樋口真嗣

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樋口真嗣(ひぐち しんじ、1965年9月22日 - )は、日本特技監督映画監督・映像作家・装幀家。東京都新宿区出身で、茨城県古河市に居住していた。茨城県立古河第三高等学校卒業。ガイナックスGONZOを経てMotor/lieZ所属。妻は、スタジオジブリでのハーモニー処理をしている高屋法子。 IT企業のユビキタスエンターテインメントにおいてチーフ・ビジョナリー・オフィサーも務める。

経歴[編集]

影響を受けた人物[編集]

作風[編集]

  • 高校時代は音楽バンド活動を行なっており、音楽自体は才能の無さに挫折するが、この頃からYMOなどの影響でライブで流す8ミリ映像を製作していた[1]
  • 画作りが高く評価されており、多数の映画に画コンテを提供している。コンテの通りになかなか映像が出来あがらないことが、特技監督に手を染めた一因だという[1]。初期には特に『ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説』や『帝都物語』といった特撮作品に画コンテを提供しており、それらの作品の大木淳吉特技監督と中学生時代から現場を見学していた東宝の中野昭慶が、特技監督としての師匠である(大木は生前、デビュー前の樋口との共著で特撮のノウハウ本の発表を計画していたが、実現には至らなかった)。
  • 強く影響を受けた作品として『帰ってきたウルトラマン』を挙げている[1]

人物像[編集]

  • 旺盛な酒量と食欲の持ち主で、20歳代には50キロ台だった体重はその後、見る見る増加の一途を辿った。2005年の監督作『ローレライ』の撮影時には一切の炭水化物を断って20キロの減量に成功するが、翌年にはリバウンドして元通りになった。
  • ゲームでは『killer7』を高評価している[3]
  • 東日本大震災の折、節電協力を求めるヤシマ作戦のロゴを公開。また、pixivにおいて「リンバンテイデン」というユーザー名で輪番停電に関する複数の画像も投稿した。[1]
  • Wikipediaにおいて以前元アニメーターであった、またはスタジオカラーに所属しているとの記載があったが、それぞれ本人はツイッター上で否定している[4][5]
  • 鉄の人(鉄道ファン)らしい。

監督作品[編集]

テレビ[編集]

映画[編集]

PV[編集]

特撮監督作品[編集]

映画[編集]

その他参加作品[編集]

出演[編集]

映画[編集]

テレビ[編集]

DVD[編集]

受賞歴[編集]

著書[編集]

  • ローレライ、浮上(福井晴敏共著、講談社、2005年1月)
  • 映画「ローレライ」画コンテ集(講談社、2005年4月)
  • 爆発道場 福井晴敏×樋口真嗣 (福井晴敏共著、角川書店、2005年8月)

連載[編集]

  • 暮らしの手帖 週刊アスキー(アスキー・メディアワークス)
  • そんなにオモチャが欲しいならオモチャ屋の子になっちゃいなさい(終了)(フィギュア王 ワールドフォトプレス)
  • そんなに佃煮みたいに飾ってどうするの(フィギュア王 ワールドフォトプレス)
  • やどなし姫のお守り日記 自転車生活(エイ出版社)
  • ロケハン 特撮ニュータイプ(角川書店)

その他参加プロジェクト[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 石井博士ほか 「特撮監督インタビュー - 樋口真嗣」『日本特撮・幻想映画全集』 勁文社、1997年、390 - 392頁。ISBN 4766927060
  2. ^ 碇シンジの「シンジ」はのちに『踊る大捜査線』シリーズに登場する室井慎次柳葉敏郎)の名前の理由(つまり樋口の孫あて)にもなっている。
  3. ^ 『killer7』ホームページのコメントコーナーにコメントがある。
  4. ^ 元アニメーターということの否定 https://twitter.com/higuchishinji/status/188051450432208896
  5. ^ 所属についての否定 https://twitter.com/higuchishinji/status/222605560917409793
  6. ^ 島編で監督を庵野秀明から譲り受けた(庵野は「総監督」となる)。当時、角川書店から発行されたイラスト集では「NHKが送り込んだ老人演出家・樋口真嗣」のインタビュー記事が掲載されている。