ドミトロ・チグリンスキー

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ドミトロ・チグリンスキー Football pictogram.svg
Dmytro Chygrynskiy3.jpg
名前
本名 ドミトロ・アナトリヨヴィチ・チグリンスキー
Dmytro Anatoliyovych Chygrynskiy
ラテン文字 Dmytro Chygrynskiy
ウクライナ語 Дмитро Анатолійович Чигринський
基本情報
国籍 ウクライナの旗 ウクライナ
生年月日 1986年11月7日(27歳)
出身地 フメリヌィーツィクィイ州イジャスラウ
身長 190cm
体重 85kg
選手情報
在籍チーム ウクライナの旗 FCシャフタール・ドネツク
ポジション DF
背番号 27
利き足 右足
代表歴2
2006- ウクライナの旗 ウクライナ 24 (0)
2. 2010年10月19日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ドミトロ・アナトリヨヴィチ・チグリンスキーウクライナ語: Дмитро Анатолійович Чигринський, 1986年11月7日 - )は、ウクライナフメリヌィーツィクィイ州イジャスラウ出身の同国代表サッカー選手ウクライナ・プレミア・ディビジョンFCシャフタール・ドネツク所属。ポジションはディフェンダー

経歴[編集]

地元のFCカルパティ・リヴィウでプレーしていたチグリンスキーは、14歳の時にウクライナの名門であるFCシャフタール・ドネツクの下部組織に入団した。2003-04シーズンにトップチームでデビューを果たす。

2005-06シーズンにFCメタルルグ・ザポリツィアへレンタル移籍。そこでの活躍が認められ、半年でシャフタール・ドネツクに復帰した。シャフタールでの後半戦では、レギュラーポジションを奪取しリーグ優勝に貢献した。

シーズン終了後、UEFA U-21欧州選手権に出場。リーダーシップを発揮しチームを決勝へ導いていたが最後はオランダに敗れたものの、大会ベストイレブンに選出された。

この時の活躍が認められ、当時のウクライナ代表監督オレグ・ブロヒンから2006 FIFAワールドカップのメンバーに選ばれた。しかし、U-21ユーロで痛めた太腿痛の影響で出番はなかった。

2006-07シーズンは不動のレギュラーの座を獲得し、弱冠20歳にしてキャプテンに昇進した。しかしウクライナリーグは2位に終わり、ウクライナカップも決勝でFCディナモ・キエフに1-2で敗れている。

2007-08シーズンはチームリーダーとしてチームを導き、ウクライナリーグとウクライナ・カップの2冠を獲得し、カップ決勝の最優秀選手にも輝いている。その後はウクライナ代表でも不動の地位を固め、2008-09シーズンはシャフタール・ドネツクでチームをUEFA杯優勝へと導いている。

2009年8月、リーガ・エスパニョーラFCバルセロナに移籍。移籍金は2500万ユーロ(約33億円)の5年契約とされている。移籍の直前にUEFAスーパーカップでシャフタールの選手としてバルセロナ戦に出場。これが同選手のシャフタール最後の試合となった。

しかしバルセロナでは怪我などもありジョゼップ・グアルディオラ監督の信頼は得られなかった。2010年7月、加入後約1年で、シャフタールへ復帰。移籍金は約1500万ユーロ(約16億6000万円)とされている。

人物[編集]

所属クラブ[編集]

→2005-2006 ウクライナの旗 FCメタルルグ・ザポリツィアレンタル移籍

タイトル[編集]

クラブ
ウクライナの旗 FCシャフタール・ドネツク
スペインの旗 FCバルセロナ
個人

脚注[編集]

  1. ^ uefa.com (2009年9月2日). “バルサの岩となるロック好きの新戦力”. 2009年9月3日閲覧。
  2. ^ uefa.com (2009年9月2日). “バルサの岩となるロック好きの新戦力”. 2009年9月3日閲覧。

外部リンク[編集]