ヒロミ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ヒロミ
本名 小園 浩己(こぞの ひろみ)
生年月日 1965年2月13日(49歳)
出身地 東京都八王子市
血液型 A型
身長 175cm
方言 共通語
最終学歴 昭和第一工業高等学校
師匠 星セント
トリオ名 B21スペシャル
相方 デビット伊東ミスターちん
芸風 コント
立ち位置 真ん中
事務所 ビィーカンパニー
活動時期 1986年 -
過去の代表番組 笑っていいとも!
ボキャブラ天国シリーズ
モグモグGOMBO
発掘!あるある大事典』など
他の活動 俳優
実業家
配偶者 松本伊代

ヒロミ1965年2月13日 - )は、日本のお笑いタレント司会者ラジオパーソナリティ実業家トライアスロン競技者(トライアスリート)。株式会社ビィーカンパニー代表取締役社長。本名、小園 浩己[1](こぞの ひろみ)。

東京都八王子市出身。プロダクション人力舎を経てビィーカンパニーに所属(マネジメント業務は田辺エージェンシーが担当した後、2008年からはプロダクションノータイトル)。妻は歌手でタレントの松本伊代血液型A型。

来歴[編集]

  • 1986年デビット伊東ミスターちんとともにコントグループB21スペシャルを結成し、1990年ゴールデン・アロー賞芸能新人賞を受賞。師匠は星セント
  • 1991年9月放送のフジテレビ系『1or8』にて、大量のロケット花火を背負って宇宙へ行こうという企画「ヒロミ宇宙へ」に挑戦した際、僅かに浮き上がるも、火傷を負って入院(この時、付き合っていた頃の松本伊代が面倒を見ていたという報道がされたが、後に松本がテレビ番組で否定している)。番組も打ち切りになってしまった。その際、「地球は青かった」というコメントを残す。
  • 1992年、マネージメント事務所「ビィーカンパニー」を設立。
  • 1993年CBC『流行笑会』共演で知り合った松本伊代と結婚。引き出物に大工である父親の作ったまな板を用意し、笑いを取るが、重いとの不評も受ける。
  • 1993年から2003年まで放送された日本テレビモグモグGOMBO』では林家こぶ平(現:9代目林家正蔵)とのやりとりが、「まるでいじめの図式そのものである」として批判を集めた。
  • 2004年7月24日から25日にかけてフジテレビで放送された『27時間テレビ』のコーナー「生・笑わず嫌い王決定戦」で、10数年ぶりにB21スペシャルとして復活。コントを披露した。
  • 2004年7月27日、師匠である星セントの葬儀に参列し、「セントさんに『この世界は厳しいからやめておけ』と言われました。今はその言葉が身に染みて分かります」と発言。
  • 芸能界に入る前は日産自動車の販売会社で1年程セールスマンを経験しており、しゃべりを駆使して営業成績はトップクラスであったという。その頃に自動車の事故で大怪我(内臓破裂)をしたことから「好きなことをしよう」と、以前から思い馳せていた芸能界入りを心に決めたという。生死の境をさ迷っていた病院の集中治療室で、入室するには全身白衣、滅菌帽、手袋、マスク着用が必要であるのに、普段着でいる数人の人影を見て不思議だと思ったらしい。元気になった後で看護婦に事情を聞いたところ、上記の衣装を着ない普通の“人間”は絶対入室出来ないと言われて、自分がソッチの世界に行きかけていたので見えたのだろうと、フジテレビ『笑っていいとも!増刊号』で述べている。
  • 2013年8月27日放送、白黒アンジャッシュへゲスト出演する。若手時代のアンジャッシュとの関わり合い、両者が出演していたボキャブラ天国の思い出話を語っている。

人物[編集]

  • 最終学歴は昭和第一工業高等学校(現:昭和第一学園高等学校)卒業。
  • 暴走族(八王子スペクターに所属していた)で、本人も自慢気に話すなど、それをよくネタにしている。カツアゲなどの話をネタにすることが多く、その話は「すげーリアル」と飯島愛に評された。俳優の宇梶剛士(元ブラックエンペラー7代目総長)を前にした際は舎弟口調で話す芸風が馴染みとなっている。
  • 先輩芸人やタレントにもタメ口や呼び捨て、愛称、ちゃん付け(ex. おじさん、ジジイ)などの尊大かつ上下関係や礼儀を一切考慮しないように接する芸風が特徴。大物にも容赦ない言動で強烈なツッコミを行うスタイルで注目を集めた。しかし番組外でもその態度を変えなかったため、堺正章ら大御所の怒りを買ったといわれる。実際に、2007年11月6日に出演したTBSズバリ言うわよ!』において、収録時間外に堺に対して「マチャアキさぁ」と話しかけたところ、鬼の形相で睨まれたとコメントしている。本人いわく「タモさんにはそれでよかったけど、堺さんには駄目だった」。その堺との仲裁をとってくれたとんねるずには頭が上がらないらしい。
  • 上記のような不遜な芸風からやや気難しい性格に見えるが、子役や新人タレントなどには親切である。芸能界にデビューしたてだった水野裕子は初レギュラーだった番組でお世話になったことから、恩人としている。
  • 芸能界の先輩であるとんねるず木梨憲武藤井フミヤとは公私ともに家族ぐるみで仲が良く「憲ちゃん」、「フミ」と呼ぶ程である。
  • 1993年には、日本テレビクイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』でクイズのパネラーではなく、ADをさせられたことがある。
  • 林家こぶ平が、9代目林家正蔵を襲名した披露パーティの席で「こんな偉い人とは、知りませんでした。…殴ったり蹴ったりしてスミマセン」と、『タモリのスーパーボキャブラ天国』や『モグモグGOMBO』で(番組上の演出として番組内で)イジメてきたことを冗談交じりで謝罪した。
  • ボキャブラ天国』にて、若手芸人に衣装のアドバイス(アリtoキリギリスの石井にスーツ、TIMのゴルゴに葉巻など)、キャラの弱いツッコミのネプチューン名倉を敢えて弄る、take2の両名を「二世」、妻の田中美佐子の苗字から「田中」と呼ぶ、ノンキースなどを改名させるなどをし、このことから『8時だJ』ではキャラ付けをさせるために司会者として抜擢される。また、同番組に出演中、妖怪の「子泣き爺(こなきじじい)」を「きな粉爺(きなこじじい)」と記憶違いから言い間違え、それ以降何度かネタにされた。
  • コント時代にはダンスやパントマイムなどを器用にこなしていた。
  • おっぱい星人』という言葉をタモリとともに『タモリのボキャブラ天国』『笑っていいとも!』などで流行らせる。この言葉に限らず下ネタ発言をして、『スーパーボキャブラ天国』で山口美江に軽蔑の眼差しを送られていた時期があった。
  • 1998年3月テレビ朝日系討論バラエティ番組ビートたけしのTVタックル』のレギュラーを降板。政治を扱う傾向を強めた同番組において存在感が薄くなったためといわれる。
  • 細木数子のお気に入りのタレントの一人であり、「いずれ天下を取る」と占われている。細木がメイン出演する特番にゲストとして出演することがよくある。
  • 後述のモータースポーツのほか、スカイダイビングパラグライダースクーバダイビングクレー射撃などアウトドア派で多趣味なことでも知られる。もともとはスポーツ好きとまで行かなかったが、火傷のリハビリで始めてからのめり込んだという。
  • クルマ好きで有名であるが、今の愛車はプリウスである。二輪は彼の「やんちゃ」時代御用達のCB750Four改、1976年製ハーレーダビッドソン他、複数台所有している[2]
  • ゴルフ場でプレイ中に擦り寄ってきた野犬(犬種はビーグル)があまりに人懐っこいので、その雄犬とペアの雌犬を飼うことになった。初め雄だけでいいと思ったが、あまりに夫婦仲が好く、おまけに雌は身重であったのでお父さんだけを離すワケにはいかないだろうと仕方なく飼ったと『笑っていいとも!』の「テレホンショッキング」で述べている。次の日のお友達紹介で電話に出た加賀まりこが「子犬が生まれたら欲しい」と発言したので、「子犬じゃなくて親犬も2匹いる」と一家の丸投げを打診したが「子犬だけでいい」と断られている。
  • 観葉植物を愛しており、なぜかと聞かれて「植物は裏切らないから」と意味深長なコメントを述べたことがある。
  • お笑いコンビウッチャンナンチャン南原清隆と生年月日が一緒である。

俳優活動[編集]

初めてレギュラー出演した『クリスマス・イヴ』では、ヒロインの兄を演じる。本編終了後のスペシャル番組では大きな役を任される予定だったが、『1or8』での事故により出演も出来なくなってしまった。

矢沢永吉ファンであり、矢沢主演のドラマ『アリよさらば』には、スタッフに頼み込んでゲスト出演することに成功。

なお、俳優の椎名桔平はデビュー前からの友人である。

歌手活動[編集]

B-21スペシャルとして『お世話になりました』のユーロビートアレンジ(サウンドプロデューサー/アレンジは崎谷健次郎)のカバーでデビュー。

その後は番組『前略ヒロミ様』内でX-GUNの西尾季隆らと結成したバンド、『フライングオイスターズ』でライブを行い、CD『振り向け』(作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童)をリリースする。

輝け!ソングラ天国』で出会ったザ・茶番とのコラボレーションでのCD『ビンテージ』をリリース。続くセカンドシングル『イッテコイノチャラ』はカバーイラストを手がける。このタイトルは本人の口癖である(ザ・茶番リーダー・ボーカル合点オミの談による)。

他に『apa 大人の遊び方』内で仲間(小島嵩弘ら)とバンドを結成し、自作曲(主に詩を担当)を披露し、ライブハウスON AIR WEST(現O-WEST)でライブも行っていた。

ショーパブ時代にはM.S.T.の田代隆廣(The JG'sTRFを通してDJ KOOと親交が深いリミキサー)の家に居候するなど、音楽界との人脈はあるよう。

レーシングドライバーとして[編集]

ヒロミはレーシングドライバーの経験もある。レースにおいては小園ヒロミ名義での参加。2001年アルテッツァシリーズ、番組内では全日本GT選手権で活躍しているマクラーレンF1GTRをテスト走行。

2002年には脇阪寿一脇阪薫一と共にスーパー耐久に参戦している。2003年にはGC-21にも参戦している。そして2004年には、保阪尚希岩城滉一らとレーシングチーム(フィールズレーシングチーム)を結成。

全日本GT選手権(JGTC、現SUPER GT)には、2004年はチーム外国屋から参戦したが、予選の基準タイムを通過出来ない時もあり、本戦でのリタイアも多く、ポイントを獲得できなかった。2年後の2006年にもジムゲイナーレーシングから再び参戦したが、フル参戦しているチームとしては唯一、ノーポイント(入賞なし)でシーズンを終える。さらに、コースアウトし復帰した時にコースを逆走したりするなどの行為もあったため、レーシングドライバーとしての評価は、厳しい評価の声が聞かれることも少なくはない。

2005D1GPお台場エキシビジョンマッチにゲストとして審査員を務めた。本人もD1に興味を持って密かに練習し、レース関係者を集めたORCオールスタードリフトドリームマッチに毎年参戦している(ちなみにD1は運営を担当するD1コーポレーションが発行するライセンス選考会に出場して獲得しなければいけない。なお、GT選手権などで実績のあるレーシングドライバーには、選考会なしでライセンスが発送される)。

2007年以後はしばらくレース活動を控えていたが、2013年には哀川翔率いる「FLEX FEDERAL SHOW AIKAWA Racing」からアジアクロスカントリーラリーに参戦し、久々にレース活動を再開した。同ラリーでは途中トラブルに見舞われながらも総合14位で完走している[3]

スポーツ活動[編集]

2006年初頭頃よりトライアスリート活動を開始しており、日々身体トレーニングを続けている。2006年中盤以降、各地のトライアスロン大会で選手として参加している。

事業活動[編集]

溶岩浴加圧トレーニングジムを経営している(2007年11月6日放送のズバリ言うわよ!より)。年収は3億円とも言われ、タレント全盛期時代より稼いでいるとの噂もあった。ただ、全国規模の大手チェーンが同様の事業をスタートしているので、その後の状況は不明。

主な出演作[編集]

現在の出演作品[編集]

レギュラー番組
準レギュラー番組
スペシャル番組
  • バンクルワセ(2014年1月2日・5月24日 フジテレビ)
  • 前略、月の上から。(2014年4月13日・7月11日 フジテレビ)

過去の出演作品[編集]

テレビ番組
スペシャル番組
  • 史上最高そっくり大賞ものまねバトル(1990年 - 2009年1月4日 日本テレビ)
  • 新春欲望クイズ 女は度胸男はIQ(1995年1月5日 フジテレビ)
  • 芸能界大ボケだらけの天才クイズ王決定戦(1996年1月6日 フジテレビ)
  • 娘はやらんぞ!私達、結婚を反対されてますカップル大集合!!(1996年8月6日・1997年1月14日 フジテレビ)
  • ヒロミのアメリカ縦断6000km!!ミシシッピ川激励の川下り15日間!汗と涙(1999年1月3日 テレビ朝日)
  • 年末ジャンボ生特番!憲武・ヒロミとゆかいな仲間がテレビでやりたかったこと50(1999年12月28日 テレビ朝日)
  • 所・憲武・ヒロミのこんな番組ダメですか?(2000年12月26日 テレビ朝日)
  • ナオコ・ヒロミ&ものまね軍団の吉幾三様ご接待豪華温泉ツアー(2000年12月31日 日本テレビ)
  • クイズ!どこまで知ってる?!北海道決定!女子大生クイーン(2007年2月13日 テレビ北海道
  • ニッポン!超人ヒーロー発見伝(2010年11月28日 フジテレビ)
  • 有名人の情報 買い取り専門 笑う質屋(2011年3月3日・3月10日 関西テレビ)
  • 東京メモリーズ ~あの時あの街であの仲間と~(2014年2月9日 日本テレビ)
  • 出没!ジャパンですよ。(2014年6月29日 MBSテレビ
ラジオ番組
ドラマ
映画
  • 平成恋愛大図鑑 日本一パンツを脱がない男(1991年)
  • 30 -thirty-(1997年)
  • 実録・名古屋やくざ戦争 統一への道(2003年)
  • シャーロットのおくりもの(2006年) - 吹き替えとしての出演
  • 調布空港(2006年)
CM

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ “ヒロミさんが車上荒らし被害=窓割られ、財布盗まれる”. 時事ドットコム (時事通信社). (2013年6月10日). http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2013061000758 2013年6月11日閲覧。 
  2. ^ 『おしゃれイズム』2012年10月15日放送 有名人&芸能人の愛車データベース 2013年3月15日閲覧
  3. ^ ヒロミ、哀川翔監督の待つゴールへ帰らず【アジアクロスカントリーラリー】 - cliccar.com・2013年8月23日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]