東京スポーツ映画大賞

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東京スポーツ映画大賞(とうきょうスポーツえいがたいしょう)は、1992年に設立された日本映画の賞。主催は東京スポーツ新聞社

目次

[編集] 歴史と概要

東京スポーツの客員編集長でもあるビートたけし(北野武)が審査委員長となり発足した、東京スポーツ新聞社主催の異色の映画賞。

1992年に第1回東京スポーツ映画大賞を開催。1991年度分として、監督賞は北野武自身、作品賞も北野監督映画『あの夏、いちばん静かな海。』が受賞。授賞式は、1992年1月31日に渋谷ビデオスタジオで行われた。

数多くの映画賞で見られる作品賞や主演男優賞などはもちろんのこと「許しがたい作品賞」や「無念賞」、さらにはアダルトビデオ (AV) に関する部門まで設けられている。これまでにも長嶋茂雄が監督賞を受賞したり松坂慶子の父が助演男優賞を受賞したりするなど、主催する東京スポーツの紙面同様従来の常識を覆すような発想と柔軟性に富んだユニークな映画賞となっている。2005年には、15回目を迎えるにあたって読者がインターネットはがきで作品に投票できる「読者賞」も設けられたが、この試みは1回のみに終わった。

受賞の傾向として、北野と親交の深い映画監督の崔洋一の作品が高い評価を受けやすい。また、北野自身も自ら監督した作品に作品賞を与えたり、俳優としての自分自身にも臆することなく賞を授与したりしている。この事をネタにして、ガダルカナル・タカは「大橋巨泉方式です」と言った。

ただ、発足当初は完全に北野の独断で受賞者(受賞作)が決められていたのに対し、現在は日本国内で開催される映画祭の主催者からノミネートを受け付け、ノミネート上位5位程度までを受賞候補としてその中から北野が賞を選考する方式を取っているため、以前に比べると「お手盛り」的な受賞は少なくなっている。とはいえ現在も、稀にノミネートに選ばれていなかった作品や人物が突然北野の強いプッシュで受賞するケースがあるほか(例:第17回の助演男優賞に選ばれた正名僕蔵)、北野の思いつきでノミネート段階では存在しなかった新たな賞が設けられることもある(例:第17回・第18回の『監督・ばんざい!賞』)。

授賞式の模様は東京スポーツ紙上で紹介されるほか、一部のバラエティ番組などで放映される。授賞式では「エンターテイメント賞」を受賞したAV女優がその場でヌードを披露することが恒例となっていた。2007年の授賞式には就任間もない東国原英夫宮崎県知事(当時)が出席したことから、多くのマスコミが授賞式の模様を取り上げていた。

[編集] ビートたけしのエンターテインメント賞

2000年からは、1998年に追加された「主演AV男優賞」「主演AV女優賞」を発展させた形で、「東京スポーツ映画大賞」の他に「ビートたけしのエンターテインメント賞」が設けられ、その年話題になった著名人に賞を授与している。以前は活躍の著しかったAV男優AV女優、さらにはユニークなタイトルが付けられたアダルトビデオにも賞を授与していた。アダルトビデオ関連の受賞者・作品は、実際には東スポ記者達からの推薦を追認している場合が多かったが、2007年は北野の「たまに何かよ、目立ったのがあったときだけ選べばいいんじゃないの?」[1]という発言から「主演AV男優賞」「主演AV女優賞」「タイトル賞」の3賞が「該当なし」とされ(「主演AV男優賞」に至っては2003年からずっと「該当なし」の状態が続いていた)、2008年からは完全に賞自体が消滅した。

2011年から「スカパー!アダルト放送大賞」に東京スポーツ賞が設けられた。

[編集] 歴代各賞

[編集] 東京スポーツ映画大賞

[編集] 1991年(第1回)

[編集] 1992年(第2回)

[編集] 1993年(第3回)

[編集] 1994年(第4回)

[編集] 1995年(第5回)

[編集] 1996年(第6回)

[編集] 1997年(第7回)

[編集] 1998年(第8回)

[編集] 1999年(第9回)

[編集] 2000年(第10回)

[編集] 2001年(第11回)

[編集] 2002年(第12回)

[編集] 2003年(第13回)

[編集] 2004年(第14回)

[編集] 2005年(第15回)

[編集] 2006年(第16回)

[編集] 2007年(第17回)

[編集] 2008年(第18回)

[編集] 2009年(第19回)

[編集] 2010年(第20回)

          :椎名桔平アウトレイジ

[編集] ビートたけしのエンターテインメント賞

[編集] 2000年(第1回)

[編集] 2001年(第2回)

[編集] 2002年(第3回)

[編集] 2003年(第4回)

[編集] 2004年(第5回)

[編集] 2005年(第6回)

[編集] 2006年(第7回)

[編集] 2007年(第8回)

[編集] 2008年(第9回)

[編集] 2009年(第10回)

[編集] 2010年(第11回)

[編集] 選考に参加している映画祭

[編集] 現在参加中

※データは第19回現在。

[編集] 過去に参加

[編集] 脚注

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  1. ^ 東京スポーツ・2008年1月22日付 15面
  2. ^ ただしダチョウ倶楽部として3人が授賞式に出席することが条件とされた。
  3. ^ 北野によれば「本当なら小島よしお」だったが、小島がスケジュールの都合で授賞式に来られないことから変更。賞金は「授賞式に来た人間で折半」とのこと。なお当初は柳原可奈子も受賞者として発表されていたが、後に対象から外された(理由は不明)。
  4. ^ 北野曰く「これで復帰させたら面白いんじゃないの」「何のカムバックだかわからないけど」とのこと。
  5. ^ 東スポ紙面での公式表記に従った。
  6. ^ 当初はナイツも選ばれていたが授賞式を仕事の都合で欠席したため、北野曰く「表彰式に来ない場合は賞を剥奪する」とのことでサンドウィッチマンの単独受賞となった。
  7. ^ 死後の受賞のため、北野は代理にモト冬樹を指名したが、結局代理は中山秀征が務めた。
  8. ^ 北野曰く「15万円分の生キャラメルを会場に持参してみんなに配ること」が受賞の条件とのことで、田中は20万円分の生キャラメル持参で会場に現れた。
  9. ^ ただし北野曰く「授賞式に来なかった場合、『日本芸能大賞』の肩書はあげるけど賞金はなし」とのこと。例年と異なり賞を剥奪しないのは、授賞式が日曜日となったため「既に営業が入ってる可能性が高い」ことを考慮したという。
  10. ^ AKB48からは高橋みなみ、北原里英、指原莉乃、河西智美、小嶋陽菜の5人が駆けつけた。
  11. ^ 少女時代、KARAは出席しなかった。
  12. ^ 沢尻エリカと母リラは、エリカは出席すると言ったらしいが、自分たちの会見が控えているから土壇場で出席しなかったとか…。
  13. ^ 大桃美代子、麻木久仁子、山路徹、広末涼子とキャンドル・ジュンは出席しなかった。

[編集] 外部リンク

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