有田芳生
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ありた よしふ
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| 生年月日 | 1952年2月20日(61歳) |
| 出生地 | 京都府京都市右京区 |
| 出身校 | 立命館大学経済学部 |
| 前職 | 出版社編集者 |
| 現職 | ジャーナリスト |
| 所属政党 | (日本共産党→) (新党日本→) 民主党 |
| 公式サイト | 参議院議員/有田芳生 |
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| 選挙区 | 比例代表区 |
| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2010年 - 現職 |
| 所属委員会 | 行政監視委員会 政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会 法務委員会 北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 |
| 議員会館 | 参・議員会館416号室 |
| 文学 |
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| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
有田 芳生(ありた よしふ、1952年(昭和27年)2月20日 - )[1]は、日本のジャーナリスト、テレビコメンテーター、参議院議員。父は、政治運動家・労働運動家の有田光雄。
目次 |
来歴 [編集]
生い立ち [編集]
京都府北桑田郡周山町(現京都市右京区)に生まれる[2]。名前は、日本共産党の熱心な活動家だった両親により、ヨシフ・スターリンのファーストネームにちなんで名付けられたもの。
京都府立乙訓高校を経て[3]、立命館大学経済学部を1977年(昭和52年)に卒業する[4]。1977年(昭和52年)から1984年(昭和59年)まで出版社に勤務する。
ジャーナリスト、テレビコメンテーターとして [編集]
1986年(昭和61年)にフリーランスのジャーナリストとして『朝日ジャーナル』の霊感商法批判キャンペーンに参加する。同誌休刊後は『週刊文春』でも統一教会報道に携わる[1]。
日本共産党員であったが、1990年(平成2年)に出版された『日本共産党への手紙』(教育史料出版会)の編集を手掛けたことが党規律違反に問われ除籍処分を受ける。
1990年代後半には、オウム真理教に詳しいジャーナリストとして、しばしばTVの報道番組に出演し、日本テレビ系列の『ザ・ワイド』ではレギュラーのコメンテーターを務めていた。しかし、有田は事件発生以前からオウムを取材していたわけではなく、一緒に酒を飲むほど親しくしていた江川紹子にオウムの話ばかりを聞かされ、詳しくなった。1995年3月22日のオウム施設への強制捜査以降は、平均睡眠時間が3-4時間になった[5]。
2002年(平成14年)と2009年(平成21年)には、勝谷誠彦・加藤哲郎・重村智計・高世仁・日垣隆・湯川れい子とともに「意見広告7人の会」を結成し、北朝鮮による日本人拉致問題解決を求める意見広告を世界各国の新聞に掲載する運動を行う[6]。
政治家として [編集]
2007年(平成19年)、新党日本副代表に就任し、同年の第21回参議院議員通常選挙に比例区から立候補したが落選した[7]。
2009年(平成21年)、新党日本公認で、第45回衆議院議員総選挙に東京都第11区(比例区重複)から立候補したが、新党日本は比例区で議席を獲得できず、東京都第11区では落選した[8]。
その後民主党に移籍し[9]、2010年(平成22年)の第22回参議院議員通常選挙に比例区から立候補し、初当選した[10]。
取材・執筆活動 [編集]
統一教会、オウム真理教問題 [編集]
1993年(平成5年)からオウム真理教の取材を始め、1995年(平成7年)にはオウムウォッチャーとしてテレビに出演し有名となった。 レギュラーコメンテーターを務めていた『ザ・ワイド』では、 統一教会の合同結婚式騒動およびオウム真理教による地下鉄サリン事件の際のコメンテーターとして出演していた。
統一教会信徒の拉致監禁問題では山崎浩子の失踪から統一教会脱会騒動に有田芳生が関わっていた。後日出版された山崎浩子の本にはこの脱会騒動を「拉致・監禁」と書いている。有田芳生自身の書籍『脱会』にも山崎浩子の脱会騒動に「拉致はなかった」と否定しているが本人が拉致監禁に関わったともとれる内容が書かれている。そのため改宗拉致の証拠になる本として一時、統一教会系の書店でもこの本が売られていた。また有田芳生は統一教会の批判記事を書くために拉致監禁され当時偽装脱会で軟禁中だったとされる豊島区の統一協会系病院の医師、小出浩久に文春の記者とともにインタビューした。そこから得た情報は後日週刊文春に掲載された。この時、有田芳生は「一年間も閉じこめられていて、よく耐えられましたね」と小出が監禁状態であった事を事前に知っていた発言をしたと小出は証言している。これに対して有田芳生は小出に会ってインタビューした事は認めているが、監禁されているようには見えなかったと弁明している。他にも月刊タイムズの座談会記事でも有田芳生は改宗拉致について「一部では確かに行き過ぎもありました。」と拉致監禁に関わったことを認める発言をしている。
朝日新聞阪神支局襲撃事件 [編集]
朝日新聞阪神支局襲撃事件から10年を経た1997年に「週刊文春」(1997年5月15日号)で「赤報隊と統一教会を結ぶ点と線」という記事を執筆し、捜査で明らかになっている事を報道した。「赤報隊」事件はずっと取材対象でもあった、と述べている[11]。
神戸連続児童殺傷事件 [編集]
神戸連続児童殺傷事件の際に、『ザ・ワイド』で有田は「犯人はメガデスというデスメタルバンドの音楽・歌詞の影響を受けた人物だ」と報道した。しかし、メガデスはデスメタルバンドではなく、また犯人もメガデスを聴いた事実はなかったため、ハードロック・ヘヴィメタル論壇雑誌『BURRN!』およびBURRN!別冊の雑誌『炎』(ほのお)誌上で非難された[12][13]。 この殺傷事件や有田の発言に関し、1998年の日本公演時のインタビューでマーティ・フリードマンは「悲しい事件だ」と語ると同時に「俺達のファンがそんな事(殺人事件)はしないと信じている」とコメント。バンドの中心人物であるデイヴ・ムステインはこの事件に関して子供が殺傷事件を起こしたのは親の教育に責任があるとし、歌詞に関する表現の自由の重要性を訴えると同時に有田の無責任とも取れる発言や少年による事件を音楽のせいにしたがるマスメディアの風潮に苦言を呈している[14]。
芸能など [編集]
都はるみとは『歌屋都はるみ』(1994年刊行)の取材および執筆を機に親しくなった。 テレサ・テンとは亡くなる半年前に会い、伝記執筆を申し入れた[15]。2005年(平成17年)に出版した『私の家は山の向こう - テレサ・テン十年目の真実』は、2007年(平成19年)にテレビドラマ化された。
2012年1月から2月にかけて表面化したお笑いコンビ、オセロの中島知子に対する自称占い師による洗脳騒動では、カルトに詳しい専門家としてワイドショーやニュースに出演した。また、その占い師による被害を受けた人物などから相談を受けた経験があることも明らかにした。
政治・選挙活動 [編集]
- 「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」および「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の改正には、「表現の自由を守ることと、子どもたちの人権を守ることは相反するものではありません。私は表現への弾圧や公権力の不当な権限拡大が起きない社会を創造するために主張し、行動します」と述べ、慎重な立場であった。しかし2010年3月8日国会予算委員会で足利連続幼女殺人事件に言及したあたりから児童ポルノ法反対の指針はHPから消されている[16]。
- 「通訳案内士法」の改正には、「国家資格を持つ通訳案内士をないがしろにせんとする国交省の動向はおかしい」と述べ、強く反対している[16]。
- 永住外国人への地方参政権付与に賛成しており、在日本大韓民国民団による参政権要求決起集会に参加している[17]。
- 表現および言論の自由を守るとの立場から、映画「ザ・コーヴ」の上映を支持する運動を行っている[18]。
- 『やまと新聞社』によると、有田は第22回参議院議員通常選挙中の2010年6月25日、自らキャッチコピーの入ったのぼりを持ち、スタッフにも「とことん現場主義」というコピーをプリントしたポロシャツを着用させて選挙運動を行っていた。やまと新聞社の記者が有田の演説終了を待って公職選挙法に抵触しないかを確認したが明確な返答は得られなかった[19]。東京都選挙管理委員会は「公職選挙法第146条によりスタッフが同色のシャツを着ることだけでも違反になります。選挙期間中に候補者の氏名を連想させるものは全て禁止されています。シャツに名前やキャッチフレーズなどは認められるはずがありません」としている[19]。
- 2011年(平成23年)5月18日、参議院本会議において、参議院憲法審査会規則の採決を棄権する。棄権の理由は、「内面の理由から判断した。」参議院民主党執行部は、口頭で注意。
- 2013年(平成25年)3月14日、主に新大久保で行なわれている反韓デモを中心として、デモを行う一団が政治主張だけではなく「朝鮮人を虐殺しろ」や「朝鮮人の女はレイプしろ」といった、テロ行為や犯罪行為を扇動するシュプレッヒコールを行っている事に危険性を感じ、また、観光客に罵声を浴びせたりする営業妨害的行動が、新大久保の商店街に深刻な経済的損失を負わせているとして、参議院会館開催の「排外・人種侮蔑デモに抗議する国会集会」を呼びけ、新大久保「反韓」デモの不許可を都公安委に要請した[20]。[3][4][5]。この有田の行動に賛同する6000人近くの署名が集まった一方で、有田自身は「ネットウヨク」と呼称される匿名の排外主義者集団から殺害を予告される等の脅迫を受けるようになったと述べている[6]。また、「人の尊厳を傷つけ続ける輩に罵声が浴びせられるのは当然のこと。自らも痛みを感じるべきだ。」などと述べた[21]。尚、有田はこの問題が諸外国でも取り上げられているとしている[22]が、そこで引用されているウォールストリートジャーナル 日本版 の記事では「デモ参加者はテンションはあがっているものの、数件のちょっとした小競り合いを除けば暴力は報告されていない。」「日本での過剰な人種差別を呼びかけるデモの規模は小さく、暴力行為がないということも確かだ。」と明記されている[23]。
- 「高校無償化」制度の朝鮮学校への即時適用と補助金復活を求める院内集会)(2013/4/25)に出席した[24]
- 2013年4月24日、同僚議員の徳永エリが参議院予算委員会において、「(麻生氏らの靖国神社参拝により)拉致被害者の家族が落胆している」と発言、与党から情報源を問われても説明ができず、安倍総理からは「捏造ではないか」と問われた問題で、同月26日のツイートで「一国の首相がこんな断言をすることは異様だ。拉致問題の対応について被害者ご家族のなかには、安倍政権に強く期待する方もいれば、不満を口にする方がいるのも事実である。」などと擁護した。[25]
- 2013年5月9日、参議院法務委員会において「ヘイトスピーチ」を主題として質疑に立った[26]。
著書 [編集]
- 『現代公明党論』白石書店 1985年
- 『保守の冒険』白石書店 1987年
- 『霊感商法の見分け方』晩聲社 1988年 ISBN 4891881712
- 『三洋電機はんパートのおばちゃんでえらいすんまへん』清風堂書店出版部 1989年 ISBN 4915339459
- 『原理運動と若者たち』教育史料出版会 1990年 ISBN 4876521948
- 『「幸福の科学」を科学する - 大川隆法の宗教?』天山出版 1991年 ISBN 4803329060
- 『統一教会とは何か 追いこまれた原理運動』教育史料出版会 1992年 ISBN 4876522332
- 『歌屋 都はるみ』講談社 1994年 ISBN 4062061570
- 『有田芳生の対決!オウム真理教』朝日新聞社 1995年 ISBN 4022730587
- 『追いつめるオウム真理教』ベストセラーズ 1995年 ISBN 4584182205
- 『私の取材ノート』同時代社 1995年 ISBN 4886833357
- 『「神の国」の崩壊 - 統一教会報道全記録』教育史料出版会 1997年 ISBN 4876523177
- 『歌屋 都はるみ』(文春文庫)文藝春秋 1997年 ISBN 416743802X
- 『闇の男上祐史浩 - 終らないオウム真理教』同時代社 1999年 ISBN 488683423X
- 『「コメント力」を鍛える』(生活人新書) 日本放送出版協会 2002年 ISBN 4140880473
- 『私の家は山の向こう - テレサ・テン十年目の真実』文藝春秋 2005年 ISBN 4163668403
- 『酔醒漫録〈1〉2000.6‐2001.6』にんげん出版 2005年 ISBN 4931344062
- 『酔醒漫録〈2〉2001.7‐2002.6』にんげん出版 2005年 ISBN 4931344070
- 『酔醒漫録〈3〉2002.7‐2003.6』にんげん出版 2007年 ISBN 4931344178
- 『酔醒漫録〈4〉2003.7‐2004.6』にんげん出版 2007年 ISBN 4931344186
- 『私の家は山の向こう - テレサ・テン十年目の真実 』(文春文庫)文藝春秋 2007年 ISBN 4167438038
- 『メディアに心を蝕まれる子どもたち』(角川SSC新書)角川SSコミュニケーションズ 2008年 ISBN 4827550328
- 『闘争記』教育史料出版会 2010年 ISBN 4876525072
共著または共編 [編集]
- 『天皇をどう教えるか』(渡辺賢二との共著)教育史料出版会 1988年 ISBN 4876521328
- 『日本共産党への手紙』(松岡英夫との共編)教育史料出版会 1990年 ISBN 4876521867
- 『桜田淳子と統一教会のウソ』(江川紹子との共著)アイペックプレス 1992年 ISBN 4870472368
- 『脱会 - 山崎浩子飯星景子報道全記録』(『週刊文春』取材班との共著)教育史料出版会 1993年 ISBN 4876522499
- 『「あの子」がオウムに! - 子供は「真面目で優秀」が安心か』(『女性自身』取材班との共著)光文社 1995年 ISBN 4334971075
脚注 [編集]
- ^ a b 有田芳生の酔醒漫録「主要著書」
- ^ 有田芳生の酔醒漫録「随風録・無音の想い出」
- ^ 有田芳生の『酔醒漫録』2010年3月10日付け
- ^ 民主党:議員プロフィール 詳細 Who's Who
- ^ 『宝島30』(宝島社)1995年7月号
- ^ 意見広告7人の会
- ^ asahi.com: 2007参議院選挙 比例区開票結果・新党日本
- ^ asahi.com(朝日新聞社):東京11区 - 小選挙区開票結果 - 2009総選挙
- ^ 有田芳生の『酔醒漫録』2009年11月19日付け
- ^ asahi.com(朝日新聞社):民主党 - 政党別開票結果 - 2010参院選
- ^ 有田芳生の『酔醒漫録』2009年1月30日付け
- ^ 山崎智之「特別研究 HMと反対運動の歴史 +特選・札付きお騒がせ盤」、『炎』、シンコーミュージック、1997年10月、 pp. 108-119。
- ^ 酒井康「驢鳴犬吠 第22回」、『炎』、シンコーミュージック、1997年11月、 pp. 160。
- ^ Player(プレイヤー・コーポレーション)1999年2月号 48P
- ^ 有田芳生の酔醒漫録「テレサ・テンさんのこと」
- ^ a b 民主党参議院比例区第61総支部長/有田芳生
- ^ 永住外国人に地方参政権を求め集会 在日本大韓民国民団東京本部
- ^ 映画『ザ・コーヴ』上映とシンポジウム」ネット中継のお知らせ 篠田博之
- ^ a b 有田芳生「は?やまと新聞か、そんなもん新聞じゃねーよ」「おい。ちょっとこい」
- ^ J-CASTニュース (2013年3月27日). “有田芳生参院議員ら、新大久保「反韓」デモの不許可を都公安委に要請”
- ^ [1]
- ^ 在日コリアン差別のヘイトスピーチが日本で台頭」が「ウォールストリートジャーナル」に掲載されました。
- ^ 在日コリアン差別のヘイトスピーチが日本で台頭ウォールストリートジャーナル 日本版 2013年5月16日
- ^ 『朝鮮学校差別問題で院内集会/国会議員など日本人士も参加、180余人 〝許さない!子どもたちへの差別〟』(朝鮮新報)
- ^ [2]
- ^ 参議院インターネット審議中継
外部リンク [編集]
- 有田芳生の酔醒漫録 (公式サイト)
- 有田芳生の『酔醒漫録』 (公式ブログ)
- 有田芳生の「情報の裏を読む」 (公式ブログ)
- 有田芳生 (aritayoshifu) - Twitter
- 民主党:議員プロフィール 詳細 Who's Who
- 民主党:参院選2010 有田 芳生
- 有田芳生(民主党)-e国政
- 意見広告7人の会
- [7]
- [8]
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