プーマ
| 種類 | AG |
|---|---|
| 本社所在地 | バイエルン州 ミッテルフランケン ヘルツォーゲンアウラハ |
| 設立 | 1948年 |
| 業種 | その他製品 |
| 事業内容 | スポーツ用品の製造販売 |
| 従業員数 | 9,650人(2009年) |
| 外部リンク | http://www.puma.com/ |
プーマ(PUMA AG Rudolf Dassler Sport)は、ドイツ、バイエルン州ミッテルフランケン・ヘルツォーゲンアウラハを本拠地とする世界的なスポーツ用品・スポーツウェア等を製造から販売までしている多国籍企業。
目次 |
[編集] 歴史
プーマの原点は1924年にアドルフとルドルフのダスラー兄弟が体育館用のシューズを開発したことに始まる。靴工房を運営した父クリストフ・ダスラーは、息子であるアドルフとルドルフの2人の兄弟に対し、ヘルツォーゲンアウラハ地域の慣例に従って靴職人になるように言い伝えた。2人は靴工房での修行を行い、水車小屋からフェルトクズを得て、そこからゴムチューブなどでスリッパを作り、各地の市場に販売された。
1920年、ダスラー兄弟商会設立。1924年それを応用し、靴紐の代わりにゴムの付いた革底を使用した体育館シューズを開発し、1925年地元の体育協会が1万足を注文したことで利益を上げ、工場の増築が図られるようになった。ルドルフはその後、著しく発展し世界的なスポーツとなりつつあったサッカーで使用するシューズや、知人で陸上競技のコーチであったヴァイツァーの提案による陸上用シューズの開発を行い、世界恐慌になりかけていた1928年には実に8000足を売り上げ、アムステルダムオリンピックでも参加者の多くはこのダスラー社の靴を使用していた。
その後、一旦1933年ごろから不況のあおりをまともに受けて経営危機に立たされたが、1936年のベルリンオリンピック開催が決定すると、その売り上げが原料不足になるほどまで急上昇していった。その後1935年にポスターによる広告活動が開始された。だが、第二次世界大戦の影響で一旦生産が規制され、1942年ルドルフも兵役に徴兵された。
その後、兄弟は喧嘩をしてしまい1948年に独立して、アドルフはアディダス、ルドルフはルーダを設立。このルーダが1949年からプーマというブランドに生まれ変わった。このプーマとはアメリカライオンのピューマから命名された。ロゴはチーター。
[編集] サッカー
サッカー選手達にとっては定番中の定番ブランドであり、ペレ、ヨハン・クライフ、ディエゴ・マラドーナ、ローター・マテウスなど、世界でもトップクラスのプレイヤー達も使用していた。日本においても、三浦知良をはじめとして、プーマのスパイク使用のトップ選手は多い。現在では、テレビコマーシャルにペレを起用している。 又、日本専売モデルである、パラメヒコは中学生からプロの選手に至るまで愛用者が多く、1986年の発売以来、20数年たった現在でも、大幅なモデルチェンジ(新たなスタッドパターンを採用した派生モデルはある)する事なく多くの選手に選ばれている。アディダスのコパ・ムンディアルと同様に愛用者が引き続き同モデルを使用し続ける事が多い。
サッカー商品に関しては世界的に「love=football」(ロゴではloveはハートマーク、footballはサッカーボールで表記)をキャッチコピーにしている。
[編集] 陸上競技
陸上競技において、男子マラソンのアベベ・ビキラが1964年の東京オリンピックの際に同社のシューズを着用した。 また現在では男子100mの世界記録保持者のウサイン・ボルト等が同社のスパイクを着用している。
[編集] 最近の傾向
アディダスやナイキという、得手・不得手はありながらも総合的なスポーツ種目に対応している他のブランドと異なり、プーマはどうしてもサッカーグッズのイメージが先行し、実際プーマ自体もサッカー用品以外に力を入れていない。以前はプーマの定番ともいえるスエードを好んで履いたNBA選手ウォルト・フレイジャーのシグネチャーモデルをはじめとするバスケット用品など、他のスポーツ用品も展開していた。
2000年頃以降は、スポーツグッズという観点以外のファッション性の部分から若い女性に流行となり、プーマの絵が可愛いという意見や、女性受けしそうな今までに無い配色のシューズ、バッグ等がヒットし、これまでのスポーツグッズに加え、一般の女性ストリートブランドとしても大成功している。近年はレーシングスーツなどのモータースポーツ用品も手掛けている。
[編集] モータースポーツ
F1のスクーデリア・フェラーリへのサポートを始め、多くのF1ドライバーがプーマのレーシングシューズを着用している。2010年より日本でも正式に国際自動車連盟(FIA)公認モデルが発売開始された。SUPER GTをはじめ、日本の各カテゴリーでも装着率が増えている。
二輪界ではロードレース世界選手権(MotoGP)に参戦するドゥカティ・ファクトリーチームのサポートをしており、DUCATI とのダブルネームを含む本格的なモーターサイクル・ブーツが販売されている。
[編集] コラボレーション
現在ではスポーツブランドとファッションデザイナーとのコラボレーション(共同開発)は一般的ではあるが、この先駆けとなったのはプーマである。ドイツのデザイナーのジル・サンダー、日本のシューズデザイナーのミハラヤスヒロがこの流れの始まりと言えるだろう。[要出典]現在はイギリスのデザイナー アレキサンダー・マックイーン、ミハラヤスヒロがプーマとのコラボレーションを続けている。また、イギリスのデザイナー フセイン・チャラヤンがインラインの方でクリエイティブ・ディレクターに就任する。
ウイニングイレブンとコラボレーション(ウイニングイレブン×puma)をして、サッカーシューズのCMとなった。
[編集] 日本における活動
プーマは全国高校サッカー選手権大会に第84回大会から協賛している(それまではナイキが協賛していた)。この大会のテレビCMには、大会に出場したプーマ契約の現役選手を起用することで有名。
大相撲の元関脇隆乃若にスポーツブランドとして初めて化粧廻しを製作した。デザインは黒地に、金色でPUMAのロゴとマークが入ったものであった。
[編集] 日本での販売
- プーマ ジャパン株式会社(独PUMA.AGの日本法人、日本国内におけるPUMAの販売代理店業務および全権利の管理)
- プーマアパレル ジャパン株式会社(プーマ ジャパンとヒットユニオンによる合弁会社。日本国内におけるPUMA APPARELの販売代理店業務)
- ※同社が設立されたため、ヒットユニオンはPUMAの販売事業から撤退した(製造は継続)。
[編集] 直営店
[編集] ライセンス販売
- クツワ(文房具類)