アウディ

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アウディ
Audi AG
Audi logo detail.svg
種類 株式会社
市場情報
FWB NSU
本社所在地 ドイツの旗 ドイツ
バイエルン州
インゴルシュタット
設立 1909年7月16日
業種 自動車産業
事業内容 自動車
売上高 441億ユーロ(2011年)
純利益 53億ユーロ(2011年)
従業員数 60,000(2007年)
主要株主 フォルクスワーゲンAG
主要子会社 ドゥカティ
関係する人物 アウグスト・ホルヒ(創業者)
外部リンク www.audi.co.jp
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アウディドイツ語:Audi)は、フォルクスワーゲングループに属しているドイツ自動車メーカーである。

概要[編集]

現在株式の99.55%をフォルクスワーゲンAGが保有している。本社所在地はドイツ・バイエルン州インゴルシュタット。ドイツ国内には、インゴルシュタット、ネッカーズルムに組み立て工場がある。過去にはKarmann-Rheineカブリオレモデルの80(1997年~2000年)、 A4(2002年~2009年)を一部生産委託していた時期もあった。

2012年現在、ドイツ国外の生産拠点はハンガリージェールベルギーブリュッセルスペイン・マートレル、スロヴァキアマルティンブラティスラヴァ(両工場はVWのプラント)、インドアウランガーバード中国長春市の7箇所に置いている。

なお、2013年度から中国仏山市でも生産(年間生産能力15~20万台)が開始される予定。

同グループでは、主に中~上級価格帯をカバーするブランドと位置づけられている。「クアトロ」(Quattro )という名称の四輪駆動システムを持ち、アルミボディなど先進的な技術を用いる傾向がみられる。ディーゼルエンジンTDI)を、環境対策上のガソリンエンジン車の代替と位置づけており、重点的に開発・宣伝を行なっている。車種構成はFF車とFFベースの四輪駆動車がほとんどである。従来車体デザインがおとなしいと評されていたが、最近は若者層をメインターゲットとし、デザイン的にもBMWメルセデスベンツに引けを取らないよう押しの強いデザインを取り入れ、フロントマスクが睨み付けるようなデザインのモデルも増えてきた。

エンブレム[編集]

アウディのエンブレム

現在のアウディ車に使われている「フォーシルバーリングス」と呼ばれる4つの輪を組み合わせたエンブレムは、かつてのアウトウニオンのエンブレムに手を加えたもので、アウトウニオン設立に参加した4社の団結を象徴するものである。なお、左から順にアウディ、DKWホルヒヴァンダラーを指すものとされる。

なお、アウトウニオン設立以前のアウディのエンブレムはアルノ・ドレッシャー(de:Arno Drescher)のデザインになるもので、"audi"と書かれた逆三角形の上に半球が乗り、更にその上にアラビア数字の「1」が乗るといったものであった。

名称[編集]

創業者アウグスト・ホルヒの姓「horch」は、「聞く」を意味するドイツ語horchen」を連想させるものであった。これをラテン語に訳した言葉にちなむ[1]

沿革[編集]

創業期[編集]

創業者はアウグスト・ホルヒ(August Horch 、1868-1951年)。自動車史の黎明期にベンツで工場長を務めた後に独立、ザクセン州ツヴィッカウホルヒを設立し、1901年から自動車生産を開始、当時としては高性能・高品質の自動車を送り出して名声を得る。

しかしアウグスト・ホルヒは、良質の車を作ることにこだわって経営面への配慮を欠くきらいがあり、1909年には経営陣から追放を受けた。速やかに自力で別のホルヒを設立、自動車生産を開始したが、元のホルヒの抗議によって、同一社名・車名を使うことを差し止められる。

この結果、アウグスト・ホルヒは1910年に自社の社名・車名を「ホルヒ」から「アウディ」に変更。アウディとはラテン語で「聞く」という意味でオーディオの語源であり、ホルヒのドイツ語での意味と同義である。

アウディは2612cc(2.6L)4気筒のモデルからスタートし、3564cc(3.6L)、4680cc(4.7L)、5720cc(5.7L)となっていく。これらは人気を得、スポーツイベントでも活躍した。アウグスト・ホルヒは1920年にアウディを去った。初の6気筒モデルは1924年の4655cc(4.7L)だった。1928年、アウディはDKWのオーナーだったイェルゲン・スカフテ・ラスムッセンに買収される。同年、ラスムッセンは米国リッケンバッカー自動車の生産設備を購入、この設備は1929年から生産された高級モデル、ツヴィッカウAudi Zwickau )とドレスデンAudi Dresden )で使われ、またこれらにはリッケンバッカーのエンジンを搭載した。他にプジョーからライセンスした4気筒エンジンを搭載したモデルも生産された。この時期のアウディ車は特殊なボディワークがなされた高級車だった。

アウトウニオン[編集]

アウディタイプE

第一次世界大戦後の不況の中、ドイツ自動車市場にはアメリカ大手自動車メーカーが大挙して進出し、既存の国内メーカーを脅かしていた。これに対抗するため、1932年にザクセン州に本拠を置く中堅メーカーであったDKWアウディホルヒヴァンダラーの4社が合同し、新たにアウトウニオン(auto union,自動車連合)を結成した。「アウディ」ブランドのモデルは同社の中級~高級クラスの車種として存続したが、第二次世界大戦勃発で製造中止された。

アウトウニオンは、第二次世界大戦の戦禍とその敗戦後のソ連によるザクセンの工場接収という壊滅的なダメージから逃れ、西ドイツのインゴルシュタットを新天地として再出発した。部品やバイク、バンの生産を経て、「アウトウニオン」および「DKW」ブランドで乗用車の生産を再開した。1956年から1964年まではダイムラー・ベンツの支配下にあり、1964年以降はフォルクスワーゲンの傘下となっている。

アウディの復活[編集]

1965年に「アウディ」ブランドの乗用車生産が再開され、前輪駆動の堅実な中級セダンを主軸とする形で80・スーパー90・100などモデルのラインナップを広げた。1969年にはロータリーエンジンの開発で知られたNSUを併合、アウディNSUアウトウニオンとなる。以降は80や100シリーズなどのヒット作を世に送り出しフォルクスワーゲン・グループの中~上級クラスを担うブランドとして発展した。1985年に社名をアウディに変更した。

1980年代には乗用車用四輪駆動システムの「クワトロ」を開発、WRCで大きな成功を収め、以後ラリーにおける4輪駆動車の優位性を決定的にした。

1982年から1986年までWRCに参戦し、1982年と1984年にマニファクチャラーズタイトルを獲得して、通算23勝を挙げた。

1986年には、今では鉄の防錆に欠かせない亜鉛めっきを量産車として世界初採用し、車体の耐久性・持続性を向上させた。[2]後に他の自動車メーカーも追随した。

フォルクスワーゲンのゴルフはアウディが開発を手がけた車である。1970年代、ビートルの後続車の開発がなかなか進まないフォルクスワーゲンにアウディの社長だったルドルフ・ライディングが移籍し、当時フォルクスワーゲンがビートルの後続モデルとして計画しポルシェが設計・開発していたミッドシップの2ドア・ハッチバック試作車EA266を設計図を見たとたんに開発中止を命じ、元職場で計画中だったFF車を急遽代案として採用した[3]

近年・今後のアウディ[編集]

アウディR8
  • 技術分野ではクラッチを2つの構造としたセミオートマチックトランスミッションDSG(アウディではS-トロニックと称している)を採用している。DSGはグループ企業のフォルクスワーゲンなどにも利用されているが、「今のところ、最も理想的なトランスミッション」と言われている。
  • ランボルギーニ・ガヤルドの開発に技術などを提供している。
  • 2005年はクワトロ生誕25周年で、2月にクワトロ生誕25周年記念行事「クワトロナイト」が開催され、SUVコンセプトモデル「パイクスピーク・クワトロ」の市販版であるQ7を披露し、RS4が雪坂道を登るというパフォーマンスが披露された。
  • 1999年よりプロトタイプレーシングカーを開発し、ル・マン24時間レースなど各国の耐久レースに参戦している。2000年にR8でル・マン初優勝を達成すると、2001、2002、2004、2005年に5回の総合優勝を記録した。2006年はR10で出場し、2008年まで3連覇を果たした。2010年にはR15、2011、2012年にはR18で出場し優勝。2000年から現在まで、13年連続で3位以内に入賞している表彰台の常連である。また、2006年のR10がル・マン初のディーゼルエンジン搭載車として、2012年のR18 e-tron クアトロが初のハイブリッドシステム搭載車として総合優勝を達成し、ル・マンにおける技術革新にも貢献している。
  • グリルの意匠は、逆台形から上下二段の「ダブル」、そしてそれをまとめた「シングルフレーム」へと変化してきており、現在では「シングルフレームグリル」がアウディのアイデンティティーとなっている。
  • 2008年自動車メーカー各社が大幅に新車の販売台数を減ずる中、アウディはA4をベースとしたコンパクトSUVQ5 TDI(コモンレールディ-ゼル)が牽引役となり、前年比4%増の100万3400台を記録し、創業以来初の100万台超えを達成している[4]
  • 今後はボトムレンジを担うA1、A5、A7、ステッペンウルフの市販版でA3ベースのQ3などが2010年前後までにデビューするといわれており、2005年10月19日、東京モーターショーでのプレス・ブリーフィングでは、アウディAGのマルティン・ビンターコーン会長も、「これからの3年間で、さらに6つの新しいプロダクツを販売していく」と明言している。
  • 2012年イタリアのオートバイメーカーであるドゥカティを傘下に持つ投資会社インベストインダストリアル・ホールディングスから株式を取得し、同社を買収した[5]

車種一覧[編集]

現行モデル[編集]

アウディA1
アウディA4
アウディA5
アウディA6
アウディTTクーペ2.0TFSI
アウディQ3
アウディQ7
アウディR8
  • A1 - アウディラインナップ中、最小モデル。フォルクスワーゲン・ポロと多くのメカニズムを共有する。 2012年には5ドアのスポーツバックが追加された。
    • A1(3ドア)
    • A1 スポーツバック(5ドア)
    • S1(3ドア)
    • S1 スポーツバック(5ドア)
  • A3 - フォルクスワーゲン・ゴルフと同じく、エンジンを横置きするハッチバックモデル。同車とコンポーネントの多くを共有する。TTと同様にDSG搭載モデルを用意する。ベース・グレードは3ドアのA3。日本では2005年7月、一部改良とともにグレードが追加され、オープンスカイルーフも全グレードにオプション設定された。
    • A3 (3ドア)
    • A3 スポーツバック (5ドア)
    • S3
  • A4 - アウディ伝統の縦置きエンジンフロントドライブを主体とした主力モデル。四輪駆動のクワトロをはじめとして、ステーションワゴンタイプのアバント、ハイパフォーマンスモデルのSなど多様なラインナップである。
  • S4 - スーパーチャージャーで過給した333psの3.0L V6エンジンを搭載する、A4ベースのハイパフォーマンスモデル。
  • RS4 - quattro社設計のスペシャルモデル。コスワースチューンによる420psのV8エンジンを搭載する。
    • RS4
  • A5 - オリジナル・クワトロ以来の4シータークーペ
    • A5
    • A5 カブリオレ
    • A5 スポーツバック
  • S5 - A5ベースのスポーツバージョン。354psを発揮する4.2L V8エンジンを搭載する。2ドアクーペとカブリオレがある。
    • S5
    • S5 カブリオレ
  • RS5 - A5をベースとしたRSモデル。8,500rpmを許容する高回転型の4.2L V8エンジン、S-tronic、クラウンギアによるクワトロシステムを搭載する。この新たなセンターディファレンシャルによって、これまでよりも幅広く前後のトルク配分が可能となり、リアアクスルに最大85%まで、フロントアクスルに最大70%まで伝達することが可能となった。
  • A6 - アッパーミドルクラスに属するモデル。日本人デザイナー・和田智によるスタイリング。中国市場ではホイールベースを拡大したA6Lというモデルが販売されている。
  • S6 - A6のハイパフォーマンスモデル。4.0L V8 エンジンを搭載する。
  • A7 - A6とA8の間に位置する5ドアハッチバッククーペ。日本国内では2011年5月に発売。
    • A7 スポーツバック
  • S7 - A7のハイパフォーマンスモデル。4.0L V8 エンジンを搭載する。
    • S7 Sportback
  • A8 - フラッグシップモデル。VW製W型12気筒エンジンのLWBモデルもある。オールアルミボディのアウディスペースフレームを採用している。
    • A8
    • A8 12-cylinder
  • S8 - V8 4.0L TFSIエンジンを搭載した、Sシリーズのフラッグシップモデル。
    • S8
  • TT - 初代A3・VWゴルフIVをベースとしたスペシャリティモデル。初代モデルでは、独特のデザインと高速走行中の浮き上がりによる事故が話題となった。A3と同様にDSG搭載モデルを用意する。日本導入当初はMTモデルのみであったが、年を追う毎にATモデルと入れ替わっていった。2006年10月 日本においてもシングルフレームグリルの新型TTが導入された。
    • TTクーペ
    • TTロードスター
    • TTS - TTのSモデル。
  • TT-RS - TTのRSモデル。アウディ伝統の5気筒エンジンを搭載し、そこにターボチャージャーで過給することで340馬力を発生する。
  • Q3 - 同社初の「プレミアムコンパクトSUV」。A3をベースとする。
  • Q5 - A4・A5のプラットフォームを使用する中型クロスオーバーSUV。
  • Q7 - パイクスピーク クワトロ・コンセプトの市販版。VWトゥアレグポルシェ・カイエンとシャシーを共有する大型SUV。当初より3列シートを持つ。スタイリングは日本人デザイナー・和田智
  • R8 - ルマン・クワトロの生産型スポーツカースペースフレームなど、多くのコンポーネンツをランボルギーニ・ガヤルドと共有する。2009年より、5.2L V10エンジン車と2010年よりオープンモデルの「スパイダー」が追加された。
    • R8 4.2FSI
    • R8 4.2FSI(MT)
    • R8 5.2FSI
    • R8スパイダー

かつてのモデル(戦前除く)[編集]

アウディ・80 (B2)

コンセプトカー[編集]

ここ数年はモーターショーに出品するコンセプトカーは殆どがクアトロとなっている。

アウディ Avus quattro
アウディ Rosemeyer
  • アウディStudie Auto 2000(1981年
  • アウディquattro Spyder(1991年
  • アウディAvus quattro(1991年
  • アウディSteppenwolf(2000年
  • アウディRosemeyer(2001年
  • アウディAvantissimo(2001年
  • アウディNuvolari quattro(2003年
  • アウディPikes Peak quattro(2003年
  • アウディLeMans quattro(2003年
  • アウディRSQ(2004年
  • アウディallroad quattro concept(2005年
  • アウディQ7 hybrid concept(2005年
  • アウディShooting brake concept(2005年
  • アウディRoadjet concept(2006年
  • アウディA1 project quattro(2007年
  • アウディA1 Sportback(2008年
  • アウディR8 TDI Le Mans(2008年
  • アウディSportback(2009年
  • アウディe-tron2009年
  • アウディquattro(2010年
  • アウディA1 e-tron(2010年
  • アウディA1 clubsport quattro(2011年
  • アウディe-tron Spyder(2011年
  • アウディA2 concept(2011年
  • アウディA3 concept(2011年

発明[編集]

テクノロジー[編集]

S tronic - S トロニック
フォルクスワーゲンではDSG(ダイレクトシフトギアボックス)と呼ばれているツイン・クラッチ式トランスミッションで、もともとはアウディS1などのラリーカーからフィードバックされた技術。過去にポルシェがレース(Cカー)で使用していたものがルーツであるという話もある。
シフトチェンジをすべて電子制御化、バイワイヤー化されたATセレクターとスロットルを連動させることにより、シフトアップ&ダウンに要する時間は、わずか0.2秒。もっとも難しいとされる6速から2速へのシフトダウンも0.9秒で行う。
quattro - クアトロシステム
センターデフにトルセンデフを搭載し、電気的(ブレーキによる4輪独立空転制御)ではなく、駆動力(トルク)に応じて機械的に差動を制限し、空転を防ぐ。現行S、RSモデルおよびA4、A5、Q5、A6、Q7では、イニシャルで前後比40:60に設定されている。
A3、S3、TTではハルデックスカップリングを用いた4輪駆動システムが採用されており、こちらはイニシャルの前後比が95:5となっている。またR8も同じくハルデックスカップリングを用いたシステムであるが、前後比は15:85とかなりMRに近くなっている。
FSI - Fuel Stratified Injection (燃料層状噴射)
圧縮行程の燃焼室に直接ガソリンを噴射するガソリン直噴エンジンで、失火を防ぐため点火プラグ周りのみを理論空燃比とし、層状燃焼(プラグ周り以外は希薄燃焼)させるすることで燃料消費を抑える。
TDI - TDIテクノロジー
排出ガスの後処理を含むコモンレール式ターボディーゼル直噴エンジンシステム。高出力、省燃費、低環境負荷を実現。2006年からル・マン24時間耐久レースの参加車両にも採用され、3年連続、5回の総合優勝を成し遂げている。
ASF - アウディスペースフレーム
スペースフレームアルミ押し出し材の溶接組み立てで構成し、重量を押さえ、かつ剛性を高めた。量産車としては世界初採用。
Audi Magnetic Ride - アウディマグネティックライド
磁性流体で作動するアダプティブシステムにより、走行状況とドライバーのドライビングスタイルに応じてロールの抑制を行い、乗り心地とダイナミックな走りを同時に実現する。
Proconten(Programmed Contraction-Tension) - プロコンテン
運転者衝突保護システム。衝突時に衝撃でエンジンが後方に押された場合、各所と連動した金属製ワイヤーと滑車により、シートベルトのテンションが引っ張りこまれ、それと同時にステアリングポストがダッシュボード側に引っ込むように沈み込んでいく。これらの作動により、運転者がハンドルで体を強く打つことから避けることができる。

日本での販売[編集]

Audi みなとみらい

1967年にヤナセがアウディLを輸入したことから始まる。以来1992年末までヤナセにより輸入・販売された。また、1992年にフォルクスワーゲンアウディ日本」(のちのフォルクスワーゲングループジャパン)が輸入元となり、旧ジヤクス系の「ファーレン」及びトヨタ自動車系の「DUO」店でフォルクスワーゲン(VW)と併売された。

1998年アウディ部門が独AUDI AGが100%出資する「アウディジャパン」として分離し(現社長 大喜多寛)、アウディ販売網を再構築。2007年にはヤナセとの共同出資で作ったディーラー「ヤナセアウディ販売」をアウディジャパン側が全部買収し、「アウディジャパン販売」としてインポーター直販体制を作った。2008年の新規登録台数は16,040台であり、輸入車に占める割合は7.8%であった[7]

2013年には横浜・みなとみらい地区にアウディジャパン販売が展開するショールームの中で国内最大規模(旗艦店)となる「Audi みなとみらい」が開業した。この他、東京・尾山台にある本社ショールームは安藤忠雄の設計となっている。

宣伝・広報活動[編集]

日本[編集]

不祥事・事件[編集]

中国販売店による「日本人皆殺し」横断幕[編集]

2012年9月中国国内のアウディ販売店で「日本人を皆殺しにする」という横断幕が掲げられた。中国尖閣諸島をめぐる反日デモが激化する中で、販売店の社員14人が抗議行動としてこの横断幕を掲げた。アウディ日本法人はすぐに謝罪を発表。「このような行為があったことは誠に遺憾であるとともに、憤りを覚えております」とのニュースリリースを掲載した。ドイツ本社の「(今回の行為は)受け入れがたい」というコメントも含まれていた。ドイツ本社はツイッターで「我々は今回の中国での行動といかなる暴力からも距離を置く。我々は対話と外交を主張する」というコメントを出した。しかし、このドイツ本社のコメントについては他人事のように述べているという批判が日本のネット上で起きた。台湾やアメリカでも「もっと深刻にとらえ、きちんと謝罪すべきではないのか」との批判の声がネット上で起きた[8][9][10]

その他[編集]

多様なニーズに応えるオーダーメイドプログラムとして「Audi exclusive」がある。11色のレザー、8色のアルカンタラ、9種類のカーペット、7種類のウッド、2種類のインタルシアウッドから成るインテリアのみならず、アルミホイールやオフィスパーツ、また、スペシャルボディーカラーの選択も可能な「自分だけの」アウディを創るプログラムである。

脚注[編集]

外部リンク[編集]