもつ多くの有力選手たちが、実質的にソビエト連邦代表を継承したロシア代表としてプレーをすることを選択した。
数年後、アンドリー・シェフチェンコやセルヒーイ・レブロフといったタレントが育ち、1998 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選9組ではドイツと接戦を演じ同組2位でプレーオフ進出を果たす。1997年10月から11月にかけて行われたプレーオフの相手はウクライナと同じく独立を果たして間もないクロアチアとの対戦となったが、敵地での初戦を0-2で落すとホームでの第2戦を1-1で引き分け、ワールドカップ出場を逃すこととなった。
UEFA欧州選手権2000予選においてもプレーオフ進出を果たしたがスロベニアに競り負け敗退。2000年にソビエト連邦代表やディナモ・キエフを率いた実績のあるヴァレリー・ロバノフスキーが監督に就任。2002 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選においてもプレーオフ進出を果たしたが、ドイツに競り負け本大会出場を果たせずにいた。
UEFA欧州選手権2004予選敗退後にオレフ・ブロヒンが監督に就任。2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選ではトルコ、デンマーク、ギリシャといったライバルに競り勝ち初の本大会出場を果たす。2006年6月にドイツで行われた本大会では、初戦でスペインに0-4と大敗を喫したものの続くサウジアラビアとチュニジアに2連勝を収めてグループリーグを突破。決勝トーナメント1回戦ではスイスをPK戦の末に下しワールドカップ初出場ながら準々決勝進出を果たした(準々決勝ではこの大会を制したイタリアに0-3で敗れた)。
UEFA欧州選手権2008予選敗退後にブロヒンの後任としてオレクシーイ・ミハイリチェンコが監督に就任。2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選6組ではイングランドに次いで2位となりプレーオフ進出を果たした。ギリシャとのプレーオフでは、2009年11月14日に行われた敵地での初戦を0-0で引分け、同月18日のホームでの第2戦に挑んだが、前半31分に許した失点を覆すことは出来ず0-1で敗退。2大会連続のワールドカップ出場は成らなかった[1]。
[編集] FIFAワールドカップの成績
[編集] UEFA欧州選手権の成績
[編集] 歴代監督
| 氏名 | 期間 | 試合 | 勝 | 分 | 負 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1992 | 3 | 0 | 1 | 2 | ||
| 1992 | 1 | 0 | 1 | 0 | ||
| 1993-1994 | 11 | 4 | 3 | 4 | ||
| 1994 | 2 | 0 | 0 | 2 | ||
| 1994 | 2 | 1 | 1 | 0 | ||
| 1995 | 7 | 3 | 0 | 4 | ||
| 1996-1999 | 32 | 15 | 11 | 6 | ||
| 2000-2001 | 18 | 6 | 7 | 5 | ||
| 2002-2003 | 19 | 5 | 6 | 8 | ||
| 2003-2007 | 46 | 21 | 14 | 11 | 2006 FIFAワールドカップ出場 | |
| 2008-2009 | 20 | 12 | 4 | 4 | ||
| 2010-2011 | 8 | 1 | 5 | 2 | ||
| 2011- | 1 | 1 | 0 | 0 |
[編集] 選手
[編集] キャップ
- 2011年6月1日時点
| 位 | 名前 | キャップ数 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 1 | アナトリー・ティモシュチュク | 106 | 2000- |
| 2 | アンドリー・シェフチェンコ | 101 | 1995- |
| 3 | オレクサンドル・ショフコフスキー | 89 | 1994- |
| 4 | セルヒーイ・レブロフ | 75 | 1992 - 2007 |
| 5 | アンドリー・フシン | 71 | 1993 - 2006 |
[編集] 得点
- 2011年6月1日時点
| 位 | 名前 | 得点数 | 期間 |
|---|---|---|---|
| 1 | アンドリー・シェフチェンコ | 45 | 1995- |
| 2 | セルヒーイ・レブロフ | 15 | 1992 - 2002 |
| 3 | セルヒーイ・ナザレンコ | 11 | 2003- |
| 4 | アンドリー・ヴォロベイ | 9 | 2000 - 2008 |
| 4 | アンドリー・フシン | 9 | 1993 - 2006 |
[編集] 脚注
- ^ Greece grasp finals berth in Ukraine - UEFA.com 2010年6月25日閲覧
[編集] 外部リンク
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