加藤浩次

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加藤 浩次
本名 加藤 浩二(読み同じ)
ニックネーム コージ、カトさん、狂犬、カチさん
生年月日 1969年4月26日(45歳)
出身地 北海道小樽市
血液型 O型
身長 176.8cm
方言 共通語
最終学歴 北海道小樽潮陵高等学校
出身 劇団東京ヴォードヴィルショー
コンビ名 極楽とんぼ
相方 山本圭一
事務所 吉本興業
活動時期 1989年 -
同期 FUJIWARA
千原兄弟
名倉潤
なだぎ武など
現在の代表番組 めちゃ2イケてるッ!
スッキリ!!
がっちりマンデー!!
スーパーサッカー など
過去の代表番組 金のA様×銀のA様
悪魔の契約にサイン
他の活動 俳優
配偶者 緒沢凛
親族 娘2人、息子1人

加藤 浩次(かとう こうじ、1969年4月26日 - )は、日本お笑いタレント俳優司会者ニュースキャスター。本名、加藤 浩二(読み同じ)。

北海道小樽市出身[1][2]札幌市生まれ[3])。吉本興業東京本社(東京吉本)所属。公称では、身長176.8cm、体重86kg。

お笑いコンビ極楽とんぼ」にて、山本圭一を相方に、ツッコミ役とネタ作りを担当していた。お笑いに留まらず、俳優業や情報番組サッカー番組の司会者など幅広く活躍する。また、「極楽とんぼ」の解散については加藤自身が否定しており、極楽とんぼの加藤浩次と名乗ることが多い[4]。妻は元モデル・女優の緒沢凛。1男2女あり。愛称は「コージ」「カトさん」「狂犬」「浩次君(おぎやはぎ矢作兼から)」「カチさん(ココリコ遠藤章造から)」など。

人物[編集]

趣味はサッカー観戦(国内外を問わず好きだが、特に欧州サッカーに関心を持つ)、映画鑑賞、ゲーム、フットサル(後述の骨折により事実上引退宣言をしている)、そば打ち。好きな食べ物は豆腐、嫌いな食べ物は納豆。高所恐怖症、気管支喘息持ち、かなづちであり、ゴキブリが大の苦手である。マンゴーアレルギー持ち[5]

正義感が強く短気な性格で、明石家さんまなどと同様に「現場は戦場だ!」という意識を持っており、男女問わず仕事上で泣かれる事を極端に嫌うなど、すぐ泣く人間に対してはかなり厳しい姿勢を見せるがめちゃイケなどで自身の弱点(上記)を使われた時には泣いてしまったこともある。仕事の時間が空くと妻にしょっちゅう会っていることを番組内で告白している。

私生活では後輩芸人も含めて芸能人と行動をともにすることはなく、上京してきている北海道時代からの友人と遊んでいることをたびたび語っている。例外は若手時代からの友人であるテレビディレクター・マッコイ斎藤と、一般人時代からの友人であるおぎやはぎ矢作兼の2人。この2人とは家族ぐるみの付き合いで、年末年始に家族総出で海外旅行に行くこともある。また、よゐこ有野晋哉とも独身時代からの付き合いで、有野が結婚してからは家族ぐるみの付き合いがある。

相方の山本とは対照的に愛煙家である。禁煙には悉く失敗している。また、シガーバーにもスタッフや矢作などとよく通っている。たまに妻がグレてタバコを吸っていたエピソードをラジオで紹介している。

サッカー好きのイメージが強いためか、ゲーム好きであることはあまり知られていない。現在の妻とは、加藤の妻が出演していたゲームを加藤がプレーしたことをきっかけに、加藤が番組に呼んだことから交友が深まり、その後結婚に至っていることから、有野晋哉(有野は妻と共にゲーム好きであることを理由に結婚に至った。詳しくは有野の項目を参照)と同じく、ゲームをきっかけに縁結びに成功した人物といえる。独身時代から、後述するオフィス加藤のメンバーや、有野などとよくゲームをしている。一方、有野が出演する『ゲームセンターCX』のDVD販売で有野に多額の印税が入ってきている件に関しては、「朝の番組を毎日担当してるにも関わらず、有野の方が収入が多い」と苦言を呈している。また、加藤は自身の経験から、長男をスポーツ少年に育てたかったようだが、加藤の長男が有野がゲームする姿を見て、「ゲームだけして生活したい」と発言(有野曰く「普通の男の子」)するなど、加藤は有野に多額の印税が入っている件も含めて、好ましく思っていないようである。

映画にも造詣が深く、一時期「ここラクビデオ」というココリコ田中直樹とともに映画を紹介するコーナーを持っていた。アニメも好きで、小学生の頃はアニメ雑誌『アニメージュ』を購読しており、自分でセル画を描いていた時期もあるが、周囲からは意外だと言われている[6]

経歴[編集]

札幌市白石区(現・厚別区大谷地生まれ[7][8]。母親が石坂浩二のファンであったことから浩二と名付けられる。小学2年生のときに札幌の西隣の小樽市に転出する[7]。小学校時代には児童会長を務めた。

市内で一番の進学校である小樽潮陵高校卒業後は、大手トラック輸送業者の札幌支店に就職。事務職を務めるも入社初年度の12月末を以って辞職し、翌年上京する。

大道具などのアルバイトを経て、俳優の佐藤B作率いる「劇団東京ヴォードヴィルショー」養成所「闘魂塾」へ第4期生として入団。そこで山本圭壱と出会い[7]、「極楽とんぼ」を結成、1989年8月に吉本興業入り。コンビとしての活動の経緯は極楽とんぼを参照。

2000年TBS『オヤジぃ。』で連続ドラマに初出演。実はそれ以前に『GTO』のドラマ化に際し警官役での出演オファーを受けたことがあったが、よゐこ有野晋哉の「漫画原作のドラマはヒットしない」というアドバイスを受けあっさり断っている。この警官役は藤木直人が演じることとなったが、予想に反し『GTO』は大ヒットしたため加藤は非常に悔やんだという。その後も『人にやさしくフジテレビ・2002年)』、『ブラックジャックによろしく(TBS・2003年)』、『汚れた舌(TBS・2005年)』、『クロサギ(TBS・2006年)』等のテレビドラマに出演、その演技力は「緒形拳をうならせた」と『ザテレビジョン』で紹介された。

2001年7月7日できちゃった結婚(本人曰く、「やっちまった婚」[9]。テレビゲーム『鈴木爆発』に出演していた緒沢凛に加藤が一目惚れ、共演を熱望して自身がMCを務める映画番組『シネマ中毒』に緒沢をゲストに呼んだ事が出逢いのきっかけである。しかし、番組内でその関係を暴露されたことがある[10]

2002年2月10日に長女が誕生。「狂犬」とまで呼ばれた加藤の性格が「チワワ」になってしまう程、子供を溺愛している。なお、緒沢の妊娠発覚から長女誕生までの顛末は3月から4月にかけての『めちゃ2イケてるッ!』にて、「結婚と出産のあいだ」なる連続ドキュメンタリー企画として放送された(詳細は当該項目参照)。

2004年9月21日に長男が誕生、相方の山本は3日経ってやっと知らされたらしくショックを受けた。

2005年夏、ジンギスカン鍋の専門店「成吉思汗 ふじや」を中目黒にオープンした。後に経営からは身を引いている。

2006年3月放送の『めちゃ2イケてるッ!』では子煩悩ぶりを自認し、かつて自身が売りにしていた「狂犬キャラ」はもう出来ない事を告白し、事実上封印していたが、2007年7月放送の『めちゃ2イケてるッ!』400回記念企画にて、番組内のラストで一夜限りではあるが久々に復活した。

2006年4月、日本テレビ『スッキリ!!』の司会に抜擢される。

2006年7月、不祥事による山本の芸能活動休止(所属事務所との契約解除)およびコンビ解散が発表された(ただし、コンビ解散は吉本興業側から発表されたもので、加藤は「解散は自分と山本が決めること」と解散を否定している)。吉本興業が山本の契約解除翌日には『スッキリ!!』において、加藤が泣きながら経緯を説明した。この映像がYouTubeに投稿され、同サイトにおいて人気ランキング1位となった。その後すぐに日本テレビが同サイトに削除依頼を行い、映像が削除された。ちなみに、『めちゃ2イケてるッ!』でもYouTubeでの騒動が取り上げられており、本人もこの経緯を知っている。皮肉にも、加藤が涙ながらに相方の不祥事を謝罪したこの日の放送で、当時の番組最高視聴率を記録した(後に破られている)。

2006年11月17日に次女が誕生。2時間の安産だった。出産直前まで担当医師から男児と聞かされていたようで、家族ともども拍子抜けしたと語った。

2010年11月28日、プライベートでのフットサル中に右足首を脱臼骨折[2]。芸能活動を休止していたが、12月6日の『スッキリ』で松葉杖を使用しながら復帰した。しかし後にインフルエンザと診断され再び休養。その後、12月13日に再復帰した。

2014年4月29日配信の『めちゃ×2ユルんでるッ!』の中で新たな相方を決めるオーディションを行ったが保留のまま先送りになった[11]

エピソード[編集]

サッカー[編集]

小学校3年から高校3年までサッカー部に所属。一度もレギュラーから外れたことがなく、中学2年生時には20名からなる北海道選抜に小樽市から唯一人選出された程の実力であったが[12]、足の怪我によりサッカーを断念する。本人によると、アキレス腱の断裂が加藤の選手生命を奪うことになり、その際には周りにはっきりと聞こえるくらいの音がしたという。

1998年のFIFAワールドカップのフランス大会のアルゼンチン戦にて、「ナインティナイン矢部浩之が出ていた」とラジオ番組で発言した。これは『ぐるぐるナインティナイン』の企画で矢部が相方である岡村隆史とともにフランスに来ており、試合開始の数時間前にスタジアムの目の前で行われた最後の勝負に勝った矢部だけが試合を観戦し、岡村は日本に強制送還されたという経緯があった。この企画は後日放送されたため、加藤は先に結果を言ったことになった。

2001年10月からTBS『スーパーサッカー』のメインMCに抜擢される。この番組のフットサルチームである「コモエスタ赤坂」にも加入している。TBSのJリーグ中継では放送席にゲストを呼んでトークを展開しており、この様子は副音声で聞くことができる。

2002年6月 にTBSのワールドカップ中継のキャスター、2004年6月にはポルトガルで開催されたUEFA欧州選手権中継のためにサッカー解説者の高木琢也とともに現地で精力的に取材をする等、スポーツキャスターとして着実に経験を積んでいる。

2014年には「FIFAワールドカップ ブラジル大会」のTBS系列のキャスターを村上信五とともに務める[13]

サッカー好きであると同時にゲーム好きでもあり、サッカーゲーム『ウイニングイレブン』シリーズのファンである。

芸人のプロデュース、アドバイス[編集]

芸に対しては他人にも自分にも非常に厳しいが、後輩思いであり、前身番組『とぶくすり』時代からの『めちゃイケ』メンバーをはじめココリコロンドンブーツ1号2号おぎやはぎ(違う事務所だが1990年初期から親交がある)など、オフィス加藤のメンバー以外にも、相方の山本を募る芸人に対しても加藤の助言を参考にブレイクした芸人は多い。その代表的な例には以下のようなものがある。

  • ココリコに対し、旧コンビ名「ココリコボンバーズ」から現在のコンビ名への改名を促した。
  • ロンドンブーツ1号2号の田村亮に「髪を切って金髪にしろ」、田村淳には「若者代表みたいなカンジで売っていけ、だから刺青もいれろ」(実際には田村淳は刺青を入れていない)と助言した。
  • 銀座7丁目劇場の舞台に出演していた当時、胸毛にコンプレックスを持っていたため客前で裸になることに抵抗があったペナルティワッキーに「それ面白えじゃん、見せろよ」とアドバイスし、ブレイクのきっかけとなった。
  • インパクトの石原健次に「お前は作家向きだ」と話し、石原はその後作家となった。
  • おぎやはぎにコンビ両名とも眼鏡をかける「ダブルメガネ」を薦め(当時眼鏡をかけていたのは小木博明だけだった)、矢作兼もメガネをかけるようになった。
  • 単独ライブで他に出演者を起用する場合、同じ事務所に所属している芸人を選ぶのが通例であるが、90年代後半から極楽とんぼの単独ライブではブレイク前のおぎやはぎを抜擢していた。矢作は加藤について「師匠みたいなもん」と語っている[14]
  • かつて中途半端なデブであった相方の山本に「もっと太れ」と助言したのも加藤である(しかし、自分がモテたいからそう言ったという説もあり、これは山本の母など複数の人物が証言している)。
  • 山本の女癖(山本曰く、23歳以下の女性を好んでおり、それ以上の年齢の女性には「ババア」呼ばわりするなど全く興味を持たなかった)には加藤は度々苦言を呈しており、山本に対して「同年代との女性と付き合った方がいい」とラジオでアドバイスするなどしたが、山本は反論し、加藤のアドバイスを全く聞かなかった。結果として山本は17歳の少女と淫行騒動を起こし、事務所から解雇されてしまった。
  • テレビ東京ぶちぬき』共演時よりくまだまさしを大変気に入っており、ラジオ番組の中で「くまだまさしに引っかかった(目を留めた)のは世の中で自分が初めて。なんとかしてやりたい」と語った[15]。その後、まだ一般的に知名度の低かったくまだを『スキバラ』で準レギュラーとして起用している。
  • 2005年にはココリコの遠藤章造に髭を剃るよう忠告した。
  • 2005年3月、よゐこ有野晋哉の結婚式での媒酌人を妻と共に担当し、地味で目立たない有野の晴れ舞台を後押しした。その後2013年4月にもナインティナイン矢部浩之青木裕子の媒酌人も務めた。
  • また山崎邦正(後に月亭方正に改名)を「ザキさん」という愛称で呼んだのは加藤が最初とされる(だが、後に方正とは絶交状態であるとケンドーコバヤシが暴露した。加藤は、2人は仲が良いが、酒を飲むと意味もなく喧嘩してしまうと釈明していた[16])。
  • 2011年2月、南海キャンディーズ山里亮太が自身のラジオ番組において品川祐を嫌いな芸人と告白したことで、品川がTwitterのアカウントを削除するなどの騒ぎになった折、『スッキリ!!』の楽屋で会った山里に対して「(品川に)会って殴られてこい」と忠告した。一方、品川には電話で「どんだけキレてもいいけど、絶対に手だけは出すなよ」と伝えており、騒動の火消しに一役買っていた。
  • 2013年1月4日夜に放送された『加藤浩次の金曜Wanted!』で「山本さんがいなくなってからもう6年半」とし、そろそろ許してやってほしい、との気持ちもあるという趣旨の発言がされ、元「極楽とんぼ」山本の復帰を呼び掛けた。その後も加藤は数回、山本の復帰を熱望する発言をしている。[17]山本は前述通り2006年7月、17歳の少女と淫行騒動を起こして所属事務所を解雇されている。

山本圭一の活動休止[編集]

  • 山本の契約解除翌日の『スッキリ!!』冒頭において、加藤は「相方の加藤としても深くお詫び申し上げます」と涙ながらに謝罪し、「物凄く腹が立つし、気持ちの整理ができない」と山本に対する怒りを現した。
  • その後、ほとんどの番組では山本に関する話題はタブー視されているが、『めちゃ2イケてるッ!』では不祥事の直後から実名こそ出さないものの、頻繁に山本の話題を上げて放送している。それに対し、加藤は様々なリアクションを見せる(『めちゃ2イケてるッ!』や山本圭一の項も参照のこと)。
    • ラジオ番組では加藤自らがフリートークで山本の話題を出すことがあり、その際の呼称は「山本」や「あの野郎」。
    • Shibuya Deep A』ではケンドーコバヤシの「加藤さんの周りに、KYな人はいますか?」の問いに「以前、私の隣にいたデブが(イニシャルが)KYでしたね〜」と、自らネタにして爆笑を誘った。
    • メントレG』に『めちゃイケ』メンバーとしてゲスト出演した際、「10年前のメンバーのネタを見る」としてVTRが流されたが、当然極楽とんぼは流されなかった。国分太一に「あれ、加藤さんのは…?」と聞かれ、岡村隆史に「それは聞かん方がええんちゃう!?」とフォローされた。
    • 同番組で「デビューのきっかけ」を聞かれ、加藤に振られると有野晋哉に「加藤さん、気づいたら芸能界にいたってことで…」とフォローされた。それに対して加藤は「北海道小樽に住んでた高校生が気付いたら東京の芸能界にいたっておかしいだろ!!」と返した。
    • 1年後、『めちゃイケ』内のCMのパロディをするコーナーで、小島あやめに「抜け抜け、抜けたメンバーの元の相方YO!あれから1年経ったんだから、さすがに吹っ切れた?」とラップにされ、最終的に一緒に「吹っ切れた!!」と発言した。しかし小島に「本当に吹っ切れた?」と聞かれ、「吹っ切れてはいないけどさあ、そこは吹っ切れたって言っとかないと!」と本音を吐露した。
    • 加藤本人は「YouTubeにまだ泣いている動画が残っている」というネタを番組内で言っている。『めちゃイケ』内のコーナー「色取り忍者」に小栗旬が出演した際、小栗に「僕『数取団』大好きだったのに、何で無くなっちゃったんですか?」と不満げに聞かれ、「YouTube見りゃ分かるよ!!」とキレた。
  • その後もコンビ愛は強く[18]、「いつか山本ともう一度コンビを組みたい」「俺だってコンビでライブやりてぇよ」と発言している。ただし2008年末当時、加藤自身も連絡はとっていないとの事で、時折(山本と連絡を取っている)後輩芸人(ココリコの遠藤など)からの話題やゴシップ誌の記事で山本を見かけると語った[19]。自身のラジオ番組においては現在の山本の状況を「謹慎」と表現している。さらに、山本圭一の活動休止後でも主に番組にゲスト出演した時は、コンビ時代の話などになると今でも相方と呼んでいる。[20][21]

めちゃ2イケてるッ![編集]

フジテレビめちゃ2イケてるッ!』には、その前身番組『とぶくすり』『めちゃ2モテたいッ!』時代から番組に出演。メンバーの中でも特に多く私生活をさらしており、自身の母が再婚したことや結婚・出産の報告も番組で行っている。また、番組内で高級車や豪邸を購入したことも発表しているなど、一種のサクセスストーリーとして番組とともに発展している姿を公表している。

また、番組では義父の「深野さん」や妻の緒沢凛(番組内では本名から「カオリちゃん」と呼ばれる)、自分の子供達も積極的に番組に顔出し出演している。結婚当初は一家の主として「家族を守るため妻や子供を『めちゃイケ』でネタにしたくない」と守る決意を見せていたが、結局結婚発覚から出産に至るまでも『めちゃイケ』で特集されてしまったため、以後は番組でも抵抗無く出演させている。それでも「スタッフが加藤を通り越して妻や子供達に企画協力をさせる」ことや、テレビ慣れしすぎた妻や子供達のリアクションに対しては憤慨することも多い。

その他[編集]

  • 『めちゃ2イケてるッ!』の1コーナー「クイズ濱口優」で、司会の矢部口宏(矢部浩之)に自身の携帯番号を晒されてしまった。後に、携帯に60万件もの着信があり、画面に「ただいま混み合っております」と表示された事を明かした(当然ながらその後に携帯番号を変更した事も明かしている)[22]
  • カンニング竹山隆範が「カンニング竹山」と呼ばれるように、加藤も「極楽とんぼ加藤」と呼ばれることがある。ただし出演番組等でコンビ名が表記されることはなく、竹山と違って加藤自らコンビ名を積極的に名乗ることもない。『めちゃイケ』など一部を除き、極楽とんぼおよび山本に関する話題は封印される場合が多い。ただしTBSラジオ『金曜JUNK 加藤浩次の吠え魂』では、番組冒頭のあいさつで「こんばんは、極楽とんぼの加藤浩次です」ときちんと2010年4月2日の最終回まで言っていた。また、極楽とんぼゆかりの後輩芸人がゲストに来ると「山本」「お豚さま」「豚」「ブー」などの言い方で山本の話題が時に出る。他の芸人のラジオ等で加藤の話題が出る際には「極楽の加藤さん」と呼称されることも多い。
  • 加藤家は、全員のイニシャルがK・Kとなるように命名している。偶然にも、自身と夫人もK・Kである(Koji Kato、Kaori Kato(本名、旧姓もKikuchi)など)。ちなみにおみくじを一家で引いて全員凶だったことがある(凶も頭文字はK)[23]
  • 吉本興業ホームページのプロフィールによると、芸名は「加藤浩次」ではなく「極楽とんぼ・加藤浩次」とされている。そのため「極楽とんぼ」というコンビ名は依然と残されている。芸能レポーター井上公造によると、現在でもサインには「極楽とんぼ」と書いているという。「NHK大河ドラマ『平清盛』完全読本 (NIKKO MOOK)」でそのサインを確認することができる。
  • 20歳の時に駐車違反で摘発されたが、交通違反反則金の納付を無視したために道路交通法違反で警察に逮捕されて勾留されたことがある。その際「おい、2番!」といわれたことに対し、「俺、2番と呼ばれてへこんだよ…」とコメントしている[24]
  • 上記の理由で芸人らしくない姿を見せる事が多い事から、一時期「極楽とんぼの面白くない方」と揶揄されていた事を『めちゃ2イケてるッ!』内にて自らカミングアウトしていた(同時に山本が対照的に「極楽とんぼの面白い方」と呼ばれていたことも暴露している)。
  • 相方の山本との関係について「あまり喋らない。喋るのは週に1度のラジオの時だけ。」と語った事がある。ちなみに、山本は「SEXのない夫婦のような関係。」と語っていた[25]
  • テレビプロデューサーのマッコイ斎藤とは同い年で、19歳の頃から知り合いであり、親友でもある。
  • おぎやはぎ・矢作がお笑いをやろうかと考えている時に、地元の先輩が働いていた駒沢通り沿いにある中目黒のBAR「VIV」で加藤がバイトしていた。それからそのBARに通うようになると親しくなり、加藤を「浩次君」と呼ぶようになる。知り合ってからは週5回のペースで行動を共にしており、加藤が現在の妻と結婚するきっかけを作ったのも矢作である。『痛快!明石家電視台』にて加藤が「矢作とは親友です」と語るほど、先輩後輩という枠とは違った特別な関係性であり、森三中の黒沢かずこは「加藤さんと矢作さんの友情には憧れてしまう。2人には抱かれてもいいくらい」と語るほどである。芸能界デビューし加藤が先輩となった後も「浩次君」と呼び続けており、加藤曰く「名前で呼んでくる芸能人は矢作と中山秀征だけ」とのこと。また、まだ極楽とんぼが売れ始めて間もない時期に、酔っ払いにビール瓶で殴られそうになっていた矢作を加藤は間に入って庇い、矢作の代わりにビール瓶で殴られ右耳を縫う怪我を負っている(当時、右耳を負傷していたのはこのせいだったと加藤がラジオで語った)。
  • 全く泳げないかなづちであるが、理由は学校にプールがなかったことに加え、小学生当時所属していたハヤブササッカー少年団の監督から「海に入ると筋肉が緩む」という指導を忠実に守り海に行かなかったためである[26]
  • 加藤の母は競馬場で働いていたことがあり、愛想の良さから騎手に人気があった。騎手の武豊は加藤の母にタクシー代を出してもらったことがあるという[27]
  • 愛車はアルファロメオ 1300 ジュニアZ。1600ccエンジンに換装している。[28]
  • TVガイドのTVスター名鑑2007年版以降は、名前が「極楽とんぼ・加藤浩次」となっている。
  • ウルトラシリーズのファンで特に怪獣について詳しい。
    • 2009年11月5日放送分の『スッキリ!!』ではジャミラがウルトラマンのウルトラ水流で倒されたことについての問題で詳しく解説していた。
    • 同年12月5日放送の、『めちゃ²イケてるッ!』ではオーデションに参加していたゼットンダダピグモンレッドキングの雑学を披露。また初代ウルトラマンを倒した功績からゼットンのことを「ゼットン師匠」と呼び尊敬していた。また自身が演じる提灯アンコウの充電に協力したノーバの事を自身が扮している提灯アンコウが『ウルトラマンレオ』の円盤生物ハングラーに似ていたためか「ノーバ兄さん」と呼んでいる。
  • 『スッキリ!!』出演中には赤いペンを手元に置いており、必要な時には台本にメモを取っている[29]
  • ナインティナイン・岡村隆史に「加藤浩次は楽屋でAV女優フェラチオさせていた!」とラジオ生放送で暴露された。また、それからは自分でもネタとして使用するようになった。
  • 一般紙からスポーツ紙までほぼ全て目を通した状態で『スッキリ!!』の放送に臨んでいる。また、気になった記事や事件はパソコンで調べて、台本に書き込みをしている[30]
  • 2013年の年収は2億円を上回ったとされる。同年、高級住宅街に100坪7LDK推定5億円の豪邸を建設した[31]

出演[編集]

現在[編集]

過去[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

コマーシャル[編集]

著書[編集]

ココらくビデオ (宝島社) 2001年6月発行(ココリコ・田中直樹との共著) ISBN 4796622470

脚注[編集]

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  1. ^ SUPER SOCCER 出演者紹介
  2. ^ a b 北海道新聞』2010年11月29日夕刊社会面、「小樽市出身のタレント・加藤浩次さんが骨折 」
  3. ^ 道新小学生新聞
  4. ^ 加藤は山本のことを「相方」と呼んでいる。
  5. ^ 『スッキリ!!』2013年7月31日放送分より。
  6. ^ BS日本テレビ『加藤浩次の本気対談!コージ魂!!』2013年5月30日
  7. ^ a b c “子供だったころ 加藤浩次さん”. 道新小学生新聞 (北海道新聞社). (2002年). http://www5.hokkaido-np.co.jp/kyouiku/kodomo/021109katou-kouji/index.php3 2014年3月14日閲覧。 
  8. ^ 吉本興業のプロフィールには、「北海道荒川区」と記載されている。
  9. ^ 噂の眞相』2001年12月号掲載
  10. ^ めちゃ×2イケてるッ!』「クイズ$マジオネア 」2001年3月10日放送
  11. ^ “加藤浩次“新相方”オーディション 芋洗坂係長ら参加も…”. スポニチアネックス. (2014年4月29日). http://news.livedoor.com/article/detail/8786378/ 
  12. ^ “今こそ稼げ! サッカーが得意な芸能人”. リアルライブ. (2010年6月24日). http://npn.co.jp/article/detail/48386232/ 
  13. ^ “『2014FIFAワールドカップ』ブラジル大会6月12日(木)開幕!TBSの顔は加藤浩次&村上信五!!”. TBS. (2014年4月23日). http://www.tbs.co.jp/hot-jyouhou/201404231244.html 
  14. ^ おさむショー対談〜矢作兼
  15. ^ 極楽とんぼの吠え魂』2005年6月10日放送
  16. ^ 『スッキリ!!』2007年9月28日放送
  17. ^ 2013年4月28日に生配信された「めちゃ2ユルんでるっや同年の『FNS27時間テレビ』、同年9月に配信されためちゃユル(この回は山本が可愛がっていた後輩の一人であるロンドンブーツ1号2号の田村淳がゲストであった。)で復帰を呼びかけている。
  18. ^ 『めちゃイケ』で台湾でのお笑い勝負のときに相方の山本がトップバッターで登場した際に、その勇姿に感極まって涙した事もありその光景をみた矢部に「相方好き過ぎ」と言われるくらいであった。
  19. ^ JUNK座談会スペシャル2008』2008年12月25日~2009年2月28日配信
  20. ^ 笑っていいとものコーナー「テレフォンショッキング」に久々に出演した際、当時レギュラーだった時の写真が出た際は、(自分の横に山本がいたが編集で手のみが写った状態だった。)「僕の横には相方がいますね。」と発言している。
  21. ^ 自身のレギュラー番組である「めちゃイケ」では今は亡き相方と紹介されている。
  22. ^ メントレG』2006年10月6日放送
  23. ^ めちゃ2イケてるッ!』「おかもんたの朝メチャッ!」2007年4月28放送
  24. ^ めちゃ2イケてるッ!』「恋のかま騒ぎ」2005年5月14日放送
  25. ^ 極楽とんぼのテレビ不適合者 インタビュー
  26. ^ 極楽とんぼの吠え魂』2006年5月5日放送
  27. ^ 極楽とんぼの吠え魂』2003年6月27日放送
  28. ^ おぎやはぎの愛車遍歴 NO CAR, NO LIFE!』2014年1月11日放送
  29. ^ 2013年2月2日放送分の『めちゃ×2イケてるッ!』より
  30. ^ 女性自身』2014年4月15日号、50~51頁。
  31. ^ http://www.news-postseven.com/archives/20140430_254189.html 週刊ポスト 2014年5月9・16日号
  32. ^ クレバリーホーム

関連項目[編集]