富士見市
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| ふじみし 富士見市 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 埼玉県 |
| 団体コード | 11235-6 |
| 面積 | 19.70km² |
| 総人口 | 107,086人 (推計人口、2011年12月1日) |
| 人口密度 | 5,440人/km² |
| 隣接自治体 | さいたま市、ふじみ野市、 川越市、志木市、新座市、 入間郡三芳町 |
| 市の木 | ケヤキ |
| 市の花 | フジ |
| 富士見市役所 | |
| 所在地 | 〒354-8511 埼玉県富士見市大字鶴馬1800番地1 |
| 外部リンク | 富士見市 |
| ウィキプロジェクト | |
富士見市(ふじみし)は、埼玉県南東部[1]にある人口約10万5千人の市。自然が多く残る首都圏のベッドタウンである。
目次 |
[編集] 概要
市の名は富士山がよく見えることに由来する。市章は、中央に富士の見える市ということで富士をおき、周囲に3本の川(荒川、新河岸川、柳瀬川)と旧3か村(鶴瀬村、南畑村、水谷村)の合併を意味した円を配し、富士見を象徴したもの。
いわゆる「昭和の大合併」で、鶴瀬村を中心に発足した「鶴瀬行政支会合併促進研究会(通称:鶴瀬ブロック)」のうち鶴瀬、南畑、水谷の3か村の合併により富士見村が誕生。そのまま町制、市制した。
「平成の大合併」では「昭和-」の時とほぼ同じ範囲での協議が進められ、上福岡市、入間郡大井町(以上、現・ふじみ野市)及び入間郡三芳町との合併が協議された。住民投票の結果、富士見市では合併賛成が上回ったが、上福岡市・大井町では住民投票成立の条件とした投票率が規定に満たずに不成立、三芳町では住民投票は成立したものの合併反対が賛成を上回ったため、合併協議は中止になった。
[編集] 地理
埼玉県の南東部に位置し、県庁所在地のさいたま市まで約10km、東京都心部から約30kmの距離にある。関東平野の中にあり、山はない。市域の北東側半分は荒川と新河岸川が流れる低地で、南西側半分は台地である。北東側には水田が広がり、南西側に東武東上線沿線から発達した市街地がある。
[編集] 位置
- 海抜 8m-21m
- 東西 7.0km
- 南北 6.8km
[編集] 隣接している自治体・行政区
[編集] 市勢
- 面積:19.70km²
- 人口:103,485人
- 男性:52,191人
- 女性:51,294人
- 世帯数:42,679世帯
- 人口密度:5,253人/km²
(2006年10月1日現在)
| 富士見市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 富士見市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||
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■紫色 ― 富士見市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
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富士見市(に該当する地域)の人口の推移
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| 総務省統計局 / 国勢調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
[編集] 行政
[編集] 歴代首長
- 吉田繁太郎(執務執行者) (1956年(昭和31年)9月30日 - 1956年(昭和31年)11月16日)
- 當麻憲之 (1956年(昭和31年)11月16日 - 1959年(昭和34年)4月8日)
- 加治宰輔 (1959年(昭和34年)5月1日 - 1964年(昭和39年)3月31日)
- 1964年(昭和39年)4月1日、町制を施行し富士見町発足
- 加治宰輔 (1964年(昭和39年)4月1日 - 1967年(昭和42年)4月30日)
- 當麻憲之 (1967年(昭和42年)5月1日 - 1971年(昭和46年)4月30日)
- 長根進午 (1971年(昭和46年)5月1日 - 1972年(昭和47年)4月9日)
- 1972年(昭和47年)4月10日、市制を施行し富士見市発足
- 長根進午 (1972年(昭和47年)4月10日 - 1972年(昭和47年)7月17日)
- 山田三郎 (1972年(昭和47年)8月20日 - 1988年(昭和63年)8月19日)
- 萩原定次郎 (1988年(昭和63年)8月20日 - 2000年(平成12年)8月19日)
- 浦野清(2000年(平成12年)8月20日 - 2008年(平成20年)8月19日)
- 星野信吾(2008年(平成20年)8月20日 - 現職。1期目)
[編集] 行政機関等
- 富士見市役所
- 水谷出張所
- 南畑出張所
- 西出張所(サンライトホール)
- 水谷東出張所
- みずほ台出張所
- ふじみ野出張所
- 健康増進センター
- みずほ台コミュニティセンター
- 老人福祉センター・びん沼荘
- 鶴瀬駅東口整備事務所
- 市民総合体育館
- 市民文化会館キラリ・ふじみ
- 針ケ谷コミュニティセンター
- 広域行政
- 志木地区衛生組合 ごみ処理を目的として、志木市、新座市及び富士見市の3市で構成されている。
- 入間東部地区衛生組合 ふじみ野市、三芳町とともにし尿処理、火葬場・斎場運営を行っている。
- 入間東部広域斎場 しののめの里(所在地は富士見市)
- 消防
- 消防はふじみ野市、入間郡三芳町と入間東部地区消防組合を組織している。
- 富士見消防署
- 富士見消防署みずほ台分署
- 富士見消防署
- 警察
- 警察は富士見市全域をふじみ野市にある東入間警察署が管轄している。
- 富士見交番
- 鶴瀬駅前交番
- 水谷交番
- みずほ台交番
- ふじみ野駅前交番
- 南畑駐在所
[編集] 公共施設
- 富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみ
- 富士見市立鶴瀬公民館
- 富士見市立水谷公民館
- 富士見市立南畑公民館
- 富士見市立水谷東公民館
- 富士見市立勤労文化会館
- 富士見市立鶴瀬コミュニティーセンター
- 富士見市立みずほ台コミュニティーセンター
- 富士見市立針ヶ谷コミュニティーセンター
- 富士見市立図書館
- 中央図書館
- 鶴瀬西分館(旧鶴瀬西小学校内にあり、同校の統合・移転にともない一時閉館。2009年(平成21年)4月のつるせ台小学校新校舎完成とともに校内に再開館した。)
- ふじみ野分館
- 水谷東公民館図書室
- 富士見市立健康増進センター
- 富士見ガーデンビーチ(市民プール)
- 富士見市立水子貝塚資料館
- 富士見市立難波田城資料館
[編集] 歴史
- 戦前
- 1873年(明治6年)、初めての学校(現在の鶴瀬小学校)が開校する。
- 1889年(明治22年)、鶴馬村と勝瀬村が合併し「鶴瀬村(つるせむら)」が、上南畑村と下南畑村、南畑新田村、東大久保村が合併し「南畑村(なんばたむら)」が、水子村と針ヶ谷村が合併し「水谷村(みずたにむら)」が、それぞれ誕生する。
- 1914年(大正3年)5月1日、東上鉄道(現在の東武東上線)の開通。同時に 鶴瀬駅開業。
- 1923年(大正12年)11月、南畑小作争議。これに参加した渋谷定輔が『農民哀史』を書く。
- 1936年(昭和11年)、鶴瀬村役場(のちの富士見村役場、富士見町役場、初代富士見市役所として使用)が建設される。
- 1944年(昭和19年)2月、水谷村が志木町(しきまち、現志木市)、宗岡村(むねおかむら、現志木市)と合併し志紀町(しきまち)になる。
- 戦後
- 1948年(昭和23年)、水谷村が志紀町から分離。
- 1954年(昭和29年)4月、埼玉県の指導による「鶴瀬行政支会合併促進研究会(通称:鶴瀬ブロック)」発足。鶴瀬村を中心に南畑(現富士見市)、福岡(上福岡市を経て現ふじみ野市)、大井(大井町を経て現ふじみ野市)、三芳(現三芳町)、柳瀬(現所沢市)の6村で合併協議が始まる。水谷村(現富士見市)は当初「朝霞ブロック」に所属。
- 1956年(昭和31年)9月30日、鶴瀬ブロックのうち入間郡鶴瀬村・南畑村、北足立郡(きたあだちぐん)水谷村の3村が合併し、入間郡富士見村(ふじみむら)が誕生。
- 1957年(昭和32年)11月、日本住宅公団による東上沿線初の公団団地・鶴瀬第一団地(230世帯)の入居開始。
- 1962年(昭和37年)7月、日本住宅公団鶴瀬第2団地(1,070世帯)の入居開始。
- 1964年(昭和39年)4月1日、町制施行、富士見町(ふじみまち)に。
- 1966年(昭和41年)5月1日、町章(現市章)制定。
- 1966年(昭和41年)9月13日、人間尊重都市宣言。
- 1970年(昭和45年)、人口増加率で全国2位を記録。
- 1971年(昭和46年)4月、学校3校(勝瀬小学校、上沢小学校、本郷中学校)が同時に開校し、町の予算の54%が教育費(=学校建設費)に充てられる。
- 1972年(昭和47年)4月10日、埼玉県内35番目の市制を施行し、富士見市(ふじみし)に。人口は59,265人。
- 1972年(昭和47年)、市長選挙で贈収賄行為があったことが発覚。当選した長根進午が辞任。(詳しくは山田三郎の項を参照のこと)
- 1973年(昭和48年)8月、市役所新庁舎(現庁舎)完成、同年9月3日から業務開始。
- 1975年(昭和50年)4月、埼玉県内で3番目となる富士見市立富士見養護学校を開校。
- 1977年(昭和52年)9月30日、スポーツ振興健康増進都市宣言。
- 1977年(昭和52年)10月21日、東武東上線 志木駅-鶴瀬駅間にみずほ台駅開業。
- 1979年(昭和54年)、鶴瀬駅に西口を開設。
- 1982年(昭和57年)4月10日、市制10周年。富士見市民憲章制定。市の木、市の花の制定。
- 1982年(昭和57年)7月、第1回・ふじみ市民まつり開催。
- 1987年(昭和62年)7月19日、富士見市非核平和都市宣言。
- 1992年(平成4年)4月10日、市制20周年。
- 1993年(平成5年)11月15日、東武東上線 鶴瀬駅-上福岡駅間にふじみ野駅開業。
- 2000年(平成12年)4月10日、環境にやさしい都市宣言。
- 2002年(平成14年)4月10日、市制30周年。
- 2002年(平成14年)11月1日、富士見市民文化会館 キラリ☆ふじみ 開館。
- 2008年(平成20年)6月3日、入間東部広域斎場 しののめの里 供用開始。
[編集] 新事業
- 勝瀬原土地区画整理事業
- 鶴瀬駅東西口の土地区画整理事業
- 西口
- 道路築造工事
- 建物移転補償
- 無電柱化
- 歩行者専用道路整備
- 鶴瀬駅西通線の開通
- 東口
- 宅地整地工事
- 公共施設整備工事
- 電線地中化
- 緑道整備
- 防犯カメラ設置
- 鶴瀬駅東通線の開通
- 鶴瀬駅東口駅前広場整備
- 西口
- 公団鶴瀬第二団地建替えにともなう鶴瀬西2丁目地域の整備
- 富士見市立つるせ台小学校開校(富士見市立鶴瀬西小学校と富士見市立上沢小学校を統合のうえ新設開校)
- 鶴瀬駅にエレベーター設置
- みずほ台駅にエレベータ及び身体障害者用トイレ設置
- 駅前レンタサイクル
- (仮称)ふじみ野出張所の開設(ふじみ野駅構内)
- (仮称)鶴瀬西市民交流センターの設置
- 前沼公園の整備
- 南畑小学校に放課後児童クラブを整備
- 2009年日本最大級のららぽーとの開発計画があったが、諸事情により中止。
- リブレーヌ都市計画
- 入間東部広域火葬場建設事業
- 中心市街地活性化事業
[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] バス
[編集] タクシー
タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、川越市・所沢市・東松山市・飯能市・和光市などと同じエリアとなっている。
[編集] 道路
- 主要地方道(県道)
[編集] 史跡・旧跡
- 水子貝塚公園
- 縄文時代前期の遺跡で1937年(昭和12年)に発見され、以降、数回の調査の後、「学術上価値が高く状態が良好」として1969年(昭和44年)に国の史跡に指定される。
- 一般的な名称ではないが、一部で「水子式土器」が提唱された。
- 大規模な環状の貝塚と集落跡があり、これを再現する形で全体が整備され「水子貝塚公園-縄文ふれあい広場-」として1994年(平成6年)に開園。地表に貝塚の分布がわかるように表示してあり、また園内に展示館と資料館がある。
- 中央に大きな広場を設け、数軒の竪穴式住居を復元。発掘調査で出土した植物の種などを基に、公園周囲に「縄文の森」復元。近年では植物が大きく育ったため電線や住宅などがかくれ、縄文時代の“村”を体感できる。
- 木製の展望台があり「縄文の村」の様子を一望できる。
- 難波田城公園
- 平安時代末期に成立した武士団「武蔵七党」の一つ、村山党の金子氏を祖とする難波田氏の居城跡である。
- 1928年(昭和3年)に埼玉県史跡に指定され、古くから知られた史跡であった。1961年(昭和36年)に埼玉県旧跡に指定変更される。
- 公園として整備されるまでは、石碑だけが建つ小さな空き地、といった感じであった。
- 2000年(平成12年)6月1日に公園として開園(広さ=約17000平方メートル)。園内は、東側に難波田城の堀や橋などを復元した城跡ゾーンと、西側に富士見市内に建っていた古民家2軒と長屋門(いずれも富士見市指定有形文化財)を移築した古民家ゾーンにわかれており、その中央に難波田城資料館がある。この資料館は難波田氏や難波田城についてだけでなく、富士見市の近現代の歴史まで学べ、特に日本住宅公団鶴瀬団地の模型などは目を引く。
- 復元した堀の水を利用し、蓮や菖蒲の名所にもなっている。
[編集] その他の公園等
- 山崎公園-せせらぎ菖蒲園-
- 菖蒲の名所で、隣接する民家の大きな屋敷林を借景とした緑あふれる公園。
- びん沼自然公園
- びん沼川(元荒川)沿いに広がる自然公園。
- むさし野緑地公園
- 雑木林を活かした小さな公園だが、園内には常設のミニ鉄道の線路(昭和55年2月「開通」)があり、4月-12月までの第2・第4日曜日に「富士見市ミニ鉄道クラブ」による無料の運転会がある。
- 富士見サイクリングコース
- 新河岸川の堤防上を利用した自転車道(歩行者の通行可)。生活道路としても利用されている。
- 新河岸川の堤防工事で長年、途切れていたが近年、復活した様子。
[編集] 姉妹都市
[編集] 地域
[編集] 町域
- 榎町
- 貝塚(1・2丁目)
- 大字勝瀬
- 上沢(1-3丁目)
- 大字上南畑
- 大字下南畑
- 諏訪(1・2丁目)
- 関沢(1-3丁目)
- 鶴瀬西(2・3丁目)
- 鶴瀬東(1・2丁目)
- 大字鶴馬
- 鶴馬(1-3丁目)
- 大字南畑新田
- 西みずほ台(1-3丁目)
- 羽沢(1-3丁目)
- 大字針ケ谷
- 針ケ谷(1・2丁目)
- 大字東大久保
- 東みずほ台(1-4丁目)
- 大字水子
- 水谷(1・2丁目)
- 水谷東(1-3丁目)
- みどり野北
- みどり野西
- みどり野東
- みどり野南
- 山室(1-3丁目)
- 渡戸(1-3丁目)
- ふじみ野西(1-4丁目)
- ふじみ野東(1-4丁目)
[編集] 教育
- 小学校
- 富士見市立鶴瀬小学校
- 富士見市立水谷小学校
- 富士見市立南畑小学校
- 富士見市立関沢小学校
- 富士見市立勝瀬小学校
- 富士見市立水谷東小学校
- 富士見市立諏訪小学校
- 富士見市立みずほ台小学校
- 富士見市立針ケ谷小学校
- 富士見市立ふじみ野小学校
- 富士見市立つるせ台小学校
- 中学校
- 高等学校
養護学校
[編集] 電話番号
市外局番は、水谷東2・3丁目が048、その他が049である。
[編集] 郵政
郵便番号は市内全域が「354-00xx」で、入間郡三芳町にある郵便事業三芳支店が集配している。
- 富士見南畑郵便局(風景印あり)
- 富士見鶴瀬東郵便局(風景印あり)
- 富士見鶴瀬西郵便局(風景印あり)
- 富士見東台郵便局(富士見水子郵便局より移転改称、風景印なし)
- 富士見勝瀬郵便局(風景印あり)
- 富士見みずほ台郵便局(風景印あり)
- 富士見水谷東郵便局(風景印あり)
- 富士見羽沢郵便局(風景印あり)
[編集] 出身有名人
- 渋谷定輔(農民運動家、文学者)故人
- 佐藤温子(元テレビ新潟アナウンサー)
- 古川枝里子(中部日本放送アナウンサー)
- 神木隆之介(俳優) アミューズ所属
- 松澤由美(歌手)
- 有安杏果(アイドル ももいろクローバーZ)
- 本間徹哉(や団)
- 溜口佑太朗(ラブレターズ)
- 麻生いずみ(漫画家)
- 桜樹ルイ(AV女優)
- 初芝清(元千葉ロッテマリーンズ内野手)
- 今成亮太(北海道日本ハムファイターズ捕手)
- 菅野孝憲(サッカー選手Jリーグ 柏レイソル・GK)
- 冨士祐樹(サッカー選手 ギラヴァンツ北九州)
- 高橋厳一(元サッカー選手 浦和レッズ~モンテディオ山形)
- 板橋弘行(陸上競技選手)
- 高橋李佳(女子プロレスラー)我闘姑娘所属
- きのこ(元女子プロレスラー)我闘姑娘→アイスリボン所属
- 藤鬥嘩裟(キックボクサー)
- 佐藤雅俊(ACIDMANベーシスト)
- 鈴木若葉(柔道家)
- 星野勘九郎(プロレスラー)大日本プロレス所属
[編集] ゆかりのある人物
[編集] その他
- ゴミ処理は富士見市と志木市、新座市で構成する「志木地区衛生組合」で行っている。
- 2005年10月1日に富士見市に隣接する上福岡市・入間郡大井町が合併しふじみ野市が出来たが、市名の元となったふじみ野駅は富士見市にあり、ふじみ野小学校など富士見市内においてふじみ野の名称を使用しているケースが多く見られる。詳細はふじみ野市との関係も参照のこと。
- 市境が複雑な箇所が何箇所もある。
- 例えば、富士見市南西部の市境は富士見市・入間郡三芳町・新座市・志木市と複雑であり、富士見市立西中学校周辺はグラウンド内に三芳町との境界線があり電気・ガスの料金は富士見市に、水道料金は三芳町に支払うことになっている。また、校舎正面にある団地も三芳町に属するため富士見市立西中学校でなく、三芳町立三芳東中学校に通うことになる。
- 富士見市立針ヶ谷小学校は、敷地内に新座市との境界線があるほか、校舎だけが富士見市に属し、グラウンドが完全に三芳町に属するため、電気・ガス・水道の料金支払いが富士見市と三芳町で区別されている。
- また、富士見市北西部に当たるふじみ野駅西口周辺も富士見市とふじみ野市で境界線が複雑になっている。ふじみ野市立亀久保小学校・ふじみ野市立大井東中学校の近くに富士見市との境界線があるため、富士見市内に住んでいる人は線路を越えふじみ野駅東口にある富士見市立ふじみ野小学校・富士見市立勝瀬中学校に通うことになる。また国道254号(川越街道)を西に行ったところにも面積としては小さいが富士見市の敷地があるため、ふじみ野市立大井小学校が近くにあるのだが同じくふじみ野駅東口の富士見市立ふじみ野小学校へ通わなければならない。
- 他には、富士見市南東部の市境も複雑であり富士見市・志木市・さいたま市の市境が入り乱れている。それにより、富士見市運動公園の面積の半分以上は志木市であり野球場・演技場・テニスコートは全部志木市に入る。また、ふじみ野市荒川運動公園の面積は、ほとんどが富士見市の面積で残りは志木市である。
- 富士見町(当時)の南のはずれ(志木市からすると市域の中央)に現在の志木市役所が建設されたとき、その土地のほとんどが富士見町(当時)だったため、「隣町に市役所ができた」と話題になった。その後、富士見町(当時)と志木市の間で志木市役所の土地と同面積交換・境界変更をし、現在に至る。また志木市役所周辺の市境は、柳瀬川をはさんで入り組んでおり(柳瀬川の昔の流れに沿っているため)、付近の住宅街は志木市の中心に近いことからしばしば、志木市への編入運動を起こしているほど複雑。
- 富士見市は中学校での部活動が盛んで、特に陸上競技部に関しては全国的にも強豪である。勝瀬中、西中、富士見台中、水谷中は過去に数多くの全国大会出場者や全国駅伝での準優勝などの成績を収め、その後高校・大学陸上界や実業団でも活躍する選手が多い。また、バレーボールでも、富士見東中、富士見西中は全国大会への出場経験があり、特に富士見東中は2009年全国大会準優勝の成績を残している。
[編集] 脚注
- ^ 現行の5か年計画「ゆとりとチャンスの埼玉プラン」(計画期間:2007年度-2011年度)では、南西部に区分けされている。 地域別計画埼玉県ホームページ、2010年11月閲覧。埼玉県#10地域区分参照。
[編集] 外部リンク
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