ヒロミ

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ヒロミ
本名 小園 浩巳(こぞの ひろみ)
生年月日 1965年2月13日(47歳)
出身地 東京都八王子市
血液型 A型
身長 175cm
方言 共通語
最終学歴 昭和第一工業高等学校
師匠 星セント
トリオ名 B21スペシャル
相方 デビット伊東ミスターちん
芸風 コント
立ち位置 真ん中
事務所 ビィーカンパニー
活動時期 1986年 -
過去の代表番組 笑っていいとも!』、『ボキャブラ天国シリーズ』、『モグモグGOMBO』、『発掘!あるある大事典』等
他の活動 俳優自営業
配偶者 松本伊代

ヒロミ1965年2月13日 - )は、日本タレント実業家トライアスロン競技者(トライアスリート)。株式会社ビィーカンパニー代表取締役社長。本名、小園 浩巳(こぞの ひろみ)。

東京都八王子市出身。プロダクション人力舎を経てビィーカンパニーに所属(マネジメント業務は田辺エージェンシーが担当したのち、2008年からはプロダクションノータイトル)。妻は歌手でタレントの松本伊代血液型A型。身長175cm。体重68kg。

目次

[編集] 経歴

  • 1986年デビット伊東ミスターちんと共にコントグループB21スペシャルを結成し、1990年ゴールデン・アロー賞芸能新人賞を受賞。師匠は星セント
  • 1991年9月放送のバラエティ番組1or8』(フジテレビ系)にて、大量のロケット花火を背負って宇宙へ行こうという企画・「ヒロミ宇宙へ」の際、僅かに浮き上がるも火傷を負い入院(この時、付き合っていた頃の松本伊代が面倒を見ていたという報道がされたが、後に松本がTV番組で否定している)。番組も打ち切りになってしまった。その際、「地球は青かった」というコメントを残す。
  • 1993年CBCテレビ『流行笑会』共演で知り合った松本伊代と結婚。引き出物に大工である父親の作ったまな板を用意し、笑いを取るが重いと不評も受ける。
  • 1993年から2003年まで放送された『モグモグGOMBO』では林家こぶ平(現:林家正蔵)とのやりとりが、いじめの図式そのものであるとして批判を集めた。
  • 2004年7月24日 - 25日にかけてフジテレビ系で放送された『27時間テレビ』のコーナー「生・笑わず嫌い王決定戦」で、十数年ぶりにB21スペシャルとして復活。コントを披露した。
  • 2004年7月27日、星セントの葬儀に参列し、「セントさんにこの世界は厳しいからやめておけ、と言われました。今はその言葉が身に染みて分かります」と発言。
  • 芸能界に入る前は日産自動車の販売会社で1年程セールスマンを経験しており、しゃべりを駆使して営業成績はトップクラスであったという。そのころに自動車の事故で大怪我(内臓破裂)をした事から「好きなことをしよう」と、以前から思い馳せていた芸能界入りを心に決めたという。生死の境をさ迷っていた病院の集中治療室で、入室するには全身白衣、滅菌帽、手袋、マスク着用が必要であるのに、普段着でいる数人の人影を見て不思議だと思ったらしい。元気になった後で看護婦に事情を聞いたところ、上記の衣装を着ない普通の“人間”は絶対入室出来ないと言われて、自分がソッチの世界に行きかけていたので見えたのだろうと、笑っていいとも!増刊号で述べている。

[編集] 人物

  • 最終学歴は昭和第一工業高等学校(現:昭和第一学園高等学校)卒業。
  • 暴走族(八王子スペクターに所属していた)で、本人も自慢気に話す等それをよくネタにしている。カツアゲなどの話をネタにすることが多くその話は「すげーリアル」と飯島愛に評された。俳優の宇梶剛士(元ブラックエンペラー7代目総長)を前にしたとき舎弟口調で話す芸風が馴染みとなっている。
  • 先輩芸人にもタメ口や呼び捨て、愛称、ちゃん付け(ex.おじさん、ジジイ)などのデカイ口を叩く芸風が特徴。大物にも容赦ない言動で強烈なツッコミを行うスタイルで注目を集めた。しかし番組外でもその態度を変えなかったため、堺正章ら大御所の怒りを買ったと言われる。実際に、2007年11月6日に出演した「ズバリ言うわよ!」において、収録時間外に堺に対して「マチャアキさぁ」と話しかけたところ、鬼の形相で睨まれたとコメントしている。本人いわく「タモさんにはそれでよかったけど、堺さんにはダメだった」という。その堺と共演した『発掘!あるある大事典』では「性格はA型だがB型キャラを演じている」と自称。
  • 不遜な芸風からやや気難しい性格に見えるが、子役や新人タレントなどには親切である。芸能界にデビューしたてだった水野裕子は初レギュラーだった番組でお世話になったことから、恩人としている。
  • 芸能界の先輩であるとんねるず木梨憲武とは公私共に仲が良く「憲ちゃん」と呼ぶ程である。
  • 1993年には、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』でクイズパネラーではなく、ADをさせられたことがある。
  • 林家こぶ平が、九代目林家正蔵を襲名した披露パーティの席で、「こんな偉い人とは、知りませんでした。…殴ったり蹴ったりしてスミマセン」と、『タモリのスーパーボキャブラ天国』や『モグモグGOMBO』でイジメていたことネタにを冗談交じりで謝罪した。
  • ボキャブラ天国』にて、若手芸人に衣装のアドバイス(アリtoキリギリスの石井にスーツ、TIMのゴルゴに葉巻など)、キャラの弱いツッコミのネプチューン名倉を敢えて弄る、take2の両名を「二世」、妻の田中美佐子の苗字から「田中」と呼ぶ、ノンキースなどを改名させるなどをし、このことから『8時だJ』ではキャラ付けをさせるために司会者として抜擢される。また、同番組に出演中、妖怪の「子泣き爺(こなきじじい)」を「きな粉爺(きなこじじい)」と記憶違いから言い間違え、それ以降何度かネタにされた。
  • コント時代にはダンスやパントマイムなどを器用にこなしていた。
  • おっぱい星人』という言葉をタモリとともに『タモリのボキャブラ天国』『笑っていいとも』などで流行らせる。この言葉に限らず下ネタ発言をして、先の「スーパーボキャブラ天国」で山口美江に軽蔑の眼差しを送られていた時期があった。
  • 1998年3月テレビ朝日系討論バラエティ番組ビートたけしのTVタックル』・レギュラーを降板。政治を扱う傾向を強めた同番組において存在感が薄くなったためと言われる。
  • 細木数子のお気に入りのタレントの一人であり「いずれ天下を取る」と占われている。細木がメイン出演する特番にゲストとして出ることがよくある。
  • 後述のモータースポーツの他、スカイダイビングパラグライダースキューバダイビングクレー射撃などアウトドア派で多趣味なことでも知られる。元々はスポーツ好きとまで行かなかったが、火傷のリハビリで始めてからのめり込んだという。
  • クルマ好きで有名であるが、今の愛車はプリウスである。二輪は彼の「やんちゃ」時代御用達のCB750Four改である。
  • ゴルフ場でプレイ中に擦り寄ってきた野犬(犬種はビーグル)があまりに人懐っこいので、その雄犬とペアの雌犬を飼うことになった。初め雄だけでいいと思ったが、あまりに夫婦仲が好く、おまけに雌は身重であったのでお父さんだけを離すワケにはいかないだろうと仕方なく飼ったといいとものテレホンで述べている。次の日のお友達紹介で電話に出た加賀まりこが子犬が生まれたら欲しいと言うので、子犬じゃなくて親犬も2匹いると一家の丸投げを打診したが子犬だけでいいと断られている。
  • 観葉植物を愛しており、なぜと聞かれて「植物は裏切らないから」と深いコメントを言ったことがある。

[編集] 俳優活動

初めてレギュラー出演した『クリスマス・イヴ』では、ヒロインの兄を好演。 本編終了後のスペシャル番組では大きな役を任される予定だったが、『1or8』での事故により出演も出来なくなってしまった。

矢沢永吉ファンであり、矢沢主演のドラマ『アリよさらば』には、スタッフに頼み込んでゲスト出演することに成功。感激して現場でパニくるほど喜んでいた。

なお、俳優の椎名桔平はデビュー前からの友人である。

[編集] 音楽活動

B-21スペシャルとして『お世話になりました』のユーロビートアレンジ(サウンドプロデューサー/アレンジは崎谷健次郎)のカバーでデビュー。

その後は番組『前略ヒロミ様』内でX-GUNの西尾季隆らと結成したバンド、『フライングオイスターズ』でライブを行い、CD『振り向け』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)をリリースする。

輝け!ソングラ天国』で出会ったザ・茶番とのコラボレーションでのCD『ビンテージ』をリリース。続くセカンドシングル『イッテコイノチャラ』はカバーイラストを手がける。このタイトルは本人の口癖である(ザ・茶番リーダー・ボーカル合点オミの談による)。

他に『apa 大人の遊び方』内で仲間(小島嵩弘ら)とバンドを結成し、自作曲(主に詩を担当)を披露し、ライブハウスON AIR WEST(現O-WEST)でライブも行っていた。

ショーパブ時代にはM.S.T.の田代隆廣(The JG'sTRFを通してDJ KOOと親交が深いリミキサー)の家に居候するなど、音楽界との人脈はあるよう。

[編集] レーシングドライバーとして

ヒロミはレーシングドライバーの経験もある。レースにおいては小園ヒロミ名義での参加。2001年アルテッツァシリーズ、番組内では全日本GT選手権で活躍しているマクラーレンF1GTRをテスト走行。

2002年には脇阪寿一脇阪薫一と共にスーパー耐久に参戦している。2003年にはGC-21にも参戦している。そして2004年には、保阪尚希岩城滉一らとレーシングチーム(フィールズレーシングチーム)を結成。

全日本GT選手権(JGTC、現SUPER GT)には、2004年はチーム外国屋から参戦したが、予選の基準タイムを通過出来ない時もあり、本戦でのリタイアも多く、ポイントを獲得できなかった。2年後の2006年にもジムゲイナーレーシングから再び参戦したが、フル参戦しているチームとしては唯一、ノーポイント(入賞なし)でシーズンを終える。そのため、レーシングドライバーとしての評価は必ずしも高いものではない。

また、2005D1GPお台場エキシビジョンマッチにゲストとして審査員になり会場を沸かせた。本人もD1に興味を持って密かに練習し、レース関係者を集めたORCオールスタードリフトドリームマッチに毎年参戦している。(ちなみにD1は運営を担当するD1コーポレーションが発行するライセンス選考会に出場して獲得しなければいけない。なお、GT選手権などで実績のあるレーシングドライバーには、選考会なしでライセンスが発送される)

[編集] スポーツ活動

2006年初頭頃よりトライアスリート活動を開始しており、日々身体トレーニングを続けている。 2006年中盤以降、各地のトライアスロン大会で選手として参加している。

[編集] 事業活動

溶岩浴加圧トレーニングジムを経営している(2007年11月6日放送のズバリ言うわよ!より)。年収は3億円とも言われ、タレント全盛期時代より稼いでいるとの噂もある。

[編集] 出演していた番組など

[編集] メイン司会

[編集] ドラマ

[編集] レギュラー番組

[編集] 不定期出演番組

[編集] B-21スペシャル

[編集] スペシャル番組

[編集] ラジオ

[編集] CM

[編集] 映画/Vシネマ

  • ふざけろ!:B21で主演映画
  • 平成恋愛大図鑑 日本一パンツを脱がない男:主演
  • 実録・名古屋やくざ戦争 統一への道
  • 30 -thirty-
  • シャーロットのおくりもの:声優(妻の松本伊代と共演)
  • 調布空港

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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