浅田彰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索

浅田 彰(あさだ あきら、1957年3月23日 - )は日本批評家京都造形芸術大学大学院長。兵庫県神戸市出身。

目次

[編集] 来歴

1983年、京都大学人文科学研究所の助手時代に、26歳で『構造と力』を出版。その扱う対象の難解さにも関わらず、15万部を超すベストセラーとなり、「浅田彰現象(AA現象)」を巻き起こした。

84年から87年まで、雑誌『GS』を出し、90年代は柄谷行人とともに『批評空間』を編集し[1] 、『InterCommunication』を創刊した。浅田が紹介・評価したことがきっかけとなって広まったものも多い[2]。日本に止まらず、国外にも積極的に出かけ、数多くの対話を残している[3]

2008年から京都大学経済研究所准教授を退職し京都造形芸術大学大学院長に就任[1][2]

[編集] 思想

[編集] 経済学

修士論文のテーマはゲーム理論で、初期には数理経済学者を名乗っていた。ほかに経済思想史に関する論文を執筆したこともある。しかし80年代後半以降は経済学関係の著作は皆無で、現在は経済学者は「廃業」したと述べているが、2008年まで20年に渡り、京大経済研究所に助教授(准教授)のまま勤務していた。結局、経済学に限らず体系的著作は一つも残しておらず、この点を吉本隆明が厳しく批判している。

[編集] 天皇

「構造と力」以来、天皇制の問題について、思考し発言している。

[編集] 教育問題

学力低下を嘆いており、必要最小限の知識を、中学高校の間に叩き込まねばならないと考えている。 国語教科書でいえば、現代のレベルの低い作品をやめ、漱石・鴎外を載せるべきと考えている。数学でいえば、中途半端な集合論をやめ、二次方程式を誰でも解けるようにすることが必要だと考えている。さらに、かつて丸山真男遠山啓が岩波新書からスタンダードな教養を提示したように、現代でもそれに代わる新たな教養の提示が必要だと考えている。

[編集] 官僚制

教育問題とも関連しており、レベルを上げる必要があると考えている。たとえば、財務省のエリートは、数学か経済学の博士号くらいは持っていて、5時にはサッと仕事を切り上げて小説を執筆するなりオペラを鑑賞するというスタイルを持つレベルであってほしいと述べている。

[編集] 人文知

人文知の現在については、『表象』no.01(2007)における松浦寿輝との対談において、「プラグマティックな工学知とそれによる利潤追求がすべてだ」(テクノキャピタリズム)という発想の全面化により、「人文知の成立する余地が失われた」。「いまや国家もハイ・カルチャーに興味をなくしつつあるし、オタクあがりのIT成金もハイ・カルチャーに興味をもっていない」。残っているのは、「日本における動物的スノッブあるいはスノビッシュな動物としてのオタク、その幼児的倒錯」しかないように見え、実際、「幼児的退行を売り物にするカルチャーが、日本的なオタクの特殊な表現であるということで、世界的に売れてしま」う。「2000年前後に、ドラスティックな変化があった。それまでは近代文学というものが辛うじて生きていた。しかしいまやそういう意味での文学とは違うところ、いわゆるライトノベルケータイ小説アニメゲームのほうが、主流になってしまった。文学もそういうふきさらしの荒野に出てしまったと言う感じははっきりする」

しかし「素直に言って、僕はそういうものは最悪だ」と思うし、「市場の論理がすべてだとは絶対に思わない」。とはいえ、それらへの「反動として、ヨーロッパ的(あるいは東洋的)な古きよき教養に戻るというのも望ましくもなければ可能でもない。亡命知識人の体現するヨーロッパとアメリカの臨界に、20世紀の人文知の最大の可能性があった。それを21世紀にどうやって取り戻せるのかというのが、ひとつのモチーフになる」と述べている。

また、「深くアカデミックでありながら、アクチュアルな活動を展開している人が決していないわけではない。結局、人文知というのは、どうやってそういう人を見つけ、相互に結び付けていくかということにかかっている」とも述べている。

情報環境メディア環境の急激な変化に関しては、「簡単に検索し操作できるというのは、すばらしいことに違いない。けれども、それとは別の次元で、モノとしての知に直接かつ偶然に遭遇できる場が絶対必要。そのような場、そのような遭遇をどうやって可能にしていくかというのが大きな問題だ」と述べている。

また「創造の現場とつながる」ことが「大変重要」、「人文知が理論的に洗練されていく」のはいいが、「人文知はそれと全然関係ない人たちと接触したときに本当に試される」「まず批評の実践があっていいんだけれど、同時に、自分がつくる、つくるということに参与するということがあっていい。そういうことがないと人文知というものが本当の意味で機能することはない」と述べている。

浅田が、過去さまざまなメディアに露出し、執筆したテキストは、浅田彰書誌[3]に詳しい。 また、はてなダイアリーを含むWeb上でのコミュニケーションに関しては次のように言及している[4]

[編集] エピソード

  • ソーカル事件などで示されたフランス現代思想潮流の衒学性の問題に対して、フランスで『知の欺瞞』が出版された1997年当時から少なくとも2001年8月1日にいたるまで一貫する彼の答えは「明晰にできることはできるだけ明晰に」すべきというものである。ソーカルらによる論証は対象となるそれぞれの論者を本質的に批判してはおらず、また批判の根拠たる科学主義も絶対とはいえないと応じながらも、「ソーカル事件」の教訓を強調し、不必要な衒学は戒めなければならないとしている。これについては雑誌『批評空間』の公式ウェブサイト内の記事に詳しい。[4]

[編集] 略歴

[編集] 学歴

[編集] 職歴

[編集] 兼職

[編集] 著作

[編集] 単著

  • 『構造と力 記号論を超えて』(勁草書房, 1983年)
  • 『逃走論 スキゾ・キッズの冒険』(筑摩書房, 1984年)
  • 『ヘルメスの音楽』(筑摩書房, 1985年)
  • 『ダブル・バインドを超えて』(南想社, 1985年)
  • (対談集)『「歴史の終わり」と世紀末の世界』(小学館, 1994年)
  • 『フォーサイス1999』(NTT出版, 1999年)
  • (対談集)『「歴史の終わり」を超えて』(中公文庫, 1999年)
  • 『映画の世紀末』(新潮社, 2000年)
  • (対談集)『20世紀文化の臨界』(青土社, 2000年)

[編集] 共著

[編集] 共編著

[編集] 訳書

  • メアリー・ダグラス, バロン・イシャウッド『儀礼としての消費 財と消費の経済人類学』(新曜社, 1984年)

[編集] 連載

  • 憂国呆談 ソトコト(2008年1月号-)

[編集] 受賞歴

[編集] 関連項目

[編集]

  1. ^ その総目次はhttp://www36.atwiki.jp/aabiblio/pages/2.html
  2. ^ たとえばスラヴォイ・ジジェクは、「批評空間」で日本ではじめて特集記事が組まれ、青山真治の映画「EUREKA」も浅田の評価がきっかけとなった。
  3. ^ その対話は多く『「歴史の終わり」を超えて』中央公論新社(中公文庫)や、磯崎新との共同編集「ANY」シリーズ(NTT出版)に収められている。
  4. ^ 浅田彰 「『山形道場』の迷妄に渇!」

[編集] 外部リンク

関連サイト(公式)

関連サイト(その他)

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語