アダルトビデオ

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レンタルビデオ店に並ぶアダルトビデオのVHSパッケージ

アダルトビデオ(和製英語:adult video)とは、性的欲求を満足させるために製作された映像作品である。略称は「AV(エーブイ)」。「アダルトビデオ」は日本における独自の名称であり、本項ではそれについて記述する。狭義にはビデオカメラで撮影されたポルノ映像[1]、もしくは日本国内で合法的に流通させられるポルノ媒体を指す[2]。また合法的なアダルトビデオを「表ビデオ」と呼び、性器に修正処理が施されていないなどの理由で非合法のものを「裏ビデオ」と呼ぶ[2]。因みにビデオといっても、現在はオークション等を除いてはビデオテープは消滅し、DVDブルーレイディスクや、インターネットによる動画配信に移行している。また日本のもの以外のポルノ映像は、一般にはAVとは呼ばない場合が多い[3]。日本の国内法の制約を受けるため、多くは性器をモザイク処理などで隠している。

ピンク映画や「日活ロマンポルノ」(1971年より)[4]とは制作手法が異なる別のジャンルとされる。それはアダルトビデオ(家庭用ビデオデッキの存在が大前提である)という商品が誕生する前に、既に存在していたからである[3]

概説[編集]

基本的には日本に於いてDVDやビデオテープなどで供給される、性的行為・性行為を収めたもので、視聴者の性的欲求を満足させるためのものである。狭義のAVは、ビデオカメラで撮影されたものである[1]。また多くの場合、初めてビデオカメラで撮影され、1981年に「日本ビデオ映像」から発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』を日本アダルトビデオの嚆矢であるとされている[1]

日本国内において合法的に流通している(またはモザイク処理などで性器が見えていない)ものを表ビデオ、合法的に流通させられない(性器が見えているなどの理由で)ものを裏ビデオとされている。なお、製作会社の廃業時などに、モザイク処理が行われていないマスターテープが流出することがある。これは「流出物」と言い、裏ビデオの一種である[5][* 1]

初期のメディア(媒体)はVHSが中心であったが、2013年現在、日本の合法セルビデオ(販売用ビデオ)の大半はDVDである。DVD登場前の一時期にビデオCDにより発売された作品がある。また、他のDVD映像ソフトと同様にHD画質画面アスペクト比16:9の標準画質で撮影された作品[* 2]も多く、DVDのほかにブルーレイディスクの形態も存在する。2009年(平成21年)1月23日に、TSUTAYAでブルーレイディスクでのレンタルが始まった。NHKではDVDパッケージのものを「娯楽用DVD」と呼んでいる。なお黒羽(2011)によれば、2013年現在で年間1万本程度のAVがリリースされているという[6]

歴史[編集]

AV前夜[編集]

1950 - 60年代に西側各国で「表現の自由」の名のもと、多くの国でポルノに対する規制が解禁された[7]。日本でも1962年の『肉体の市場』を嚆矢として「ピンク映画」が登場[7]、大手東映も1968年、『徳川女系図』でこれに参入、これに大映日活松竹も続く[8]。また1971年からは「ポルノ」との呼び名も聞かれる様になった[8]。そして1970年には大国・アメリカでポルノが解禁される[9]

日本では1969年12月、電機メーカー各社が統一規格による「カセット」方式のビデオテープレコーダーを市販する。これをU規格と呼ぶ。そして、当時販売されたソフトの9割はポルノ作品であった[10]。ただしこれはビデオカメラで撮影されたものではなく、ポルノ映画をビデオに落とし込んだものである[11]。またビデオデッキの受け入れ先もラブホテル、および当時大流行していたモーテルなどであった[12]。ちなみに1972年からは「日活ロマンポルノ裁判」が始まり[4]、被告は無罪となるものの、日本でのポルノ解禁は取り残されたままとなった。

AVの誕生[編集]

概説で述べたとおり、1981年に「日本ビデオ映像」から発売された『ビニ本の女・秘奥覗き』と『OLワレメ白書・熟した秘園』が日本アダルトビデオの嚆矢であるが[13]、当時はまだ一般家庭にビデオデッキが普及しているといった状態ではなかった。それは1975年ベータマックス(ソニー)および1976年VHSビクター)の開発・発売を待たねばならない。業界大手の松下電器もVHSでビデオデッキの普及に参加、1981年には一般家庭の普及率が10%を突破する[14]。そしてU規格に続き、やはりエロコンテンツが登場する。そして今回のブームでは、以前の様にフィルムを用いた大がかりな(さも映画の様な)撮影システムは必要なかった。1980年前後には、重量20kgとそれなりの重量はあるものの既にカメラマンの肩に担いでポルノ映像を撮影できるビデオカメラが開発され、流通していたのである[15][* 3]

ブームのきっかけとなったのは代々木忠による1982年の『ドキュメント ザ・オナニー』シリーズであり[17]、第一弾『主婦斎藤京子の場合』は8万本のセールスを記録した[18]。そして1983年のビデオカタログには、90社ものAVメーカーが掲載されるほどのブームとなった[11]。また当時のラブホテルには部屋にビデオカメラとビデオデッキを設置したものがあり、カップルが自らの性行為などを撮影し、それを観賞して楽しむプレイが可能であり、それが流通することもあったという[19]


豊田薫と村西とおる[編集]

1984年、日本ではレンタルビデオ店がブームとなり、全国で2500店舗を数えていた[20]。また1985年頃、警察は、ビデ倫の審査を通していないビデオはわいせつビデオと判断する、とし、摘発を臭わせていた[20]。このため一般的なAVメーカーのほとんどがビデ倫への加入を余儀なくされている。

そんな時代に登場した男の1人がAV監督・村西とおるである。85年にAV業界に登場、黒木香主演の『SMっぽいの好き』などが人気となる。当時の村西は1人で月産6本、ロケに出ては数本を撮影して帰るという状態であり、内容は本番に偏重したものであったという[21]

豊田薫もやはりAV監督であり、女性の膣内を撮影した『マイクロ・ボディ 奥までのぞいて』などを発表。その後も内性器描写にこだわり、フェラチオパイズリなど過激な性表現を連発した[22]

AV女優[編集]

AVブームの定着に伴い、AVに出演することを生業とする女優が現れた。AV女優の誕生である。AV女優は時として、自主的に、または監督などの演技指導により様々な意味での「演技」を行う[* 4]。ただし本格的に「演技」の勉強をし、撮影に役立てている者は稀であるともいう[23]。AV黎明期に大活躍したAV女優に、『ドキュメント ザ・オナニーPART2 女優・田口ゆかり』ら40本の表ビデオ、その他裏ビデオ・裏本多数に出演した田口ゆかりがいる[24]。なお、この時代の人気AV女優は本番を行わない例が多かった[25]。本番女優はあくまで格下という扱いであった。村西・豊田以降は「淫乱」がブームとなり、前述の黒木香の他、膣へのダイコンの挿入やアナルセックスを見せた豊丸バイブの7本挿入を見せた亜利沙潮吹き沖田ゆかりなどが人気となり、88年中頃には淫乱ブームが定着した[26]

インディーズビデオ[編集]

1987年末にはレンタルビデオ店は日本全国で約2万店舗に達する[27]。その頃に息を吹き返したのが、ビデ倫に所属しないインディーズ・ビデオ(無審査ビデオ)である。「シースルービデオ」とする、性器のモザイクの非常に薄いものが見られたという[28]。なお、シースルービデオはシースルーが故に、疑似本番が通用しがたい。モザイクの濃いものであればモザイクの向こうで挿入したふりをするという不正も可能であるが[29]、シースルー状態では実際に女性器に男性器を挿入するよりない、本番行為を行うよりないのである。これはインディーズ/シースルービデオの人気を高めるのに役立った[28]。ただし本番女優には、疑似女優に比べて高額なギャラが支払われたという[30]

またこの商品は法的に危険なものであるため、制作元がパッケージに記載されていないこともままあった[30]。このため警察は、制作元でなくレンタルビデオ店の方を摘発したという[30]。またメーカー側は、摘発されればそのブランドを消滅させ、また新しく立ち上げる、という方策で対策を取った[30]

ただしこの後、1989年頃、女性誌an・anがセックス特集を組むなど女性の性がオープンになる傾向と歩調を合わせ、AVは本番を行うものという新たな常識が定着していった[31]

セルビデオと薄消し[編集]

1989年、女子高生コンクリート詰め殺人事件をきっかけにビデ倫は一部表現に制約を科す[32]。更に宮崎勤事件なども重なり、AVを含めたセックス・メディアに逆風が吹いた。1992年頃には大手製作会社の倒産が相次ぎ、人気女優の裏流出ビデオが大量に出る事となった[33]。これは1997年まで続く[34]

だがそんな中、1993年以降、レンタルビデオとは違う、そしてビデ倫に加入しないセルビデオ(小売りビデオ)販売店、「ビデオ安売王(日本ビデオ販売株式会社)が拡大していた[35]。1995年にはフランチャイズ1,000店[36]。価格帯はおおよそ2,000 - 3,000円、粗利は50%程度[37]。しかし1996年、海賊版ビデオを販売してしまったことなどにより訴訟に発展、社長は辞任し、ビデオ安売王は崩壊する[38]。だが店舗はフランチャイズであり、まだ残っていた。前述の通り、1,000店という規模である。そのビデオ安売王が築いた市場に、後発の業者が殺到した。セルビデオブームの到来である。ここで業績を伸ばしたのがソフト・オン・デマンド桃太郎映像出版などである。

そしてビデ倫一極体制が崩れ、様々な審査機関が立ち上がることになる。なおセルビデオはビデ倫を通したものに比べ、陰毛が見える、モザイクが薄いなどのアドバンテージがあるという[39]。前述の通り、モザイクが薄ければ疑似本番では誤魔化し難い。このため疑似本番しかできないビデ倫レンタルさがりの女優は起用できなかった[39]。そもそも、モザイクの薄さはユーザーの満足や売り上げに直結するのである[40]。2000年以降には、モザイクの一辺が1mm以下のものまで登場した。激薄ビデオ。最早丸見えである[41]。ただし、さすがにこの様な商品がまともなショップに並ぶことは稀であるようだ[42]

セルビデオは大流行を見せ、90年代後半には販売店は3,000店とも5,000店とも言われる状況となった[43]。AV制作側もセルビデオを歓迎した。村西とおるによれば、レンタルは企画開始から集金まで1年程度を要したものが、ショップ買い取り方式のセルビデオであればすぐにでも売り上げが入ってくるのである[44]

また、日本のAV製作会社が外国向けに、もちろん無修正で販売したものが、日本に逆輸入されて裏ビデオとして販売される場合がある[45]。 また、激薄ビデオも海外に輸出されている。日本の警察は2002年頃から薄消しビデオの摘発に躍起になったことが[46]、販売会社が販売先を海外に移した事が原因ともみられる[47]。2004年頃は日本人AV女優の出演しているAVが海外サイトで販売されていることは当たり前といった状態となった[48]

2009年現在はインターネットを介して、日本の一般家庭で一般国民が無修正動画を購入などして視聴することに、何ら障害はない。藤木TDCは「それらを『裏』と呼ぶには、あまりにも日常に定着しすぎている。」とする(藤木TDC 2009 『アダルトビデオ革命史』 p.237より引用)。そして現状、視聴サイトが海外運営である以上、その視聴料金は全て海外に振り込まれており、日本経済にとってのメリットは小さいとしている[49]

流通の状況[編集]

レンタルビデオ業者による事業[編集]

  • 2009年現在、レンタル業界はTSUTAYAゲオの寡占状態にある。同様に寡占状態にある製作メーカー、ソフト・オン・デマンドCAなどのセルメーカーがここに参入している[50]
  • 藤木 (2009) によれば、2009年現在、正確な数は把握のしようもないが、日本において年間1万本以上のタイトルが製作されていると言われるとしている[51]
日本のレンタルビデオ店のアダルトビデオコーナー入口は暖簾で仕切られていることが多い。
セルビデオ店に陳列されているアダルトビデオのDVDパッケージ
人気AV女優は撮影会・サイン会・握手会などのファンとの交流を実施することが多い
日本のレンタルビデオ店のアダルトコーナーにある新作ビデオ棚。作品数は非常に多い。
  • レンタルビデオが一般に普及している一方、販売を主目的としたビデオ(セルビデオ)も登場している。市場規模を見ると現在では通信販売でも買えるセルビデオの方が大きくなっている。
  • レンタルビデオ店の多くには、アダルトビデオの独立コーナーが設けられており、一般コーナーとは暖簾などで仕切られている場合が多い。これは、青少年の目に触れさせないためとアダルトビデオに嫌悪感を抱く人々に配慮、およびにAV利用者のプライバシーに配慮をしたものである。ただし1990年頃まではアダルトビデオ作品数が少なかったため、一般作品と並べられて展示されていた。
  • アダルトビデオのレンタル売上は一般の映画アニメなどのビデオを上回ることが多く、レンタル店にとって欠かせない一大分野に成長した。数は少ないもののアダルトビデオ専門のレンタルビデオ店も存在する。また、セルビデオも急速に広まり、店舗数でいえばレンタルビデオ店を遥かに凌いでいる[要出典]
  • また、通信販売やネット上で申し込めるアダルトビデオの宅配サービスなども盛んである。
  • 2006年6月現在、大規模な業者は日本に3社あり、郵便メール便を利用して貸出・回収を行う。月々の料金は借りようと借りまいと発生する。そのため、業者の配送センターの近くに住んでいるなど特別な条件のある利用者以外は、月に10回転程度が実質的な上限となる。同一タイトルの在庫数にも限りがある。
  • メーカーによっては独自に流通配送システムを構築し、通販サービスの向上と低価格化を実現しているところもある。

CS放送による放送事業[編集]

インターネットでの動画配信事業[編集]

  • 昨今ではインターネットの普及と共に、AVコンテンツストリーミング放送やデータダウンロードの形で提供するものも現れている(有料無料がある。特に、廃盤作品はメーカーから提供を受けている業者からデータで買う以外に視聴方法はない)。
  • 有料動画として海外配信されているアダルトビデオでは、日本国内より海外法人等が調達したアダルトビデオ媒体を海外基準で編集しインターネット経由でダウンロードさせ販売する流通経路も確立している[要出典]
  • 日本国内の者(個人・法人)が、日本国外に海外法人を設立し、日本との法体系が違う(刑法わいせつ物頒布等の罪が適用されない)海外現地法人を利用して、日本向けにアダルトビデオの販売を目的として、主にアメリカ合衆国等でインターネットサーバーを設置(.comドメインを取得)し、動画配信を行うケースが多くなり、性器モザイク処理のない「無修正ビデオ」の配信が盛んになっている。

制作側の状況[編集]

1作の撮影日数は1-3日程度が最もポピュラーで、製作費用は作品の規模によって数万-数100万円と一般のロードショーの映画と比べると格段に安く、またその大半が女優にかかるギャランティであることも多い[要出典]高価なフィルムを使わないことでランニングコストを低く抑えることができる。 又、DVDとして商品化する際にコストを抑えるため、約2時間を超える作品は、マスタデーターを片面1層ディスク圧縮し記録される物がほとんどである。そのために、画質の低下が発生する。[要出典]

作品の内容[編集]

“視聴して自慰をするためのソフト”という傾向が強い商品の特質上、映画テレビドラマなどに見られるような芸術性はほとんど求められず、性的興味をそそることに力が注がれている作品が全てであると言っても過言ではない。

ポルノグラフィティが基本である以上やはり性行為が基本なのであるが、日本のAVについては諸外国と異なり、必ずしもそれに偏重していない。確かに性行為のカットがあるものの、イメージ映像やインタビューなども重視される傾向があるのが特徴的である[52]

避妊具の使用[編集]

はっきりコンドームを着用していることを説明している作品もあり、あえて射精後のコンドームから精液を垂らしてAV女優が飲む、という構成の作品も見受けられる。一例を挙げると『顔は日本カラダは車中!!』(夏目ナナ・SODクリエイト) においては、AV女優が車外に顔のみを出し、直前に使用したコンドームから精液を手の上に搾り出して飲む行為を数回行っている。

童貞喪失ものでは、AV女優が相手となる童貞男性にコンドームを装着する場面から始まり、男性が射精した後に精液の溜まったコンドームを外し、その精液を見ながら童貞喪失の感想を話し合うなどの構成が見られる(『最高の筆おろし』・マドンナ)(『ザ・筆おろし』・クリスタル映像)。

中出し[編集]

中出しの場合は、制作会社側がアフターピルや避妊フィルムなど避妊準備をするものや、事前に女優が低用量ピル経口避妊薬)による避妊をしていることがある。例えば、『ナマでHしよ 中出し大好きなの』(沖那つばさマルクス兄弟レーベル)では、女優自身が医師の処方を受けた経口避妊薬を示し用法を説明してから、男優に中出しされたり汁男優から採取した精液を注射器に集め膣内に注入したりしている。

特殊な例では、川奈まり子の引退作品において、妊娠を狙って婚約者のAV男優による真性中出しが行われたが、その作品での受精・妊娠には失敗した。ただしこれが事実であるのか演出であるのかは不明である。

溜池ゴローによれば、こういった中出し作品は妊娠や性病感染のリスクを犯してまで制作されているわけではない。女優は日常的にピルを服用しているし、自ら中出しを了承した女優しか撮影しない。また、女優だけでなく男優や汁男優に至るまで出演者全員が性病検査(尿検査と血液検査の2つ両方)を受け、陰性であることを証明する、検査日から1ヶ月以内の最新の検査証の提出が義務となっている。この性病検査の頻度は、基本、男優は、だいたい1ヶ月に1回、女優はもっと頻繁に受けている。もし、撮影前に出演者が感染症にかかっていることが判明した場合は、即刻、撮影は中止となる。これは中出し作品に限らず、全ジャンルで共通である。加えて、出演者が所属するAV事務所も性感染症管理に関しては正直に申告する。嘘をついた場合は、その事務所の俳優は2度と起用してもらえなくなるためである。こうした衛生管理が行われているため、避妊具なしの挿入や中出し作品が横行しても、AV業界で性病が蔓延することはない[53]

性器の露出と規制[編集]

日本では欧米諸国などとは異なり、成人向けであっても性器を直接表現する映像を公開することは、わいせつ物頒布等の罪(刑法第175条違反)として性器を直接表現する映像の存在自体を禁止している。理由は、公衆の「健全」な性的風俗ないしは性秩序を守るためである。よって規制されるのは「徒に性欲を興奮または刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」ものである。

そのため、倫理審査団体の自主規制によって性器に“モザイク処理”などさまざまな手法で“ぼかし”がかけられる。これは、性器を露出しないことはもちろんではあるが、(建前上では)実際には性行為を行っていないことを文字通り“ぼかす"という意味もある。精液や、肛門(審査団体によっては自主規制)を映し出すことは、わいせつには当たらないと解釈されている。

最近では日本のアダルトサイト業者、アダルトビデオメーカーが、性器の露出について日本とは法規制が異なる他国のサーバプロバイダー経由で有料サイトを開設しており、日本国内からこれらのサイトにアクセスし“無修正映像”を簡単に視聴したりダウンロードすることができるようになった。これを通称海外配信という。

また、「修正映像」も時代と共に変化し、かつては女性の陰毛や肛門が露出しているものは非合法とされていたが、少なくとも2010年現在では「合法」との見方に変わったり、かつては児童の性器(『わいせつ』の概念となる陰毛が未だ生えていない)の露出は「合法」とされていたのが、最高裁の判例により「非合法」とされたりと、『わいせつ』の概念や定義は時代によって変遷している。

ギリギリモザイク・MAXモザイク[編集]

どうしても隠さねばならない男性器・女性器の形状に沿って、ギリギリのところまで、最小限の範囲のみのモザイクをかける手法。1秒間30コマの動画を、人海戦術で画像処理する。言うまでもなく膨大な作業量が必要であるが、2009年現在はAV業界の一つのアウトソーシングとして定着している[54]

倫理審査団体と「インディーズ」[編集]

倫理審査団体には日本ビデオ倫理協会(ビデ倫)、コンピュータソフトウェア倫理機構(ソフ倫)、コンテンツ・ソフト協同組合メディア倫理委員会(メディ倫)等があり、それぞれ所属する会員である製作会社のビデオが倫理を逸脱していないか監視している。ただし、法的な根拠はなく、審査をパスしていれば、警察に摘発されないという保証はない。

倫理審査と同時に海賊版製作者に対する警告・告発も行っている。ビデ倫加盟メーカーはビデオ倫理監視委員会を通じて監視を行っている。

ビデオ倫理監視委員会が把握している審査団体

倫理審査団体に所属していないアダルトビデオメーカーの作品は、“自主規制作品”(インディーズ)と呼ばれるが、ビデ倫・ソフ倫(両団体は相互に審査結果を尊重する旨の覚書を交わしている)以外の審査団体で審査を行った作品はモザイク処理などの点で自主規制作品と大差はなく、一般的にはインディーズとしての扱いを受ける。

倫理については明確な基準がなく、モザイク処理部分の大小・強弱などでメーカーごとにばらつきがあったり、同一メーカーが製作した作品でも、発売年度などによって「ぼかし」に強弱があったりする。また、生き残りのため、性器のぼかしが少なく性行為も過激なものも増えてきている。

ビデ倫でも、ヘア(陰毛)・アナル(肛門)の露出を解禁(2004年末よりヘア露出の一部解禁、2006年8月審査タイトルより全面解禁)するなど、基準の見直しが行われている。

この見直しに対応して、従来、ビデ倫・ソフ倫、およびそれに準ずる審査団体(制販倫・VSIC)による審査済み作品のみ掲載していた業界誌「アダルトインサイダー」・「月刊DVDナビゲーター アダルト」(ギャガ・クロスメディア・マーケティング)でも、2006年9月号以降、それ以外の審査団体で審査を受けた作品も掲載するようになった。露出度と売り上げは比例しない。

アダルトビデオのジャンル[編集]

制作者側での区分と消費者側の区分とが存在する。

制作者側からの区分ジャンルはさまざまだが、容姿やスタイルが美しい女優を全面に打ち出した「単体女優物」と女優の容姿やスタイルにこだわらず企画内容を売りにした「企画物」に大きく分けられる。この分類は極めて明確で女優のギャランティーやパブリシティー、メーカーの制作体制などに差異が認められる。つまり女優のネームバリュー押しではなく企画や監督名が前面に出たパッケージ(甲斐正明など)こそ企画物というカテゴリーの目安と言えよう。

アダルトビデオにはロリコン、オナニー、セーラー服、レイプなど様々なジャンルがある。1983年の東京ニュース通信社、『月刊TVガイド ビデオコレクション 臨時増刊号 アダルトビデオ3000』の索引では14のジャンルに分けられていた[55]。また藤木 (2011) によれば、これは黎明期のAVがVHS供給ということもあり、30分程度と短時間のものが多く、総合的なエロスを盛り込んだ作品を製作することが困難で、1本1本についてはそのジャンルに特化したものを製作せざるを得なかったという事情があるのではないかと考察している[56]。だがDVD、ネット配信などの登場で作品の時間制限が緩やかになった2011年現在でも、総合的なエロス作品を目指すかたちではなく各ジャンルについてよりマニアックに掘り下げていくケースが多くみられる[57]。藤木はこれを「日本独特のAV風土」とし、日本の文化であるとする[57]

ゲイビデオ」では企画物が多いが[要出典]、ここでは一つのジャンルとして詳述する。類型と言われるものは、裏ビデオを参照のこと。

単体女優物[編集]

単体女優物は、一般に容姿が美しい女優を全面に打ち出している作品である。女優名を大きく出し、作品内容よりも女優そのものを大きくアピールする。AV女優一人が出演しているため単体女優物と呼ばれる。単体女優は、AV業界の中で企画物の女優(企画女優)と比較して、容姿やスタイルが美しいとされる。基本的には一人のAV女優が登場する1時間 - 2時間物が多いが、一人の女優の出演本数が増えると2名以上の女優で共演したり、オムニバス形式で出演することがある。単体女優物は、セル・レンタル業界を問わず、各メーカーとも資金を投入し力を入れている。単体女優としてAV業界で有名になった後にタレント活動する人(飯島愛高樹マリア及川奈央蒼井そら吉沢明歩みひろ)や、AV女優になる前にタレントグラビアアイドル、スポーツ選手、オナペットアイドル、レースクイーンアナウンサーであった者(桜樹ルイすぎはら美里夏目ナナ萩原舞小森美樹小森未来)・渡瀬晶麻生香青木りん範田紗々きこうでんみさまりかCHACOなど)、元アイドルやまぐちりこ(元AKB48の中西里菜))、ミスコン出身者(瀬名涼子)もいる。

企画物[編集]

企画物は女優の容姿にこだわらず、特定の企画内容を売りにした作品。そのため女優の名前が出ないこともある。テレビや映画のパロディ、大人数もの、人妻もの、素人もの、職業もの(制服女性)、学生もの、レイプもの、ナンパものなど、あるジャンルに特化し、それらを好む視聴者をターゲットにしている。このジャンルの境界にははっきりとした線はなく、例えば「人妻ナンパ」「素人接吻」「女子校生レイプ中出し」といったように複数のジャンルをまたいだ商品も多い。また、単体女優が企画色の強い作品に出演することもある。

1990年代の末から、元々は企画物の女優なのに単体女優並みの人気が出てしまうという例が見られるようになった。こういった女優をキカタン(企画単体の略)などと呼ぶことがある。企画物に出る女優の中には、親バレなどを避けるためパブリシティーを制限している例が多く、容貌がきれいであっても単体女優にはなれない(あえてならない)。そのためにギャラが安く抑えられている。結果としてレンタル向けビデ倫系ビデオではなく、インディーズ系への出演が多い。こういったギャランティが安いのに人気が高く、企画に凝らずともビデオが売れるキカタン女優が増え、2000年代初頭はキカタン女優がブームとなった。キカタン女優の代表例は長瀬愛堤さやか笠木忍桃井望などで、前記4人はインディーズ四天王などと呼ばれたことがあった。この点、本来の意味での「企画物」と、少々意味合いが異なってきた部分もある。

※企画のジャンルについては、あらゆるシチュエーションがあり、その組み合わせの多さから、数限りなく存在し得るため、ここでの列記は避ける。裏ビデオの項も参照。

ザーメン・ぶっかけ・BUKKAKE[編集]

精液にこだわった作品(ザーメンもの)、いわゆるぶかっけなどは特にBUKKAKE(発音は「ブッカキー」)として、SUSHIやSASHIMIの様に海外でもある程度の定着が見られ[58]、2005年頃、日本からアメリカメジャーリーグに渡ったプロ野球選手松井秀喜に対して、スタジアムではよくこの「BUKKAKE!」とのヤジが飛んだという。藤木はこれをアメリカのワルガキ共が知っている程度には定着しているものではないかと分析している[59]。また同書では、英語版ウィキペディアのBUKKAKEの項目での、BUKKAKEがアメリカに持ち込まれた経緯についての記述にも言及している[60]。これは藤木が確認した時点で、若干の事実誤認があるものの、日本語版よりも詳細であったとしている[61]。なお持ち込んだのは松本和彦[62]、持ち込まれた作品は南口るみねの『'95決戦』[62]。これは南口が100人分の精液を飲精する内容で、時期は1996年7月[62]ハリウッドでのポルノ物産展「Video Software Dealer Association」で上映された[62]。あまりの内容にFBIは、これは虐待だと上映の中止を求めたと言い、これがまた話題となったらしい[62]。なお日本におけるザーメンものの嚆矢はラッシャーみよしである。1980年代当時風俗ライターであったみよしがファッションヘルスなどで行われていた飲精という技術またはプレイを「ごっくん」と表現していた[63]。また1984年頃以降には雑誌『SPARK』(白夜書房)のグラビアですでにぶっかけが、それも白夜書房編集者有志である男性モデル数名全員がぶっかけるようなものがみられており[64]、「ドピュドピュ」という擬音も用いられていた[64]。その後、1985年頃より村西とおる豊田薫らにより「(フェラチオを含む)顔面シャワー」が定着する[65]。そして1986年、雑誌『マスカットノート』12月号でみよしの顔射企画「ミルキー・ドールズ」が開始され、大ヒット[66]。みよしは1988年、AV業界に転身する[67]。初作品は1989年2月の『ダイナマイトスペルマ 藤沙月』であり、顔射は計7発であった[67]。藤木 (2011) によれば、はっきり顔射・ザーメンにのみに注目した作品は恐らくこれが業界初である[67]。その後みよしはドイツ人ポルノ女優「マンディ」の、口内射精された精液を5分も10分も口中で弄ぶというプレイに強い感銘を受け[68]、更なるザーメンビデオを探求しはじめる。なお当時としてはマニアックな題材であったため当初は自主製作ビデオに近いかたちでの供給であった[69]。しかしその後のAVの隆盛の結果、十分な市場を得るに至っている[70]

なお前述の松本は1994年にみよしと出会い[71]、ザーメンAVショップ「ミルキーショップ エムズ」(のちエムズ・ビデオ・グループに発展)を設立[72]。94年にはオリジナル作品『That's スペルマごっくんプリーズ』を発売、初作品ながら既に前半の20人フェラからのごっくん、後半の生本番6Pで、総射精回数27発に至っており[73]、95年以降は射精回数も増え、トップブランドとなった[74]。またこのジャンルの隆盛は業界に「汁男優」なる、射精だけを求められる職種を創設することとなった[75][* 5]

バイブロボット・アクメマシーン・電動ドリルバイブ[編集]

電動ドリル、重機のような威容を誇るマシンにディルドーを据え付け、それを女優の性器に挿入。容赦のない激しいピストン運動や回転運動で女優を絶頂に至らせる(アクメ拷問)というジャンルである[76]。このジャンルの嚆矢としてはベイビーエンターテイメント/ディープスの『女子高生マシンバイブ』シリーズであるとのことである[77]。その他、自転車を漕ぐとサドルのディルドが上下するソフトオンデマンド『アクメ自転車がイクッ!』などの作品もある。機械的なものが登場する作品としては、日本では2001年『愛玩女獣2 坂井ありす』で自転車のリムに突起物を取り付け女性器を機械的に刺激するものが登場しているが[78]、これは挿入を伴っていない。2002年『犯乳病棟』では巨大なドリルバイブが確認できる[78]。海外でもアメリカ・KINK社による「Fucking Machine」というものがあり、同社は2001年頃にはこのジャンルに参入している[79]。藤木 (2011) では、手持ち式でも固定式でもない、まるで重機またはロボットの様なマシーン、日本の「アジアンドラッグ1号」が紹介されている[80]。なおこのジャンルでは、男優が画面に映り混まない事が重要視される傾向が有るとする向きがある[81]。なお、AV女優側の証言としては、『爆走!イヌ型アクメマシーンBOWWOW』(ROKET)に出演した長澤リカが、強烈なピストンを受けながらも「案外いいかも」と言及した例がある[82]。また機材の制作者曰く、女性器は意外と力が強く、マシンの方が駄目になってしまうこともあるとのことである[83]

シーメール・ニューハーフ[編集]

シーメールとニューハーフは境目が曖昧であるが、本項では便宜上シーメールに統一する。

アメリカでは1980年には存在していたジャンルであるが[84]、これが輸入され紹介されたのが嚆矢とみられる。日本製としては1986年、映研『シーメール ちえみ』が最初であるとみられる[85]。これは主にゲイショップで販売されたものであった[86]。主演のちえみは単なるゲイと紹介したライターもいたが、身体は、特に尻などは女性のものであったという。だが当時の日本のAVはモザイクが濃く、シーメールものの要である陰茎が確認できない点ではものたりないものであったという[87]。また、AV監督の山本竜二によれば、シーメールたちも(女性ホルモンの影響もあってか)勃起すらしなかったという[88]。この辺りの性表現ではむしろマンガの方が先行していた[89]。90年にはシーメールを越えた、純粋かつ単純に陰茎を備えたのみの女性、「ふたなり」が登場している[89]

その後1995年から1996年にかけてシーメールというジャンルはそれなりの市民権を得る[90]。1996年、山本竜二、新東宝SODOM『シーメール天国 両性具有の優越』(主演女優はフィリピン人のTARA[91])では、恐らく日本AVで初となる、シーメールの射精が実現した[91]。監督の山本もやはり射精については重要と考えていたようで、たまたま金銭的な問題で女性ホルモンの投与を打ち始めたところで射精可能なTARAを採用したと言い、またTARAがいなければ日本のシーメールAVはいまだ勃起すらなかったかもしれない、とまで語っている[92]

2002年にはマンガの後を追う形で、女優(この女優は完全に普通の女性である)がペニスバンドを装着して男性的オナニーや男性のアナルを犯すという演技を行う『男根少女 広末奈緒』(ドグマ)が発売されている[89]。後続作品も発売され、これは「ふたなりもの」として、一定の形を見る[93]。もちろん、ふたなり女性が女性を犯す設定のものもある[94]

なお、男優がシーメール女優の陰茎でアヌスを犯される「逆AF」(アナルファック)というものもある[95]。だが、これは2011年現在、シーメール風俗店では(ペニスバンドによるものも含めれば)一般的なものであり、東京都内で30-40件は見られるという[96][* 6]

結局のところ、このジャンルは、生物学上にせよ見かけにせよ、男性が男性に挿入、男性が女性に挿入、女性が男性に挿入、女性が女性に挿入、全てがあり得るのである。 また、シーメールAV女優は2011年に至っても供給不足であり[97]「芸は売るがゲイは売らない」という向きが強いとのことである[98]

微乳/貧乳[編集]

藤木 (2011) によれば、AVでは比較的豊満な乳房が好まれるが[99]、微乳/貧乳ものといったジャンルも存在する。巨乳という言葉は1980年頃から存在していたが、それがエスカレートしてしまい、Dカップ程度では「美乳」と呼ばれる様になってしまった[100]。「微乳」という言葉の発祥はテレビ朝日系列の深夜番組『トゥナイト2』の構成作家であるようだ[101]。また、微乳が社会的に一定の注目を集めたのは1998年に発売された、当時清純派として人気であった女優、葉月里緒奈の写真集『RIONA』(篠山紀信)の乳房の小ささであったという[100]。前述のトゥナイト2も葉月への反響を受けて微乳についての特集を組んでいる。なおこの嗜好は、微乳好きからすればいわゆるロリコン(幼女性愛)とは相容れないものであるとする解釈も強く、何も分からない少女に不埒な事をする様な事を想像しないでほしい、敏感なおっぱいが好きなのだ、と言ったところであるという。敏感でさえあれば、小さくなくても構わないとする解釈もあり得るようである[102]

AV業界ではそれを全面に押し出したものは、それぞれ2002年の『貧乳マニア おっぱいスペシャル総集編』(Gap Bust)、2004年の『微乳フェチ Acup・Bcup限定 小さなおっぱい作品集』(SODクリエイト)が初のようだ[103]。ただし藤木 (2011) では、続編が発売されていないことから、後者の方については、売り上げはあまりよくなかったのではないかと推測している[103]。ひとつのブームとなったのは2007年の『はにかみお姉さんの敏感Aカップ 微乳ビンカン美女VS肥満キモメン男優』(渡瀬安奈主演、ワープエンタテインメント)で、貧乳と肥満男性の乳房を比べるような内容のもの[104]。これについての売り上げは不明だが、2010年、『微乳A とっても感じるちっちゃいおっぱい 篠めぐみ』(ドリーム・チケット)は1万本近いヒットとなり、シリーズも2011年までに15本に達している[105]

なお、やはり胸の小さい女性にはそれに対するコンプレックスがあり、このジャンルが一定の市民権を得るまでには、女優捜しに少々の困難を来していた[106]。だが、「こんな貧相な胸を見せたくない、恥ずかしい」と言った点も大事なポイントであり、貧乳であるが堂々としている女性は採らない、とする制作者もいる[106]

熟女[編集]

意図指摘に熟女を主演とし、それを押し出して発表された作品の嚆矢は1990年6月、「ババァー! こんな私でもAVでれますか?』(マスカット)である[107][* 7]。もちろん一般的にAVでは若く清楚な女優が好まれるが[108]、「夢工房シーオーエルディディー」の芳賀栄太郎とADの中野貴雄はそこに斬り込み、56歳の浜野弘子を主演とした熟女物を制作した[109]。ボディーサイズはB104、W115、H130、下ぶくれの顔で、どう見ても美人ではない[110]。だがこの作品は、当時「キワモノ」が流行していたこと[111]、週刊誌で取りあげられたことなどにより700本以上を売り上げた。これはAVメーカーにとって十分に利益のある数字である[110]。なおきっかけは、「会社によく来るヤクルトおばさんや保険の勧誘員をAVに使えないか?」というアイディアからだった[110]。また、熟女女優をマネジメントしているプロダクションなどはもちろん皆無であり、「歌舞伎町の大久保公園(当時、売春のメッカであった)で500円でフェラチオしてくれるおばちゃんたち」の中から、一番若い人を連れてきたということであった[112]。この衝撃的な作品はFOCUSFLASHで撮影現場が公開されたが[113]、藤木によれば女優の演技がよくなく、作品としてはいまひとつであったそうだ[114]。ただしこれは嚆矢であるが、ブームを作ったものではなく、いわばキワモノである。本格的なヒット作はこの直後に発売された、東美由紀の母親である浅野ともこ主演の『おふくろさんよ!』である。元松竹歌劇団団員[115]である彼女は当時48歳[115]ながらB95、W58、H92、Fカップ[115]という見事なボディーを持ち、内容は母と息子の近親相姦ものであった[* 8][116]。全体的な雰囲気は古くさいピンク映画といった趣であったというが[117]、淫乱ともまたひと味異なる、成熟した女性ならではのパフォーマンスを発揮していた[117]。この作品は評論家たちには賛否両論であったらしいが[117]、4000本を売るヒットとなった。制作者の芳賀にも予想外の数字で、大いに驚いたという[117]。ただし続編についてはやはり女優のアテが無く、保険の外交員に、ギャラと保険加入を条件に出演してもらうということを5作目くらいまで続けざるを得なかった[118]。その後、このジャンルにも各社の参入が相次いだ[119]。なお、この当時の熟女女優は先述の保険の外交員も含め、専門のAV女優に比べて非常にギャラが安く、1000本程度も売れれば簡単に黒字となった[120]。またAVでの熟女ブームを確立した人物として、監督の海山輝一が挙げられる[121]。海山は『おふくろさんよ!』のビッグモーカルに参入、30代の知的で清潔な美人妻というコンセプトで94年より『マダム倶楽部』シリーズを発表、各作品が1000 - 2000本を売るヒットを記録する[122]。そしてその後の『貴婦人画報』も含め、「美熟女』という概念を確立した[123]

藤木 (2011) はこの熟女というジャンルが地位を確立した原因を、一般のヘア・ヌードブームにある可能性が有ると分析する[124]。例えば日本ヘア・ヌード写真集の元祖ともいえる島田陽子も、辺見マリ山本リンダも四十路を過ぎた見まごうことなき「熟女」だったのである[125]。藤木AVが先か、ヘアヌード写真集が先かは厳密にはわからないとしているが、いずれにせよ90年代より、熟女ブームが世間に定着したことは確かである。

2011年現在は熟女ものには一定のシェアがあり、必要であればプロダクションからの紹介も期待できるほか、熟女専門のAV女優プロダクションもあるという[118]。なお2011年に至っては熟女ものは最早キワモノでも隙間産業でも無く、品質が求められる時代となっている[126]。また熟女ものの特徴として、作品の旬が長いと言ったことがある。若い女優を起用した作品は3ヵ月程度で売れなくなるが、熟女ものは1年単位、1999年に発売された『お茶を摘む田舎のお母さん』(ルビー)が2011年に至っても売れ続け[127]、また作品によってはVHSでの供給が行われるなど、他のジャンルとは一線を画するものがある[127]

高齢男優[編集]

藤木 (2011) では、1934年産まれ、当時76歳のAV男優「徳田重男」が紹介されており、恐らくは日本の現役AV男優としては最年長としている[128]。74歳時点で既に200もの作品に出演、本人の談では(76歳時点)今なお月に4本の作品に出演し、月に一回は射精も可能とのことであった[129]。1994年にデビューした彼は[130][131][* 9]町内会のヒヒジジイや要介護老人などの役柄もこなし[132]CNNに特集されるなど、最高齢のAV男優として、一定の著名性を得ている(詳しくは当該項目を参照)。ただし史上最高齢という訳ではなく、FAプロ安田義章は80年代半ばから2004年、85歳まで現役を続けた[133]。なお2003年頃に患った足の怪我で外出が難しくなり引退を余儀なくされ、その後2008年に死去した[133]

なお熟女物人気シリーズである『熟年夫婦』シリーズ(『熟年夫婦の性生活』など)では、出演者が男女とも素人かつ高齢である。このため男性は常にプレッシャーと他人の目に晒され、勃起が非常に難しいといい[134]、射精にまで至る男性はいないそうである[135][* 10]。反面女性は、ローションを用いれば問題は少ないという[135]

フェチもの[編集]

フェチビデオは、アダルトビデオ業界かそれに近い業者による、フェティシズムを追求した映像作品のことで、性行為が全く行われていない作品でも成立するのがこのジャンルである。

具体的なとしては以下のようなものがある。

ゲイビデオ[編集]

ゲイビデオは、主にゲイ男性同性愛者)やバイセクシュアル(男性両性愛者)向けのアダルトビデオのことであり、ゲイAV、ホモビデオなどともいう。男性同士のアナルセックスのみならず、その中でも男性のオナニーやフェラチオをはじめとしたさまざまなジャンルのものが見られる。詳細は当該項目を参照。

その他[編集]

初体験もの 
初めての性体験を作品にしたもので、処女喪失ものと童貞喪失ものに分かれる。
野外露出もの 
おもに、山林、海浜など人目につかない大自然の中での性行為(野外プレイ)を取り扱ったものと、人目がある場所での性行為(露出プレイ)を取り扱ったものの2種類に大別される。野外プレイでは開放感溢れる屋外での性行為を売りにしたり、露出プレイでは露出狂とされる女優が公共の場で裸になったり、性器を露出したりする。
レズ物 
真性のレズビアン女優、素人、AV女優、無名女優同士が貝合わせ、お互いの乳首を触らせる、ペニスバンドディルドー電マバイブでの性行為、唾液交換などのシーンを見せる。
虜辱物 
AV男優が女性を襲い、レイプシーンを撮る。
SM 
厳密にSM行為に区分けされるものから、女優単体ものなどアダルトビデオのメインストリームの作品に緊縛などSM要素を含むものまで存在する。
アダルトアニメ 
実写による撮影ではなく、アニメーションを用いたアダルトビデオについてはアダルトアニメの項目を参照のこと。
コスプレAV(キャラクター物) 
女優が特定の漫画やアニメ、ゲームのキャラクターのコスプレをし、元ネタになった作品に基づいた寸劇を演じながら性行為にもっていくというもので、フェチ目的のコスプレ物とは別物である。基本的には企画物であるが、女優物としてリリースされることがある。
女性向けAV 
女性を対象とした内容のもの。清潔感のあるイメージの映像であったり、女性受けのする男優が出演している。HOW TOを交えたものや、恋愛ドラマの形態をとっているものが多い。
着衣物 
コスプレからの派生系で制服、私服問わず完全に裸にせず最低限の露出や服を着せたままで性行為を撮る。(例:ワイシャツのボタンをはだけさせる、シャツとブラジャーを捲るなどして胸の乳房だけ見せる。スカートを履いたまま、ボトムスだけ脱がし下半身のみ裸、パンツのクロッチ部分をずらして挿入。)男優はファスナーから性器を出しただけかボトムスだけ下ろした体勢が多い。

作数の多いシリーズ作品[編集]

※1999年以前の作品・VHS版・廃盤は非常に検索困難なため不明としている。またシリーズの分別が難しいため、ナンバリング作または型番などから容易にカウント出来るもののみとしている。似ているタイトルは出来るだけ同系として扱う。

現在(200作以上・リリース継続中)
作数 シリーズ メーカー スタート作 最新作
576 素人AV体験撮影 シロウトTV 1
(2010年3月1日)
576
(2013年12月4日)
532 素人○○生中出し プラム ●張メッセ女子受付 八神小夜
(2007年1月31日)
168
(2014年1月15日)
508 素人個人撮影、投稿。 シロウトTV 01
(2011年6月3日)
508
(2013年12月3日)
490 未成年 ゴーゴーズ 1 芸能界騙し撮り 1
(2004年6月15日)
(四九〇) パンツ売りの少女 02
(2013年11月15日)
418 初撮り○○ドキュメント センタービレッジ 辻みなよ
(2003年3月17日)
人妻 矢吹京子
(2013年12月12日)
291 SOD女子社員 SODクリエイト 王様ゲーム SOD女子社員vs一般ユーザーの皆様
(2004年3月18日)
他部署で評判のウブで可愛い入社1年目の新卒3名が大抜擢!! 元制作部、原波瑠 元総務部、河田結衣 元経理部、坂上茜 「初めまして、私達が新しいSOD宣伝部です」 SOD看板娘 Vol.1
(2013年12月19日)
273 ザ・ナンパスペシャル アリーナエンターテインメント (2002年1月31日) 番外編 4時間拡大バージョン
(2014年1月25日)
264 ○○中出し近親相姦 センタービレッジ 鮎川るい
(2003年3月17日)
夜這い 和田百美花
(2013年12月19日)
262 初々 シロウトTV 1
(2010年3月1日)
262
(2013年11月29日)
237 エスカレートするドしろーと娘 プレステージ (1) Yちゃん すいてい 18,9さい
(2003年5月1日)
237 くみちゃん 20さい
(2013年12月3日)
224 (熟)雌女ANTHOLOGY アウダースジャパン #001 黒崎扇菜
(2003年9月18日)
#100 大橋ひとみ
(2013年12月20日)
211 Boin「○○」Box ABC/妄想族 まりな
(2008年12月1日)
新人デビュー18歳 桜色のぷっくり乳輪 永瀬里美 デジタルモザイク匠
(2014年1月1日)

刑法第175条とマスク(モザイク)[編集]

日本では、刑法第175条(わいせつ物頒布等)によって、わいせつ物を頒布できないことになっており、名目上はわいせつ作品は流通していないことになっている。モザイクをかけた作品も法的にはわいせつ物ではないとされる。モザイクは日本ビデオ倫理協会などによる自主規制である。過去の判例によれば刑法上の規制対象となるのは、徒に性欲を興奮または刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的同義観念に反するものである。

その他[編集]

  • これらポルノ映画またはピンク映画が、映画用フィルムをもとに粗雑にビデオ化(テレシネ)処理した低画質商品であったところが、アテナ映像が初めてプロ用のカメラ(当時は4分の3インチ、Uマチックのカメラ)で撮影を行い、その画質の良さに爆発的ヒットを記録したのが、AV誕生の歴史である。当時は、女性が一人のみ登場しオナニーの真似をするだけの内容であったが、画質の良さへの衝撃は相当なもので、ヒットに次ぐヒットを1社で連発した。
  • このアテナ映像の成功を聞きつけ、当時ビニ本エロ本)の出版社が、撮影方法をアテナ映像に聞いて真似、後発メーカーが次々誕生したのである。AV普及期の初期作品として有名なのは、宇宙企画の『ミス本番』シリーズなど。1984年に素人学生風の女性が出演する『ミス本番・裕美子19歳』(田所裕美子)、『ミス本番有希子20歳めぐり逢い』(吉沢有希子―現早見瞳)などが発売され、ブームとなった。その後、淫乱ブーム、巨乳ブームなどがあり、多くのAV女優がデビューしている。
  • かたやユーザー側。この頃1980年代に、家庭用ビデオテープレコーダのデッキが普及し始めた。それまでの映画館などで上映されるポルノ映画・ピンク映画に代わって急速に発展した。厳密に言えばアダルトビデオの大流行によりビデオテープレコーダが普及したのであって、アダルトビデオそのものの誕生は女子大生ブーム誕生と同じ1980年である。これによって消費者は自宅の画面の前で自慰行為が可能となり、作品に即物的な絡みシーンを求めるようになった。このことは映画において客を飽きさせないために重視されたストーリーの軽視につながり、映像文化としては衰退を指摘するものもいる。普及の要因は、家庭用ビデオデッキが廉価になったことと、ビデオソフトを貸し出すレンタルビデオ店が増加し、安価に自宅で鑑賞できる環境が増えていったことが挙げられる。逆に、AVの登場がビデオデッキの普及率に貢献したともいわれている。同様にインターネットの急速な普及も、アダルトが大きな牽引力となっていた。
  • 家電業界を二分したVHSベータの争いの行方も決定づけている。当時のAVメーカーの大多数は小規模であり、両規格をリリースする体力がなかったため、1980年代前半からVHSがリードしていたという事情と機材が安価に調達できる環境が整っていったことから、AVのほとんどをVHSのみで供給した。結果、AVを見たいユーザーはVHSへ流れ、元々優位だったVHSがさらに優位に立ち、ビデオ戦争は事実上終結した。
    • その一方、次世代DVD競争で苦境に立たされつつあったHD DVDは、アダルトソフトで巻き返しを図ろうとしていたが叶わなかった。AVメーカーは当初ソフトコストの関係でHD DVD支持を表明していたが、BD陣営が開発した新技術やメディアの量産効果によりソフトコストがHD DVD以下になり、さらにワーナー・ブラザーズを筆頭とするHD DVD単独支持及び両陣営支持のメーカーの多くがBD単独支持へ移行したことにより、アダルト業界もBDになだれ打った。しかし、高画質を謳っているAV系ブルーレイソフトだが、映像圧縮方式がMPEG-2方式(DVD並の画質)の作品も多数存在するので注意を要する(H.264/MPEG-4 AVC方式が本来のBD高画質を表現できる)。

注釈[編集]

  1. ^ 藤木によれば債権者に持って行かれたり、社員が給料代わりにもっていったりするとの由である。
  2. ^ ソフトのパッケージや、DVDのレーベル部に表示されている画面サイズ表示が『【16:9】』あるいは、『【16:9】【LB】』の表示がされている作品の大半がこれに当たる。
  3. ^ カメラの価格は25万 - 30万円程度であった[16]
  4. ^ 藤木TDCはこれを「性感表現」としている。
  5. ^ なお、同書によれば2011年現在、ギャラは1日3000円程度とのことである。
  6. ^ 余談ではあるが、同書によれば、やはり客はペニスバンドより生の陰茎に犯されることを好む。その場合は勃起力も強い方が良い。しかし風俗嬢の方は本当は陰茎も陰嚢も除去し、より女性に近づきたい。生活のためにやむを得ず除去を行わない様な例も見られるらしい。また逆AFの為に、男性用ED治療薬を用いる場合もあるとのことである。
  7. ^ 藤木は、「年齢を隠して熟女が出演していた例はそれ以前にもあったかもしれない」として、「意図的に主演させた最初の作品」をこれとしている。また80年代初頭までのヌード業界ではどう見ても30代の女性がセーラー服を纏っているなど、年齢詐称は当たり前であったという。
  8. ^ 本来は実の母子という設定であったが、ビデ倫の規制により、再婚した夫との連れ子という設定に変更された。
  9. ^ 藤木 (2011) では、平成6年(1998年)とされているが、平成6年は1994年である、webサイト「All About」でのインタビューでもデビューが60歳と述べているため、本項では1994年としている。
  10. ^ 「みなさん、発射はできないですね」(藤木TDK 2011 『アダルトビデオ最先端』p.246 海山輝一の証言より引用)ということである。

出典[編集]

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参考文献[編集]

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  • 藤木, TDC (2009), アダルトビデオ革命史, 幻冬舎, ISBN 978-4-344-98125-6 
  • 藤木, TDC (2011), アダルトビデオ最先端 身体と性欲の革命史, コアマガジン, ISBN 978-4-86436-094-4 

関連項目[編集]