ジョン・アロイージ
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| 名前 | ||||||
| 本名 | John Aloisi | |||||
| カタカナ | ジョン・アロイージ | |||||
| ラテン文字 | John ALOISI | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1976年2月5日(37歳) | |||||
| 出身地 | アデレード | |||||
| 身長 | 185cm | |||||
| 体重 | 80kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 1997–2007 | 55 (27) | |||||
| 監督歴 | ||||||
| 2012- | ||||||
| 2. 2009年10月26日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ジョン・アロイージ(John Aloisi, 1976年2月5日 - )は、オーストラリア・アデレード出身で同国代表の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード。イタリア系オーストラリア人。 ジョン・アロイジと表記する場合もある。兄のロス・アロイージ(Ross Aloisi)もサッカー選手。
FIFAコンフェデレーションズカップ2005に参加したオーストラリア代表チームは、全敗でグループリーグ敗退だったが、アロイージはグループリーグ3試合で4得点を挙げる活躍をみせた。
2006 FIFAワールドカップ予選では南米の強豪ウルグアイとの大陸間プレーオフ第2戦(2005年11月16日)において、ワールドカップ出場権が賭かったプレッシャーのかかるPK戦の場面で最後のキッカーを務め、オーストラリア代表チームを32年ぶりの本大会出場に導いた。本大会では出場4試合全て途中出場だったものの日本戦では3点目のゴールを挙げ、チームのベスト16進出に貢献した。
AFCアジアカップ2007決勝トーナメント1回戦ではチームは日本にPK戦の末敗れたが、先制ゴールを決めている。
2011年に現役から引退し、最後の所属クラブだったメルボルン・ハートFCのユースチームの監督に就任する。2012年5月、メルボルン・ハートFCトップチームの監督に就任。
人物 [編集]
- ヨーロッパの各リーグを渡り歩いたベテラン選手。
- 母国オーストラリアへの愛情を事ある毎に語っており、「選手生活の最後はアデレード・ユナイテッドFC(兄のロス・アロイージは同チームのキャプテンを務めた)で終えたい」と話している。
- 2006年ドイツ・ワールドカップで対戦したブラジル代表のロナウドは「オーストラリアの選手で知っているのはアロイージだけ」と語っている。
選手経歴 [編集]
アデレード・シティFC 1991-1992
スタンダール・リエージュ 1992-1993
ロイヤル・アントワープFC 1993-1995
クレモネーゼ 1995-1997
ポーツマスFC 1997-1999
コヴェントリー・シティFC 1999-2001
CAオサスナ 2001-2005
デポルティーボ・アラベス 2005-2007
セントラルコースト・マリナーズFC 2007-2008
シドニーFC 2008-2010
メルボルン・ハートFC 2010-2011
外部リンク [編集]
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