ヌードシーン
ヌードシーン (nude scene) は、映画やテレビドラマなどで俳優が全裸もしくは半裸で映るシーンのこと。 ヌードシーンのうち、性行為の描写を伴うものは濡れ場(ぬれば)と呼ばれる。
一般映画やテレビドラマでの濡れ場、入浴シーンなどはカメラの写らない部分(濡れ場であれば布団等の中、入浴シーンであれば入浴剤などで着色した浴槽の中)で何らかの衣装を着させている場合があるが、これはあくまで裸に見せかけているだけなので、ヌードシーンには含まれない。
[編集] 歴史
映画におけるヌードシーンは、長い間論争の的となっている。サイレント映画時代には、既にヌードシーンを売りとする映画が複数存在した。これらに対する非難に対し、米国ではヘイズ・コードと呼ばれる自主規制基準が制定され、1930年代から1960年代までの間ヌード描写が原則禁止された。ただし1950年代始めにはヌーディズムに関する半ドキュメンタリー映画がヌーディストの裸体を、また1959年の『インモラル・ミスター・ティーズ』は一般のヌードシーンを含んでいた。
ヘイズコードが廃止されるとともに自主規制が現在のようなレイティング方式に移行すると、多くの米国映画がヌードシーンを売り物にするようになった。しかし、一方で正面からの全裸描写(full frontal nudity、ヘアヌードに類似)、特に男性のそれについてはまだ稀少な存在にとどまっている。この点についてはヨーロッパ映画においての開放・普及がとくに目覚ましく、また、ヌードシーン(性的ではあるが、ポルノではないもの)に対する観客の理解・許容度も深いとされる。
以下の映画はそのヌードシーンに関して公開時に話題となった作品と、論争を巻き起こした歴史的に重要な作品のリストである。
- Inspiration(1915年、George Platt監督) - ヌードシーンを含む最初の映画
- 春の調べ(1933年、グスタフ・マハティ監督)
- 欲望(1966年、ミケランジェロ・アントニオーニ監督)
- 私は好奇心の強い女(1967年、ヴィルゴット・シェーマン監督)
- ロミオとジュリエット(1968年、フランコ・ゼフィレッリ監督)
- 恋する女たち(1969年、ケン・ラッセル監督)
- ラストタンゴ・イン・パリ(1972年、ベルナルド・ベルトルッチ監督)
- 愛の嵐(1974年、リリアーナ・カヴァーニ監督)
- 「エマニエル夫人」シリーズ(1974年 - 1977年、ジュスト・ジャカン監督)
- テン(1979年、ブレイク・エドワーズ監督)
- スペースバンパイア(1985年、トビー・フーパー監督)
- ブルーベルベット(1986年、デヴィッド・リンチ監督)
- 美しき諍い女 (1991年、ジャック・リヴェット監督・脚本)
- 氷の微笑(1992年、ポール・バーホーベン監督)
- ピアノ・レッスン(1993年、ジェーン・カンピオン監督)
- おっぱいとお月様(1994年、ビガス・ルナ監督)
- ショーガール(1995年、ポール・バーホーベン監督)
- スピーシーズ 種の起源(1995年、ロジャー・ドナルドソン監督)
- タイタニック(1997年、ジェームズ・キャメロン製作・監督・脚本)
- アイズ・ワイド・シャット(1999年、スタンリー・キューブリック監督)
- アレキサンダー(2004年、オリバー・ストーン監督)
[編集] 日本映画
日本映画において初めて全裸になったのは、1956年の『女真珠王の復讐』における前田通子であるとされる。ただし該当シーンは女優の背後からの撮影であるため、現代の基準と比較すると非常なソフトな描写であった。
1970年代~1980年代前半において邦画が地盤沈下を継続していたために当時清純派と見られていた竹下景子、名取裕子ら若手女優がこぞってヌードになり世間を驚かせた。
ヘアヌードが事実上の解禁状態となった1990年代以降では、1994年の『愛の新世界』における鈴木砂羽・片岡礼子のヘアヌードが、日本映画における初のヘアヌードである。現在では、CM契約において、イメージを重視する企業側が女優に対してヌードにならないよう要請する場合もあるため、若手女優のヌードシーンは激減している。前評判との落差で物議をかもした伊東美咲(『海猫』)の例がこれに該当すると報じられている。ヌードシーンを披露しながらもCM契約を継続できた星野真里(『さよならみどりちゃん』)などのような例もある。