ニコラス・ウィンディング・レフン

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ニコラス・ウィンディング・レフン
Nicolas Winding Refn
Nicolas Winding Refn
2011年9月
生年月日 1970年9月29日(43歳)
出生地 デンマークの旗 デンマーク コペンハーゲン
身長 189 cm
職業 映画監督脚本家映画プロデューサー
ジャンル 映画
活動期間 1996年 - 活動中
配偶者 Liv Corfixen
主な作品
『プッシャー』三部作
ドライヴ

ニコラス・ウィンディング・レフンNicolas Winding Refn, 1970年9月29日 - )は、デンマーク出身の映画監督脚本家映画プロデューサーである。代表作は『プッシャー』三部作[1]、『ドライヴ』。

略歴[編集]

1970年にコペンハーゲンで映画監督の父と撮影監督の母のもとに生まれ、8歳の時に両親とともにニューヨークに渡る。17歳でコペンハーゲンに戻ってギムナジウム(高校)で学び、卒業するとすぐにニューヨークに戻ってアメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツに通うが、教室の壁に机を投げつけたことで放校処分になる。デンマークの映画学校に入学するがこちらもすぐに退学する[2]

レフン自らの脚本・監督・出演による短編映画がマイナーなケーブルテレビ局で放送されると、彼の人生を変えるオファーが来る。320万クローネの出資により、当時24歳の彼が脚本・監督を務めたバイオレンス映画『プッシャー』(1996年)が公開され、批評面でも興行面でも大成功を収める。また、2作目となる『ブリーダー』(1999年)も高い評価を得る[2]

ところが3作目となる初の英語作品『Fear X』(2003年)が、高い評価は得た[2]ものの、興行的に大失敗し、巨額の負債を抱えた[3]レフンは『プッシャー』の2作目と3作目を作ったことで復活する[4]。このときのレフンの様子はドキュメンタリー映画ギャンブラー ニコラス・ウィンディング・レフンの苦悩』に収められている[3]

その後、活動の場を海外に広げ、ハリウッドでの初監督映画『ドライヴ』が2011年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映され、監督賞を受賞する[5]

グッチのコマーシャルフィルムを担当し、2012年のヴェネツィア国際映画祭で上映された。また親交のあるミュージシャンのピーター・ピーターのミュージックビデオも手がけている。

中間色が見えづらい色覚障害を持っており、色彩コントラストの強い独特な画面構成が特徴。

フィルモグラフィ[編集]

タイトル 製作国 言語 備考
1996 プッシャー
Pusher
デンマークの旗 デンマーク デンマーク語 監督・脚本・出演
1999 ブリーダー
Bleeder
デンマークの旗 デンマーク デンマーク語 監督・脚本・製作
2003 Fear X
Fear X
デンマークの旗 デンマークカナダの旗 カナダイギリスの旗 イギリス 英語 監督・脚本
2004 プッシャー2
Pusher II
デンマークの旗 デンマーク デンマーク語 監督・脚本・製作
2005 プッシャー3
Pusher 3
デンマークの旗 デンマーク デンマーク語 監督・脚本
2008 ブロンソン
Bronson
イギリスの旗 イギリス 英語 監督・脚本
2009 ヴァルハラ・ライジング
Valhalla Rising
デンマークの旗 デンマークフランスの旗 フランスイギリスの旗 イギリス 英語 監督・脚本
2010 プッシャー
Pusher
イギリスの旗 イギリス ヒンディー語 オリジナル脚本
2011 ドライヴ
Drive
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 英語 監督
2012 プッシャー
Pusher
イギリスの旗 イギリス 英語 製作総指揮・オリジナル脚本
2013 オンリー・ゴッド
Only God Forgives
フランスの旗 フランスデンマークの旗 デンマーク 英語 監督・脚本

参考文献[編集]

  1. ^ Sitges '09: My Sitges Story – Part 4
  2. ^ a b c Nicolas Winding Refn - Biography” (英語). IMDb. 2013年4月12日閲覧。
  3. ^ a b ギャンブラー ニコラス・ウィンディング・レフンの苦悩”. WOWOW. 2013年3月22日閲覧。
  4. ^ プッシャー”. WOWOW. 2013年3月22日閲覧。
  5. ^ Festival de Cannes: Official Selection”. Cannes. 2011年4月14日閲覧。

外部リンク[編集]