ドゥカティ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ドゥカティ(Ducati) とは、イタリアのボローニャを拠点とするオートバイ製造販売会社(メーカー)である。以前はドカティとも表記された。1952年まで製造していたカメラのメーカーとしては一般的にデュカティと表記される。車検証にはドカテイと表記される。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 創業からオートバイ製造まで
1926年にアントニオ・カヴァリエリ・ドゥカティの息子達である、ブルーノ・ドゥカティ、アドリアノ・ドゥカティ、マルチェロ・ドゥカティの三人兄弟が設立。当初はラジオや無線の部品製造会社であったが、その後は家庭用ラジオや電気剃刀やといった様々な電気あるいは機械製品をも手がけるようになった。当時イタリアはベニート・ムッソリーニの政策により急速に工業化を進めており、ドゥカティも急成長して1939年には従業員7000人の大企業へと成長した。しかし第二次世界大戦により大きな被害を受け、産業復興公社(IRI)の支援を受けることとなる。
ちょうどその頃トリノにあったシアタ社は原動機付き自転車クッチョロ(Cucciolo、子犬の意)を発売してベストセラーとなっており、エンジンのOEM生産先を探していた。その事情を産業復興公社が知ってドゥカティを紹介し、1946年ドゥカティでエンジンを生産することになる。ドゥカティは1947年には販売権を獲得し、改良しつつ総計25万台以上を販売した。当時はピアジオのベスパとイノチェンティのランブレッタがライバルで、優秀さをアピールするためレースに出場するようになった。
産業復興公社の元でドゥカティはカメラの製造も手掛けた。ソーニョとシンプレックスが知られ、どちらも一般的なカメラと逆で「カメラを構えて左手側」が巻き上げノブである。しかしカメラ事業はあまりうまく行かず、結果今日では珍品としてマニアに人気があり高価に取引されている。
- ソーニョ(Sogno、1946年発売) - Sognoとはイタリア語で「夢」の意。ファインダーと別に連動距離計を装備し「イタリアンライカ」「ミニチュアライカ」と呼ばれる。製品番号はOR6401.1。レンズを沈胴させるとその大きさは幅100mm×高さ53mm程しかないがその大きさに比して非常に重い。シャッターはフォーカルプレーン、B、1/20−1/500秒。シャッターがセルフキャッピング機構を持たないので普段は観音開きの遮光ドアが閉じており、撮影の瞬間だけ「強制開閉」される。フォーマットは24×18mm、いわゆるハーフ判で現在最も一般的に販売されている135フィルムを使用するが、一般的なパトローネがフィルム室に入らず、フィルムだけを専用小型マガジンに詰め替えなければ撮影できない。1952年まで生産された。レンズは専用バヨネットマウントで交換でき大抵はVitor35mmF3.5(製品番号、以下同様OD6401.1)が装着されている。純正交換レンズはDugon19mmF6.3(OD6409.1)、Argon28mmF4(OD6406.2)、Vitor35mmF2.8(OD6404.1)、 Luxtor40mmF1.5(OD6405.1)、Eltor40mmF2(OD6404.1)、Lator60mm(OD6403.1)。Teletor120mmF5.6(OD6408.1またはOD6408.2)がある。システムカメラでありコピースタンド、引伸機、三脚等も存在するがさらに珍品である。
- シンプレックス(Simplex) - デザインはソーニョと似ているが距離計を装備せずレンズ交換が出来ずピント微調整レバーがない普及版カメラ。レンズは沈胴Etar35mmF3.5を固定装着する。シャッタースピードはB、1/25-1/250秒。
会社が発展したため、1953年に創立からの分野である通信機器部門とオートバイ部門の二つに会社が分割された。なお通信機器部門もドゥカティ・エネルジアとして今日も存在するが、現在のオートバイメーカーとしてのドゥカティとの関係はなくなっている。
[編集] レース参加とオートバイ製品の歴史
ドゥカティは比較的初期の段階からレース活動を積極的に続けており、レース活動で得たデータを活かして公道用市販車の開発に積極的に役立てるのもドゥカティの特徴の一つとなっている。他のメーカーでもレース活動から公道用市販車へのフィードバックは行なわれているが、公道用市販車がレース活動で使われている車両とこれほど密接な関係にあるのは珍しい。
- 1946年 - クッチョロ生産開始。50cc1.25馬力で最高時速50km/h。
- 1954年 - エンジン設計主任としてファビオ・タリオーニがモンディアル社から転職、1955年3月にはカムシャフトをベベルギア駆動する100ccOHCエンジンを搭載した100ccグラン・スポルト・レーサー、愛称マリアンナを設計。
- 1956年 - 世界グランプリに参戦、125ccGP用レーサーにドゥカティとしては初めてデスモドロミック機構を採用。
- 1956年 - マークIIIシリーズに市販車として初めてデスモドロミック機構を採用。
- 1964年 - 5速ミッション採用。
- 1964年 - 後ろ側エンジンマウントの幅を拡げ、ミッション、オイルポンプが強化された。これ以降のエンジンはワイドケースと俗称されるがエンジン自体の幅が広くなったわけではない。
- 1970年 - 現在の主力商品である大排気量Lツインの元祖、750GTをミラノショーで発表。
- 1972年 - イモラ200マイルレースにてデスモLツイン750ccレーサーがデビュー戦でワンツーフィニッシュ。優勝はポール・スマート、2位はブルーノ・スパッジアーリ。
- 1974年 - 750GTにデスモドロミック機構を搭載しカウルを装着したスポーツモデル750SSをイモラレプリカとして発表。単気筒モデルを製造中止。
- 1975年 - 750GTを大排気量化した860GTを設計する際デザイナーにジュージアーロを迎え、クランクケースが角形になった。
- 1978年 - マン島TTF-1レースで当時の強敵ホンダRCBを破ってマイク・ヘイルウッドの乗るNCRの900SSが優勝。
- 1979年 - マイク・ヘイルウッド・レプリカを発売。
- 1978年 - 伝統のベベルギア駆動ではなくカムシャフトをコグドベルト駆動する初めてのモデル500SLパンタ発売。以後600SLパンタ、650SLパンタと進化する。
- 1983年 - カジバと提携。
- 1985年 - 750F1パンタ発売。同年マイク・ヘイルウッド・レプリカの最終モデルミレが製造中止となり、ベベルギア駆動からコグドベルト駆動への世代交代が完了した。カジバに買収され傘下に入った
- 1988年 - スーパーバイク世界選手権が始まり851で最初から参戦、2006年までの19年の間に12人の年間チャンピオンを輩出している。
- 1998年7月 - カジバの傘下からアメリカテキサスのパシフィックグループ傘下に移った。
- 2003年 - ロードレース世界選手権の最高峰MotoGPクラスに参戦しホンダやヤマハに次ぐ勝利数を挙げるメーカーとなっている。
- 2007年 - ワークス契約ライダーのケーシー・ストーナーとドゥカティ・マルボロチームがMotoGPクラスで年間優勝、ドゥカティ初の3部門(ライダーズ、コンストラクターズ、チーム)すべての制覇を成し遂げた。日本メーカー以外のマシンが世界最高峰のオートバイレースで年間優勝したのは1974年のMVアグスタ以来33年ぶり。MotoGPで出場していた車両(デスモセディチ)を基に一般公道走行可能にした車種が発売された。
[編集] 製造販売する車種の特徴
- Lツイン - 過去には単気筒エンジンや並列2気筒エンジン搭載のモデルも存在したが、ほとんどのモデルは90度V型2気筒エンジンを搭載している。ドゥカティではこのエンジンをLツインと称する。
- デスモドロミック - エンジンにデスモドロミックと呼ばれる強制バルブ開閉システムを採用しており、「デスモ」と略称される。現行機種は全てデスモドロミック機構を搭載している。ドゥカティでは1956年の125ccGP用レーサーに初めて採用され、市販車への採用は1968年マークIIIデスモシリーズが最初である。
- ベベルギア駆動 - オートバイ用エンジンでは一般にエンジン内部に組み込まれているチェーンによってオーバーヘッドカムシャフトを駆動する例が多いが、以前のドゥカティではベベルギアによって駆動していた。べベルギアケースはエンジンの外観上の特徴ともなっている。
- コグドベルト駆動 - ベベルギア駆動に代わって500SLパンタで採用され、以後全てのモデルに採用された。自動車では非常に一般的な方法であるがオートバイ用エンジンでは珍しい。
- 鋼管トレリスフレーム - フレームは鋼管をトラス形状に組んで製作されている。以前トレリスフレーム以外のフレーム形式を採用したモデルも有ったが、現在はラインナップから外れている。
[編集] 製品の一覧
[編集] 草創期のモデル
- クッチョロ(1946年発売) - 50cc1.25馬力で最高速度50km/h。
- クッチョロT3 - 60cc1.5馬力で最高速度65km/h。
- 60S(1950年3月発売) - 65cc2.5馬力。
- クルーザー(1950年発売) - 175ccのスクーター。オートマティックミッション。ギア社がデザインした。
- 98S(1952年発売) - 6.9馬力で最高速度95km/h。
- 98T(1954年発売) - 東京隅田にあったナミキモータースが少数輸入した。
[編集] 単気筒モデル
草創期のモデルも単気筒であるが、いわゆるシングルドゥカティはこれ以降である。
- 100グラン・スポルト・レーサー(1954年製造) - ドゥカティにおけるファビオ・タリオーニ最初の設計モデル。愛称マリアンナ。100ccOHCベベルギア駆動で9.4馬力、最高速度130km/h。以後のシングルドゥカティの原型となった。
- 125ccGPレーサー(1956年製造) -世界グランプリ用に作られたレーサー。ドゥカティとしては初めてデスモドロミック機構を採用。
- 175スポルト(1956年12月ミラノショーで発表、1957年発売) - 125ccGPレーサーのレプリカで、ドゥカティとしては初めて市販されたOHC。14馬力で最高速度135km/h。勝利を収めたレーサーのレプリカを販売する公式はここに始まった。
- 175T - 175スポルトのツーリングタイプ。11馬力。販促活動として世界一周60000kmを約1年かけて走破し、ドゥカティを一躍有名にした。
- 175TS - 11馬力で最高速度110km/h。
- 125スポルト(1957年9月発売) - 175スポルトの125cc版。10馬力で最高速度112km/h。
- 100スポルト(1957年9月発売) - 175スポルトの100cc版。8馬力で最高速度105km/h。
- 125TS - 125スポルトのツーリングタイプ。6.2馬力、最高速度90km/h。
- 200エリート(1958年11月発表) - 175ccのボアアップ版。17馬力で最高速度140km/hのレーシーなモデル。
- 125アメリカーノ(1958年発売) - アメリカのドゥカティ販売店の要望により生産された。11馬力。
- 200アメリカーノ(1958年発売) - アメリカのドゥカティ販売店の要望により生産された。16馬力で120km/h。
- 200スーパースポルト(1959年発売) - 200エリートに27mmのデロルトSSIレーシングキャブレターを標準装備、ハイカムを組んでレース使用も可能としたモデル。18馬力で最高速度140km/h。
- 200スクランブラー(1959年発売) - 19馬力で100km/hオーバーのオン/オフ両用モデル。フロント21in。
- 200TSアメリカーノ(1960年発売) - エリートのエンジンを搭載したモデル。
- ダイアナ250(1960年発売) - クリップオンハンドル。ヨーロッパではディトナ銘で販売。
- 250モンツァ(1961年発売) - アメリカのドゥカティ販売店の要望により生産された。22馬力で128km/h。アップハンドル。1967年まで生産された。
- ダイアナ250マークIII(1963年発表, 1964年発売) - 5速ミッション。30馬力、177km/h。
- 250スクランブラー(1962年発売) - 200スクランブラーの排気量を拡大しスタイリングも一新した。フロント19in。
- ダイアナ250GT(1964年発売) - 250モンツァと同じエンジンで22馬力。セミアップハンドル。5速ミッション。
- ダイアナマッハ1(Mach I、1964年発売) - 250ccのフルチューンモデル。OHC単気筒でホンダCBを上回る28馬力、後には30馬力を発揮し1966年まで生産された。「マッハ1」と俗称される。
- 250TSアメリカーノ - 250モンツァのエンジンを搭載したモデル。
- 160モンツァジュニア(1964年発売) - 250モンツァの小型版。1966年まで生産。
- セブリング350(1965年発売) - 20馬力で最高速度125km/h。
- 250マークIIIデスモ(1968年発売) - 市販車で初めてデスモドロミック機構を採用した。
- 350マークIIIデスモ(1968年発売) -
- 450マークIIIデスモ(1969年発売) - 当時のドゥカティ最大排気量車。当初はシルバーショットガンと称される銀フレーク塗装であったが1973年からイエロー塗装となる。
- 450スクランブラー(1969年発売) -
- 450R/Tデスモ(1971年発売) - モトクロス仕様。
- 350デスモ(1971年発売) - 1972年で製造中止となった。
- 239マークIIIデスモ(1974年発売) - 240cc以下は税金が安いフランス向け輸出専用にボアダウンして製造された稀少モデル。軽量ピストンや30mmキャブの採用でパワー不足を補っている。
- 239マークIII(1974年発売) - 普通のバルブスプリング仕様。
- レゴラリータ(1975年発売) - 2ストローク125ccのオフロード。12.8馬力。
[編集] パラレルツインモデル
タリオーニも1960年代後半にDOHC700cc80馬力のエンジンを試作したが、これは産業復興公社が資金を出さず製品化には至らなかった。 製品化されたのはトゥミディが設計したもので、1968年のプロトタイプではOHV500ccで38馬力。1975年11月のミラノショーで発表された。Lツインの影に隠れてしまい1981年製造中止となっている。
- 500GTL(1975年発売) - ツーリングモデル。40馬力。1976年まで販売された。
- 350GTL(1975年発売) - 500GTLの中型免許版。35馬力。1976年まで販売された。
- 500スポルトデスモ(1977年発売) - 44馬力。1978年まで販売された。
- 350スポルトデスモ(1977年発売) - 500スポルトデスモの中型免許版。37馬力。1978年まで販売された。
- 500GTV(1977年発売) - 40馬力。1981年まで販売された。エンジンはGTL、外装はダブルシートになった他スポルトデスモを受け継いでいる。
- 350GTV(1977年発売) - 500GTVの中型免許版。35馬力。1981年まで販売された。
[編集] Lツインモデル
[編集] GTシリーズ
ネーミングはグランツーリスモであるが、他メーカーの製品と比較すると極めてスポーツ指向が高い。空冷エンジン。
- 750GT(1970年11月ミラノショーにて発表、1971年春発売) - 最初のツインエンジンということでトラブル発生時の対処が簡単なように主にイタリア国内に出荷され, 日本への輸入は1973年に開始された。当初はキックのみであったが1973年辺りからセルモーター併用となる。圧縮比は8.5で60馬力。
- 860GT(1975年発売) - デザインにジュージアーロが参加、エンジンが角ケースとなった。このエンジンデザインはその後SS、S2、MHR各シリーズ等販売される全車種のエンジンに波及した。
- 860GTS(1976年発売)
- 900GTS(1976年発売) - 数字は変わっているが排気量は860GTSと全く同じ864ccである。コンロッドやクランクピン等にマイナーチェンジが施されている。
[編集] Sシリーズ
SSシリーズの先行型で1970年代からの初代と1980年代後半の二代目がある。どちらも空冷エンジン。
- 750スポルト(1971年夏に試作。1972年発売) - 750GTをベースにスポーツ仕様とした。圧縮比が9になり64馬力。1973年からフレームをスリム化したモデルにマイナーチェンジした。750Sと略称する。1975年式にはオプションとしてダブルシートもある。
- 900SDダーマ(1977年発売) - Sはスポルト、Dはデスモ、ダーマ(Darmah)は虎の意。カンパニョーロ社製のマグネシウムホイールを装着。
- 750スポルト(1988年発売) - 二代目。フラッグシップだった750F1の発展型だが851の下で普及機種となった。
[編集] SSシリーズ
Sシリーズの発展型。 初代は1974-1982年販売され、二代目は1989-1997年、三代目は二代目の後継で1998-2006年に販売された。初代はイモラレプリカの750SSに始まり後に大排気量化された900SSが追加され900S2にバトンタッチした。二代目は900SS、750SS、600SS、400SSが併行販売された。三代目はSS900、SS750が併売された。
詳細はドゥカティ・SSを参照。
[編集] マイク・へイルウッド・レプリカ
1978年マン島TTF-1レースでマイク・ヘイルウッドの乗るNCR改造の900SSが当時の強敵ホンダRCBを破ったことにより販売されたレーサーレプリカ。MHRと略称される。
- マイク・へイルウッド・レプリカ - 900SSのエンジンを使用した。前期型はキックのみ、後期型はセルが付いた。900MHRと略称される。
- マイク・へイルウッド・レプリカ・ミレ - 1000cc化された。1000MHRと略称される。
- MH900e(2000年発売) - 。発表は1998年のインターモットミュンヘン。往年製品の復刻ではなく最近の技術により作られた。チーフデザイナーはピエール・テルブランチ。末尾のeはエボルツィオーネ、つまり革命の意。製造は当時ボローニャ工場の生産能力に余裕がなかったため当初ビモータに委託され、開発にもビモータが関わったがビモータが倒産したため自社生産に切り替えられた。
[編集] SLパンタシリーズ
コグドベルト駆動を採用したシリーズで、後の750F1シリーズに繋がる。空冷エンジン。
- 500SLパンタ(500SL Pantah、1978年発売) - 初めてコグドベルト駆動を採用。
- 600SLパンタ(600SL Pantah、1981年発売) - 500SLパンタをボアアップした。
- 650SLパンタ(650SL Pantah、1983年発売) - 600SLパンタをボアアップした。
- 350XLパンタ(350XL Pantah、1982年発売) - イタリア中型免許に対応するモデル。クラッチはワイヤー式で重い。
[編集] F1/F3シリーズ
1985年から1988年まで販売された、TT-F1レプリカシリーズ。空冷エンジン。
詳細はドゥカティ・F1シリーズを参照。
[編集] パゾシリーズ
1986年から1992年まで販売された、レプリカとツアラーの中間的シリーズ。空冷エンジン。
詳細はドゥカティ・パゾを参照。
[編集] スーパーバイクシリーズ
スーパーバイク選手権に参戦していたワークスレーサーのレプリカシリーズ。水冷エンジン。
[編集] モンスターシリーズ
1993年から販売されているネイキッドのシリーズ。ベストセラーとなり各排気量が発売された。基本的に空冷エンジンだが水冷のハイパワーモデルもある。
詳細はドゥカティ・モンスターを参照。
[編集] ムルティストラーダシリーズ
2003年から販売されているデュアルパーパスシリーズ。
詳細はドゥカティ・ムルティストラーダを参照。
[編集] スポーツクラシックシリーズ
2005年から販売されているクラシックな外観のシリーズ。スポーツ1000、スポーツ1000ビポスト、スポーツ1000S、GT1000、ポールスマート1000LEがある。
詳細はドゥカティ・スポーツクラシックを参照。
[編集] スポーツツーリングシリーズ
ツアラーのシリーズ。
- ST2
- ST4
- ST4s
- ST3
[編集] その他
- デスモセディチ - MotoGPクラス参戦を目的としたワークスレーサー。L型4気筒。当初は990ccだったがレギュレーション変更に伴い2007年からは800ccに変更された。
詳細はデスモセディチ参照のこと。
- スーパーモノ(1992年発表) - 当時世界的に盛り上がっていたシングルレース用に851の片シリンダーを使用したワークスレーサー。前期型550cc、後期型570cc。
- アポロ(1964年試作) - L型4気筒1260ccのモンスターバイク。100馬力。1台しか存在せず、現在湯布院の岩下コレクションにある。
[編集] 関連項目
- カジバ - かつての親会社
- ビモータ - 750F1のエンジンを搭載したdb1を始めドゥカティのエンジンを搭載したdbシリーズ、テージシリーズを生産し、MH900eの開発に関わった。
- マイク・ヘイルウッド

