黒木香

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くろき かおる
黒木 香
プロフィール
生年月日: 1965年1月21日
現年齢: 47歳
出身地: 日本の旗 日本鹿児島県
血液型: A型
公称サイズ(出典不明
身長 / 体重: 161 cm / kg
スリーサイズ: 83 - 53 - 86 cm
活動
ジャンル: アダルトビデオ
AV出演: 1986年
他の活動: タレント
AV女優: テンプレート | カテゴリ

黒木 香(くろき かおる、1965年1月21日[1] - )は、日本の元AV女優

同姓同名テレビ西日本報道部の契約キャスター(読み方は「くろき・かおり」)とは別人である。

目次

[編集] 経歴

鹿児島県鹿屋市出身。女子学院高等学校卒業後、横浜国立大学に入学、イタリア美術を専攻。 同校在籍中の1986年イタリア留学の費用を自ら工面するためAVデビュー。デビュー作『SMぽいの好き』(クリスタル映像)が異例の大ヒット。AVファンだけでなく、一般にもその名を知られるようになる。当事女子大生がAV界に進出することは珍しい時代ではなくなっていたが、大学名を公開した現役の国立大学の学生の出演はさすがに異例であった。良家の令嬢でありながらスケベな言葉を連呼し、16歳以降剃ったことのないという“わき毛”を大胆に露出して、絶頂時にはホラ貝を吹き鳴らすというギャップは、当時一世を風靡した。
なお、学業については、一躍有名になってしまい多忙が続いたことや多々の理由で通学が困難になり、長期欠席状態が続いたため横浜国立大学教育学部美術学科を除籍されたという[2]

一人称は「わたくし」で、「私思いますに…でございます」という(山の手言葉の)上品な言葉遣い、話し方ではあったが、その内容は言葉の端々に放送禁止用語を織り交ぜた過激で卑猥なものであった。

当時のインタビュー記事[1]によれば、村西とは事実上の愛人関係にあった。村西が実質的な経営者だったダイヤモンド映像の系列会社・ビックマンの取締役にもなり、村西が渋谷に出店した高級焼肉店「香貴苑」のママにもなったが[3]、村西と“村西のギャラの不払い”により別れたあと引退。1994年、逗留先の東京中野のホテルから飛び降り自殺を図ったが、一命を取りとめた。このあと、病院に入院してリハビリに励んだ。

その後も消息を報じるメディアが絶えなかったが、1999年に流出したビデオの内容を掲載した『週刊現代』や『アサヒ芸能』の発行元をプライバシー侵害で訴えたのをはじめ、2002年に近況を報じた『女性セブン』、2004年に近況と写真を掲載した『週刊ポスト』の各発行元を同様にプライバシー侵害で訴え、いずれも2006年に勝訴した[4]
タレントの「あの人は今」的な、公の立場を一旦離れた人間に対するプライバシーの侵害の問題という報道に対する警鐘を鳴らすものとして、これらの判決は報道でも大きく取り上げられた。

[編集] 作品

[編集] アダルトビデオ

  • SMぽいの好き (クリスタル映像、1986年10月2日)
  • 愛虐の宴 (クリスタル映像、1986年11月13日)
  • SM隷奴 (スタジオ418、1986年12月15日)…「黒木薫」として出演

主演作品は上記3作のみ。他助演、部分出演作品多数

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティ

[編集] 書籍

  • 性の構造 (共著:伊藤比呂美、作品社、1987年6月25日発行)
  • フルーツ白書 (ワニブックス、1987年9月15日発行)
  • 自堕落にもほどがある (ネスコ、1987年10月31日発行)
  • 女と男の間には―黒木香対談集 (飛鳥新社、1987年12月27日発行)
  • 爆笑対談集 パブロフの犬のよだれ―欲望の条件反射 (ライトプレス出版社、1988年4月30日発行)

[編集] CDアルバム

  • 小娘日和

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ a bCREA』1994年6月号のインタビュー記事(井田真木子著「旬の自画像」「フォーカスな人たち」に再録)には、実際は1961年6月2日生まれであることを読み取れる記述がある。
  2. ^週刊新潮」1990年8月16・23日号で本人が明かしている。
  3. ^ 本橋信宏「村西とおるを奪い合ったAV女優たち」『新潮45』2006年6月号
  4. ^ 夕刊フジ黒木香さんの記事「プライバシー侵害」220万賠償命令」2006/05/24
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