カンヌ国際映画祭
映画祭会場レッドカーペット(2007年)
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| 概要 | |
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| イベントの種類 | 映画祭 |
| 初回開催 | 1946年 |
| 会場 | カンヌ |
| 主催 | フランス共和国政府 |
| 企画制作 | フランス共和国政府 |
| 公式サイト | |
| 備考: 世界三大映画祭のひとつ。 |
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カンヌ国際映画祭(カンヌこくさいえいがさい、仏: Festival International du Film de Cannes)は、1946年にフランス政府が開催して以来、毎年5月(1948年、1950年は中止)にフランス南部コート・ダジュール沿いの都市カンヌで開かれている世界で最も有名な国際映画祭の一つ。単にカンヌ映画祭(Festival de Cannes)とも呼ばれる。
目次 |
概要 [編集]
カンヌ国際映画祭はベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭と併せ、世界三大映画祭の一つである。
併設されている国際見本市(マーケット)もMIFED、American Film Marketと並び世界三大マーケットのひとつである。マーケットには例年800社、数千人の映画製作者(プロデューサー)、バイヤー、俳優などが揃い、世界各国から集まる映画配給会社へ新作映画を売り込むプロモーションの場となっている。とりわけ、世界三大映画祭と世界三大マーケットが同時に開催されるのはカンヌだけであるため、世界中のマスメディアから多大な注目が集まり、毎回全世界から数多くの俳優、映画製作者が出席する。
開催期間中は、メイン会場を始め各映画館では映画が上映され、見本市では各製作会社によるブースでプレゼンとパーティが行われる。これから公開される映画はもちろんのこと、予告編しかできていない映画やまだ脚本すらできていない企画段階の映画までが売り込みに出され売買される。このマーケットでどれだけ先にヒット映画を予測し買い取るのかがバイヤーの腕の見せ所でもある。
1960年にアニメーション部門を独立させ、アヌシー国際アニメーション映画祭を設立した。このため、長年に渡り原則としてアニメーション作品はノミネートされなかったが、近年ようやく時代の変化を受け、徐々にノミネートを試み始めている。
歴史 [編集]
1930年代後半、ファシスト政府の介入を受け次第に政治色を強めたヴェネツィア国際映画祭に対抗するため、フランス政府の援助を受けて開催される事になったのがカンヌ国際映画祭である。1939年から開催の予定だったが、当日に第二次世界大戦勃発のため中止。終戦後の1946年に正式に開始される事になった。
しかし1948年から1950年まで、予算の関係で開催されず、1951年に再び開催。この頃からパレ・デ・フェスティバルが会場として使用されている。
1968年には五月革命が起こり、ルイ・マル、フランソワ・トリュフォー、クロード・ベリ、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、クロード・ルルーシュ、ロマン・ポランスキー、ジャン=リュック・ゴダールなどの要請により、映画祭が中断されるという事態が起こった。
2007年に開催60回記念として、映画『それぞれのシネマ~カンヌ国際映画祭60回記念製作映画~』が映画祭公式で製作、上映された。「それぞれのシネマ」は映画祭プロデューサー、ジル・ジャコブの呼びかけにより、映画祭にゆかりのある監督たちがそれぞれの「映画館」への想いを3分間でつづったオムニバス映画。参加監督は以下の通り。
- テオ・アンゲロプロス(永遠と一日)
- オリヴィエ・アサヤス(夏時間の庭)
- ビレ・アウグスト(マンデラの名もなき看守)
- ジェーン・カンピオン(ピアノ・レッスン)
- ユーセフ・シャヒーン(炎のアンダルシア)
- チェン・カイコー(さらば、わが愛/覇王別姫)
- デヴィッド・クローネンバーグ(スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする)
- ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(ロルナの祈り)
- マノエル・デ・オリヴェイラ(クレーヴの奥方)
- レイモン・ドゥパルドン(アフリカ、痛みはいかがですか)
- アトム・エゴヤン(スウィート ヒアアフター)
- アモス・ギタイ(フリー・ゾーン)
- ホウ・シャオシェン(百年恋歌)
- アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(バベル)
- アキ・カウリスマキ(街のあかり)
- アッバス・キアロスタミ(桜桃の味)
- 北野武(アウトレイジ)
- アンドレイ・コンチャロフスキー(映写技師は見ていた)
- クロード・ルルーシュ(レ・ミゼラブル)
- ケン・ローチ(麦の穂をゆらす風)
- ナンニ・モレッティ(息子の部屋)
- ロマン・ポランスキー(戦場のピアニスト)
- ラウル・ルイス(クリムト)
- ウォルター・サレス(ダーク・ウォーター)
- エリア・スレイマン(Le Temps qu'il reste)
- ツァイ・ミンリャン(西瓜)
- ガス・ヴァン・サント(ミルク)
- ラース・フォン・トリアー(ダンサー・イン・ザ・ダーク)
- ヴィム・ヴェンダース(アメリカ、家族のいる風景)
- ウォン・カーウァイ(マイ・ブルーベリー・ナイツ)
- チャン・イーモウ(HERO)
- マイケル・チミノ(逃亡者)
- デヴィッド・リンチ(マルホランド・ドライブ)
賞 [編集]
最高賞はパルム・ドール(Palme d'Or)と呼ばれ、ノミネートされた20本前後の映画作品の中から選ばれる。二本以上の作品が選ばれる年もある。当初は最高賞を「グランプリ」(Grand Prix du Festival International du Film、国際映画祭のグランプリ)としていたが、1955年にトロフィーの形にちなんだ「パルム・ドール」(黄金のシュロ)を正式名称とし、「グランプリ」とも呼ばれる形とした。1965年に最高賞の正式名称を「グランプリ」に戻すが、1975年に再度「パルム・ドール」としている。長らくカンヌにおいては「グランプリ」とは最高賞の正式名称もしくは別名であったが、1990年に審査員特別賞('Grand Prix Spécial du Jury')に「グランプリ」の名が与えられる事となり、混乱を招いている。
審査員は著名な映画人や文化人によって構成されている。
部門別の一覧は下記の項目を参照。
- カンヌ国際映画祭 パルム・ドール
- カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ
- カンヌ国際映画祭 監督賞
- カンヌ国際映画祭 男優賞
- カンヌ国際映画祭 女優賞
- カンヌ国際映画祭 審査員賞
- カンヌ国際映画祭 脚本賞
- カンヌ国際映画祭 カメラ・ドール(新人監督賞)
年度別に関してはCategory:カンヌ国際映画祭を参照。
カンヌ国際映画祭を舞台にした作品 [編集]
- カンヌの恋人 (1979) - 映画監督とあるプロデューサーの妻との恋愛を描くアメリカ映画。
- カンヌ映画通り (1981) - ダニエル・シュミットのセミ・ドキュメンタリー。
- カンヌ映画祭殺人事件 (1994) - フランス制作のコメディ。
- カンヌ 愛と欲望の都 (2002) - 映画祭での売り込みに明け暮れる監督、女優、プロデューサー等を描いたドラマ。
- 悪魔の毒々映画をカンヌで売る方法! (2004) - 映画祭でのトロマ・エンターテインメントを描いたドキュメンタリー。
- ファム・ファタール (2004) - ブライアン・デ・パルマ監督のサスペンス。
- Mr.ビーン カンヌで大迷惑?! (2007) - Mr.ビーン劇場版の2作目。
カンヌ国際映画祭が公式に製作した作品 [編集]
- それぞれのシネマ (2007) - カンヌ国際映画祭60回を記念して、カンヌ国際映画祭にゆかりのある映画監督が「映画館」への想いを3分間でつづるオムニバス。
関連項目 [編集]
ギャラリー [編集]
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映画祭の出席者達左からディカプリオ、スコセッシ監督キャメロン・ディアス(2002)
関連文献 [編集]
- 田山力哉著『カンヌ映画祭35年史』三省堂、1984年3月、ISBN 978-4-385-34865-0
- 田山力哉著『田山力哉のカンヌ映画祭』三省堂、1991年8月、ISBN 978-4-385-34866-7
- 中川洋吉著『カンヌ映画祭』講談社〈講談社現代新書〉、1994年4月、ISBN 978-4-06-149199-1
- (参考文献: p.236~238)
- 樋口泰人編『カンヌ映画祭の50年 出品全3280作リスト集』アスペクト、1998年4月、ISBN 978-4-7572-0048-7
外部リンク [編集]
- カンヌ国際映画祭 - 公式サイト
- カンヌ国際映画祭マーケット - 公式サイト
- IMDb: Cannes Film Festival - Internet Movie Databaseによる上映作品・受賞リストなど
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