FCアンジ・マハチカラ

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FCアンジ・マハチカラ
原語表記 Футбольный клуб"Анжи"
Махачкала
愛称 Dagi (Dagestan men)
クラブカラー 黄色・紫
創設年 1991年
所属リーグ ロシア・プレミアリーグ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン マハチカラ
ホームスタジアム アンジ・アレーナ
収容人数 30,000
代表者 ロシアの旗 スレイマン・ケリモフ
監督 オランダの旗 フース・ヒディンク
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

FCアンジ・マハチカラ: Футбольный клуб "Анжи" Махачкала, : FC Anzhi Makhachkala)は、ロシア連邦ダゲスタン共和国マハチカラを本拠地とするサッカークラブである。アンジ・マハチカラのアンジとはクムク語で "真珠" の意味を持ち、古代のクミク族(クムイク人)は、現在ロシア名で "マハチカラ" 呼ばれる場所を "アンジ" と呼んでいた[1]

目次

概要 [編集]

1999年にアンジの監督に就任してプレミアリーグ昇格やUEFAカップ出場権を齎したガジ・ガジエフ。

クラブは1991年にдагнефтепродуктのマゴメド・スルタン・マゴメドフとFCディナモ・マハチカラに所属経験のあるアレクサンドル・マルカロフによって創設された[2]1999年ガジ・ガジエフがアンジの監督に就任。1部リーグ(2部リーグに相当)で優勝してプレミアリーグに初昇格を決める。昇格初年の2000年は4位に食い込み、2001-02シーズンのUEFAカップ出場権を獲得した[2]。2000-01年のロシア・カップでは初の決勝に進み、6月20日に決勝戦が行われた。相手のFCロコモティフ・モスクワとは一進一退の攻防が続いたが、後半の45分に待望の得点を決めた。しかし、その直後のロスタイムにPKを与え、それを決められて試合は延長戦へと突入した。延長戦では決着が着かずPK戦まで縺れ込んだが敗れ、準優勝に終わった[2]UEFAカップ出場権を獲得したアンジはUEFAの規定通りにホーム・アンド・アウェー方式で試合を行う事になっていたが、2001年9月11日に起きたテロの影響で、隣接するチェチェン共和国の情勢が不安定化。その為、試合は中立の会場(ワルシャワ)で行う事になり、本来なら2試合行う筈の試合は1試合になった。相手はスコットランドの強豪グラスゴー・レンジャーズFCで結果は1-0で敗れた。

2002年、ロシア・プレミアリーグで15位に終わり、1部リーグに降格。その後は1部リーグ生活が長く続き、2006年は15位まで沈み2部(実質3部)降格も危ぶまれたが、2009年シーズンで1部リーグ優勝を果たし、プレミアリーグ復帰を果たした[2]

2011年以降 [編集]

2011年1月18日、ロシア・ダゲスタン共和国出身の大富豪スレイマン・ケリモフが財政支援と引き換えに株式を100%取得しクラブのオーナーに就任した[3]。インフラに2億ドルを投資する計画で、4万人以上収容のスタジアムを建設する計画である[4]

ケリモフのオーナー就任後は、スペインレアル・マドリードブラジル代表で活躍したロベルト・カルロス、2009年のブラジル全国選手権セリエA得点王に輝いたジエゴ・タルデッリコリンチャンスのスターであったジュシレイなどの有力選手を次々と獲得した。また、移籍期間中にFCテレク・グロズヌイと破談に終わった、ベルギーリーグの最優秀選手に3度選ばれたムバラク・ブスファを獲得し、AFCアジアカップ2011で活躍したウズベキスタン代表オディル・アフメドフレンタル移籍で獲得した。

シーズンオフはトルコで合宿をした。ロシア・カップ2010/11ではベスト16に進出し、3月1日にベスト8進出を掛けた試合が行われた。相手は昨年のロシア・カップ王者であるゼニト・サンクトペテルブルクで大型補強後、初の公式戦であったが2-3と惜しくも敗れた。2011年3月12日、ロシア・プレミアリーグ2011/12が開幕した。最初の数試合は躓いたものの12試合を終えた時点で2位につけた。6月12日、リーグ戦優勝とUEFAチャンピオンズリーグ出場を狙うアンジはPSVアイントホーフェンで主力として活躍したジュジャーク・バラージュを獲得。8月6日には現役のロシア代表選手であるユーリ・ジルコフを、8月23日にはインテルナツィオナーレ・ミラノからサミュエル・エトオを獲得した[5]。しかし、リーグ戦で伸び悩み監督のガジ・ガジエフを解任、暫定監督はアンドレイ・ゴルデーエフが務めた。2011/2012シーズンは秋春制への移行の為に、試合数が例年の30試合から44試合に増え、2011年11月6日の30試合終了時点で全16チームが、上位8チーム、下位8チームに分かれて残りの14試合を戦う方式が採られていた。アンジは8位というギリギリの順位であったが9位には勝ち点10離していた事から容易に上位陣に滑り込み、2試合を消化して7位という順位で数ヶ月間のウィンターブレイクに突入した。

同年12月下旬のウィンターブレイク中に暫定監督のアンドレイ・ゴルデーエフからバトンタッチする形でユーリー・クラスノジャンがクラブの指揮を執る事になったものの、僅か2ヶ月で辞任した。その数日後にロシア代表などの監督を務めたなオランダ人のフース・ヒディンクを招聘[6]。冬の移籍期間中にはジュジャーク・バラージュをFCディナモ・モスクワへ売却し、結果が出なかったジエゴ・タルデッリはカタールのクラブに売却をした。その一方でブラックバーン・ローヴァーズFCでキャプテンを務めていたDFのクリストファー・サンバを獲得し、若手ではアンダー世代で出場経験のあるオレグ・シャトフアルセニー・ロガショフ(2011年7月加入)を獲得した。ウィンターブレイクが明けて3月に再開されたリーグ戦では代表選手を揃えた上位クラブとの対決により厳しい戦いを迫られたが最終的に順位を2つ伸ばして5位でフィニッシュを果たした。UEFAヨーロッパリーグ 2012-13の予選2回戦からの出場権を獲得したものの、UEFAの執行委員会は7月上旬のキエフでの会議でセキュリティや安全性に問題があるとしてマハチカラで試合を開催しないことを決定して通告をした[7]。そのことからアンジは代替のスタジアムを探し、2011年1月にプレミアリーグから撤退したサトゥルン・ラメンスコーエが使用していたサトゥルン・スタジアムで試合をすることに決めた[8][9]。2012年7月19日、ホームで行われたブダペスト・ホンヴェードFCとの試合ではブラジル人MFのジュシレイが得点を挙げ1-0でUEFA初勝利を記録[10]。アウェーでは4得点の合計5得点を挙げ3回戦へ進出した。8月2日、9日に行われたオランダのフィテッセとの試合ではホームとアウェーで2得点づつ挙げプレーオフ進出を果たした。8月23日、30日に行われたAZアルクマール(2008-09シーズンエールディビジ優勝)との試合ではホームで1得点アウェーでは5得点の大勝をして、初のグループリーグ進出を成し遂げた。グループリーグでは予選で使用していたサトゥルン・スタジアムからFCロコモティフ・モスクワが使用しているロコモティフ・スタジアムに変更をした[11]。グループリーグではリヴァプールFCBSCヤングボーイズウディネーゼ・カルチョらのAグループに組み込まれ、3勝、1分け、2敗の2位で決勝トーナメント進出した。ベスト32ではドイツのハノーファー96をホーム・アウェー合計2-4で降してベスト16に進出。ベスト16はイングランドのニューカッスル・ユナイテッドFCと対戦しホームでの戦いを0-0で引き分けた。アウェーではチャンスを作り出し互角の戦いを演じたが、55分にメディ・カルセラ=ゴンサレスが2枚目となるイエローカードを受け退場となった[12]。10人になった事で数的不利に陥り、防戦一方となったが、隙あらば攻撃に転じるなどしてニューカッスルを脅かしていた[12]アディショナルタイムは3分と表示され、後は延長戦に望みを繋ぐだけであったが、試合終了間際にニューカッスル所属のパピス・シセにヘディングで得点を挙げられて敗れた[12][13]

タイトル [編集]

国内タイトル [編集]

国際タイトル [編集]

なし

過去の成績 [編集]

ロシアの旗 ロシア

シーズン ディビジョン 順位 試合 得点 失点 勝点 国内カップ 欧州カップ戦
1992 2部 ゾーン1 5 38 23 2 13 77 46 48 - -
1993 1 38 27 1 10 98 31 55 ベスト128 -
1994 2部(西) 10 40 19 5 16 57 41 43 ベスト256 -
1995 7 42 24 4 14 47 43 76 ベスト32 -
1996 2 38 28 3 7 99 36 87 ベスト8 -
1997 1部 13 42 18 6 18 66 72 60 ベスト32 -
1998 12 42 17 6 19 47 56 57 ベスト64 -
1999 1 42 26 8 8 55 20 86 ベスト64 -
2000 プレミア 4 30 15 7 8 44 31 52 ベスト8 -
2001 13 30 7 11 12 28 34 32 準優勝 -
2002 15 30 5 10 15 22 42 25 ベスト16 UC 1回戦
2003 1部 6 42 19 13 10 52 33 70 ベスト4 -
2004 8 42 16 12 14 50 53 60 ベスト32 -
2005 11 42 14 13 15 47 48 55 ベスト64 -
2006 15 42 15 8 19 57 66 53 ベスト64 -
2007 10 42 16 9 17 41 44 57 ベスト32 -
2008 6 42 20 12 10 63 35 72 ベスト64 -
2009 1 38 21 12 5 61 31 75 ベスト32 -
2010 プレミア 11 30 9 6 15 29 39 33 ベスト16 -
2011-12 5 44 19 13 12 54 42 70 ベスト16 -

欧州カップ戦での試合一覧 [編集]

シーズン 大会 ラウンド クラブ ホーム アウェー 合計
2001–02 UEFAカップ 1R スコットランドの旗 レンジャーズ 0–11 N/A 0–1 Symbol delete vote.svg
2012–13 UEFAヨーロッパリーグ 2Q ハンガリーの旗 ホンヴェード 1–0 4–0 5–0 Symbol keep vote.svg
3Q オランダの旗 フィテッセ 2–0 2–0 4–0 Symbol keep vote.svg
PO オランダの旗 AZ 1–0 5–0 6–0 Symbol keep vote.svg
Group A イングランドの旗 リヴァプール 1–0 0–1 2nd place Symbol keep vote.svg
イタリアの旗 ウディネーゼ 2–0 1–1
スイスの旗 ヤングボーイズ 2–0 1–3
Round of 32 ドイツの旗 ハノーファー 3–1 1–1 4–2 Symbol keep vote.svg
Round of 16 イングランドの旗 ニューカッスル 0–0 0–1 0–1 Symbol delete vote.svg

1 セキュリティの懸念のために中立の会場(ポーランド)で1試合を行った。

現所属メンバー [編集]

2013年2月28日現在
No. Pos. 選手名
1 ロシアの旗 GK ウラジーミル・ガブロフ
2 ロシアの旗 DF アンドレイ・エシュチェンコ
3 ロシアの旗 DF アリ・ガジベコフ
5 ブラジルの旗 DF ジョアン・カルロス (Flag of Belgium.svg)
6 モロッコの旗 MF ムバラク・ブスファ (Flag of the Netherlands.svg)
7 ロシアの旗 MF カミル・アガラロフ
8 ブラジルの旗 MF ジュシレイ
9 カメルーンの旗 FW サミュエル・エトオ (Captain sports.svg)(Flag of Spain.svg)
10 ブラジルの旗 MF ウィリアン
13 ロシアの旗 DF ラシム・タギルベコフ
14 ロシアの旗 MF オレグ・シャトフ
15 ロシアの旗 DF アルセニー・ロガショフ
No. Pos. 選手名
16 モロッコの旗 MF メディ・カルセラ=ゴンサレス (Flag of Belgium.svg)
17 ロシアの旗 MF シャリフ・ムハンマド (Flag of Afghanistan.svg)
18 ロシアの旗 MF ユーリ・ジルコフ
19 コートジボワールの旗 FW ラシナ・トラオレ (Flag of Burkina Faso.svg)
20 ロシアの旗 FW フョードル・スモロフ
22 ロシアの旗 GK エフゲニー・ポマザン
25 ウズベキスタンの旗 MF オディル・アフメドフ
26 ロシアの旗 GK アザマト・ジオエフ
28 ロシアの旗 FW セルデル・セルデロフ
33 ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 DF エミル・スパヒッチ
37 ブラジルの旗 DF エヴェルトン
85 フランスの旗 MF ラッサナ・ディアッラ (Flag of Mali.svg)

ローン移籍選手 [編集]

No. Pos. 選手名
-- ロシアの旗 GK アブドゥラ・ガジカディエフ (FCダグジゼル・カスピースク)
-- ロシアの旗 FW ニキータ・ブルミストロフ (アムカル・ペルミ)

歴代監督 [編集]

歴代在籍選手 [編集]

GK [編集]

DF [編集]

MF [編集]

FW [編集]

脚注 [編集]

外部リンク [編集]