ファビオ・グロッソ
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Fabio Grosso | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1977年11月28日(35歳) | |||||
| 出身地 | ローマ | |||||
| 身長 | 190cm | |||||
| 体重 | 82kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF / MF | |||||
| 利き足 | 左 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 1994-1998 1998-2001 2001-2004 2004-2006 2006-2007 2007-2009 2009-2012 |
108 (47) 68 (17) 67 (7) 90 (2) 23 (2) 52 (2) 47 (2) |
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| 代表歴2 | ||||||
| 2003-2009 | 48 (4) | |||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年7月16日現在。 2. 2009年11月14日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ファビオ・グロッソ(Fabio Grosso, 1977年11月28日 - )は、イタリア・ローマ出身の元サッカー選手。ポジションは主に左サイドバック、左サイドハーフ。2012年の年末、引退を決断して現役生活にピリオドをうった。
来歴 [編集]
2001年にセリエC2のキエーティから当時セリエAのペルージャへステップアップ。ペルージャ時代にトップ下から左サイドへとコンバートされたことによりその才能をさらに開花させた。パレルモに移ってからはルカ・トーニらと共にクラブの躍進に貢献した。
2006-07シーズンはインテルでプレーしたが、ワールドカップの疲労によるコンディション不良から本領を発揮することはできなかった。シーズン終了後エリック・アビダルを放出して、左サイドバックを探していたオリンピック・リヨンに移籍することに合意。移籍金は750万ユーロ(約12億6000万円)。
2009年夏にユヴェントスへの移籍が決定。移籍金は200万ユーロ+最高100万ユーロのインセンティブ。[1]。
イタリア代表初招集は2003年。マルチェロ・リッピ監督に重用され、2006年のワールドカップドイツ大会ではレギュラーの座を奪取。準決勝のドイツ戦でチームを決勝戦へと導く先制点を決めたほか、決勝のフランス戦ではPK戦の5人目のキッカーを任され成功。24年ぶりの優勝の立役者となった。パオロ・マルディーニの背番号3を継いでいる。
所属クラブ [編集]
レナト・クーリ 1994-1998
カルチョ・キエーティ 1998-2001
ペルージャ 2001-2003
パレルモ 2004-2006
インテル 2006-2007
リヨン 2007-2009
ユヴェントスFC 2009-2012
脚注 [編集]
- ^ “サッカー=ユベントス、イタリア代表DFグロッソを獲得”. 2009年9月5日閲覧。
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