萩生田光一

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日本の旗 日本の政治家
萩生田光一
はぎうだ こういち
生年月日 1963年8月31日(50歳)
出生地 日本の旗 東京都八王子市
出身校 明治大学商学部
所属政党 自由民主党町村派
称号 商学士(明治大学)

選挙区 東京24区
当選回数 3回
任期 2003年11月10日 - 現職
所属委員会 予算委員会(理事)
議員会館 衆議院第2議員会館1205号室

選挙区 八王子市選挙区
当選回数 1回
任期 2001年 - 2003年

Flag of Hachioji, Tokyo.svg 八王子市議会議員
当選回数 3回
任期 1991年 - 2001年
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萩生田 光一(はぎうだ こういち 1963年8月31日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(3期)、自由民主党副幹事長・総裁特別補佐、国家基本問題研究所政策委員、千葉科学大学客員教授

文部科学大臣政務官福田康夫改造内閣麻生内閣)、自由民主党青年局長東京都議会議員(1期)、八王子市議会議員(3期)等を務めた。

来歴[編集]

東京都八王子市生まれ。早稲田実業学校高等部[1]明治大学商学部卒業[2]。大学在学中から黒須隆一東京都議会議員(当時)の秘書を務め、大学卒業後は社団法人八王子青年会議所監事や小野清子参議院議員(当時)の秘書も務める。

1991年八王子市議会議員選挙に出馬し、初当選。市議を3期10年務めた後、2001年東京都議会議員に当選し、1期務める。2003年第43回衆議院議員総選挙東京都第24区から自由民主党公認で出馬し、民主党前職の阿久津幸彦を破り当選した(阿久津も比例復活)。2005年第44回衆議院議員総選挙で再選。2006年10月、自民党青年局長に起用された。2007年8月より自由民主党副幹事長。

2008年福田康夫改造内閣文部科学大臣政務官に任命され、麻生内閣まで務める。2009年第45回衆議院議員総選挙では、東京24区で民主党元職の阿久津に敗れ、重複立候補していた比例東京ブロックでも復活できずに落選したが、国政復帰を目指す意向を表明[3]2010年4月、比例東京ブロック選出(東京都第1区で落選)の与謝野馨財務大臣が自民党を離党し、たちあがれ日本を結党した際は、与謝野を「平成の議席泥棒」と批判した[4]

2012年第46回衆議院議員総選挙では、東京24区で民主党前職の阿久津を下し、3年ぶりに国政に復帰した。選挙後、安倍晋三総裁の下で自由民主党副幹事長及び総裁特別補佐に起用された。

政策・主張[編集]

人権擁護法案[編集]

新たな人権侵害を誘発する危険をはらむ人権擁護法案に反対の立場を取っており、同法案に反対する議員で結成された真の人権擁護を考える懇談会の幹事を務めている。なお郵政造反組復党問題に際しては、人権擁護法案反対で共闘してきた平沼赳夫古屋圭司ら造反組の復党に賛成した(古屋は復党、平沼は復党せず)。

皇室典範改正[編集]

小泉内閣の下で進められていた皇室典範の改正に反対し、2006年2月1日憲政記念館で行われた反対集会では司会を務めた[5]

歴史認識問題[編集]

環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)[編集]

日本の環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に反対[8]

核武装[編集]

日本の核武装について、今後の国際状況によっては検討すべきとしている[8]

表現規制[編集]

  • 漫画・アニメ・ゲーム・映画を規制する青少年健全育成基本法案の請願が国会に提出された際は、請願者の1人に名を連ねた[9]
  • 内閣府所管の「青少年健全育成推進委員会」から有害指定を受けたイラストやテキスト等を削除しなければ1年以下の懲役刑を科す「青少年有害情報規制法案」を作成[10]
  • 児童ポルノ禁止法改正案による漫画・アニメ・ゲームの規制に賛成[11]

カジノ合法化[編集]

自由民主党の「カジノ・エンターテイメント検討小委員会」の事務総長を務めており、カジノ合法化を推進している[12]

人物[編集]

所属団体・議員連盟[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
原田令嗣保坂武
日本の旗 文部科学大臣政務官
井之上智子と共同

2008年 - 2009年
次代:
後藤斎高井美穂