トゥナイト2

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トゥナイト2
ジャンル ワイドショー番組
放送時間 #放送時間参照
放送期間 1994年4月4日~2002年3月28日
放送国 日本
制作局 テレビ朝日
出演者 石川次郎
雪野智世
斎藤陽子
下平さやか
伊藤由希子
山本晋也
乱一世
北野誠
高尾晶子
青木愛
小久保とものしん
辻よしなり

トゥナイト2TONIGHT・2)は、テレビ朝日1994年4月4日から2002年3月28日までの同系列局にて放送された深夜の情報とバラエティ系のワイドショー番組である。毎週月曜から木曜までの深夜12時頃~1時間の生放送番組。司会は石川次郎

目次

[編集] 概要

1980年より放送されてきた『トゥナイト』の後を受けてスタートし、それまでの幅広い範囲の情報提供を広げ、長年にわたり多くの根強い人気を保ってきた。深夜番組の「脱・お色気」のなかで、最後の砦の如く、山本晋也北野誠乱一世ら個性的なリポーター陣がお色気系に果敢に取り組んでいた。

お色気以外にも、阪神大震災の被災地レポートなど、社会に訴える硬派の取材もこなし、日本テレビ系『11PM』なきあとも深夜番組の雄として君臨し続けた。1980年の「トゥナイト」時代からの放送回数は4,101回に及ぶ。

発売直後の『たまごっち』を紹介してブームを起こしたり、プレイステーション2うるう年などを特集していた事もあった。プレイステーション2の特集時は他の番組が「DVDが見られる」ことを主に紹介していたのに対し、この番組は純粋に「ゲーム機」として、その機能を紹介していた。このことは「ゲーム番組」以外では珍しく、週刊ファミ通から取材を受けている。その他、ゲームソフト『ときめきメモリアル3 〜約束のあの場所で〜』発売時にも特集を組んだり、東京ゲームショウもどの番組どの雑誌よりも詳しく報道する等の型にはまらない柔軟な姿勢での番組運営が見られた。

[編集] 番組の終焉

1997年8月、乱一世が「トイレはCM中に」と発言しスポンサーから抗議を受け降板(後に復帰)。
その直後の9月29日、TBS系列(MBSを除く)で『ワンダフル』、日本テレビ系列で深夜番組枠『ZZZ』がスタート。さらに翌1998年4月1日にはテレビ東京系列で『Gパラダイス』が開始され番組に陰りが見え始める。その後『ネオバラエティ』の枠拡大により放送開始時刻が繰り下がるも、これらの番組の前には勝てず視聴率が低迷。マンネリ化が進んだことや『ネオネオバラエティ』の枠確保もあり、2002年3月28日をもって終了し『トゥナイト』時代を含めた22年の歴史に幕を下ろした。

[編集] 歴代のアシスタント

[編集] 主要レポーター(男性)

  • 山本晋也〈木曜日〉 本業:映画監督。通称「カントク」。80年『トゥナイト』スタート時から最終回までレポーターを務めた「“Mrトゥナイト”」。新宿歌舞伎町レポートやシリーズ「ある愛のかたち」が有名。現在ブロードバンド放送局「山本晋也のランク10国」を開局し、インターネット上でトゥナイト2に似た番組を配信している。また同局でのレポート企画は同番組終了後、社会的問題や話題の人物についての人物考証へとシフトする形で平日昼のワイド番組「ワイド!スクランブル」(水曜日)に移行し、現在も続いている。
  • 乱一世〈月曜日〉山本晋也監督ともにランク10国に出演。レポーターとして活躍中。
  • 北野誠〈火曜日〉AV女優・天野こころの名付け親。シリーズ「大人電話相談室」
  • 杉作J太郎(火曜日)基本は北野誠のレポートVTRにのみ出演。
  • 勝谷誠彦〈水曜日〉ライター、写真家。シリーズ「快人勝谷レポート」。晩年のレギュラー出演者。
  • 生江有二(隔週水曜日)ライター、2000年3月まで担当。
  • 渡辺宜嗣 テレビ朝日アナウンサー/「トゥナイト」時代のレポーター。最終回のみ17年ぶりに登場。
  • 勝田和宏 テレビ朝日アナウンサー
  • 小久保とものしん テレビ朝日アナウンサー。この番組に限り名前がひらがな表記。
  • 辻義就 当時テレビ朝日アナウンサー、石川次郎が夏休みの時は司会代理を務めた。

[編集] 主要レポーター(女性)

※「トゥナイト」及びその後継番組「トゥナイト2」の女性レポーターは入れ替わりが激しかったせいもあって完全に把握するのは困難である。「宝島」(1998年6月24日号・1999年2月3日号)や番組終了直前に発売された「FLASH EXCITING No.61」でレポーター名鑑なる企画が編まれたことがあるが、出演していたはずなのに把握漏れなどで掲載されていなかったり誤ったデータが記載されたりしたレポーターが少なくなく、完全版というものは存在しない。

[編集] 歴代エンディングテーマ

※3ヶ月ごとに曲が変更されていた。

[編集] 放送時間

  • 1994年4月~2000年3月…毎週月~木曜日23:55~翌0:50
  • 2000年4月~2001年9月…毎週月~木曜日23:59~翌0:54
  • 2001年10月~2002年3月…毎週火~金曜日(月~木曜日深夜)0:06~1:01

※「大相撲ダイジェスト」や熱闘甲子園等を放送時は開始時刻が変更されていた(終了前の時点では15分遅れで放送)。
九州朝日放送テレビでは上記放送時間よりも1時間遅れて放送(自社制作の深夜番組「ドォーモ」放送のため)。

[編集] ネット局

未ネット局

[編集] 備考

  • 終了前の2001年を除き、毎年10月(一週間ずっと)やその年の最後の放送では時間を延長して特別版を放送していた。
  • 女性が撮影上裸になる必要がある場面では別にモデル(荒井まどかなど)を起用してその場面を撮影していた。
  • 「トゥナイト2」終了前で特に風俗レポートでの山本晋也や乱一世が風俗嬢に対して「こんな仕事辞めるべきだ!」など視聴者を興醒めさせる言動が見受けられたが、この時点でこの番組の役割が終えたと言っても過言ではなかろう。
  • 「トゥナイト2」終了後間もなく「ROCKIN'ON JAPAN」という音楽情報誌で「TONIGHT3」という1ページのコーナーが設定されたことがある(隔号連載)。レポーターの名前(乱一世など)を騙って記事を書いたり番組レポーターだったせがわきりを訪ねて当時の思い出や番組に出るようになった契機(但し「SPA!」1992年10月7日号の「中森文化新聞」〔現在はなくなったが中森明夫が主宰していたコーナー〕で語った内容とは大きく食い違う点がある)などを聞いた上で題字を書かせたりしたこと(2002年8月10日・25日合併号)もあったが、結局1年ほどでそのコーナーは消滅した。

2004年の「トリビアの泉」で、山本晋也が国外ロケをしていたが、この時「山本晋也のニャンニャンリポート」と発言していた。

[編集] 前後番組の変遷

テレビ朝日 月曜~木曜24時台
前番組 番組名 次番組
トゥナイト2
テレビ朝日 夜のワイドショー
トゥナイト
トゥナイト2
(終了)