1.FCケルン

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1.FCケルン
原語表記 1. FC Köln
愛称 Die Geißböcke
クラブカラー 赤と白
創設年 1948年
所属リーグ ドイツ・ブンデスリーガ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン ケルン
ホームスタジアム ラインエネルギーシュタディオン
収容人数 50,400
代表者 ドイツの旗 ヴォルフガング・オフェラート
監督 ドイツの旗 ペーター・シュテーガー
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

1. FCケルン(エアステ エフツェー ケルン、1. FC Köln)は、ドイツノルトライン=ヴェストファーレン州ケルンに本拠地を置くサッカークラブ。約1100のサポーターズクラブがあり、52000人のソシオを抱えるケルン最大級のスポーツクラブ。1963年に発足したドイツ・ブンデスリーガの初代王者であり、常に数々の代表選手が所属したドイツを代表する名門クラブである。1948年に「ケルナーBC 07」と「SpVggズルツ 07」の合併により誕生。1998年に2部に降格するまで35年間に渡ってドイツ・ブンデスリーガ(1部)での地位を守った。

クラブの歴史[編集]

ブンデスリーガ発足後初の王者。ハンス・ヴァイスヴァイラー監督時代の1977-78シーズンにはブンデスリーガとドイツカップの2冠を達成した。

Fans 1 FC Köln2

1960年代[編集]

1960年、1962年と1963年にはドイツ・サッカー選手権(ドイツ・ブンデスリーガの前身)で決勝戦に進出し(1962年には優勝)、1968年にはドイツカップで優勝、ドイツ・ブンデスリーガが発足した1963-64シーズンで初代王者に輝き、翌年のUEFAチャンピオンズカップ(UEFAチャンピオンズリーグの前身)では準決勝進出するなどドイツ屈指の名門として名声を築く。クラブ組織をイングランドの名門クラブをモデルとしたものに改革し、ドイツ初となるプロ選手のサイドビジネスと現役引退後の仕事の手配を行い、ドイツで初めてGKコーチを雇い、当時としては画期的であったクラブハウスと練習場を建設するなどフランツ・クレーマー会長の下、ドイツで最もモダンで模範的なクラブに成長する。攻撃の中心選手はドイツを代表する選手の一人であるヴォルフガング・オフェラートであった。

1970年代[編集]

バイエルン・ミュンヘンボルシア・メンヒェングラートバッハの2強時代の始まりにより、常に優勝争いには絡むもののなかなかタイトルを獲得することはできなかった。しかしヘネス・バイスバイラー監督が就任すると1977年にはドイツカップでの優勝を果たし、1978にはブンデスリーガとドイツカップの2冠を達成。UEFAチャンピオンズカップでは再び準決勝進出を果たす。 また、後にFCバルセロナレアル・マドリードアトレティコ・マドリード でゲームメーカーとした活躍したベルント・シュスターや1990年のイタリアワールドカップで優勝、1982年のスペインワールドカップと1986年のメキシコワールドカップで準優勝したピエール・リトバルスキーに代表されるように1970年代の終わり頃からは多くの将来が有望される選手がプロデビューを果たすようになった。

1980年代[編集]

1981年にはUEFAカップで準決勝に、1986年には決勝に進出し、1983年にはドイツカップで優勝するものの徐々にバイエルン・ミュンヘンとの財政面での違いなどが大きくなり始め、必ずしも優勝争いに顔を出すチームではなくなり始める。クラブ内の衝突なども数多く起きるようになり、1985年にはピエール・リトバルスキーが選手を代表して当時の会長を公の場で痛烈に批判しクラブを退団、ハラルト・シューマッハーも当時の西ドイツのサッカー事情をとりあげた内部告発本 『開始の笛』(原題:AnpfiffISBN 978-3426262986)を出版。スキャンダル的な内容からドイツサッカー協会(DFB)から国内永久追放の処分を受けるなどピッチ外でもメディアを騒がせるクラブの代表格となる。1986年には2部に降格しそうになるなどピッチ上でも結果を残せないようになっていた。しかし1986年の10月にコーチであったクリストフ・ダウムが監督に就任するとチームの成績が改善し、ブンデスリーガでは3位、準優勝、準優勝、UEFAカップでは準決勝に進出するなど好成績を残す。

1990年代[編集]

1990年のイタリアワールドカップ中に1980年代後半に好成績を残していたクリストフ・ダウムがクラブ内の政治争いにより解任されると再びチームの結果は下降線を辿るようになる。バイエルン・ミュンヘンのみならずヴェルダー・ブレーメンボルシア・ドルトムントシャルケ04などにピッチ上での結果やクラブの財政面で追い越され、徐々に強豪の地位を失っていく。多くの選手や監督が毎年のように入れ替わるようになり、1997年以降はヨーロッパカップに出場することも出来なくなる。1998年にはクラブの歴史上初となる2部降格が決定する。

2000年以降[編集]

1999-2000年シーズンにブンデスリーガ2部で優勝を果たし、再びブンデスリーガに昇格するものの、8年間で3度の2部降格と3度の1部昇格を経験する。 このようなドイツを代表する名門クラブとしては長期低迷するチーム状態とは裏腹に地元での人気は高く、昇格シーズンでもありシーズンの終わりには再び降格することになった2005-06シーズンでも、ブンデスリーガ1部で5位に入る4万9,000人弱の平均観客動員を記録。その後の2部での2度のシーズンでも共に平均4万人を超える観客を集め、2シーズン連続のブンデスリーガ2部での平均観客動員1位のクラブとなった。なお1. FCケルンは、2部に降格したその他の2000年代のシーズン(1999-00, 2002-03, 2004-05シーズン)においても、ブンデスリーガ2部1位の平均観客動員を記録している。

2007-08シーズンはミリヴォイェ・ノヴァコヴィッチパトリック・ヘルメスのコンビで37得点を挙げ、ノヴァコヴィッチは得点王に輝いた。ブンデスリーガ2部でボルシア・メンヒェングラートバッハホッフェンハイムに次ぐ3位となり、3シーズンぶりの1部昇格を果たした。17得点を挙げたエースFWパトリック・ヘルメスバイエル・レバークーゼンに引き抜かれたが、FWマナセー・イシアクを後釜として獲得し、DFピエール・ウォメ、MFプティなど1部の常連を獲得した。2008-09シーズンは残留争いとは無縁のシーズンを過ごし、12位に入った。

2009年夏、ミハエル・シューマッハなどの熱烈なファンが募金活動を行い、かつてのエースFWルーカス・ポドルスキの復帰を実現させた。MFマニシェなどを加えた中盤も選手層に厚みを増したが、2010年10月に2009年に招聘されたズヴォニミル・ソルド監督が解任され、それまで同クラブのセカンドチームの監督を務めていたフランク・シェーファーがトップチームの監督に昇格した。

2011-12シーズンに1部17位となり、2部に降格した。

2014年4月21日、3試合を残して2部で優勝を決め、3シーズンぶりの1部復帰が決定した。

タイトル[編集]

Rheinenergiestadion-panorama

国内タイトル[編集]

1964, 1978
1968, 1977, 1978, 1983
  • ドイツ・サッカー選手権優勝:1回
1962
  • 西ドイツ・サッカー選手権優勝:5回
1954, 1960, 1961, 1962, 1963
  • 西ドイツカップ:3回
1953, 1963, 1964
  • ドイツ室内サッカー選手権優勝:1回
1993
2000, 2005, 2014

国際タイトル[編集]

1978, 1981

過去の成績[編集]

  • 1963-1964 ブンデスリーガ1部 優勝
  • 1964-1965 ブンデスリーガ1部  2位
  • 1965-1966 ブンデスリーガ1部  5位
  • 1966-1967 ブンデスリーガ1部  7位
  • 1967-1968 ブンデスリーガ1部  4位
  • 1968-1969 ブンデスリーガ1部 13位
  • 1969-1970 ブンデスリーガ1部  4位
  • 1970-1971 ブンデスリーガ1部 11位
  • 1971-1972 ブンデスリーガ1部  4位
  • 1972-1973 ブンデスリーガ1部  2位
  • 1973-1974 ブンデスリーガ1部  5位
  • 1974-1975 ブンデスリーガ1部  5位
  • 1975-1976 ブンデスリーガ1部  4位
  • 1976-1977 ブンデスリーガ1部  5位
  • 1977-1978 ブンデスリーガ1部 優勝
  • 1978-1979 ブンデスリーガ1部  6位
  • 1979-1980 ブンデスリーガ1部  5位
  • 1980-1981 ブンデスリーガ1部  8位
  • 1981-1982 ブンデスリーガ1部  2位
  • 1982-1983 ブンデスリーガ1部  5位
  • 1983-1984 ブンデスリーガ1部  6位
  • 1984-1985 ブンデスリーガ1部  3位
  • 1985-1986 ブンデスリーガ1部 13位
  • 1986-1987 ブンデスリーガ1部 10位
  • 1987-1988 ブンデスリーガ1部  3位
  • 1988-1989 ブンデスリーガ1部  2位
  • 1989-1990 ブンデスリーガ1部  2位
  • 1990-1991 ブンデスリーガ1部  7位
  • 1991-1992 ブンデスリーガ1部  4位
  • 1992-1993 ブンデスリーガ1部 12位
  • 1993-1994 ブンデスリーガ1部 11位
  • 1994-1995 ブンデスリーガ1部 10位
  • 1995-1996 ブンデスリーガ1部 12位
  • 1996-1997 ブンデスリーガ1部 10位
  • 1997-1998 ブンデスリーガ1部 17位 (降格)
  • 1998-1999 ブンデスリーガ2部 10位
  • 1999-2000 ブンデスリーガ2部 優勝 (昇格)
  • 2000-2001 ブンデスリーガ1部 10位
  • 2001-2002 ブンデスリーガ1部 17位 (降格)
  • 2002-2003 ブンデスリーガ2部  2位 (昇格)
  • 2003-2004 ブンデスリーガ1部 18位 (降格)
  • 2004-2005 ブンデスリーガ2部 優勝 (昇格)
  • 2005-2006 ブンデスリーガ1部 17位 (降格)
  • 2006-2007 ブンデスリーガ2部  9位
  • 2007-2008 ブンデスリーガ2部  3位 (昇格)
  • 2008-2009 ブンデスリーガ1部 12位
  • 2009-2010 ブンデスリーガ1部 13位
  • 2010-2011 ブンデスリーガ1部 10位
  • 2011-2012 ブンデスリーガ1部 17位 (降格)
  • 2012-2013 ブンデスリーガ2部  5位
  • 2013-2014 ブンデスリーガ2部 優勝 (昇格)


現所属メンバー[編集]

2014年8月23日現在
No. Pos. 選手名
1 ドイツの旗 GK ティモ・ホルン
2 スロベニアの旗 DF ミショ・ブレチュコ主将
3 チェコの旗 DF トマーシュ・カラス
4 スペインの旗 DF ロマン・ゴロバルト
5 スロベニアの旗 DF ドミニツ・マロフ
6 ドイツの旗 MF ケヴィン・フォクト
7 ドイツの旗 FW マルセル・リッセ
8 ポーランドの旗 MF アダム・マトゥシュチク
9 ナイジェリアの旗 FW アンソニー・ウジャ
10 ドイツの旗 FW パトリック・ヘルメス
11 ドイツの旗 FW トーマス・ブレーカー
13 日本の旗 FW 大迫勇也
14 ドイツの旗 MF ヨナス・ヘクター
15 ドイツの旗 FW マキシミリアン・ティール
16 ポーランドの旗 DF パヴェウ・オルコフスキ
17 ポーランドの旗 MF スワヴォミル・ペシュコ
No. Pos. 選手名
18 ドイツの旗 GK トーマス・ケスラー
19 アルバニアの旗 DF メルギム・マフライ
21 ドイツの旗 MF サーシャ・ビガルケ
22 ドイツの旗 MF ダニエル・ハルファー
23 ドイツの旗 FW シモン・ツォラー
25 日本の旗 MF 長澤和輝
26 ノルウェーの旗 FW ボルド・フィーネ
28 オーストリアの旗 DF ケヴィン・ヴィマー
29 スロバキアの旗 MF ドゥシャン・シュヴェント
30 ブラジルの旗 DF ブルーノ・ナシメント
31 ドイツの旗 MF ヤニック・ゲルハルト
32 ドイツの旗 MF ルーカス・クエト
33 ドイツの旗 MF マティアス・レーマン
34 ドイツの旗 GK マルセル・シューヘン
36 ドイツの旗 GK ダニエル・メセンヘーラー
39 ドイツの旗 MF アンドレ・ヴァレンボルン

ローン移籍選手[編集]

in
No. Pos. 選手名
3 チェコの旗 DF トマーシュ・カラス (チェルシー)
out
No. Pos. 選手名
19 クロアチアの旗 MF マト・ヤヤロ (サラエヴォ)

2014-15シーズン移籍[編集]

マスコット[編集]

チームマスコットはチームロゴにも描かれているヤギだが、実物は着ぐるみではなく本物のヤギである。「ヘンネス君」と名付けられ、クラブのアイドルとしてホームゲームで応援する光景や、その生活の様子をウェブカメラで撮影されたりとお馴染みの存在となっていたが、ヘンネス7世を管理をしていたヴィルヘルム・シェーファー氏が2006年6月11日に心臓発作で死亡。ヘンネス7世自身はシェーファー氏の妻が世話をしていたが、高齢のため試合など公式行事への登場は2006-07シーズンはほとんど行われず、その間はクラブ史上初の着ぐるみが代役を務めた。そのまま着ぐるみを定着させるかと思われたが、2008年7月に公式ホームページ上で4頭の山羊で選挙が行われ、8月に8世がお披露目された。なお、ヘンネス7世は2009年3月13日に老齢のため死亡した。

歴代監督[編集]


歴代所属選手[編集]

GK[編集]


DF[編集]


MF[編集]


FW[編集]


外部リンク[編集]