リチャード・アッテンボロー
| リチャード・アッテンボロー Richard Attenborough |
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| 本名 | Richard Samuel Attenborough | ||||||||||||||||||
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| 生年月日 | 1923年8月29日(89歳) | ||||||||||||||||||
| 出生地 | ケンブリッジ | ||||||||||||||||||
| 国籍 | |||||||||||||||||||
| 職業 | 映画監督、映画プロデューサー、俳優 | ||||||||||||||||||
| 配偶者 | シーラ・シム (1945-) | ||||||||||||||||||
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リチャード・アッテンボロー CBE(Richard Samuel Attenborough /Baron Attenborough CBE, 1923年8月29日 - )は、イギリスのイングランド・ケンブリッジ生まれの映画監督・映画プロデューサー・俳優。
目次 |
来歴[編集]
ケンブリッジ生まれ。父親は学者[1][2]。動物学者でプロデューサーのデイビッド・アッテンボローの長兄にあたる。ロンドンの王立演劇学校で学び、1942年に俳優としてデビュー。『大脱走』などの脇役で知られるようになるが、1960年代からは監督業・プロデュース業にも乗り出し、1982年に監督した『ガンジー』ではアカデミー監督賞を受賞した。近年では『ジュラシック・パーク』の実業家ジョン・ハモンド役が記憶に新しい。
教育にも関心を持っており、国際的な教育組織UWCの重要な後援者の一人でもある。UWC南アフリカ校での複数の学校施設の創設に貢献している。また映画『遠い夜明け』は、UWC南アフリカ校の影響も受けて製作されたと言われる。
1945年1月22日に女優のシーラ・シムと結婚し、現在までに3人の子供をもうけている。
1967年に大英帝国勲章を授与された。1976年にはナイトの称号を受け、1993年には一代貴族ともなっている。
2002年10月には、英国映画協会内に創設された「チャップリン研究財団」の初代総裁に就任している。
2004年12月26日、タイ王国のプーケットで休暇中だった親族がインドネシア・スマトラ島大震災・大津波の津波で被災した。この事故で、アッテンボローの長女ジェーンの次女、ルーシー(当時14歳)が死亡したほか、ジェーン本人とその同名の義母ジェーン・ホーランドが行方不明。また、ジェーンの長女アリス(当時17歳)が負傷。夫のマイケル・ホーランド、長男のサムは無事とされている[3]。
作品[編集]
出演作品[編集]
| 公開年 | 邦題 原題 |
役名 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1942 | イン・ウィッチ・ウィ・サーヴ In Which We Serve |
機関員 | |
| 1946 | 天国への階段 A Matter of Life and Death |
パイロット | |
| 1947 | ブライトン・ロック Brighton Rock |
ピンキー・ブラウン | |
| 卑怯者 The Man Within |
フランシス・アンドリューズ | ||
| 1948 | 夜霧の都 London Belongs to Me |
パーシー | |
| 1949 | 三十六時間 The Lost People |
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| 1950 | 暁の出航 Morning Departure |
機関員 | |
| 1952 | エイト・オクロック・ウォーク Eight O’Clock Walk |
トーマス・レスリー・マニング | |
| 封鎖作戦 Gift Horse |
ダニエルズ | ||
| 1956 | 歩兵の前進 Private's Progress |
パーシヴァル・ヘンリー・コックス | |
| 1958 | 激戦ダンケルク Dunkirk |
ジョン・ホールデン | |
| 熱砂の海 Sea of Sand |
ブロディ | ||
| 1960 | 紳士同盟 The League of Gentlemen |
レキシー | |
| 1962 | トライアル・アンド・エラー Trial and Error |
ハーバート | |
| 1963 | 大脱走 The Great Escape |
ロジャー・バートレット | |
| 1964 | バタシの鬼軍曹 Guns at Batasi |
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| 1965 | 飛べ!フェニックス The Flight of the Phoenix |
ルー・モラン | |
| 1966 | 砲艦サンパブロ The Sand Pebbles |
フレンチー・バーゴイン | |
| 1967 | ドリトル先生不思議な旅 Doctor Dolittle |
アルバート・ブロッサム | |
| 1967 | おかしな夫婦・大逆転!? The Bliss of Mrs. Blossom |
ロバート・ブルーム | |
| 1969 | マジック・クリスチャン The Magic Christian |
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| さすらいの旅路 David Copperfield |
Mr. Tungay | テレビ映画 | |
| 1970 | 最後の手榴弾 The Last Grenade |
チャールズ・ホワイトリー将軍 | |
| 1971 | 10番街の殺人 10 Rillington Place |
ジョン・レジナルド・クリスチャン | |
| 1974 | そして誰もいなくなった And Then There Were None |
アーサー・キャノン判事 | |
| 1975 | ローズバッド Rosebud |
エドワード・スロート | |
| ブラニガン Brannigan |
チャールズ・スワン警視長 | ||
| 軍旗の陰影 Conduct Unbecoming |
ライオネル・E・ローチ | ||
| 1979 | ヒューマン・ファクター The Human Factor |
ジョン・デイントリー大佐 | |
| 1993 | ジュラシック・パーク Jurassic Park |
ジョン・ハモンド | |
| 1994 | 34丁目の奇跡 Miracle on 34th Street |
クリス・クリングル | |
| 1996 | ハムレット Hamlet |
英国大使 | |
| 1997 | ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク The Lost World: Jurassic Park |
ジョン・ハモンド | |
| 1998 | エリザベス Elizabeth |
ウィリアム・セシル卿 |
監督作品[編集]
| 公開年 | 邦題 原題 |
備考 |
|---|---|---|
| 1972 | 素晴らしき戦争 Oh! What A Lovely War |
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| 戦争と冒険 Young Winston |
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| 1977 | 遠すぎた橋 A Bridge Too Far |
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| 1978 | マジック Magic |
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| 1982 | ガンジー Gandhi |
兼製作 アカデミー監督賞 受賞 |
| 1985 | コーラスライン A Chorus Line |
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| 1987 | 遠い夜明け Cry Freedom |
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| 1992 | チャーリー Chaplin |
兼製作 |
| 1993 | 永遠の愛に生きて Shadowlands |
兼製作 |
| 1996 | ラブ・アンド・ウォー In Love and War |
兼製作 |
| 1999 | グレイ・オウル Grey Owl |
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| 2007 | あの日の指輪を待つきみへ Closing the Ring |
兼製作 |
脚注[編集]
- ^ “Richard Attenborough Biography (1923–)”. Filmreference.com. 2011年6月5日閲覧。
- ^ “Richard Attenborough Biography – Yahoo! Movies”. Movies.yahoo.com. 2011年6月5日閲覧。
- ^ http://news.scotsman.com/latest.cfm?id=3936825
外部リンク[編集]
- リチャード・アッテンボロー - インターネット・ムービー・データベース(英語)
- University of Sussex media release about Lord Attenborough's election as Chancellor, dated Friday, March 20, 1998
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