和田秀樹

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和田 秀樹(わだ ひでき、1960年6月7日 - )は、大阪府出身の受験アドバイザー、評論家(教育・医療、政治・経済)、精神科医(川崎幸病院精神科顧問)、国際医療福祉大学臨床心理学専攻教授一橋大学特任教授、学校法人成城学園理事、起業家、映画監督。

一橋大学経済学部医療経済学)、東北大学医学部上智大学心理学科などの非常勤講師東進ハイスクール顧問も歴任。ヒデキ・ワダ・インスティテュート緑鐵受験指導ゼミナール代表。2007年から一橋大学国際・公共政策大学院特任教授。

目次

経歴

会社員の家庭に生まれる。父親は関西大学を卒業してカネボウに入社したが、慶應閥の会社だったため出世できず、そのため秀樹の母は子供たちに学歴の重要性を叩き込んだ[1]1965年、母親の意向で教育程度の高い私立幼稚園に入園。大阪の公立小学校に入学した時には平仮名片仮名から漢字の一部まで読み書きできるようになっていたため、大阪市内の名門公立小学校に1年生の2学期から越境入学[2]。しかし小学校2年生のとき、父親の転勤で東京都練馬区に転居。このとき、小学校で「関西弁、関西弁」と囃し立てられて仲間外れにされる[3]。このため小2の2学期から千葉県津田沼の社宅に移り、地元の小学校に転校[4]。小4のとき父親の転勤で兵庫県に転居し、塾に通い始める[5]。小6から伸学社に通い、私立トップ進学校である灘中学校に5番で入学したものの、入学後は勉強しなかったため灘では中の下の成績に落ちてしまった[6]。灘でも陰湿ないじめを受け、教壇の後ろの大きなゴミ箱に閉じ込められて鍵をかけられ、授業の間じゅうそこに押し込められたこともあった[7]。その他、泳げないことが知られたときはプールに連れ込まれそうになり、2時間ほどクラブの部室に立てこもったこともあった[8]。このとき、秀樹の母は「あなたの性格を直さないとどうしようもない」と言いつつ、「どうせあなたは自分を変えられないから、違うところで見返しなさい」と檄を飛ばして得意分野を見つけるよう促した[8]

灘在学中に解法暗記を中心とした勉強法を開発した。高校2年のとき藤田敏八監督の映画『赤い鳥逃げた?』を観て衝撃を受けたことから熱狂的な映画ファンとなり、高校3年生のときは受験勉強の傍ら年間300本の映画を観賞していた[9]。当時「1000万映画」と呼ばれる低予算映画が話題となっており、映画製作費を効率的に稼ぐ手段として医師を志し[9]、大学は東大理III、慶大医学部、慶大経済学部への現役合格を果たす。東大在学中は自主映画を手がけたが挫折し、数百万円の借金を作り、その返済のため週刊誌で原稿執筆のアルバイトをしたことが後の評論活動の下地を作った[9]。自分の弟に勉強法を教え、東京大学文科一類現役合格に導いたこともある。その後、和田の弟である和田雅樹大阪星光学院中学校・高等学校を経て、東京大学法学部から現役で、かつ優秀な成績で司法試験に合格し、最高検察庁検察官事務取扱検事東京地方検察庁特別公判部副部長、東京高等検察庁検事等を経て、2009年から法務省刑事局国際課長を務めている[10]

東大在学中は家庭教師アイドルプロデュース研究会、ライター業、経営などに励み、医師国家試験の半年程前までほとんど大学での勉強はしていなかったという[要出典]1985年東京大学医学部医学科卒業。 論文「人間にまつわる研究 (Risk factors of aspiration pneumonia in Alzheimer’s disease patients Gerontology 2001; 47:271-276)」により東北大学医学部博士号(医学)取得(博士課程修了ではない)。この点については経歴では省かれることが多い。

自らの受験体験と家庭教師などの経験を生かし「試験に強い子が引きつる本」で受験評論家デビュー。「中学、高校と灘では落ちこぼれだった自分が理三に現役合格した方法」として、「誰でも難関大学に受かる受験法」を宣伝文句に、受験アドバイザーとして受験界に確固たる地位を築く。

和田式勉強法は灘高校における勉強法、和田秀樹自身が開発した勉強法などに加え、最近取り入れた認知心理学に基づく勉強法で成り立っている。和田にとって認知心理学はまったくの専門外であるが、東大の認知心理学、教育心理学の研究会に参加している。

現在ベネッセの通信教育である、進研ゼミ高校講座の情報誌「My Vision」に「カイカン勉強スタジオ」という連載記事を書いている。

精神科医として

精神科医としての専門は老年精神医学、精神分析学集団精神療法学である。 精神分析学者土居健郎らの推薦を受けてカールメニンガー精神医学校の国際フェローとなる(この国際フェローは3人以上の有力な精神分析学者の推薦と厳しい審査通過が必要)。

アメリカ合衆国の精神分析学派自己心理学の国際年鑑 Progress in Self Psychologyに日本人として第1号、第2号の論文が掲載された。これが評価され、アメリカでもっとも古い精神分析の雑誌『Bulletin of Menninger Clinic』の自己心理学部門のブックレビュワーにも選ばれている。

  • The Loss and Restoration of the Sense of Self in an Alien Culture. Progress in Self Psychology vol,14
  • The Applicability of Self Psychology to Psychotherapy with the Elderly. Progress in Self Psychology vol.19

近年では、「精神科医」としての肩書きでメディアの取材に答えることも多く、精神医学についての一般への啓蒙を行っている。

安倍晋三総理辞任の際には、テレビ朝日スーパーモーニングなどの取材に対して、安倍首相は、DSM(精神障害の診断と統計の手引き)から判断して、うつ病であると指摘した。自身のメールマガジンでも、「安倍氏は辞任という選択をして、自殺はしなかったのが幸い」と擁護し、首相辞任を批判するマスコミ世論を批判した。

さらに「安倍氏の顔つきをみて、いつからうつになったかを当てろという取材がいくつもきた。」、「うつは見世物ではない。」とマスコミの取材に対し苦言を呈している。こうした「精神疾患」に対する日本社会・マスコミの誤解・無知こそが、多数の自殺者を生み出していると批判し、うつ病など心の問題に対する正確な理解が進むことが必要だと、啓蒙の必要性を述べている。

評論家として

和田は「属人主義」を廃し、「属事主義」で考えるというスタンスをとり、共産党であれ、創価学会であれ、右翼といわれている人であれ、いいことを言うのなら支持をするし、ためにならないと考えるのなら批判をするというオポチュニストに近い姿勢をとっている。

最近は教育・医療などに関する評論も行い、テレビなどでも活躍している。教育問題ではゆとり教育に対して徹底的な反対派、暗記賛成派の論客として論壇で存在感を示しており、市川伸一東京大学教育学部教授との共著もある。文部科学省への批判は多いが、日本教職員組合全日本教職員組合など教員の労働組合への言及はしていない。フィンランド式教育を評価していることについては東京都教職員組合日本共産党と方針が共通しているが、同時に、教育熱心な親が減り、テレビで勉強がかっこ悪いというような価値観が流れる日本では、フィンランド型の強制力を課さない教育は実現困難だと考えている。加えて日経ビジネスにてテレビにおける不良の美化と勉強を熱心にする生徒に対する扱いに対し批判を述べている。さらにそのような演出が格差社会を押し進めているとしている。

また、著書「わが子を東大に導く勉強法」(PHP研究所)では、東大紛争新左翼の活動家を支持する発言をしており、「受験本番に強くなる本」では、受験生に朝日新聞を読むことを勧め、男子の受験生が性行為を我慢することと、太平洋戦争大東亜戦争)時の日本軍が掲げたスローガン<欲しがりません勝つまでは>とを同様に扱っている。(実際このスローガンは東京の男性が考案し、娘の女子小学生の名を借りて投稿したものであり、作家の山中恒氏がその事実を発掘した。)

彼の思想は、初期の著書では、彼が在籍したリベラルな校風である灘高校の影響を受けているとされ、朝日新聞でも記事に対するコメントをよく掲載しているが、 最近では保守系の月刊誌『正論」や産経新聞で文章を書くことも増えた。また、日本テレビ系列のニュース番組今日の出来事でコメンテーターとして幾度か出演していた。 自身のホームページで、埼玉県立所沢高等学校の生徒達の左傾化について批判している。また、自身のブログにあるように終戦以前の軍部の政治を否定しているが、同時に日本共産党へも、“ブログのですます調(しんぶん赤旗がそうである。)をやめる”という表現で皮肉っている。

その他にも様々な分野で権威にとらわれない評論活動を展開しており、週刊誌に書いた医学界への批判記事が原因で、東北大学医学部非常勤講師を事実上解雇されたこともある。相続税は100%にすべしという共産主義者と同じ主張もしている(日本の論点2006)。

評論家の勝谷誠彦と灘で同期(討論番組での共演もある)。元理研研究員でオホーツク海病院院長の岡本卓は東京大学医学部の同期であった。

女性の非婚問題について関心が高く、「35歳からの玉の輿道」、「勝ち組女の成功術」、「負け組女の逆転勝利術」と3冊の著書を出している。フェミニズム的な思想ではなく、女性が男性に依存することを良しとし、性別役割を肯定する立場をとっている。

その他

2007年12月8日、第5回モナコ国際映画祭で初監督作品である長編映画『受験のシンデレラ』が、最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀男優賞、最優秀脚本賞の4部門を受賞した。

受験関連の著書

  • 「試験に強い子がひきつる本 ― 偏差値 40 でも東大に入れる驚異の和田式受験法 88」 (潮流出版, 1986年)(現在は「わが子を東大に導く勉強法」に改題)
  • 「受験は要領」(ごま書房
  • 「新・受験は要領」(KKロングセラーズ
  • 「新・受験技法 東大合格の極意」(新評論ISBN 4794806337
  • 「新・受験勉強入門 勉強法マニュアル」(ブックマン社
  • 「新・受験勉強入門 参考書ファイル」(ブックマン社)
  • 「新・受験勉強入門 合格ガイダンス」(ブックマン社)
  • 「新・受験勉強入門 センター試験突破マニュアル」(ブックマン社)
  • 「数学は暗記だ」(ごま書房)
  • 「早慶完全合格術」(KKロングセラーズ)
  • 「医者を目指す君たちへ」(PHP研究所)
  • 「和田秀樹+柴田孝之の東京大学受験作法」(ダイヤモンド社)
  • 「勝ち抜く力をつける勉強法 子どもを路頭に迷わせないために」(三修社)ISBN 4-384-03757-0

その他の著書

  • 「大人の勉強法」
  • 「痛快!心理学」ISBN 4797670223
  • 「痛快!超勉強学」 ISBN 4797670614
  • 「会社にいながら年収3000万を実現する」
  • 「ビンボー脱出のルール 年収300万円から3000万円にする知恵」
  • 「35歳からの玉の輿道」
  • 「勝ち組女の成功術」
  • 「負け組女の逆転勝利術」
  • 「75歳現役社会論」(NHKブックス)
  • 「多重人格」
  • 「大人のためのスキマ時間勉強法」(PHP文庫)
  • 「ニート脱出-不安なままでもまずやれる事とは-」
  • 「私の愛国教育論」 (PHP研究所)
  • 「バカとは何か」 (幻冬舎新書)
  • 「慶應MCC夕学セレクション 和田 秀樹 「生涯学習のススメ」」(日本音声保存)

主な同級生

放送への出演

  • 朝日放送ラジオ『東西南北龍介が行く!!』(準レギュラー)

外部リンク

脚注

  1. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』p.54(祥伝社2006年
  2. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』pp.125-126(祥伝社、2006年)
  3. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』p.75(祥伝社2006年
  4. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』pp.126-127(祥伝社、2006年)
  5. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』pp.129(祥伝社、2006年)
  6. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』pp.158(祥伝社、2006年)
  7. ^ 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』p.77(祥伝社、2006年)
  8. ^ a b 和田寿栄子『子供を東大に入れる母親のちょっとした「習慣術」』p.78(祥伝社、2006年)
  9. ^ a b c 秋元康ナビゲート「夢中力」2007年6月7日「進学から銀幕まで感動伝え 映画 精神科医 和田秀樹さん」
  10. ^ 時事通信2009.4.6法務省人事