ピエル・パオロ・パゾリーニ

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ピエル・パオロ・パゾリーニ
Pier Paolo Pasolini
Pier Paolo Pasolini
生年月日 1922年3月5日
没年月日 1975年11月2日(満53歳没)
出生地 ボローニャ
死没地 ローマ
国籍 イタリアの旗 イタリア
職業 映画監督小説家詩人

ピエル・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini、1922年3月5日 - 1975年11月2日)はイタリア映画監督小説家詩人

人物[編集]

略歴[編集]

1922年3月5日イタリアボローニャで軍人の家庭に生まれた。父はムッソリーニの命を救ったことで有名なファシストだったが、母は感受性豊かな芸術家気質であり、正反対の気質から夫婦は不和だった。少年期のパゾリーニは父の軍務のため北イタリア各地を転々としたため、友達の少ない内向的な性格に育つ。戦時中は母と二人でフリウリで教師として過ごし、地方の農民が保つ方言と素朴な生活に感化されてフリウリ語の方言詩集を編んだ。終戦直前に弟を反独パルチザンの内部抗争で亡くしており、このことはパゾリーニの性格と後の作品に大きな影響を与えた。戦後、1947年イタリア共産党に入党し、アントニオ・グラムシの著作を愛読する。しかし同性愛と青年を堕落に誘った容疑でパゾリーニは教職を免ぜられフリウリを追われたため、1949年ローマの貧民街に移る。窮乏生活を送りながら1955年に小説『生命ある若者』を発表。作家として名声を得たパゾリーニはアルベルト・モラヴィアらの知遇を得る。

また、この頃から映画関係者とも交流を持つようになり、イタリア映画界はこの新進作家に注目し彼に脚本を依頼。1955年にソフィア・ローレン主演の『河の女』や1956年フェデリコ・フェリーニ監督の『カビリアの夜』の脚本を共同執筆した。40歳になろうとしていたパゾリーニは脚本家としてだけではなく、映画監督としても頭角を現していく。農村や都市の下層部での生活者の視点から共産思想に共鳴したパゾリーニは、この時代に巻き起こった世界的な学生運動とも歩調を合わせ、ユーロコミュニズムの代表的存在として積極的な政治活動も行うようになる。

作風[編集]

パゾリーニの作品は一般に難解とされ、特に初期の作品は複雑な台詞と暗示や比喩に満ちている。独特のロケーションも特徴のひとつで、アルベルト・モラヴィアとの世界旅行などをもとに普通の映画では考えられない辺境で撮影を行い、『王女メディア』のような独特の作品を生み出した。生の三部作『デカメロン』『カンタベリー物語』『アラビアンナイト』は商業主義との批判を浴びたが、エッセイ『私は生の三部作を撤回する』で路線の修正を宣言し『ソドムの市』を制作している。

殺害[編集]

1975年11月2日、『ソドムの市』を撮り終えた直後のパゾリーニはローマ郊外のオスティア海岸で轢死体で発見され、ファシズムを過激に攻撃した作品の直後である事から政治的暗殺が噂された。しかし本作に出演していたエキストラの少年が犯人として出頭し、「同性愛者であったパゾリーニに性的な悪戯をされ、正当防衛として殺害して死体を遺棄した」と証言した。パゾリーニの遺作がエログロ的な内容を含んでいた事もあり、「映像作品ばかりか現実でも淫猥行為を働き、自業の死を遂げた」と解釈され、やがて世間の注目も薄れていった。

だがパゾリーニがやはり政治的に殺害されたのではないかと疑う意見も残っていた。発見されたパゾリーニの死体は殺害以前に全身が激しく殴打されており、明らかにリンチ拷問を受けた痕跡が残っていた。加えて本人が保有していた乗用車で何度も踏み躙られ、その無残な遺体から死因が轢殺である(生きた状態で轢き殺された)可能性も指摘されていた。

彼の死をめぐる議論を映画化した『パゾリーニ・スキャンダル』が1996年に製作され、他に『親愛なる日記』『あるイタリアの犯罪』などの再現映像や、『パゾリーニ・ファイル』『誰がパゾリーニを殺したか?』『パゾリーニ 夢の論理』といった伝記も制作されている。

2005年、当時犯人として逮捕された少年が証言に応じ、「パゾリーニはファシスト達に殺害された。自分は家族に危害を加えると脅され、偽の自首を強要された」「(事件から30年経って)両親が亡くなったので証言できるようになった」とした。犯人達がフィルムを盗んでパゾリーニをおびき寄せた事、「薄汚いコミュニストが!」と罵声を浴びせながら拷問していた事、犯人が3名で南部方言の訛りで話していた事なども証言している。

作品[編集]

映画[編集]

脚本のみ

小説[編集]

冬樹社, 1966年講談社1970年/講談社〈講談社文芸文庫〉、1999年

戯曲[編集]

関連映画[編集]

文献[編集]

  • 『パゾリーニ・ルネサンス』 (大野裕之編、とっても便利出版部、2001年)
  • ファビアン・S・ジェラール『パゾリーニ あるいは<野蛮>の神話』(青弓社、内村瑠美子・藤井恭子共訳 1986年)
  • ジョン・ハリデイ『パゾリーニとの対話』(波多野哲朗訳、「晶文選書」晶文社、1972年)