トニー・ブラクストン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
トニー・ブラクストン
レッドカーペットでインタビューを受けるブラクストン(2009年)
レッドカーペットでインタビューを受けるブラクストン(2009年
基本情報
出生名 トニ・ミシェル・ブラクストン
出生 1966年10月7日(47歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国メリーランド州
ジャンル R&Bソウルポップ
職業 シンガーソングライター女優
担当楽器 ボーカルピアノ
活動期間 1989年 - 現在

トニ・ミシェル・ブラクストンToni Michelle Braxton1967年10月7日 - )は、アメリカ合衆国メリーランド州出身のR&B歌手女優

深みのあるセクシーなアルトヴォイスが魅力で、主に1990年代に大ヒット曲を放った。

人物[編集]

トニは牧師の父とアマチュアのオペラ歌手だった母との間に6人姉弟の長女して生まれた。妹が4人と弟が1人いる。幼少の頃から教会で歌声を披露していた。1989年にトニはコンテストに出場して見事に合格、そこで出会ったプロデューサーの計らいで、80年代に主に活動していたトニたちと同じメリーランド州出身のグループ、スター・ポイント(Starpoint)のメンバーであるアーネスト・フィリップス(Ernesto Phillips)にトニを紹介して、ここでもすぐにオーディションに合格した。トニに妹がいると聞いたアーネストは妹たちもオーディションして、その結果妹たちも見るべきところがあるとして、1990年にトニ、トワンダ、トリーナ、テイマー、トレイシーの5人姉妹で結成したグループ、ザ・ブラクストンズ(The Braxtons)でシングル「The Good Life」でデビュー。その後音楽プロデューサーベイビーフェイス(Babyface)の目にとまったトニは、LaFace Recordsのファーストレディとしてベイビーフェイス(Babyface)とのデュエットシングル「Give U My Heart」で映画「ブーメラン」のサウンドトラックに参加してソロ・デビュー。

そして1993年にファースト・アルバム「Toni Braxton」をリリース。こちらもLaFace Recordsから。その後のトニが抜けたザ・ブラクストンズ(The Braxtons)は1996年にアルバム「So Many Ways」をリリースしたものの、それを最後に自然解散の状態となり、その中から実妹のテイマー・ブラクストン(Tamar Braxton)だけがトニに続きソロ・デビューしている。しかし最近ザ・ブラクストンズ(The Braxtons)はトニのバックコーラスなどをしている。一番下の妹のトレイシーは「So Many Ways」をリリースする前にザ・ブラクストンズ(The Braxtons)を脱退。

トニの主なヒット曲は「Un-Break My Heart」が全米で11週連続1位、「You're Makin' Me High」が全米1位、「He Wasn't Man Enough」が全米2位、「Breathe Again」が全米3位、「You Mean The World To Me」と「Another Sad Love Song」が全米7位などの実績がある。

数々のヒット曲を出していたトニはサード・アルバム「The Heat」のリリース前に自己破産している。そのことでLaFace Recordsともめて一時はどん底を経験している。(サード・アルバム「The Heat」は自己破産した直後にリリースした。)


結婚・子供[編集]

トニは2001年4月にミント・コンディション(Mint Condition)のキーボード担当のケリ・ルイス(Keri Lewis)と結婚している。

挙式にはTLCのチリ(Chilli)とT-ボズ(T-Boz)、アッシャー(Usher)、モニカ(Monica)、LL・クール・J(LL Cool J)、ジェイダ・ピンケット=スミス(Jada Pinkett-Smith)といった大物が出席している。

腫瘍[編集]

2007年にトニは胸に違和感があるとして、病院で診察してレントゲンを撮った結果、乳ガンではないと診断された。しかし、人気テレビ番組『Dancing with Stars』に出演していたトニは2008年3月に胸に腫瘍を発見した。 だが、医師の許可を得たトニは番組への出演は取りやめず、その後予定どおりにタレント活動をした。しかしその後の経過で医師は10月に彼女の活動を制限、そのため2008年の10月に人気テレビ番組「Dancing with Stars」への出演を取りやめて11月に手術で胸の腫瘍を取り除いた。腫瘍は良性だった。

無事手術を終えたトニは、「私はとても幸運だった。人種や主義、肌の色に関係なく、誰もがガンになる危険にさらされている」とコメントした。

ディスコグラフィ[編集]

スタジオアルバム[編集]

他のアルバム

  • 2003年:Ultimate Toni Braxton(ベストアルバム)
  • 2004年:Platinum&Gold Collection
  • 2004年:Artist Collection
  • 2005年:Un-Break My Heart:The Remix Collection
  • 2006年:Collection
  • 2007年:The Essential
  • 2008年:Playlist The Very Best Of Toni Braxton

シングル[編集]

DVD[編集]

  • 2001年:He Wasn't Man Enough / Un-break My Heart
  • 2002年:From Toni With Love - The Video Collection
  • 2003年:From Toni With Love - The Video Collection
  • 2004年:Artist Collection (トニ・ブラクストン ベスト・コレクションDVD)

VHS[編集]

  • 1994年:The Hit Video Collection (ラブ・アフェア~ザ・ビデオ)

映画[編集]

  • 2001年:カモン ヘブン Kingdom Come

受賞歴[編集]

グラミー賞

  • 1993年 最優秀新人賞
  • 1993年 最優秀女性R&Bボーカル賞
  • 1997年 最優秀女性R&Bボーカル賞
  • 1997年 最優秀女性POPボーカル賞
  • 2001年 最優秀女性R&Bボーカル賞

ラスベガスでの長期公演[編集]

夜のフラミンゴ・ラスベガス壁面に表れたブラクストン公演の広告。2007年1月

アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスフラミンゴ・ラスベガスにて行われていたウェイン・ニュートン公演と入れ替わり、同カジノの新メイン・アクトとしてブラクストンの長期公演「Toni Braxton: Revealed」のスタートが同年5月19日に発表された。[1]
当初、公演は2006年8月3日から2007年3月まで週6夜の予定だったが、後に2007年8月まで延長された。
同公演はアフリカ系アメリカ人パフォーマーが主演するショーとして、初の「ラスベガスショーチャートのトップ10入り」の成功を収めた。
公演の成功によって2008年8月までの再延長を予定していたが、2008年4月にブラクストンが胸の痛みを訴え入院し途中休演となった[要出典]。その後、同5月には療養専念のために期間途中での終了が公式に発表された。[2]

脚注[編集]

  1. ^ USA Today.com
  2. ^ People magazine article

外部リンク[編集]

先代:
2002年・日本・韓国
アナスタシア
『Boom』
FIFAワールドカップ
公式イメージソング・
アーティスト
2006年・ドイツ
『Time Of Our Lives』
イル・ディーヴォと)
次代:
2010年・南アフリカ
ケイナーン
『Wavin' Flag』