オレクサンドル・アリエフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
オレクサンドル・アリエフ Football pictogram.svg
Alex Aliev.jpg
名前
本名 オレクサンドル・オレクサンドロヴィチ・アリエフ
ラテン文字 Oleksandr Oleksandrovych Aliyev
ウクライナ語 Олександр Олександрович Алієв
基本情報
国籍 ウクライナの旗 ウクライナ
生年月日 1985年2月3日(29歳)
出身地 ロシアの旗 ハバロフスク(当時ソビエト
身長 173cm
体重 72kg
選手情報
在籍チーム ウクライナの旗 FCアンジ・マハチカラ
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2002
2002
2002-2005
2005-2006
2006-2010
2010
2011-2013
2012
2014-
ウクライナの旗 ボルィースピリ-2
ウクライナの旗 ディナモ-3 キエフ
ウクライナの旗 ディナモ-2 キエフ
ウクライナの旗 メタルルグ
ウクライナの旗 ディナモ・キエフ
ロシアの旗 ロコモティフ・モスクワ
ウクライナの旗 ディナモ・キエフ
ウクライナの旗 ドニプロ (loan)
ロシアの旗 アンジ・マハチカラ
10 (4)
1 (0)
102 (53)
8 (1)
49 (17)
25 (14)
43 (7)
12 (2)
代表歴2
2008- ウクライナの旗 ウクライナ 22 (6)
1. 国内リーグ戦に限る。2009年6月26日現在。
2. 2011年10月11日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
ディナモ・キエフでプレーするアリエフ

オレクサンドル・オレクサンドロヴィチ・アリエフウクライナ語: Олександр Олександрович Алієв、ラテン文字: Oleksandr Oleksandrovych Aliyev、1985年2月3日 - )は、ソビエト連邦(現ロシア連邦)・ハバロフスク出身のウクライナサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。ウクライナ国籍を持つが民族上はアゼルバイジャン系である。FCディナモ・キエフ所属。

経歴[編集]

FCボルィスフェン・ボルィースピリ-2 (2軍チーム) を経て2002年にディナモ・キエフに入団。ディナモ-3 キエフを経て同年途中で2軍チームのディナモ-2 キエフに昇格。2005年まで在籍し、通算102試合に出場して53得点を挙げた。この実績が評価されたアリエフは、同年ウクライナ・プレミア・ディビジョン所属のFCメタルルグ・ザポリージャに1シーズンの契約でローン移籍した。リーグ戦では8試合に出場して1得点を挙げるにとどまったが、在籍中にザポリージャのウクライナカップ (Кубок України з футболу) 決勝戦進出を経験した (試合は0-1でディナモ・キエフに敗れて準優勝に終わった)。アリエフは69分にセルヒーイ・シシュチェンコと交代する形で出場した。

在籍中にアリエフはU-20ウクライナ代表に選出され、2005 FIFAワールドユース選手権に出場。得点王となったリオネル・メッシに次ぐ5得点を挙げた。

ザポリージャとの契約が満了してディナモ・キエフに戻ってきたアリエフを待っていたのはトップチームへの昇格だった。昇格後、アリエフは出場機会を与えられるようになり、特に2008年に就任したユーリ・セミン監督在任中にはレギュラーとして起用された。UEFAチャンピオンズリーグ 2008-09にディナモ・キエフが出場した時のアリエフはクラブのキープレーヤーとなった。10月21日に行われた1次リーグのFCポルトとの試合では、27メートルを超えるかという距離から直接フリーキックを決めた。この得点が決勝点となり、1-0でディナモ・キエフは勝利した。一方で11月25日に行われたアーセナルFCとの試合中、主審のアラン・ハメル (Alain Hamer) を押してしまい、87分に退場処分を受けるという経験もした。後アリエフはインタビュー中でハメルの事を、「うすのろ・とんちき」という意味合いを込めて"козел" (山羊の意) という言葉で呼び表している。[1]

1次リーグを3位で終えたディナモ・キエフは、ウィンターブレイク後にUEFAカップ 2008-09に出場する事となった。この大会では殆どの試合に出場し、ディナモ・キエフの準決勝進出に貢献した (試合は同じくウクライナから出場し、同大会で優勝したシャフタール・ドネツクに破れてベスト4に終わっている)。リーグ戦ではこの借りを晴らし、優勝を飾った。

代表においてはワールドユースに続き、2006年に開催されたU-21欧州選手権にウクライナ代表の一員として出場し、準優勝を経験した (ただし決勝戦では先発出場を逃した)。アリエフは現在もなお、U-21ウクライナ代表における歴代最多得点者 (8得点) である。

2008年9月6日、2010 FIFAワールドカップの欧州地区予選、ベラルーシ戦にて、アリエフは後半途中でマクシム・カリニチェンコと交代する形でA代表デビューを飾った。

2009年12月、FCロコモティフ・モスクワへの移籍が報じられた[2]が、交渉決裂により一度はディナモ・キエフ残留を表明していたが[3]、2010年2月、正式にロコモティフ・モスクワの一員となった。

2010年5月26日の親善試合・リトアニア戦で、代表初ゴールを含む2得点を挙げた。

個人成績[編集]

所属 年度 リーグ戦 カップ戦 UEFA大会 スーパー杯 合計
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ディナモ・キエフ 2002-2003 2 0 2 0 0 0 0 0 4 0
2003-2004 2 0 1 0 0 0 0 0 3 0
2004-2005 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
FCメタルルグ・ザポリージャ 2005-2006 6 1 3 1 1 0 1 0 11 2
ディナモ・キエフ 2006-2007 3 0 1 0 1 0 0 0 5 0
2007-2008 10 3 3 1 0 0 1 0 14 4
2008-2009 26 13 1 0 16 4 1 0 44 17
2009-2010 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
ロコモティフ・モスクワ 2010 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
合計 49 17 11 2 18 4 3 0 81 23

獲得タイトル[編集]

クラブ[編集]

ウクライナの旗 FCディナモ・キエフ

脚注[編集]

  1. ^ Алиев: "Повторяю: судья - козел!" (ロシア語) FOOTBALL.UA 2008年11月28日付記事 2009年10月18日 12:14 (UTC) 閲覧
  2. ^ Алиев подпишет контракт с "Локо" после нового года (ロシア語) ua-football.com 2009.12.30付記事
  3. ^ Александр Алиев: "Остаюсь в "Динамо" (ロシア語) ua-football.com 2010.1.8付記事

外部リンク[編集]