2006 FIFAワールドカップ
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| 2006FIFAワールドカップ 2006 FIFA World Cup FIFA Fußball-Weltmeisterschaft Deutschland 2006 |
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|---|---|
| 大会概要 | |
| 開催国 | |
| 日程 | 2006年6月9日 - 7月9日 |
| チーム数 | 32 (6連盟) |
| 開催地数 | 12 (12都市) |
| 大会結果 | |
| 優勝 | |
| 準優勝 | |
| 3位 | |
| 4位 | |
| 大会統計 | |
| 試合数 | 64試合 |
| ゴール数 | 147点 (1試合平均 2.3点) |
| 総入場者数 | 3,353,655人 (1試合平均 52,401人) |
| 得点王 | |
| 最優秀選手 | |
| < 20022010 > |
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2006 FIFAワールドカップ (2006 FIFA World Cup Germany) は、2006年6月9日から7月9日までドイツで開催された第18回FIFAワールドカップである。2000年7月6日にスイスでのFIFA理事会で開催国がドイツに決まった。1974年の旧西ドイツ大会から32年。そして、ヨーロッパでの開催は今大会で10度目である。理事による決選投票では、ドイツ12票に対して、次点の南アフリカは11票と接戦だった。
優勝トロフィーは、3代目になる。地球を2人の人間が支えるデザインで、2代目の大陸と日本が陸続きになっていたのが正確に修正された。高さ36.8cm、重さ6175g。前大会までは、優勝国が次の大会まで管理していたが、今大会からは表彰式直後にFIFAによって回収・保管されることになり、優勝国にはレプリカが贈られることになった。
目次 |
[編集] 開催国決定の決定
前述のとおりドイツ12票対南アフリカ11票と接戦の末ドイツ開催が決まったが、これにはちょっとしたエピソードがある。
2006 FIFAワールドカップの開催国は、2000年7月6日にスイスのチューリッヒで行われた、FIFA理事会における決選投票で決められた。ドイツ・南アフリカ・イングランド・モロッコが最終選考に残り、1回目の投票でモロッコが、2回目の投票でイングランドが、それぞれ脱落し、ドイツと南アフリカの最終決戦となった。
ところが、最終決選投票を前にして、当時のOFC会長でもあったチャールズ・デンプシー理事が、突然会場を離れ、ニュージーランドへ帰国してしまった。彼はイングランド出身であったため、イングランドが残っていた間はイングランドに票を入れていたが、イングランドが脱落した場合は南アフリカに票を回すつもりであった。ジョセフ・ゼップ・ブラッター会長も、アフリカでのワールドカップ開催を希望していただけに、ドイツ開催決定は大方の予想を裏切るものとなってしまった。
デンプシー理事は棄権については「生命の危険を感じた」と語っており、脅迫を受けていたことも語った。ただ、棄権の理由についてはUEFAからの圧力がかかったなどいくつか理由があるが、明確な理由は判明していない。なおデンプシー理事はその後、FIFA理事とOFC会長を辞任した。
[編集] 予選
205のFIFA加盟国のうちジブチ、プエルトリコ、ブータン、ブルネイ、カンボジア、フィリピン、ミャンマー(除外処分)を除く198の国・地域がエントリー(開催国ドイツを含む)、その後グアム、ネパール、中央アフリカが棄権し195カ国となった。 1次予選の組み合わせ抽選は2003年12月5日にドイツのフランクフルトで行われ、2004年1月から各地で1次予選が始まり、2005年11月に出場32か国が出揃った。
前回大会(2002年の日韓大会)までは、大会開催国(日韓大会では日本と韓国)及び、前回大会優勝国(日韓大会では、1998年のフランス大会のフランス)に予選免除の特別出場枠が与えられていたが、予選免除に伴うデメリットの懸念や予選枠拡大を理由として、今大会からは開催国枠(ドイツ)しか設けられなかった。このため、前回日韓大会の優勝国ブラジルも、予選からスタートして今ドイツ大会への出場権を得た。
また、今大会の予選で勝ち点が並んだ場合は得失点差ではなく、当該チームの直接対決で上回ったほうが上位になることになった。これが適用されたのがアフリカ予選グループ4で、アンゴラとナイジェリアが勝ち点が並び、得失点差はナイジェリアの方が上回っていたが、直接対決がアンゴラの1勝1分だったため、アンゴラが本大会出場権を獲得した。
[編集] ヨーロッパ予選
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選」を参照
UEFA出場枠 : 13 + ドイツ(開催国)
- 51の国および地域が参加。8組(7チームの組が3つ、6チームの組が5つ)に分かれ、ホーム・アンド・アウェー方式の総当りリーグ戦で争う。各組の1位および、2位のうち勝ち点の多い2チームが(ワイルドカードとして)本大会に出場。なお7チームの組では最下位チームとの対戦成績は考慮されず、最下位チームを除いた残り5チームとの対戦成績で計算される。
- 各組の2位のうち残りの6チームはホーム・アンド・アウェー方式のプレーオフにまわり、勝った国が本大会に出場。
[編集] 南米予選
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・南米予選」を参照
CONMEBOL出場枠 : 4.5
- 組み合わせ抽選より前の2003年9月6日から開幕。
- 10か国が参加、ホーム・アンド・アウェー方式の総当りリーグ戦で争われ、上位4か国が本大会に出場。
- 予選5位はオセアニア予選の勝者とプレーオフを行い、勝った場合にのみ本大会に出場。
[編集] 北中米カリブ海予選
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・北中米カリブ海予選」を参照
CONCACAF出場枠 : 3.5
- 1次予選は、参加した34の国と地域のうち、20チームが10組に分れ対戦。勝者10チームと残り14チームの計24チームが12組に分かれて対戦し、勝者12チームが2次予選進出。
- 2次予選は、1次予選を勝ち上がった12チームが3組に分れ1回総当りリーグ戦で争われ、各組上位2チームの計6チームが最終予選に進出。
- 最終予選は、2次予選を勝ち上がった6チームがホーム・アンド・アウェー方式の総当りリーグ戦で争い、上位3チームが本大会出場。
- 最終予選4位はアジア予選5位とプレーオフを行い、勝った場合にのみ本大会に出場。
[編集] アフリカ予選
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・アフリカ予選」を参照
CAF出場枠 : 5
- 1次予選は、参加51か国のうち、42か国が2003年10月から11月にかけてホーム・アンド・アウェー方式で争い、勝者が最終予選に進出。
- 最終予選は、1次予選で勝ちあがった21か国と、免除された9か国(2002年大会出場5か国と、2003年6月25日発表FIFAランキングの上記5か国を除いた上位4か国のモロッコ・エジプト・コートジボワール・コンゴ民主共和国)を合わせた30か国が6か国ずつ5組に分かれて行い、各組1位が本大会出場。
[編集] アジア予選
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・アジア地区予選」を参照
AFC出場枠 : 4.5
- 予選に参加した39の国と地域のうち、2003年10月22日発表のFIFAランキング下位14の国と地域が、2003年11月下旬から12月初旬にかけてホーム・アンド・アウェー方式の予備予選を行い、勝った7チームが1次予選進出。
- 1次予選は、予備予選で勝ちあがった7チームに加え、FIFAランキング上位25の国とを加えた32チームが4チームずつの8組に分かれて行い、上位1位が最終予選に進出。
- 最終予選は、1次予選で勝ちあがった8チームが4チームずつのA組・B組の2組に分かれて行い、両組2位までが本大会に出場。
- 最終予選両組の3位はホーム・アンド・アウェー方式の5位決定戦を行う。勝者は北中米カリブ海予選4位とプレーオフを行い、勝った場合にのみ本大会に出場。
[編集] オセアニア予選
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・オセアニア地区予選」を参照
OFC出場枠 : 0.5
- 1次予選は、オーストラリアとニュージーランドを除く10の国と地域が5チームずつの2組に分かれて行い、各組上位2チームが2次予選に進出。
- 2次予選は、1次予選を勝ち上がった4チームにオーストラリアとニュージーランドを加えて行い、上位2チームがオセアニア首位決定戦に進出。
- オセアニア首位決定戦(最終予選)は、ホーム・アンド・アウェー方式で争う。勝者は南米予選5位とプレーオフを行い、勝った場合にのみ本大会に出場。
[編集] 出場国
[編集] ヨーロッパ
ドイツ(開催国&前回準優勝…14大会連続16度目、西ドイツ時代も含む)
オランダ(2005年10月8日、欧州予選1組1位…2大会ぶり8度目)
チェコ(2005年11月16日、欧州予選1組2位…4大会ぶり9度目、チェコスロバキア時代も含む。分裂後は初出場)
ウクライナ(2005年9月3日、欧州予選2組1位…初出場)
ポルトガル(2005年10月8日、欧州予選3組1位…2大会連続4度目)
フランス(2005年10月12日、欧州予選4組1位…3大会連続12度目)
スイス(2005年11月16日、欧州予選4組2位…3大会ぶり8度目)
イタリア(2005年10月8日、欧州予選5組1位…12大会連続16度目)
イングランド(2005年10月8日、欧州予選6組1位…3大会連続12度目)
ポーランド(2005年10月8日、欧州予選6組2位…2大会連続7度目)
セルビア・モンテネグロ(2005年10月12日、欧州予選7組1位…2大会ぶり10度目、ユーゴスラビア時代も含む)
スペイン(2005年11月16日、欧州予選7組2位…8大会連続12度目)
クロアチア(2005年10月8日、欧州予選8組1位…3大会連続3度目)
スウェーデン(2005年10月12日、欧州予選8組2位…2大会連続11度目)
[編集] 南アメリカ
ブラジル(2005年9月4日、南米予選1位…18大会連続18度目:前回優勝国)
アルゼンチン(2005年6月9日、南米予選2位…9大会連続14度目)
エクアドル(2005年10月8日、南米予選3位…2大会連続2度目)
パラグアイ(2005年10月8日、南米予選4位…3大会連続7度目)
[編集] 北中米・カリブ海
アメリカ合衆国 (2005年9月3日、北中米・カリブ海最終予選1位…5大会連続8度目)
メキシコ (2005年9月7日、北中米・カリブ海最終予選2位…4大会連続13度目)
コスタリカ (2005年10月8日、北中米・カリブ海最終予選3位…2大会連続3度目)
トリニダード・トバゴ (2005年11月16日、北中米・カリブ海最終予選4位…初出場)
[編集] アフリカ
トーゴ(2005年10月8日、アフリカ予選1組1位…初出場)
ガーナ(2005年10月8日、アフリカ予選2組1位…初出場)
コートジボワール(2005年10月8日、アフリカ予選3組1位…初出場)
アンゴラ(2005年10月8日、アフリカ予選4組1位…初出場)
チュニジア(2005年10月8日、アフリカ予選5組1位…3大会連続4度目)
[編集] アジア
サウジアラビア(2005年6月9日、アジア最終予選A組1位…4大会連続4度目)
大韓民国(2005年6月9日、アジア最終予選A組2位…6大会連続7度目:前回開催国)
日本(2005年6月8日、アジア最終予選B組1位…3大会連続3度目:前回開催国)
イラン(2005年6月8日、アジア最終予選B組2位…2大会ぶり3度目)
[編集] オセアニア
オーストラリア(2005年11月16日、オセアニア予選1位…8大会ぶり2度目)
[編集] 会場一覧
| 都市 | 競技場 | 大会期間中の名称 | 使用クラブ | 収容人数 |
|---|---|---|---|---|
| ベルリン | オリンピアシュタディオン | オリンピアシュタディオン | ヘルタ・ベルリン | 77,176 人 |
| ドルトムント | シグナル・イドゥーナ・パーク | FIFAワールドカップスタジアム・ドルトムント | ボルシア・ドルトムント | 64,000 人 |
| フランクフルト | コメルツバンク・アレーナ | FIFAワールドカップスタジアム・フランクフルト | アイントラハト・フランクフルト | 50,132 人 |
| ゲルゼンキルヒェン | ヴェルティンス・アレーナ | FIFA ワールドカップスタジアム・ゲルゼンキルヒェン | シャルケ04 | 53,804 人 |
| ハンブルク | AOLアレーナ | FIFAワールドカップスタジアム・ハンブルク | ハンブルガーSV | 51,055人 |
| ハノーファー | AWDアレーナ | FIFAワールドカップスタジアム・ハノーファー | ハノーファー96 | 44,652人 |
| カイザースラウテルン | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン | 1.FCカイザースラウテルン | 41,170人 |
| ケルン | ライン・エネルギエ・シュタディオン | FIFAワールドカップスタジアム・ケルン | 1.FCケルン | 46,120人 |
| ライプツィヒ | ツェントラール・シュタディオン | ツェントラール・シュタディオン | FCザクセン・ライプツィヒ(FC Sachsen Leipzig) | 44,199人 |
| ミュンヘン | アリアンツ・アレーナ | FIFAワールドカップスタジアム・ミュンヘン | バイエルン・ミュンヘン、TSV1860ミュンヘン | 66,000人 |
| ニュルンベルク | e@syCredit-Stadion | FIFAワールドカップスタジアム・ニュルンベルク | 1.FCニュルンベルク | 41,926人 |
| シュトゥットガルト | ゴットリーブ・ダイムラー・シュタディオン | ゴットリーブ・ダイムラー・シュタディオン | VfBシュトゥットガルト | 54,267人 |
※FIFA主催の国際大会では、FIFA管理エリア内での公式スポンサー・サプライヤー以外の企業名の露出は一切許されないため、命名権を採用しているスタジアムについては大会中スタジアムの呼称を「FIFAワールドカップ・スタジアム(独語:FIFAヴェルトマイスターシャフト・シュタディオン)・(都市名)」と一時的に変更し開催する。
[編集] 本大会
[編集] 概要
[編集] 無風・欧州中心の大会
強豪国が次々と敗れて新興国が上位に進出し、「新時代の到来」と呼ばれた2002年日韓大会から打って変わり、本大会は波乱が殆ど起こらない、順当な上位の顔ぶれとなった。ベスト16のうちガーナ、メキシコ、オーストラリアを除く13チームが、更にベスト8は1998年フランス大会以来2大会ぶりに欧州と南米のみで占められた。前回大会8強のアメリカ合衆国、初出場ながら好選手を揃えたコートジボワールなどのダークホースと目された第三勢力はことごとく一次リーグで姿を消し、前回大会で日本、韓国が決勝トーナメントに進出したアジア勢は、出場4チーム(予選時はオセアニア所属だったオーストラリアを除く)全てが一次リーグ敗退という散々な成績に終わった。
ただその中でも、本大会唯一の番狂わせとも言える黄金時代を築いたチェコの一次リーグ敗退を引き起こしたガーナ、組合せに恵まれなかったものの強豪と互角に戦ったコートジボワール、「出場全チーム中最弱」と万人に目されながらイングランド、スウェーデンを苦しめたトリニダード・トバゴなど、欧州・南米に勝るとも劣らない好チームも多く見られた。
また、下馬評で圧倒的な優勝候補と目されていたブラジル、一次リーグで「最も華麗なチーム」と呼ばれたアルゼンチンの南米2強がいずれもベスト8で姿を消し、ベスト4は1982年スペイン大会以来、6大会ぶりに欧州のチームが独占した。酷暑の昼間開催の試合が多かったことと合わせ、欧州開催の地の利が存分に発揮された大会だったと言える。
[編集] 審判改革、カードの乱発
誤審問題で大揺れした日韓大会の反省から、本大会では審判に関して様々な改革が行われた。従来はバラバラの国から選んでいた主審、副審を、意思の疎通がしやすいよう出来るだけ同国出身の組合せに統一し、更に組合せを試合ごとにシャッフルせずにチームを組ませ、試合中にはインカムで連絡を交わすことで、ジャッジの向上を図った。更に、遅延行為などに対する判定はより厳しくすることが求められた。
この審判改革は一定の成果を挙げたが、ジャッジが厳格化されたことから、結果的には前回大会をはるかに越える枚数のカードの乱発を生んだ(1大会の退場者総数28人は史上最多)。審判がカード提示の記録をミスして、同一選手に3枚のイエローカードが提示された一次リーグF組のクロアチア-オーストラリア戦、W杯史上最多タイの16枚のイエローカード、最多の4枚のレッドカードが提示された決勝トーナメント1回戦のポルトガル-オランダ戦など、いくつかの試合においてはまたもその判定が物議を醸すこととなった。
なお、日本から派遣された上川徹が、一次リーグのポーランド-エクアドル戦、イングランド-トリニダード・トバゴ戦、並びに3位決定戦のドイツ-ポルトガル戦の3試合で主審を務め(副審として組んだのは日本人の広嶋禎数と韓国人の金大英)、日本人として初めてW杯で2試合以上、かつ決勝トーナメントの笛を吹いた主審となっている。
[編集] 4強各国の躍進、ブラジルの失墜
前述したように、全体的には波乱が殆ど起こらなかった本大会だが、ベスト4の顔ぶれはそれなりに意外なものとなった。特に世界を驚かせたのは、開幕前の下馬評が非常に低かったドイツとフランスの躍進である。
タレントに欠けると言われ、親善試合でも結果が出なかった開催国ドイツは、蓋を開ければ抜群の得点力を武器に勝ち進み、戦前の予想を大きく覆す3位に入賞。ミロスラフ・クローゼが得点王にも輝いた。また、予選、親善試合、更には開幕後の一次リーグでも大苦戦し、早期敗退が有力視されたフランスは、本大会限りで引退するジネディーヌ・ジダンの花道を飾ろうとチームが団結し、最終的には準優勝に輝いた。開幕前に勃発したカルチョ・スキャンダルに揺れていた優勝国のイタリア、開幕前はダークホース扱いだった4位のポルトガルを含め、ベスト4の面々はいずれも何らかの逆境を跳ね除けて勝ち上がったものだった。
対照的に、「カルテット・マジコ」と呼ばれる豪華な攻撃陣を抱え、圧倒的な優勝候補筆頭に挙げられていた前回優勝国のブラジルは、自慢のマジコが全く機能せずに準々決勝でフランスに敗退。王者の座をイタリアに明け渡すことになった。
[編集] 人種差別問題
決勝トーナメント1回戦のフランス対スペインの試合前において、フランス黒人に対して罵る行為がおきた。そのため、準々決勝4試合において人種差別に反対する声明を起こした。
[編集] チケット問題
チケットの転売を防止するために、前回の日韓大会よりチケットに購入者の名前を記載した観戦チケットを発行したが、本大会は更にICチップをチケットに組み込み、チケットを発行した。このICチップには、購入者の名前、生年月日、パスポート番号などの個人情報をホストコンピューターに記録し、チケットに記載されている購入者の名前と共に身分証明書とチケットを照合し、本人確認が出来るシステムを行なった。組織委員会は「他人名義での入場は許可しない」と公式見解を示し、入場者には入場時に写真や自署入りの身分証明書を携帯するように呼びかけた。チケットはインターネットを通じて販売した約307万枚の他に公式スポンサーや各国サッカー協会に分配された。
しかし2006年春頃よりスポンサーが顧客などに贈ったはずのチケットやVIP用チケットが、インターネットオークションに大量に流出。更にはチケットに購入者として名義登録された人が、今回のシステムを十分に理解しながら他人に譲渡した例も多く、厳しい本人確認を行なえば、ゲートの混乱は避けられないと予想された。[1]。
結局大会が開催されると本人確認は行なわれず、チケットが本物であれば入場が出来た。入場の際は、ICチップ部分を入場ゲートの読み取り部分にかざし、真贋を見分ける方法を取った。これにより会場外ではダフ屋が横行、更には開催まで間に合う試合に関してはインターネットオークションでも転売された。[2]。最終的にICチップを利用した本人確認、転売防止策は失敗に終わり、ICチップはチケットの真贋のみに利用されただけであった。
また前々回のフランス大会、前回の日韓大会に続き、またもやチケットに関する問題が発生した。
ワールドカップの観戦ツアーを予定していたマックスエアサービスが、開幕戦直前となる2006年5月31日に観戦ツアーの中止を発表した。
マックス社は5月30日の夜、自身のホームページを通じ「観戦ツアーを全てキャンセルする」と発表。突然の中止発表にツアーの参加予定は混乱し、問い合わせが相次いだ翌日の31日にマックス社は会見を行い、「中国側にだまされた」とし、ツアーの中止に関して謝罪した。
マックス社は知人の中国人男性から「中国国際体育放遊公司」社を紹介され、2006年1月に3744人分のチケット入手を依頼する契約を締結。マックス社はFIFAからの中国サッカー協会割当分を入手を見込んでいたため、その入手のために公司と契約、その際公司側から「2008年には北京オリンピックがあり、各大使館との間でW杯チケットと五輪チケットを交換する約束が出来ている。」と説明を受け、契約の際に「公社がチケットを確保出来なかった場合、受け取った金額はマックス社に全額返金する」と記載されていた。更に公司側より「チケット代金を払ってもらわないと、チケットを入手出来ない。」と要求されたため、マックス社はチケット入手予定者の名簿を渡し、中国側に代金約8000万円を支払った。しかし5月下旬になってもチケット側が届かなかったため、社長自ら北京に出向いたところ、5月29日になって公司側より「チケットが入手出来ない。あと3日待って欲しい。」と言われ、同日夕方より先方と連絡が取れなくなった。 (尚、中国国際体育放遊公司は、中国のスポーツ部門の監督省庁である国家体育総局直属の国家第1旅行会社である。) [3][4]。
この事態に国土交通省は観戦ツアーを計画している旅行会社に対し、チケット確保に万全を期するように決め、31日付で日本旅行協会に通達、チケット入手先との契約などを改めて点検し、参加者の募集を終えた後も入手先との連絡を蜜に取ることなどを決めた[5]。またツアー中止の報道を受け、ツアーを企画している旅行代理店には「チケットの入手は大丈夫か?」との問い合わせが殺到した。
この時点で公司側は「代金の9割は返金した。残りの1割が未返金なのは、チケットを確保出来る見込みがあるから。」と語った。しかしながらマックス社は「約半分は返金されたが、残り半分は返金されていない。」と語り、両者の言い分が食い違う事態となった。[6]。
その後マックス社は、再度会見を行なった。会見の場で、ツアーに申し込んだ顧客1270人のうち、すでに代金を支払った866人に対し、ツアー中止発表後に国内のチケット業者からチケットを購入した148枚を割り当てた顧客と、自力でチケットを入手した顧客を含めた計258人分のツアーは予定通り手配したが、残りの608人に対してはツアー代金の返金の目処が立っていないことを発表した。また中国側より支払代金の一部4120万円は返金されたが、残りの代金3080万円はまだ返金されておらず、「中国側に損害賠償を請求するほか、社の全資産を償却してでも、最終的には顧客に全額返金したい。」と語った。 また国交省の調べたところ、チケットの発送等の遅れにより、この日までにツアーを企画した29社中13社で計250枚のチケットが、未入手であることが判明した。[7]。
この騒動に乗じて、旅行業者登録の無い業者「WC-tours」が、業者登録があるかのようにチケット付き観戦ツアーを企画、ホームページで参加者を募集する事態も発生、「申し込み日翌日より3営業日に申込金全額を支払わなければ、自動的にキャンセル」と客に支払いを急がせる記載をした。同社は6月1日に毎日新聞の取材に対し「チケットは200枚用意し、現地にて手渡す予定。ツアーは20-30種類で35万-90万円。ほとんど残りは無い。」と説明したが、後日連絡が取れなくなった。このような代金の振込みを急がせる記載を行なったため、実際に代金を振り込んでしまった客もいた。尚、この業者が記載していた東京都の登録番号は別の業者の登録番号であり、当時すでに登録が抹消されていた。また日本旅行業協会も「登録していた事実は無い。」とし、記載されていた住所も別の会社が入居していた。これに対し東京都産業労働局は「正規に登録している業者なら都として指導できるが、登録番号を偽装している業者には指導が出来ない。」と語り、注意を呼びかけるのが精一杯であった[8]。
6月15日、マックス社は東京地裁に自己破産を申し立てるなどの法的手段を取り、ツアー申込者への全額返金が出来ない事態となった。[9]。
[編集] その他
- 3大会連続3回目の出場となった日本は、3戦1分2敗で一次リーグ敗退。初のW杯アウェー勝利は叶わなかった。またアジアの出場国すべてが一次リーグ敗退に終わり、アジア勢の躍進はならなかった。
- 中田英寿、ジダン、フィーゴ、カーン、ネドヴェドなど、何人かの有力選手がこの大会限りで現役生活や代表に別れを告げた。
- 大会前は「ロナウジーニョのための大会」と言われていたが、今大会は良くも悪くも「ジダンのための大会」であったと言える。ジダンは今大会のMVPに選ばれている。
- 大会史上初めて、ハットトリックの達成者が出なかった。
- ブラジル代表ロナウドがゲルト・ミュラー(西ドイツ)の14得点を抜き、ワールドカップ通算得点歴代1位(15得点)になる。
- 決勝はイタリア対フランスであったが、各ユニフォームはプーマ社製とアディダス社製であり、両社ともドイツの会社である。
[編集] グループリーグ
[編集] 順位の決め方
本大会でも予選のときと同様に勝ち点で並んだ場合は得失点差ではなく、当該チームの直接対決で上回ったほうが上位になる方式を適用する予定であったが、ユーロ2004のグループCでの談合疑惑を見て、本大会では前回までの勝ち点が並んだ場合は得失点差で上回ったほうが上位になる方式に戻された。なお変更後の規定では、2チーム以上が勝ち点で並んだ場合、全3試合の得失点差、総得点の順に決定する。それでも決まらない場合は、当該チームの直接対決の結果で順位付けを行い、これが引き分けだった場合はくじ引きで順位を決定する。
[編集] 組み合わせ抽選
本大会のグループリーグの組み合わせ抽選は、開催国であるドイツ・ライプツィヒで、2005年12月9日に行われた。この抽選会の模様は全世界に生中継され、日本でも12月10日早朝にNHKにて放送された。またこの抽選を引き当てる代表として中山雅史が選ばれ、ドイツの抽選会に参加し、抽選の大役を担った。
抽選方法は、以下の通りとなり、
- ホスト国であるドイツ、前回大会優勝のブラジルと、過去のワールドカップ直近2大会の成績、並びにFIFAナショナルチームランキングを基準として、イタリア、フランス、アルゼンチン、スペイン、メキシコ、イングランドの8か国をシード国を「ポット1」 独W杯公式シード算出方法と結果(以下の通り[1])
W杯過去2大会の成績は優勝が32ポイント、準優勝が31ポイントと順位に従い減るものとし、1次リーグ敗退は3位で敗退時9ポイント、4位で敗退時8ポイントになる。そして、1998年仏W杯本大会の成績は1倍、2002年日韓W杯本大会の成績は2倍として合計ポイントを3で割る。→W杯本大会のポイント(1)
過去3年の世界ランキングが出場国中最も高い国に32ポイント、それに次ぐ国に31ポイントを与え合計を3で割る。
注:計算するFIFAランクは年平均ではない。2003年と2004年は12月時点のFIFAランク、2005年は11月時点のFIFAランクを使う(抽選会が12月の為)。→FIFAランク3年間のポイント(2)
(1)+(2)=W杯シードポイント W杯シードポイント上位7カ国と開催国ドイツが第1シード。
さらにそれ以外の国々を大陸別に分類した上で、
- 南米、アフリカ、オセアニアを「ポット2」
- ヨーロッパを「ポット3」
- アジア、北中米・カリブ海を「ポット4」
に分けて抽選が行われた。但し、ヨーロッパのうち、ヨーロッパで最もFIFAランキングが低かったセルビア・モンテネグロは同じ組にヨーロッパのチームが3か国入ることを避けるため、「スペシャルポット」に入れられた。
詳細な手順は以下の通りである。
- ドイツはA組、ブラジルはF組決定。
- 残りのシードポット1の6か国を順にドローし、B-E、G-H組に入れる。
- ポット2の8か国を順にドローし、A-H組に入れる。
- ポット3の8か国を順にドローし、A-H組に入れる。
- セルビア・モンテネグロが入る組をブラジル、アルゼンチン、メキシコが入った組から1つ選ぶ。
- セルビア・モンテネグロが入った組を除き、ポット4の7か国を順にドローし、各組に入れる。
この結果、CとEが死のグループに、日本はブラジルのいるFグループへ。
[編集] グループ A
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 9 | 3 | 3 | 0 | 0 | 8 | 2 | +6 | |
| 6 | 3 | 2 | 0 | 1 | 5 | 3 | +2 | |
| 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 4 | -2 | |
| 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 3 | 9 | -6 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月9日 18:00 | |||
| 4 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ミュンヘン、ミュンヘン 入場者数: 66,000人 |
||
| ラーム クローゼ フリンクス |
ワンチョペ |
| 2006年6月9日 21:00 | |||
| 0 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ゲルゼンキルヘン、ゲルゼンキルヒェン 入場者数: 52,000人 |
||
| C・テノリオ デルガド |
| 2006年6月14日 21:00 | |||
| 1 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ドルトムント、ドルトムント 入場者数: 65,000人 |
||
| ノイビル |
| 2006年6月15日 15:00 | |||
| 3 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ハンブルク、ハンブルク 入場者数: 50,000人 |
||
| C・テノリオ デルガド カビエデス |
| 2006年6月20日 16:00 | |||
| 0 - 3 | オリンピアシュタディオン、ベルリン 入場者数: 72,000人 |
||
| クローゼ ポドルスキー |
| 2006年6月20日 16:00 | |||
| 1 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ハノーファー、ハノーファー 入場者数: 43,000人 |
||
| ゴメス |
ボサチキ |
[編集] グループ B
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 5 | 2 | +3 | |
| 5 | 3 | 1 | 2 | 0 | 3 | 2 | +1 | |
| 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 2 | 2 | 0 | |
| 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 0 | 4 | -4 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月10日 15:00 | |||
| 1 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム フランクフルト、フランクフルト 入場者数: 48,000人 |
||
| オウンゴール |
| 2006年6月10日 18:00 | |||
| 0 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ドルトムント、ドルトムント 入場者数: 62,959人 |
||
| 2006年6月15日 18:00 | |||
| 2 - 0 | フランケン・シュタディオン、ニュルンベルク 入場者数: 41,000人 |
||
| クラウチ ジェラード |
| 2006年6月15日 21:00 | |||
| 1 - 0 | オリンピアシュタディオン、ベルリン 入場者数: 72,000人 |
||
| ユングベリ |
| 2006年6月20日 21:00 | |||
| 2 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ケルン、ケルン 入場者数: 45,000人 |
||
| アルベック ラーション |
J・コール ジェラード |
| 2006年6月20日 21:00 | |||
| 2 - 0 | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン、カイザースラウテルン 入場者数: 46,000人 |
||
| オウンゴール クエバス |
[編集] グループ C
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 8 | 1 | +7 | |
| 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 3 | 1 | +2 | |
| 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 5 | 6 | -1 | |
| 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 10 | -8 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月10日 21:00 | |||
| 2 - 1 | FIFA ワールドカップスタジアム ハンブルク、ハンブルク 入場者数: 49,480人 |
||
| クレスポ サビオラ |
ドログバ |
| 2006年6月11日 15:00 | |||
| 0 - 1 | ツェントラルシュタディオン、ライプツィヒ 入場者数: 37,216人 |
||
| ロッベン |
| 2006年6月16日 15:00 | |||
| 6 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ゲルゼンキルヘン、ゲルゼンキルヒェン 入場者数: 52,000人 |
||
| M・ロドリゲス カンビアッソ クレスポ テベス メッシ |
| 2006年6月16日 18:00 | |||
| 2 - 1 | ゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン、シュトゥットガルト 入場者数: 52,000人 |
||
| ファン・ペルシー ファン・ニステルローイ |
B・コネ |
| 2006年6月22日 21:00 | |||
| 0 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム フランクフルト、フランクフルト 入場者数: 48,000人 |
||
| 2006年6月22日 21:00 | |||
| 3 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ミュンヘン、ミュンヘン 入場者数: 66,000人 |
||
| ディンダン カルー |
ジギッチ イリッチ |
[編集] グループ D
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 9 | 3 | 3 | 0 | 0 | 5 | 1 | +4 | |
| 4 | 3 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | +1 | |
| 2 | 3 | 0 | 2 | 1 | 1 | 2 | -1 | |
| 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 6 | -4 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月11日 18:00 | |||
| 3 - 1 | フランケン・シュタディオン、ニュルンベルク 入場者数: 41,000人 |
||
| ブラボ ジーニャ |
ゴルモハマディ |
| 2006年6月11日 21:00 | |||
| 0 - 1 | FIFA ワールドカップスタジアム ケルン、ケルン 入場者数: 45,000人 |
||
| パウレタ |
| 2006年6月16日 21:00 | |||
| 0 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ハノーファー、ハノーファー 入場者数: 43,000人 |
||
| 2006年6月17日 15:00 | |||
| 2 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム フランクフルト、フランクフルト 入場者数: 48,000人 |
||
| デコ C・ロナウド |
| 2006年6月21日 16:00 | |||
| 2 - 1 | FIFA ワールドカップスタジアム ゲルゼンキルヘン、ゲルゼンキルヒェン 入場者数: 52,000人 |
||
| マニシェ シモン・サブローザ |
フォンセカ |
| 2006年6月21日 16:00 | |||
| 1 - 1 | ツェントラルシュタディオン、ライプツィヒ 入場者数: 38,000人 |
||
| バフティアリザデ |
フラヴィオ |
[編集] グループ E
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 5 | 1 | +4 | |
| 6 | 3 | 2 | 0 | 1 | 4 | 3 | +1 | |
| 3 | 3 | 1 | 0 | 2 | 3 | 4 | -1 | |
| 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 6 | -4 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月12日 18:00 | |||
| 0 - 3 | FIFA ワールドカップスタジアム ゲルゼンキルヘン、ゲルゼンキルヒェン 入場者数: 52,000人 |
||
| コレル ロシツキー |
| 2006年6月12日 21:00 | |||
| 2 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ハノーファー、ハノーファー 入場者数: 43,000人 |
||
| ピルロ イアクインタ |
| 2006年6月17日 18:00 | |||
| 0 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ケルン、ケルン 入場者数: 45,000人 |
||
| ギャン ムンタリ |
| 2006年6月17日 21:00 | |||
| 1 - 1 | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン、カイザースラウテルン 入場者数: 46,000人 |
||
| ジラルディーノ |
オウンゴール |
| 2006年6月22日 16:00 | |||
| 0 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ハンブルク、ハンブルク 入場者数: 50,000人 |
||
| マテラッツィ インザーギ |
| 2006年6月22日 16:00 | |||
| 2 - 1 | フランケン・シュタディオン、ニュルンベルク 入場者数: 41,000人 |
||
| ドラマニ アッピアー |
デンプシー |
[編集] グループ F
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 敗 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 9 | 3 | 3 | 0 | 0 | 7 | 1 | +6 | |
| 4 | 3 | 1 | 1 | 1 | 5 | 5 | 0 | |
| 2 | 3 | 0 | 2 | 1 | 2 | 3 | -1 | |
| 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 7 | -5 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月12日 15:00 | |||
| 3 - 1 | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン、カイザースラウテルン 入場者数:46,000人 |
||
| ケーヒル アロイージ |
中村 |
| 2006年6月13日 21:00 | |||
| 1 - 0 | オリンピアシュタディオン、ベルリン 入場者数:72,000人 |
||
| カカ |
| 2006年6月18日 15:00 | |||
| 0 - 0 | フランケン・シュタディオン、ニュルンベルク 入場者数: 41,000人 |
||
| 2006年6月18日 18:00 | |||
| 2 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ミュンヘン、ミュンヘン 入場者数:66,000人 |
||
| アドリアーノ フレッジ |
| 2006年6月22日 21:00 | |||
| 1 - 4 | FIFA ワールドカップスタジアム ドルトムント、ドルトムント 入場者数: 65,000人 |
||
| 玉田 34分 | ロナウド ジュニーニョ ジウベルト |
| 2006年6月22日 21:00 | |||
| 2 - 2 | ゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン、シュトゥットガルト 入場者数: 52,000人 |
||
| スルナ コヴァチ |
ムーア キューウェル |
[編集] グループ G
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 4 | 0 | +4 | |
| 5 | 3 | 1 | 2 | 0 | 3 | 1 | +2 | |
| 4 | 3 | 1 | 1 | 1 | 3 | 4 | -1 | |
| 0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 1 | 6 | -5 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月13日 18:00 | |||
| 2 - 1 | FIFA ワールドカップスタジアム フランクフルト、フランクフルト 入場者数: 48,000人 |
||
| 李天秀 54分 安貞桓 |
カデル |
| 2006年6月13日 21:00 | |||
| 0 - 0 | ゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン、シュトゥットガルト 入場者数: 52,000人 |
||
| 2006年6月18日 21:00 | |||
| 1 - 1 | ツェントラルシュタディオン、ライプツィヒ 入場者数: 43,000人 |
||
| アンリ |
朴智星 |
| 2006年6月19日 15:00 | |||
| 0 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ドルトムント、ドルトムント 入場者数: 65,000人 |
||
| フライ バルネッタ |
| 2006年6月23日 21:00 | |||
| 0 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ケルン、ケルン 入場者数: 45,000人 |
||
| ヴィエラ アンリ |
| 2006年6月23日 21:00 | |||
| 2 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ハノーファー、ハノーファー 入場者数: 43,000人 |
||
| センデロス フライ |
[編集] グループ H
| チーム | 勝ち点 | 試合数 | 勝 | 分 | 負 | 得点 | 失点 | 得失点差 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 9 | 3 | 3 | 0 | 0 | 8 | 1 | +7 | |
| 6 | 3 | 2 | 0 | 1 | 5 | 4 | +1 | |
| 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 3 | 6 | -3 | |
| 1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 2 | 7 | -5 |
すべてドイツ時刻 (CEST)
| 2006年6月14日 15:00 | |||
| 4 - 0 | ツェントラルシュタディオン、ライプツィヒ 入場者数: 43,000人 |
||
| X・アロンソ ビジャ トーレス |
| 2006年6月14日 18:00 | |||
| 2 - 2 | FIFA ワールドカップスタジアム ミュンヘン、ミュンヘン 入場者数: 66,000人 |
||
| ジャジリ ジャイディ |
アル・カフタニ アル・ジャバー |
| 2006年6月19日 18:00 | |||
| 0 - 4 | FIFA ワールドカップスタジアム ハンブルク、ハンブルク 入場者数: 50,000人 |
||
| ルソル レブロフ シェフチェンコ カリニチェンコ |
| 2006年6月19日 21:00 | |||
| 3 - 1 | ゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン、シュトゥットガルト 入場者数: 52,000人 |
||
| ラウル トーレス |
ムナリ |
| 2006年6月23日 16:00 | |||
| 0 - 1 | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン、カイザースラウテルン 入場者数: 46,000人 |
||
| ファニート |
| 2006年6月23日 16:00 | |||
| 1 - 0 | オリンピアシュタディオン、ベルリン 入場者数: 72,000人 |
||
| シェフチェンコ |
[編集] 決勝トーナメント
| グループリーグ | 1回戦 | 準々決勝 | 準決勝 | 決勝 | ||||||||||||||
|
6月24日 ミュンヘン |
||||||||||||||||||
| 1位 | |
2 | ||||||||||||||||
|
6月30日 ベルリン |
||||||||||||||||||
| 2位 | |
0 | ||||||||||||||||
| |
1 (4) | |||||||||||||||||
|
6月24日 ライプツィヒ |
||||||||||||||||||
| |
1 (2) | |||||||||||||||||
| 1位 | |
2 | ||||||||||||||||
|
7月4日 ドルトムント |
||||||||||||||||||
| 2位 | |
1 | ||||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||||||
|
6月26日 カイザースラウテルン |
||||||||||||||||||
| |
2 | |||||||||||||||||
| 1位 | |
1 | ||||||||||||||||
|
6月30日 ハンブルク |
||||||||||||||||||
| 2位 | |
0 | ||||||||||||||||
| |
3 | |||||||||||||||||
|
6月26日 ケルン |
||||||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||||||
| 1位 | |
0 (0) | ||||||||||||||||
|
7月9日 ベルリン |
||||||||||||||||||
| 2位 | |
0 (3) | ||||||||||||||||
| |
1 (5) | |||||||||||||||||
|
6月25日 シュトゥットガルト |
||||||||||||||||||
| |
1 (3) | |||||||||||||||||
| 1位 | |
1 | ||||||||||||||||
|
7月1日 ゲルゼンキルヒェン |
||||||||||||||||||
| 2位 | |
0 | ||||||||||||||||
| |
0 (1) | |||||||||||||||||
|
6月25日 ニュルンベルク |
||||||||||||||||||
| |
0 (3) | |||||||||||||||||
| 1位 | |
1 | ||||||||||||||||
|
7月5日 ミュンヘン |
||||||||||||||||||
| 2位 | |
0 | ||||||||||||||||
| |
0 | |||||||||||||||||
|
6月27日 ドルトムント |
||||||||||||||||||
| |
1 | 3位決定戦 | ||||||||||||||||
| 1位 | |
3 | ||||||||||||||||
|
7月1日 フランクフルト |
7月8日 シュトゥットガルト |
|||||||||||||||||
| 2位 | |
0 | ||||||||||||||||
| |
0 | |
3 | |||||||||||||||
|
6月27日 ハノーファー |
||||||||||||||||||
| |
1 | |
1 | |||||||||||||||
| 1位 | |
1 | ||||||||||||||||
| 2位 | |
3 | ||||||||||||||||
[編集] 1回戦
| 2006年6月24日 17:00 | |||
| 2 - 0 | FIFAワールドカップスタジアム ミュンヘン、ミュンヘン 入場者数: 66,000人 |
||
| ポドルスキー 4分、12分 |
| 2006年6月24日 21:00 | |||
| 2 - 1 (延長) |
ツェントラルシュタディオン、ライプツィヒ 入場者数: 43,000人 |
||
| クレスポ M・ロドリゲス |
マルケス |
| 2006年6月25日 17:00 | |||
| 1 - 0 | ゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン、シュトゥットガルト 入場者数: 52,000人 |
||
| ベッカム |
| 2006年6月25日 21:00 | |||
| 1 - 0 | フランケン・シュタディオン、ニュルンベルク 入場者数: 41,000人 |
||
| マニシェ |
| 2006年6月26日 17:00 | |||
| 1 - 0 | フリッツ・ヴァルター・シュタディオン、カイザースラウテルン 入場者数: 46,000人 |
||
| トッティ |
| 2006年6月26日 21:00 | |||
| 0 - 0 0 PK戦 3 |
FIFA ワールドカップスタジアム ケルン、ケルン 入場者数: 45,000人 |
||
| PK戦 シュトレラー バルネッタ カバナス |
PK戦 |
| 2006年6月27日 17:00 | |||
| 3 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ドルトムント、ドルトムント 入場者数: 65000人 |
||
| ロナウド アドリアーノ ゼ・ロベルト |
| 2006年6月27日 21:00 | |||
| 1 - 3 | FIFA ワールドカップスタジアム ハノーファー、ハノーファー 入場者数: 43,000人 |
||
| ビジャ |
リベリー ヴィエラ ジダン |
[編集] 準々決勝
| 2006年6月30日 17:00 | |||
| 1 - 1 4 PK戦 2 |
オリンピアシュタディオン、ベルリン 入場者数: 72,000人 |
||
| クローゼ PK ノイビル バラック ポドルスキー ボロウスキ |
アジャラ PK |
| 2006年6月30日 21:00 | |||
| 3 - 0 | FIFA ワールドカップスタジアム ハンブルク、ハンブルク 入場者数: 50,000人 |
||
| ザンブロッタ トニ |
| 2006年7月1日 17:00 | |||
| 0 - 0 1 PK戦 3 |
FIFA ワールドカップスタジアム ゲルゼンキルヘン、ゲルゼンキルヒェン 入場者数: 52,000人 |
||
| PK戦 ランパード ハーグリーヴス ジェラード キャラガー |
PK戦 |
| 2006年7月1日 21:00 | |||
| 0 - 1 | FIFA ワールドカップスタジアム フランクフルト、フランクフルト 入場者数: 48,000人 |
||
| アンリ |
[編集] 準決勝
| 2006年7月4日 21:00 | |||
| 0 - 2 (延長) |
FIFA ワールドカップスタジアム ドルトムント、ドルトムント 入場者数: 65,000人 主審: ベニト・アルチュンディア(メキシコ) |
||
| グロッソ デル・ピエロ |
| 2006年7月5日 21:00 | |||
| 0 - 1 | FIFAワールドカップスタジアム ミュンヘン、ミュンヘン 入場者数: 66,000人 主審: ホルヘ・ラリオンダ(ウルグアイ) |
||
| ジダン |
[編集] 3位決定戦
| 2006年7月8日 21:00 | |||
| 3 - 1 | ゴットリープ・ダイムラー・シュタディオン、シュトゥットガルト 入場者数: 52,000人 主審: 上川徹(日本) |
||
| シュヴァインシュタイガー オウンゴール |
ヌーノ・ゴメス |
[編集] 決勝
詳細は「2006 FIFAワールドカップ・決勝」を参照
| 2006年7月9日 20:00 | |||
| 1 - 1 5 PK戦 3 |
オリンピアシュタディオン、ベルリン 入場者数: 69,000人 主審: オラシオ・エリソンド(アルゼンチン) |
||
| マテラッツィ PK戦 ピルロ マテラッツィ デ・ロッシ デル・ピエロ グロッソ |
ジダン PK戦 |
| 2006ワールドカップ 優勝国: |
|---|
4回目 |
[編集] 得点ランキング
| 順位 | 選手名 | 国 | 得点数 |
|---|---|---|---|
| 1 | ミロスラフ・クローゼ | 5 | |
| 2 | ロナウド | 3 | |
| ジネディーヌ・ジダン | 3 | ||
| ティエリ・アンリ | 3 | ||
| エルナン・クレスポ | 3 | ||
| マキシ・ロドリゲス | 3 | ||
| ルーカス・ポドルスキー | 3 | ||
| フェルナンド・トーレス | 3 | ||
| ダビド・ビジャ | 3 |
[編集] オフィシャルパートナー
2006 FIFAワールドカップドイツオフィシャルパートナー
- アディダス(ドイツ:スポーツ用品メーカー)
- アンハイザー・ブッシュ(米国:バドワイザー製造元のビール会社)
- アバイア(米国:IP電話)
- コカ・コーラ(米国:飲料メーカー)
- コンチネンタルAG(ドイツ:自動車タイヤ製造)
- ドイツテレコム(ドイツ:通信業)
- エミレーツ航空(アラブ首長国連邦:航空会社)
- 富士フイルム(日本:写真メーカー)
- ジレット(米国:剃刀メーカー)
- 現代自動車(韓国:自動車メーカー)
- マスターカード(米国:クレジットカード会社)
- マクドナルド(米国:ファストフード飲食店)
- フィリップス(オランダ:電機メーカー)
- 東芝(日本:電機メーカー)
- Yahoo!(米国:インターネット検索エンジン)
前大会まで6大会20年にわたって協賛してきた日本ビクターが業績不振のため降板し、本大会ではAV機器分野のスポンサーが確保できなかった。
[編集] 公式テーマソング
- 「Time Of Our Lives タイム・オブ・アワ・ライヴズ」イル・ディーヴォ
[編集] 公式マスコット
- ゴレオ6世の人気は芳しくなく、大会開幕を前にゴレオのグッズ製作会社が経営破綻してしまった。
[編集] 脚注
- ^ W杯チケット 本人確認できるの? 朝日新聞夕刊2006年6月33日付
- ^ ダフ屋出た 「IDチップ」意味なし? 入場確認スルー 毎日新聞2006年6月10日付
- ^ W杯チケット届かず 読売新聞夕刊2006年5月31日付
- ^ ツアー中止 バイト代ためたのに「早く代金返して」 毎日新聞2006年6月1日付
- ^ 「チケット確保に万全を」W杯 国交省、旅行会社に要請へ 読売新聞夕刊2006年年6月1日付
- ^ W杯観戦大丈夫? 問い合わせ相次ぐ 毎日新聞2006年6月2日付
- ^ W杯ツアー中止 600人分返金のメド立たず チケット不足 さらに13社250枚 読売新聞2006年6月6日付
- ^ W杯ツアー 幽霊業者が募集 旅行業者無登録 1億円集金 毎日新聞2006年6月7日付
- ^ W杯チケット マックス社破産へ 弁済できず 毎日新聞2006年6月16日付
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- FIFAworldcup.com - 2006 FIFAワールドカップ公式サイト(英語)
- FIFAworldcup.com - 2006 FIFAワールドカップ公式サイト(日本語)
| 2006 FIFAワールドカップ 本大会・グループリーグ | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
||||||||
| 2006 FIFAワールドカップ 本大会・決勝トーナメント | ||||||||
|
||||||||
| 2006 FIFAワールドカップ 予選 | ||||||||
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