ヴィム・ヴェンダース

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ヴィム・ヴェンダース
Wim Wenders
Wim Wenders
2008年
本名 Ernst Wilhelm Wenders
生年月日 1945年8月14日(69歳)
出生地 デュッセルドルフ
国籍 ドイツの旗 ドイツ
配偶者 Edda Köchl (1968-1974)
リサ・クロイツァー (1974-1978)
ロニー・ブレイクリー (1979-1981)
Isabelle Weingarten (1981-1982)
Donata Wenders (1993-)
主な作品
パリ、テキサス
ベルリン・天使の詩

ヴィム・ヴェンダース(Wim Wenders, 1945年8月14日 - )は、ドイツ生まれの映画監督。本名はエルンスト・ヴィルヘルム・ヴェンダース(Ernst Wilhelm Wenders)。世界三大映画祭のすべてで受賞している。

略歴[編集]

デュッセルドルフに生まれる。ギムナジウム卒業後、大学では医学(1963年 - 1964年)と哲学(1964年 - 1965年)を学ぶが断念し、1966年10月に画家を志してパリへ引っ越す。

高等映画学院(IDHEC)の入試に失敗後、モンパルナスにあるJohnny Friedlaenderのスタジオで彫刻を学ぶ。この頃、映画に魂を奪われ、1日5本以上もの映画を観る生活を送っている。

1967年、ユナイテッド・アーティスツのデュッセルドルフ・オフィスで働くためにドイツに帰国後、秋にはUniversity of Television and Film Munich(Hochschule für Fernsehen und Film München, HFF)に入学し、1967年から1970年にかけては『FilmKritik』誌、『南ドイツ新聞』、『Twen magazine』誌、『デア・シュピーゲル』誌で映画批評に取り組む。大学卒業までの間に、16mmモノクロで撮影された長編映画『都市の夏』の他数本の短編映画を完成させている。

その作風から見て取れるように、多方面からアメリカ文化の影響を受けている。『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』などを発表し、小津映画の影響の覗える傑出した風土描写で、一躍ロードムービーの旗手となる。ニュー・ジャーマン・シネマの開拓者としても注目を浴びている。

1982年、『ことの次第』でヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞した。

1984年、『パリ、テキサス』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した。

1985年、小津安二郎に捧げる『東京画』を製作。

1987年、『ベルリン・天使の詩』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞した。

2008年、村上龍の『イン ザ・ミソスープ』を原作とした『The Miso Soup』を手掛けることが報じられた[1]

2012年、20年に渡って企画を練っていた『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)が第84回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。

写真展「尾道への旅」[編集]

2006年4月29日から5月7日にかけて、表参道ヒルズ本館地下3階のオー「O」で開催された。

写真家でもある妻のドナータ・ヴェンダースと共に、京都から尾道鞆の浦直島へと旅の道中の、日本の古都瀬戸内の原風景を収めた写真を展示。作風としてはヴィムが風景を、ドナータ夫人がモノクロ写真での人物を表現していた。現在も尚、写真展の公式サイトにおいて、一部作品が掲載されている。枯木の向日に見える尾道の街並と尾道水道の夕景『Dead Tree』は絶品である。日立造船向島西工場跡地の『男たちの大和』ロケ地での写真も展示されていた。

尾道でのドキュメンタリー映像が放映された。『東京物語』の第二の舞台となった尾道へのオマージュの様相や、全編に渡り現在の尾道の風景を捉えたもので、東京画を彷彿させる作風であった。先述の『Dead Tree』を撮影したと思われる浄土寺(尾道市)の裏山を登るシーンも記録されている。

主な監督作品[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]