ビースティ・ボーイズ

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ビースティ・ボーイズ
Beastie Boys
2007年、英国Vフェスティバルにて
2007年、英国Vフェスティバルにて
基本情報
別名 ザ・ヤング・アンド・ザ・ユースレス
ビースティーズ
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク
ジャンル ヒップホップ
オルタナティブ・ヒップホップ
パンク・ロック
活動期間 1979年 - 現在
レーベル デフ・ジャム
グランドロイヤル / キャピトル
共同作業者 リック・ルービン
公式サイト BEASTIEBOYS.com
メンバー
マイクD
キング・アドロック
MCA
ミックス・マスター・マイク
マニー・マーク

ビースティ・ボーイズBeastie Boys)は、アメリカ合衆国音楽ユニット

概要[編集]

元々はザ・ヤング・アンド・ザ・ユースレス名義のパンク・ロックバンドであった。しかし、ヒップホップ・ミュージシャンたちとツアーを行ったりなど交流を深めていく中で、その音楽性をロックに取り入れた結果、ラップロックのひな形が出来上がり、リック・ルービンに「ヒップホップを郊外へ持ち出した」と評された[1]、以降は数多くの独創的な功績を残しており、ヒップホップからロック、さらにはクラブ・ミュージックにまで広大な影響力を及ぼした、白人ヒップホップの草分け的存在である。

バンド名の由来は、敬愛するハードコア・パンクの重鎮バッド・ブレインズに肖り、「Bで始まる単語2つを冠するバンド名にしよう」と考案したもの。

ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第77位。

2012年に、ロックの殿堂入りを果たした。

略歴[編集]

1979年に、パンク・バンド「ザ・ヤング・アンド・ザ・ユースレス」として結成。1981年に、「ビースティ・ボーイズ」と改名する。1984年デフ・ジャムレーベルと契約したのを機に、ラップ/ヒップホップをフィーチャーしたサウンドへ転換。Run-D.M.C.LLクールJらデフ・ジャム所属のヒップホップ系アーティストとツアーを行った。

1986年に、デビュー・アルバム『ライセンス・トゥ・イル』を発表。ヒップホップと言えど、音楽的にはパンクやハードロックの色が強く、ラップも黒人的なリズム感を持ったものではないが、ヒップホップ・アルバムとしては初めてビルボード1位を獲得。当時、同じデフ・ジャムに所属していたスレイヤーのギタリスト、ケリー・キングが参加し、シングル・カットされた『ファイト・フォー・ユア・ライト』も大ヒットした。

その後もコンスタントにアルバムを発表。サンプリングを激しく活用し商業的失敗に終わったが評価の高い1989年の『ポールズ・ブティック』、再び楽器を手にしパンクロックに回帰した感のある1992年の『チェック・ユア・ヘッド』、ヒップホップとギターサウンドを融合させビルボード・チャート1位に輝いた1994年の『イル・コミュニケーション』などで人気を高め、1998年にはよりストレートなヒップホップを展開した『ハロー・ナスティ』がグラミー賞を受賞するなど、世界的な地位を確かなものとした。

2004年に『トゥ・ザ・5ボローズ』をリリースしており、ライブやシングル発行などの活動はこの間も絶えず行っているものの、アルバムリリースのペースは次第に遅くなっている。政治的な活動も行っており、1990年代半ばにチベット独立の支持を明らかにし、1996年には多くのアーティストを集めた大規模な「チベタン・フリーダム・コンサート」を行いサンフランシスコに10万人を集め、以後も継続的に開催しチベット支援を続けている。また、911テロの被害者支援コンサート、イラク戦争に対するプロテストソングのリリースなど、2000年代に入り政治的主張の機会も増えている。

2006年に、彼らのライブを50人のファンが撮影したドキュメンタリー映画「ビースティ・ボーイズ 撮られっぱなし天国」が公開された。

2012年5月4日、MCAが癌で亡くなる。47歳没。

グランドロイヤル[編集]

1992年にはデフ・ジャムを離れ、キャピトル・レコードの支援で自身のレコード会社「グランドロイヤル (Grand Royal) 」を発足させ、同レーベルにはルシャス・ジャクソンをはじめアタリ・ティーンエイジ・ライオットショーン・レノンベン・リーチボ・マットバッファロー・ドーターなど多くの新進アーティストが契約し話題を呼んだ。

1993年にレコードのリリース事業を始めたほか、雑誌「Grand Royal Magazine」を発行し、1970年代の映画やテレビドラマ、大衆文化が好きな彼らの趣味に走った編集方針でアメリカのユース・カルチャーに影響を与えた。創刊号のブルース・リーの特集や史上最高のバスケットボール選手カリーム・アブドゥル=ジャバーのインタビュー、「世界最悪の髪型」マレット特集など反響を呼ぶ記事を多く掲載した。

以後もブラン・ヴァン3000など優れたアーティストとの契約を進めたものの、経営難で2001年には閉鎖し、彼ら自身はキャピトル・レコードに移籍した。

メンバー[編集]

マイクD
アドロック
MCA
Mike D(マイクD)
本名:Michel Diamond(マイケル・ダイヤモンド)
MCドラム担当。
母は有名なアートディーラーで、ニューヨークの裕福な家庭で育つ。
King Ad-rock(キング・アドロック)
本名:Adam Horovitz(アダム・ホロヴィッツ)
MC、ギター担当。
父は著名な劇作家、脚本家で「いちご白書」や「喝采の陰で」を執筆したイスラエル・ホロヴィッツ
日本のラッパーとも親交があり、スチャダラパーTERIYAKI BOYZのプロデュースをしたこともある。
MCA(エムシーエー)
本名:Adam Yauch(アダム・ヤウク)
MC、ベース担当。グループのリーダー的存在。
2009年、左耳下腺悪性唾液腺腫瘍があることが判明。幸い声帯に影響は無く、手術も無事に成功した。同年9月に発売予定の新作『ホット・ソース・コミッティー・パート1』の発売は、MCAの復帰を待っての無期限延期となったが、2012年5月4日に他界。
Mix Master Mike(ミックス・マスター・マイク
本名 ; Michael Schwartz(マイケル・シュワーツ)
DJ担当。ターンテーブリスト
Money Mark(マニー・マーク
本名 ; Mark Ramos-Nishita(マーク・ラモス=ニシタ)
キーボード担当。

マイクD、アドロック、MCA、ミックス・マスター・マイクの4人はユダヤ系である。MCAは仏教徒で、チベット仏教信仰している。

MCAの死[編集]

先述の通り、2012年5月4日、MCAが癌で亡くなる。47歳没。ジャンルを超えた数多くのアーティスト、テレビやTwitter、その夜のライヴで追悼の意を述べた。

追悼コメントを寄せた主なミュージシャンは、以下の通り。

など

地元ニューヨークでは、ミュージック・ビデオのロケ地にファンが花を手向けたり、マディソン・スクエア・ガーデンがMCAの顔写真を添えて、「ニューヨークという巨大で忙しい街は、こういう時にいろいろな方法で心を開いて見せてくれるとてもユニークな場所」と感謝を告げ、当日のニューヨーク・メッツの試合では、選手の入場曲をすべてビースティーズの楽曲に統一したりと、街は追悼の意に包まれた。

ディスコグラフィー[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

  • Licensed to Ill(1986年) - デビューアルバム。全米1位 :トータル930万枚
  • Paul's Boutique(1989年)- 全米14位 :トータル210万枚
  • Check Your Head(1992年)- 全米10位 :トータル220万枚
  • Ill Communication(1994年)- 全米1位 :トータル340万枚
  • Hello Nasty(1998年) - グラミー賞受賞アルバム 米英豪独ほかスウェーデンとニュージーランドでも1位 :トータル350万枚
  • To the 5 Boroughs(2004年)- 全米1位、カナダ1位 :トータル130万枚
  • The Mix-Up(2007年)- 彼ら初の全曲インスト作品
  • Hot Sauce Committee Part 1(2009年)- MCAの耳下腺腫瘍(癌性)治療により、無期限延期中
  • Hot Sauce Committee Part 2(2011年)

ベスト・アルバム[編集]

  • Beastie Boys Anthology the Sounds of Science(1999年)
  • Solid Gold Hits(2005年)

日本公演[編集]

6月9日 大阪 サンケイホール、10日・11日 東京 後楽園ホール、(日時不詳)名古屋市公会堂
※日本テレビの深夜番組「11PM」に生出演し、メンバーが黒木香とベッドでもみ合うシーンが放送されている。
9月16日・17日・19日 CLUB CITTA'
10月20日 新宿リキッドルーム、29日 CLUB CITTA'、30日 新宿リキッドルーム
1月24日 とどろきアリーナ(ゲスト:リー・スクラッチ・ペリー、ベン・リー)
2月2日 CLUB DIAMOND HALL、4日 福岡ドラムロゴス、6日・7日 横浜アリーナ、9日 大阪城ホール
8/大阪、8/東京
1月12日 大阪城ホール、14日 日本武道館、15日 愛知県体育館
7月28日 苗場スキー場

脚注[編集]

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  1. ^ [news.aol.jp/2012/05/11/yauch-rocked-raised-by-th/ 【ブログ】A-Trak:ビースティ・ボーイズを聴いて育った僕たち]
  2. ^ [1]
  3. ^ [2]
  4. ^ [3]
  5. ^ [4]
  6. ^ [ro69.jp/news/detail/67410 ビースティ・ボーイズのMCAことアダム・ヤウクの死をエミネム、Nas、パブリック・エネミーのチャック・Dらが悼む]
  7. ^ [5]
  8. ^ [6]
  9. ^ [7]
  10. ^ [8]
  11. ^ [9]
  12. ^ [10]
  13. ^ [11]
  14. ^ [12]
  15. ^ [13]
  16. ^ [14]
  17. ^ [15]
  18. ^ [16]
  19. ^ [17]
  20. ^ [18]
  21. ^ [19]
  22. ^ [20]
  23. ^ [21]
  24. ^ [22]
  25. ^ [23]

外部リンク[編集]