勝谷誠彦

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勝谷 誠彦(かつや まさひこ、1960年12月6日 - )は、自称コラムニスト写真家コメンテーターよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属(マネジメント契約)。日本写真家協会会員。

目次

[編集] 来歴

兵庫県尼崎市出身。地元の開業医の家に育つ。尼崎市立七松小学校卒業後、灘中学校・高等学校に進学(同期に和田秀樹中田考伊藤芳朗)。灘高時代は地学研究部に所属し、全国各地で鉱物を採集。さらに生徒会長を務めた。教師を捉まえては議論を持ちかけるタイプの生徒であったが、学校の成績は下から数えたほうが早く、特に数学英語が苦手で「私と物理学」という作文を書いて何とか卒業を認めて貰った成績レベルであった、と本人は述懐している。なお、同校を舞台とした自伝小説連載『天国のいちばん底』をサンデー毎日から現在有料配信中。

早稲田大学第一文学部文芸専攻入学。キャンパスでは『早稲田おとめちっくクラブ』(少女マンガ研究会)に所属。在学中より主に風俗関連を専門とするフリーライターとして活動し、編集プロダクションブレーメン・ファイブ』を設立。大学では体育の単位が足りず一年留年した[要出典]

1986年株式会社文藝春秋入社。Emmaでの取材から始め、国内取材の他、海外でのフィリピン内乱・若王子事件カンボジア内戦湾岸戦争などを取材。雑誌週刊文春の記者時代、1989年に起きた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」を、勝谷本人の判断と、当時の上司である花田紀凱編集長のゴーサインにより、加害者少年らが未成年にも関わらず実名報道した(「獣に人権は無い」との自論)。同社社員時代はEmmaCREA週刊文春文藝春秋マルコポーロ等を担当した。1996年、株式会社文藝春秋 出版局 第二文庫部 次長を最後に退社。フリーライターになる。

コラムニストとしての活動が注目されるようになってからは、現場主義と歯に衣着せぬ論客として知られるようになり、テレビラジオ等にも数多く出演。インターネット上での人気も高い。

[編集] 人物

阪神タイガースの大ファン。

グルメに造詣が深く、麺通団の経営に携わるほど。グルメに関するロケもこなし、著書も数多くある。

激辛料理も好物であり、2008年4月7日放送の日本テレビ爽快情報バラエティー スッキリ!!』のコーナー「勝谷誠彦がゆくウラ名産の旅」で、広島ウラ名産としてつけ麺を紹介するロケに行った際、通常の200倍の激辛つけダレを美味しそうに軽々と食べていた。その代わり甘い物が苦手。

また、小池徹平/サザンオールスターズ/米倉涼子のファンである事を公言している。

やしきたかじんと親しく、彼の冠番組に準レギュラー・ゲスト出演する事が多い。同番組内では時折「勝っちゃん」「アライグマ」の愛称で呼ばれる。

鉄道ファンJTBから鉄道旅行が題材の著書を刊行している(後述)。

長野県軽井沢在住。

[編集] 活動・主張

  • コラムニストという肩書きながら、東京大阪のテレビ局・ラジオ局でのレギュラー番組が多く、かつては、月曜の日本テレビスッキリ!!』の後、大阪に移動して月・火夕方に朝日放送『ムーブ!』に出演した後、すぐ東京に戻り、TBSラジオ『ストリーム』のコラムの花道に出演し、さらに金曜収録『そこまで言って委員会』、土曜の生放送の『あさパラ!』、土曜収録の『ビートたけしのTVタックル』、さらには月曜夜や金曜夜には『ムーブ!』の知られてたまるか!のロケ、というような生活をしていた。勝谷自身が貧乏性で仕事が断れない性格であるせいか、執筆活動以外でも休める日がほとんどない。現在は『ムーブ!』『ストリーム』が終了したため、若干スケジュールに余裕が出来たらしく、2009年3月には念願だったギリシャへ旅行に行っている。
  • 日本テレビの『ザ!情報ツウ』の中で謎の集団「ザイン」が開いた「フェロモン大作戦」という名前の集会に密着したという話題で、ザインの会員たちが「国歌斉唱」と称して軍歌である「海行かば」を歌ったことに対して「まもなく『英霊たち』を迎える8月15日が来るのに、『海行かば』をこんなとこで歌うなこの野郎! ふざけるな!」と激怒している。
  • 自身のマネージャーが同事務所の先輩に当たる島田紳助に「態度が悪い」という理由から暴行され心身障害を負った際に、マネージャーをなじる報道がなされると「マネージャーのせいにするんじゃねぇよ!!バカ野郎!!」とコラムで書いているが、TVで発言の機会が与えられても紳助や吉本興業の批判は全く出来なかった。被害者のマネージャーが退社することになっても、勝谷は吉本興業→よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属し続けている。この事は『アッコにおまかせ!』(TBS系列)で取り上げられており、司会の和田アキ子などに苦言を呈された(ただし、テロップカードで)。また、あまりにもきつい発言が多いからか、同事務所の中堅・大御所芸人に苦言を呈されることもしばしばある。
  • 音楽に関しては軍隊や軍歌にめっぽう詳しく、『たかじんのそこまで言って委員会』ではやしきたかじんから「めちゃめちゃ右翼やん」と揶揄され、政治評論家の三宅久之には、「戦後生まれでこれだけ歌えるというのは珍しい」と不思議がられている。一方で吉田拓郎かぐや姫のコンサート「つま恋」の観客を「バリケードの中で互いに傷舐めあったあげくに、この国を潰した衆愚の塊よ」と言った(しかしオリコンの運営するサイトORICON STYLEの2006年9月24日付の記事に「平均年齢49歳、観客数3万5000人。たぶん、今年行われたどんな野外ライブより観客の平均年齢は高かっただろう。早朝から続々と詰め掛けるオジサンやオバサン。」と記載されてあるように、その日の観客の大半はいわゆる全共闘世代ではなく、むしろ勝谷と同世代が中心であったことがわかる)。なお、J-POP に関しては、サザンオールスターズの大ファンである。実際、『ストリーム』の「コラムの花道」では、勝谷の登場の際に毎回一曲をかかっており、トークの冒頭にその曲について語っている。
  • 基本的に右寄りな発言で知られるが、時として政府や警察力等への過激な批判をすることで、宮崎哲弥に「この人、オレずっと左翼だって言ってるんだよ。」と言われている。『たかじんのそこまで言って委員会』2009年2月1日放送分。自身の著書『バカが国家をやっている』では小泉安倍政権ブッシュ政権など国内外の国家のリーダーを痛烈に批判している。
  • ウィキペディア日本語版の自身の記述に関し『日経パソコン2007年11月12日号のコラムで、「事実と違うことも多い。本人が言うんだから間違いない。そもそも、ご親切にも誰があれを書いているんだ?」と発言している。
  • 2002年及び2009年北朝鮮による日本人拉致問題解決を求める意見広告をニューヨーク・タイムズに掲載する運動を行なう。「意見広告7人の会」呼びかけ人(残りの6人は有田芳生加藤哲郎重村智計高世仁日垣隆湯川れい子)。
  • 2009年3月30日ワイドショー『スッキリ!!』において、妊娠中の女性教諭に対して椅子のネジを緩める、給食に異物混入するなどを行った中学生グループ「先生を流産させる会」に対して「『流産させる会』というネーミングをつけなければ、どこの学校でも多少ある。わざわざ騒ぎたてるほどのことでない」と発言。
  • 国家政治家官僚マスメディア国民が互いに癒着を起こして、利権政治談合政治を行い、また国民がそれを黙認する日本独自の政治体制政治思想、もしくはそのさまを揶揄して利権談合共産主義(りけんだんごうきょうさんしゅぎ)という造語を用いている。
  • SPA2005年3月8日号の巻頭頁にて、「大地震と南京事件」と題し、「津波の犠牲者30万人。同数の遺体を南京市内に埋めたらどうなるか?」「南京市の城壁は総延長34キロ。数キロ四方の街の中」「それこそ枡に遺体を盛ったような状態」と主張した。ちなみに南京城内は南京市の一部にすぎない。また、城壁とほぼ同じ長さの山手線内の昼間人口は600万人。

[編集] ブログ

2000年5月6日より2007年1月末まで、自身のWEBサイト『勝谷誠彦の××な日々。』を毎朝更新し、自身の活動のことや時事問題や新聞やテレビ報道等に対し、攻撃的な文面内で言及していた。分かりやすくキャッチーな発言が目立ち、ブログポータル「さるさる日記」の人気日記の1つであった。日記開設後終了まで、1日たりとも日記更新を欠かしたことがなかった。朝日新聞の体質や報道姿勢を築地をどり(「青山ほとり」の意地の悪い洒落)、利権や談合を肯定するような体質を利権談合共産主義、女尊男卑の女性の体質をAERAの報道姿勢からアエラ女と呼び、メディア(特に在阪準キー局)で発言するなどたびたび注目を浴びる。大概このような表現をする時は批判的な主張をする時、そして自身のサイトに文章を記述する時である。テレビ出演の際は中国を「中国」と呼び、「支那」という呼び方は用いない。テレビではとてもそう呼べないと日記上で打ち明けた事もある。

[編集] 連載

主な連載はSPA!巻頭コラム「ニュースバカ一代」、女性自身「シリーズ人間」、日経パソコン「勝谷誠彦のHARD DISK CAFE(電脳血風録→それゆけ電化男からタイトル変更。)」、ダイヤモンド・マネー「勝谷誠彦の『自腹で1000万円、株投資日記!』」、WiLL 「あっぱれ!築地をどり」など多数。 サンデー毎日にて小説「天国のいちばん底」を連載していた時期があり、現在は続編を自身の有料メール内で毎週日曜日に連載している。

[編集] 著書

[編集] 単著

  • 『失業論文―浪人記者ノート』(アスキー、1998 ISBN 4893669451
  • 『いつか旅するひとへ』(潮出版社、1998、講談社文庫、ISBN 4062730987
  • 『にっぽん蔵元名人記―美酒を生み出す人と技』(講談社、2000 ISBN 4062104598)『にっぽん蔵々紀行』と改題、光文社文庫、ISBN 433473684X
  • 『旅の達人が教えるちょっとわがまま海外旅行』(三笠書房王様文庫、2000 ISBN 4837960634
  • 『旅。ときどき戦争―湾岸から南極まで』(ベストセラーズ、2000、ISBN 458418531X
  • 『バカとの闘い』(新潮社、2001 ISBN 4104462012
  • 『帰ってきたバカとの闘い』(新潮社、2001 ISNB 4104462020)
  • 『勝谷誠彦の地列車大作戦』(JTB、2002 ISBN 4533044379
  • 『色街を呑む!―日本列島やりつくし紀行』(祥伝社、2003、ISBN 4396632282)のち文庫『色街を呑む!―日本列島レトロ紀行』ISBN 4396332718
  • 『イラク生残記』(講談社、2004、ISBN 4062125188
  • 『電脳血風録 the last digital samurai 』(日経BP社、2004 ISBN 4822244180
  • 『続・にっぽん蔵々紀行』(光文社文庫、ISBN 4334737927
  • 『世界がもし全部アメリカになったら』(藤波俊彦絵、アスコム、2005 ISBN 477620214X
  • 『今宵もとことん、食う!呑む!叫ぶ! 一夜一殺、魂の食べ手 勝谷誠彦の行きつけの店』(ダイヤモンド社)2005
  • 『ニュースバカ一代』(扶桑社、2006 ISBN 4594051227
  • 『イケ麺!』(新潮社、2006 ISBN 4104462047
  • 偽装国家 日本を覆う利権談合共産主義 扶桑社新書 2007
  • 『彼岸まで』(光文社 2007 ISBN 4334925456
  • 偽装国家 2 底なし篇 扶桑社新書 2007
  • 勝谷誠彦の知られてたまるか! ムーブ!共著 西日本出版社 2007
  • 『勝谷誠彦の××な日々vol.1』(インターネットでのみ発売)
  • 『勝谷誠彦の××な日々vol.2』(インターネットでのみ発売)
  • まだまだ 勝谷誠彦の知られてたまるか! ムーブ!共著 西日本出版社 2009

[編集] 編著・共著

  • 大学生ひとなみ講座 まだ知らないキミのためのキャンパス一般教養!! 三尋狂人、ブレーメンファイブ 日本文芸社 1984
  • 『不肖・宮嶋南極観測隊ニ同行ス』(宮嶋茂樹、新潮社、1985 のち文庫 ISBN 4101242313
  • 『ベトナムへ行こう』(文藝春秋、1997、文庫、ISBN 4168106063
  • 『鳥頭紀行 ジャングル編―どこへ行っても三歩で忘れる』(西原理恵子、スターツ出版、1998 のち角川文庫、ISBN 4043543050
  • アジア行かされまくり 宇野亜由美著 勝谷写真 白泉社 1998
  • リゾート行かされまくり 宇野亜由美著 写真 白泉社 2000
  • 『1.5流が日本を救う』(ラサール石井、ベストセラーズ、2001 ISBN 4584185891
  • 『破壊者―日本を壊す9人と私』(編集中丸謙一朗、日経BP社、2003、ISBN 4822243044
  • 『これ食べ!』(写真管洋志、新潮社、2003 ISBN 4104462039
  • 『クリスタリン―熊川哲也写真集』(三好和義、TBS事業局映像事業センター)

[編集] レギュラー番組

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[編集] 過去の出演番組

レギュラー
ゲスト
ラジオ

[編集] 関連項目

人物

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