三國連太郎
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| みくに れんたろう 三國 連太郎 |
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| 本名 | 佐藤 政雄 | ||||||||||
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| 生年月日 | 1923年1月20日(86歳) | ||||||||||
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| 国籍 | |||||||||||
| 職業 | 俳優 | ||||||||||
| ジャンル | 映画・テレビドラマ、舞台 | ||||||||||
| 活動期間 | 1950年 - | ||||||||||
| 家族 | 佐藤浩市(長男) | ||||||||||
| 主な作品 | |||||||||||
| 「釣りバカ日誌」シリーズ | |||||||||||
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三國 連太郎(みくに れんたろう、1923年1月20日 - )は日本を代表する俳優。本名は佐藤 政雄(さとう まさお)。
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[編集] 来歴・人物
群馬県太田市で生まれ、静岡県賀茂郡松崎町で育つ。1943年12月、20歳の三國が大阪で働いていた際、「おまえもいろいろ親不孝を重ねたが、これで天子様にご奉公ができる。とても名誉なことだ」という母の手紙が来た。自分に赤紙(召集令状)が来たことを知った三國は、「戦争に行きたくない。戦争に行けば殺されるかもしれない。死にたくない。何とか逃げよう」と考え、すぐに郷里の静岡とは反対の西へ向かう貨物列車に潜り込んで逃亡を図った。逃亡四日目に無賃乗車で乗り継いで山口県まで来たとき、母に「ぼくは逃げる。どうしても生きなきゃならんから」と手紙を書いた。親や弟、妹に迷惑がかかることを詫び、九州から朝鮮を経て中国大陸へ行くことも書きそえた。数日後、佐賀県の唐津で船の段取りをつけていたところで憲兵に捕まって連れ戻された。しかし処罰は受けず、皆と同様に赤ダスキを掛けさせられて、静岡の連隊に入れられた。中国へ出征する前、最後の面会にやってきた母が「きついかもしれんが一家が生きていくためだ。涙をのんで、戦争に行ってもらわなきゃいかん」と言ったとき、三國は母親が家のために黙って戦争に行くことを息子に強要し、逃亡先からの手紙を憲兵隊に差し出したことを知る。中国大陸の前線へ送られた三國の部隊は総勢千数百人だったが、生きて再び祖国の土をふめたのは二、三十人にすぎなかった。
後年、母親が危篤となったとき、三國は仕事もあって帰郷できなかったが、その後、死の報せを受け取った際、自分が未だに母親を許していないことに気がついて慄然としたと語っている。
敗戦時、中国からの引揚げの際に、妻帯者は早く帰国できるということで、同じ佐藤姓の女性と偽装結婚している。
宮崎交通を経て、1950年に銀座でスカウトされ松竹大船撮影所に演技研究生として入り、1951年に木下惠介監督『善魔』の主役でデビュー、役名の「三國連太郎」を芸名にする。翌年、稲垣浩監督『戦国無頼』への出演を希望し、東宝に移籍。しかし、1954年、稲垣監督『一乗寺の決闘』撮影開始直前に映画製作を再開した日活に走り、「五社協定違反者第1号」となる。以後、『ビルマの竪琴』(1956年)、『飢餓海峡』(1965年)、『はだしのゲン』(1976年)、『ひかりごけ』(1992年)など社会派作品から、『未完の対局』(1982年)、『三たびの海峡』(1995年)、『大河の一滴』(2001年)など中国を中心にした国際合作、『犬神家の一族』(1976年)、『野性の証明』(1978年)、『マルサの女2』(1988年)などの娯楽大作まで、主演・助演を問わず幅広く出演。カリスマ的役柄で、圧倒的存在感をスクリーンに残す。1984年には紫綬褒章を受章。1986年には映画『親鸞・白い道』を製作、監督し、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞。1993年には、勲四等旭日小綬章を受章した。
いわゆる役者バカであり、奇人ともされる。家城巳代治監督『異母兄弟』(1957年)において、老人役の役作りのため上下の歯を10本抜いたエピソードはよく知られている。特に粗暴な人物役を抱えた時期の三國はプライベートでも役にハマりこんでしまい、他人が近づきがたい状態になっていることが度々であった。レイプシーンなどでもリハーサルから本気で暴行することで知られ、親しい女優でさえおびえたという。ただしオフの三國は親しい映画関係者の複数の証言によると「言動もおだやかで、酒も飲まず、饅頭など甘いものが好物の、言動も仏様の様な大人しい人物」だという。撮影所では役者・スタッフの安全のために釘を拾っていたという逸話もあり、オフの三國の人柄が窺がわれる。
結婚を4度経験。俳優の佐藤浩市は3番目の妻との間に出来た息子である。その他にも太地喜和子、石田えりらとのロマンスが取り沙汰されたことがあった。
最近では『釣りバカ日誌』シリーズ(1988年~)で活躍。スーさんの愛称で親しまれている。だが本人は釣りが嫌いだと言う。子どもの頃は全く魚が釣れず、更に餌のミミズに触るのが嫌だったからであり、劇中でも浜崎伝助(西田敏行)の様には釣れていない。また初期には作品としての『釣りバカ日誌』に対して評価は低く、インタビューなどでしばしば「昔の義理で出演している」と語っていた。 最終作となった『釣りバカ日誌20 ファイナル』の会見では「混迷の映画界の中で暗中模索した冒険のような作品」「スタッフの作品作りに対する情熱は日本映画史に永遠に残る」「僕にとって生涯の仕事だった」と語るなど総じて高評価であり、心情の変化が見うけられる。
映画『美味しんぼ』では、親子の役で息子・佐藤と共演。その後『笑っていいとも』に出演した際には「佐藤浩市くんの演技がよかったです」とコメントしている。
[編集] 逸話
- 最終学歴は豆陽中学校(旧制中学校)中退であるが、映画界入りに際して「旧制静岡高等学校を経て大阪帝国大学工学部卒(もしくは東京帝国大学卒)」と詐称。のち芸能ジャーナリズムにそのことを暴かれた経歴あり)[1]。これは、松竹のニューフェース募集に、知人がいい加減な履歴を付けた写真を送ったことによるものである。
- 電気職人だった養父が被差別部落の出身であることを公表しており、差別問題に関する著作、講演活動等も行っている。
- 現在は静岡県沼津市在住。近隣の三島市にある、『本町うなよし』で見かけられることが多いという。
- デビューとなった木下恵介監督「善魔」主人公役へのスカウトであるが、三國が東銀座を歩いていて松竹のプロデューサーに声をかけられ「大船のスタジオにカメラテストに来てくれないか」との言葉に、「電車代と飯代を出してくれるなら」と答えたと三國本人が述懐している。[2]。
[編集] 主な出演作品
[編集] 映画
- 善魔(1951年、松竹)
- 戦国無頼(1952年、東宝)
- 美女と盗賊(1952年、大映)
- 太平洋の鷲(1953年、東宝)
- 泥だらけの青春(1954年、日活)
- 警察日記(1955年、日活)
- あした来る人(1955年、日活)
- ビルマの竪琴(1956年、日活)
- 異母兄弟(1957年、大映)
- 風と女と旅鴉(1958年、東映)
- キクとイサム(1959年、松竹)
- 大いなる旅路(1960年、東映) - 岩見浩造役
- 大いなる驀進(1960年、東映) - 松崎義人役
- 飼育(1961年、大宝) - 鷹野一正役
- 宮本武蔵 5部作(1961年~、東映) - 沢庵宗彭役
- 破戒(1962年、大映)
- 切腹(1962年、松竹) - 斉藤勘解由役
- 無法松の一生(1963年、東映) - 無法松こと富島松五郎役
- 陸軍残虐物語(1963年、東映)
- 越後つついし親不知(1964年、東映)
- 飢餓海峡(1965年、東映)
- にっぽん泥棒物語(1965年、東映)
- 処刑の島(1966年、大映)
- 座頭市牢破り(1967年、大映)
- 神々の深き欲望(1968年、日活)
- 新選組(1969年、東宝) - 芹沢鴨役
- 野獣都市(1970年、東宝)
- 甦える大地(1971年、石原プロ / 松竹)
- 座頭市御用旅(1972年、東宝)
- 海軍特別年少兵(1972年、東宝)
- 戒厳令(1973年、ATG) - 北一輝役
- 卑弥呼(1974年 ATG)
- 襤褸の旗(1974年)- 田中正造役
- 金環蝕(1975年、東宝)
恥も節操もない悪い代議士を好演。 - はだしのゲン(1976年、現代ぷろだくしょん)
- 犬神家の一族(1976年、東宝)
- 八甲田山(1977年、東宝) - 山田大隊長(少佐)役
隊の指揮系統を乱し、大量遭難の誘因を作る悪役。 - 霧の旗(1977年、東宝)
- 皇帝のいない八月(1978年、松竹)
- 野性の証明(1978年、東映)
- 復讐するは我にあり(1979年、松竹)
- あゝ野麦峠(1979年、東宝)
- ミスター・ミセス・ミス・ロンリー(1980年、ATG)
- セーラー服と機関銃(1981年、東映)
- 未完の対局(1982年、東宝)
- 人間の約束(1986年、東宝東和)
- マルサの女2(1988年、東宝)-鬼沢役
宗教法人を隠れ蓑に脱税を働く老獪な地上げ屋という救いようのない悪役。 - 釣りバカ日誌シリーズ(1988年~、松竹)
- 利休(1989年、松竹) - 千利休役
- 息子(1991年、松竹)
- ひかりごけ(1992年、ヘラルド・エース)
- 勝利者たち(1992年、円谷プロ / 東宝)
- 大病人(1993年、東宝)
- 夏の庭 The Friends(1994年、ヘラルド・エース)
- 三たびの海峡(1995年、松竹)
- 美味しんぼ(1996年、松竹)
- 生きたい(1999年、日本ヘラルド映画)
- 虹の岬(1999年、東北新社 / 東宝)
- 大河の一滴(2001年、東宝)
- 北辰斜にさすところ(2007年)
[編集] テレビ
- どたんば(1956年、NHK)
- 太陽の子(1961年、NET)
- 徳川家康(1964年、NET)
- 剣(1967年、日本テレビ)
- 霧の旗(1969年、フジテレビ)
- 東芝日曜劇場 / あの町この町(1971年、TBS)
- 必殺仕掛人(1972年、朝日放送) - 文殊屋多左衛門役(第6話「消す顔消される顔」)
- 別れの午後(1973年、TBS)
- 切腹団十郎(1974年、毎日放送)
- 青銅の花びら(1975年、毎日放送)
- 赤い運命(1976年、TBS)
- ご存知! 女ねずみ小僧(1977年、フジテレビ)
- 人はそれをスキャンダルという(1978年 - 1979年、大映テレビ / TBS系)
- 火宅の人(1979年、日本テレビ)
- 赤い死線(1980年、TBS)
- 87分署シリーズ 裸の街(1980年、フジテレビ)
- 闇を斬れ(1981年、フジテレビ) - 田沼意次役
- 関ヶ原(1981年、TBS) - 本多正信役
- 土曜ワイド劇場 / 京都殺人案内4(1981年、テレビ朝日)
- 松本清張の黒革の手帖(1982年、テレビ朝日)
- 月曜ワイド劇場 / ザ・スキャンダル(1983年、テレビ朝日)
- 時代劇スペシャル 子連れ狼(1984年、フジテレビ) - 柳生烈堂役
- ヨコハマ物語(1985年、日本テレビ)
- 庄内おんな風土記(1988年、NHK)
- 木曜ゴールデンドラマ / 妻に捧げる(1990年、よみうりテレビ)
- 冬の旅〜ベルリン物語〜(1991年、NHK)
- 月曜ドラマスペシャル / ボディガード北へ(1994年、TBS)
- ふたりでタンゴを(1999年、NHK)
- 新幹線をつくった男たち(2004年、テレビ東京)
- 恍惚の人(2006年、日本テレビ)
- 松本喜三郎一家物語 〜おじいさんの台所〜(2007年、フジテレビ)
[編集] ゲーム
- 玉繭物語(1998年) - 予言者・ギ役

