シネマテーク・フランセーズ

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シネマテーク・フランセーズ

シネマテーク・フランセーズ仏語Cinémathèque française)は、フランス政府が大部分出資する、パリにある私立文化施設(1901年法に規定されるアソシアション)で、映画遺産の保存、修復、配給を目的とし、4万本以上の映画作品と、映画に関する資料、物品を所有する。

概要[編集]

はじまり[編集]

  • 1936年9月2日ポール=オーギュスト・アルレの精神的、財政的支援で、ラングロワ指揮の下、映画作品の保存、修復、そして上映を通して新しい世代へ映画を伝える目的を持ちシネマテーク・フランセーズが設立される。フィルムのみならず、カメラ、ポスター、出版物、衣装、装飾、セットなど、映画に関するあらゆる物品の収集も始める。のちのヌーヴェルヴァーグ映画作家ピエール・カストは、1946年にここで働き始める。1948年に常設館を持つまでは、上映会はラングロワのアパルトマンのバスルームなどで行われていた。

来歴[編集]

  • 1955年12月1日シネマテーク・フランセーズは260席の上映室をもつべく、パリ5区ウルム街29番地に移転する。
  • シネマテークは一時、パレ・ド・トーキョー内に移転される。
  • 1997年7月24日、シャイヨ宮で火事があり、映画博物館の所蔵品は無事だったが消防隊による大量の水を浴びた。シネマテークはシャイヨ宮を離れることを余儀なくされ、上映室は一年以上の間閉鎖される。所蔵資料のうち機材類はフランス国立図書館内で保存されることになった。同年、グラン・ブールヴァールの劇場が開館する。この劇場で、B級映画など、主流映画以外の領域の作品に光を当てる。
  • 2005年2月28日、シャイヨ宮とグラン・ブールヴァールの劇場閉館。
  • 2007年1月、映画文献資料図書館(BIFI)を統合し、大量の非フィルム資料がコレクションに加わるとともに、図書室の機能が大幅に拡充される。

引用[編集]

「ぼくは思い出す、メッシーヌ通りのシネマテークを」、ジョルジュ・ペレック『ぼくは思い出す』(1978年)、34。

外部リンク[編集]

座標: 北緯48度50分13秒 東経2度22分57秒 / 北緯48.83694度 東経2.38250度 / 48.83694; 2.38250