マタイによる福音書
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マタイによる福音書(マタイによるふくいんしょ、ギリシア語: Κατά Ματθαίον Ευαγγέλιον Kata Matthaion Euangelion、ラテン語: Evangelium Secundum Mattheum)は新約聖書におさめられた四つの福音書の一つ。
伝統的に『マタイによる福音書』が新約聖書の巻頭に収められ、以下『マルコによる福音書』、『ルカによる福音書』、『ヨハネによる福音書』の順になっている。呼び方としては『マタイの福音書』、『マタイ福音』、『マタイ伝』などがあり、ただ単に『マタイ』といわれることもある。
目次 |
構成[編集]
『マタイによる福音書』は構成上、五つの部分に分けることができる。
- イエス・キリストの系図、誕生の次第、幼年時代、公生涯の準備(1-4:16)
- ガリラヤ及びその周辺での公の活動(4-17:16:20)
- ガリラヤにおける私的な活動(16:21-18)
- ユダヤにおける活動(19-25)
- イエスの死と復活(26-28)
概要[編集]
本書の目的は、イエスこそが「モーセと預言者たちによって」予言され、約束されたイスラエルの救い主(キリスト)であると示すことにあり、イエスにおいて旧約聖書の預言が成就していることを示すことであった。『マタイによる福音書』には旧約の引用が多く見られるが、それらはイエスの到来を予告したものとして扱われている。旧約からの引用箇所は65箇所にも上り、43箇所は地の文でなく語りの中で引用されている。この福音書の狙いは「私は廃止するためでなく、完成するために来た」という言葉にもっともよく表現されている。
『マタイによる福音書』は、イエスはキリスト(救い主)であり、イスラエルの王の資格を持つダビデの末裔として示している。このようなイエス理解や文体表現から、パレスチナにすむユダヤ人キリスト教徒を対象に書かれたと考えられる。
また、反ユダヤ的色彩があり、そのユダヤ人観がキリスト教徒、特に中世のキリスト教徒のユダヤ人に対する視点をゆがめてきたという説もある。イエスの多くの言葉が当時のユダヤ人社会で主導的地位を示していた人々への批判となっており、偽善的という批判がそのままユダヤ教理解をゆがめることになったというのである。しかし、実際にはユダヤ教の中でも穏健派というよりは急進派・過激派ともいえるグループがキリスト教へと変容していったとみなすほうが的確である。
成立[編集]
本文からは『マタイによる福音書』の正確な成立時期については聖書学者の間でも意見が分かれており、エルサレム陥落前(紀元60年 - 65年)に書かれたとする説と、陥落後(70年代)に書かれたとする説に分かれる。いずれにせよ、遅くとも紀元85年ごろまでには成立したと考えられている。
著者[編集]
『マタイによる福音書』自身には、著者に関する記述はない。この福音書の著者は、教会の伝承では徴税人でありながらイエスの招きに答えて使徒となったマタイであるとされている。 その理由として、福音書の特徴より著者が『ユダヤ人クリスチャンであること』、『旧約聖書についての知識、興味があること』、『律法学者の伝承に通じていること』があげられ、内容的に『金銭問題』や、『徴税人』について数多く触れられていることなどがあげられる。
一方、現代のリベラル派の聖書学者の多くはこの伝承を疑問視している。
マタイがこの福音書の著者であるという伝承の元となっているのは教会史家カイサリアのエウセビオスによる『教会史』の第3巻で、2世紀のヒエラポリスの司教パピアスの失われた著作からの引用として「マタイがヘブライ語で言葉(ロギア)を記した」と記している部分である。また、歴史家エウセビオスによる次の報告にも根拠を置く。「マタイは、はじめはユダヤ人に宣教していたが、他の人びとのところに行こうと決めたとき、彼らに告げた福音を彼らの母語で書いた。こうして彼は、自分が去ろうとしている人びとが、自分が去ることで失うものを著作で代えようとしたのである」(ibid., III, 24, 6)。
現代、リベラル派でもっとも有力な仮説とみなされる二資料説では、『マタイによる福音書』は『マルコによる福音書』と「イエスの言葉資料(語録)」(ドイツ語のQuelle(源泉)からQ資料という名前で呼ばれる)から成立したと考えられる、さらに「M資料」というマタイによる福音書独自の資料も執筆時に参考にしていると主張する説もある。この主張は聖書信仰の福音派では受け入れられていない。
執筆言語[編集]
『マタイ福音』については、元々何語で書かれていたのかが最も議論となる問題で、伝承では最初アラム語で書かれ、ギリシャ語へと翻訳されたとされている。しかし、『マタイによる福音書』がアラム語で書かれたなら、シリアなどでは他にもよく読まれた『ヘブライ人の福音書』などがあったにもかかわらず、『マタイによる福音書』だけがすぐに西方で受け入れられており、またギリシャ語の古い版を見ても、翻訳らしいことがわかる部分はほとんど見つけられていない。いまだにアラム語の『マタイによる福音書』は発見されていない。マタイがユダヤ人を対象として福音書を書いたとはいえ、福音書が書かれたころにはヘレニズム世界に住むユダヤ人の多くにとって、もっともなじみ深い言葉はギリシャ語であり、特にエジプトのアレクサンドリアのユダヤ人共同体は世界最大規模であった。例外がエルサレムであり、そこではさまざまな文化的背景を持つユダヤ人たちが暮らし、アラム語が共通語となっていたと考えられる。ユダヤ人対象に書くにしろ、あえてアラム語で書く積極的な理由を見つけることは難しい。そう考えると初めからギリシャ語で書かれたというほうがつじつまがあう。
このような論理展開から出た「オリジナル=ギリシャ語」という結論に対して、別の角度からの反論もある。それは各福音書の成立の過程を「二資料説」から離れて再検討しようという考え方である。それによれば「二資料説」の考え方とは逆に『マタイ福音』が初めにかかれ、マルコがそこから引用したとする。すなわち、『マタイ福音』はもともとアラム語で書かれたが、『マルコ福音書』の成立後にギリシャ語に訳され、その過程で『マルコ福音書』が参考にされたという説である。『マタイ福音書』全1071節のうち、387節のみが独自のもので、130節が『マルコ福音書』と共通であり、184節が『ルカ福音書』と共通している。
芸術[編集]
なお、『マタイによる福音書』の関連作品としてイタリア人監督ピエル・パオロ・パゾリーニによる映画『奇跡の丘』(原題: 『マタイによる福音書』"Il Vangelo Secondo Matteo”)がある。
関連項目[編集]
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