ロードレース世界選手権
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ロードレース世界選手権( -せかいせんしゅけん)は、モーターサイクルによるモータースポーツ。国際モーターサイクリズム連盟(FIM)が主催し、DORNA(ドルナ)が運営する、1949年に始まった二輪ロードレースの最高峰カテゴリーである。
レース専用に開発された二輪車でサーキットを走り速さを競う。(※オートバイは和製英語であり、またバイクは本来自転車を意味する事から、ここでは英語圏本来の呼び方「モーターサイクル」に統一する)
シリーズの略称は、2001年まではWGP(World Grand Prixの略)が使われていたが、2002年に旧GP500クラスがMotoGPクラスに改められたのを機に、シリーズ全体の略称にもMotoGPが使われている。
歴代チャンピオンに関してはロードレース世界チャンピオンの一覧を参照のこと。
目次 |
[編集] 概要
[編集] 選手権
順位に応じてポイント加算していきチャンピオンを決定する。
全クラスにライダー選手権とマニファクチャラー(メーカー)選手権があり、MotoGPクラスのみチーム選手権も存在する。マニファクチャラー選手権はメーカー内の最上位入賞ライダーのポイントのみを加算する。チーム選手権はチーム内の全てのライダーの入賞ポイントを加算する。
1位-25、2位-20、3位-16、4位-13、5位-11、6位-10、7位-9、8位-8、9位-7、10位-6、11位-5、12位-4、13位-3、14位-2、15位-1
[編集] 現在のクラス
[編集] MotoGP
ロードレース世界選手権のトップカテゴリー。2007年から行われているMotoGPクラスの現在のレギュレーションは、4ストロークレシプロエンジン、排気量が800cc以下となり、2ストロークエンジン、及び楕円ピストンエンジンの使用禁止となっている。エンジン気筒数によって最低重量が定められており、2気筒133kg以上、3気筒140.5kg、4気筒148kg、5気筒155.5kg、6気筒以上は163kgの車両重量が必要とされ、燃料タンクは21Lに制限されている。使用されるマシンはプロトタイプのみで市販車ベースの物は認められない。
MotoGPクラスへ移行した2002年以降の最高速度の急激な上昇や、それに追いつこうとする2ストローク勢の無茶なチューニング・ライディング等が問題となり、安全上の理由等により、MotoGPクラス設立当初の990ccから800ccへ下げられる事となった。
990ccから800ccへ排気量が下げられても、マシンは下位クラスとなるGP250、GP125クラスと比較して大柄であり、最大エンジン出力は200馬力以上、最高時速は直線で320km/h以上を誇る。トルクも強大であり、スロットルをラフに操作すれば簡単に前輪が大きく持ち上がり、加速やコーナリングに影響するので、繊細なアクセルワークが要求される。
2008年現在、参戦しているメーカーはヤマハ、ホンダ、ドゥカティ、カワサキ、スズキとなっており、このクラスのみチームタイトルが懸けられる。
[編集] GP250
250cc以下のレース専用車両で競われる。2006年参戦メーカーは ホンダ、アプリリア、KTM、ジレラ。4ストローククラスへの移行が検討されている。
上下両クラスの中間に位置しており、上位のライダーが将来MotoGPクラスへと昇格することが予想され、しのぎを削っている。
市販レース車両では、HRC(ホンダレーシングコーポレーション)からRS250R、ヤマハからTZ250が販売されており、プライベーターの参加が可能なカテゴリーである。4ストローククラス移行の関係で、市販レース車両の開発は、一旦2003年を以ってストップしているが、2007年型TZ250でごく僅かな改良が施されている(一部パーツに変更有)他、各国国内選手権のST600クラスの不評(重大事故の多発やGP250と比較しての参戦コスト等)もあり、4ストロークへ移行する目途は立っていない。
日本人では、1993年原田哲也、2001年加藤大治郎がタイトルを獲得。
[編集] GP125
125cc以下のレース専用車両で競われる。2006年参戦メーカーはKTM、ホンダ、アプリリア、ジレラ、デルビ、マラグーティ。このクラスのみ年齢制限があり、1月1日時点で新規参戦は25歳以下、継続参戦は28歳以下のライダーしかできない。かつてはベテランの軽量級スペシャリストが多いクラスであったが、現在は若手の登竜門的なクラスに位置付けられている。4ストローククラスへの移行が検討されている。
全クラス中で最も参加台数が多く、接触も多い。パワーが小さいので、前の選手の真後ろを走りスリップストリームを利用するなど、風の抵抗を受けにくくしてマシンを加速させる走法が必要になる。マシンは小柄。
日本人では、1994年・1998年坂田和人、1995年・1996年青木治親がタイトルを獲得。
[編集] 過去のクラス
[編集] MotoGP (2002年~2006年)
従来のGP500クラスは2ストローク、4ストローク共に排気量500ccを上限とし、同排気量では4ストロークエンジンは不利であった為、事実上2ストロークのみというレギュレーションであった。
環境問題対策へのアピール、開発コストの抑制等を目的として、2ストローク主体の車輌構成からの脱却を図る為、それまでトップカテゴリーだったGP500クラスを、4ストロークが主体となるMotoGPクラスへと2002年より移行した。
2006年までのMotoGPクラスでは2ストローク500cc以下、4ストローク990cc以下のレース専用車両で競われ、市販車ベースの車両の参戦は認められず、気筒数による最低重量制限も決められており、3気筒以下は135kg、4・5気筒は145kg、6気筒以上は155kg、楕円ピストンを使用する場合は1クラス上の最低重量制限が課せられていた。
元々は4ストロークエンジンの排気量あたりの出力効率は2ストロークエンジンの半分とする計算から制定された新レギュレーションであったが、実際には4ストロークエンジンの方が有利であり、ドゥカティやカワサキなど2ストローク全盛時のWGP時代には参戦していなかったメーカーが参入することとなった。
2ストローク500cc以下、4ストローク990cc以下という排気量上限については、現在2ストローク500ccの市販車が販売されていないこと、また各メーカーのスーパースポーツ主力販売車輌が4ストローク1000ccであることなどを考慮し、販売面と公告面への恩恵の期待値の大きさから採用されたものと推測される[要出典]。
2ストロークから4ストロークの大排気量へと変わった事で急激にマシンの動力性能が上がり、排気量約990ccのエンジンから絞り出される出力は240馬力以上、最高時速は直線で340km/h以上であった。バックトルク(エンジンブレーキ)も強大になったため、初期の頃はコーナー手前のシフトダウンを伴う減速時に後輪側が激しく暴れるといったシーンがよく見られた。2ストロークに馴染んだライダーやメーカーも対策に頭を悩まされることとなったが、エンジンの電子制御やスリッパー・(クラッチ)等の開発が進むにつれ問題は解消され、現在では2ストローク250ccからの乗り換えも違和感無くスムーズに行われる程になっている。
2ストロークエンジンはその構造上電子制御を取り入れにくかったが、4ストロークへの移行に伴いハイテク化が一気に進んだ。燃料噴射装置は機械式から電子制御式に移行し、エンジン特性その物の電子制御化、トラクションコントロール、シフターの最適化等、操縦を支援する装置が数多く搭載されるようになり、これらの電子装置の性能が車両性能を大きく左右するようになった。また2ストローク時代と比べ、単に絶対速度が上がっただけでなく遥かに扱いやすいマシンとなり、ライダー達のタイムが拮抗するようになった。
[編集] かつて存在したクラス
- GP500 1949年~2001年
- GP350 1949年~1982年
- GP80 1984年~1989年
- GP50 1962年~1983年
- サイドカー ?~1995年
| ロードレース世界選手権 1949 |
[編集] 日本人の活躍
[編集] 優勝
13:上田昇(125)
11:宇井陽一(125)、坂田和人(125)、片山敬済(350×7、250×3、500×1)
10:東雅雄(125)
9:青木治親(125)
6:岡田忠之(500×4、250×2)、中野真矢(250)、眞子智実(125)
5:辻村猛(125)、宇川徹(250×4、MotoGP×1)、徳留真紀(125)、青山博一(250)
4:片山義美(50×3、125×1)、高橋国光(125×3、250×1)
3:阿部典史(500)、金谷秀夫(500×1、350×1、250×1)
2:伊藤光夫(50)、玉田誠(MotoGP)、高橋裕紀(250)
1:伊藤史朗(250)、長谷川弘(250)、田中禎助(125)、小林大(250)、宮崎敦(250)、森下勲(50)、青木宣篤(250)、平忠彦(250)、小山知良(125)
2007年最終戦終了時
[編集] 表彰台
55:原田哲也(250×53、500×2)
44:坂田和人(125)
39:宇川徹(250×29、MotoGP×9、500×1)、上田昇(125)
36:岡田忠之(500×21、250×15)
35:片山敬済(350×14、250×13、500×8)
27:加藤大治郎(250×25、MotoGP×2)
22:宇井陽一(125)
21:中野真矢(250×18、500×1、MotoGP×2)
20:青木治親(125×19、250×1)、東雅雄(125)
18:青山博一(250)
17:阿部典史(500)
15:金谷秀夫(500×5、350×4、250×5、125×1)
14:高橋国光(125×8、250×5、50×1)
13:伊藤光夫(50×10、125×3)、辻村猛(125)
12:片山義美(125×7、50×5)
11:徳留真紀(125)
9:清水雅広(250)
8:小山知良(125)
7:青木宣篤(500×4、250×3)
5:玉田誠(MotoGP)
4:粕谷勇(350×2、250×2)、青木拓磨(500)、田中禎助(250×1、125×2)、伊藤史朗(250)、高田孝慈(125)、高橋裕紀(250)
3:仲城英幸(125)、本橋明泰(250×2、125×1)、市野三千雄(50)
2:小林大(250)、平忠彦(500×1、250×1)、長谷川弘(250)、畝本久(125)、浅見貞男(350)、若井伸之(125)、松戸直樹(250)
1:田中健二郎(250)、菊池寛幸(125)、宮崎敦(250)、加藤義昌(125)、酒井大作(250)、高井幾次郎(250)、河崎裕之(500)、梁明(MotoGP)、砂子義一(250)、伊藤巧(500)、浜野順(250)、匹田禎則(250)、芳賀紀行(500)、沼田憲保(250)、清原明彦(250)、青山周平(250)
2007年最終戦終了時
[編集] ポールポジション
29:坂田和人(125)
21:原田哲也(250)
19:上田昇(125)
17:宇井陽一(125)
11:加藤大治郎(250×10、MotoGP×1)
7:岡田忠之(500)
6:青木治親(125)
5:片山敬済(250×4、350×1)、中野真矢(250)、青山博一(250)、徳留真紀(125)
3:玉田誠(MotoGP)、宇川徹(250×2、500×1)、東雅雄(125)、金谷秀夫(350)、平忠彦(500)
1:青木宣篤(250)、本間利彦(250)、伊藤真一(500)、清原明彦(250)、青山周平(250)、仲城英幸(125)、根本健(250)、清水雅広(250)、高井幾次郎(250)、辻村猛(125)、和田欣也(125)
2007年最終戦終了時
[編集] 年間ランキング
[編集] チャンピオン
2:坂田和人(125×2-1994・1998)、青木治親(125×2-1995・1996)
1:片山敬済(350×1-1977)、原田哲也(250×1-1993)、加藤大治郎(250×1-2001)
[編集] 2位
2:岡田忠之(500×1-1997、250×1-1994)、原田哲也(250×2-1995・2001)片山敬済(350×1-1978、250×1-1976)、坂田和人(125×2-1993・1995)、上田昇(125×2-1994・1997)、宇井陽一(125×2-2000・2001)
1:宇川徹(250×1-1999)、中野真矢(250×1-2000)、徳留真紀(125×1-1996)、眞子智実(125×1-1998)、片山義美(50×1-1967)
[編集] 3位
2:原田哲也(250×2-1997・1998)、辻村猛(125×2-1993・1994)、眞子智実(125×2-1996・1997)
1:宇川徹(MotoGP×1-2002)、金谷秀夫(500×1-1975)、青木宣篤(500×1-1997)、岡田忠之(500×1-1999)、伊藤史朗(250×1-1963)、加藤大治郎(250×1-2000)、東雅雄(125×1-1999)、小山知良(125×1-2007)
2007年最終戦終了時
[編集] 日本におけるテレビ中継
かつてはテレビ大阪(1990年~1998年)、WOWOW(1991年~1997年)、NHK BS1(1998年~2003年)といったチャンネルでテレビ中継が行われていたが、2008年現在は日本テレビ(地上波は2002年~、CS放送は2002年~)が日本におけるテレビ放映権を持っている。
地上波では関東・静岡だけでMotoGPを中心に日本テレビが録画放送を行い、CS放送ではe2 by スカパー!とスカイパーフェクTV!の日テレG+で、生放送と録画放送とを織り交ぜての放映が行われている。2007年シーズンは、地上波では通常の1時間枠内での中継放送だけでなく、月に1回放送枠を30分拡大した「月刊MotoGPプラス」を放送した。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- MotoGPMagazine.com MotoGP Insider Magazine Online 2007
- MotoGP Pocket Pocket PC Calendar
- The Official MotoGP Website

