松本純

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日本の旗 日本の政治家
松本 純
まつもと じゅん
生年月日 1950年4月11日(64歳)
出生地 神奈川県横浜市
出身校 東京薬科大学薬学部
前職 横浜市会議員
所属政党 自由民主党麻生派
称号 薬剤師
公式サイト 自由民主党 衆議院議員 松本 純

選挙区 神奈川1区
当選回数 5回
任期 1996年 - 2000年
2003年 - 現職
議員会館 衆議院第1議員会館302号室

当選回数 3回
任期 1990年 - 1996年
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松本 純(まつもと じゅん、1950年4月11日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(5期)。

内閣官房副長官麻生内閣)、総務大臣政務官第2次小泉改造内閣第3次小泉内閣)、横浜市会議員(3期)等を歴任した。

来歴・人物[編集]

神奈川県横浜市生まれ。横浜市立本町小学校聖光学院中学校・高等学校東京薬科大学薬学部卒業。薬剤師の資格を取得し、大学卒業後は民間の製薬会社に勤務した。小松一郎駐仏大使は高校の同級生。

1990年6月、横浜市会議員補欠選挙に中区選挙区から出馬し、初当選。以後横浜市議を3期務める。1996年、横浜市議を任期途中で辞職。第41回衆議院議員総選挙自由民主党公認で神奈川1区から出馬し、民主党公認の佐藤謙一郎らを破り初当選(佐藤は比例復活。当選同期に河野太郎菅義偉平沢勝栄渡辺喜美大村秀章河本三郎桜田義孝下地幹郎下村博文新藤義孝滝実棚橋泰文田村憲久谷畑孝戸井田徹など)。当選後は宮澤喜一が会長を務める宏池会に入会するが、宮澤から加藤紘一への会長交代に反発して1998年に離脱し、翌年の大勇会結成に参加。

2000年第42回衆議院議員総選挙では、神奈川1区で前回下した佐藤に敗れ、比例復活もならず落選した。2003年第43回衆議院議員総選挙では神奈川1区で佐藤を破り、国政へ復帰。2004年第2次小泉改造内閣総務大臣政務官に任命され、第3次小泉内閣まで務める。2005年第44回衆議院議員総選挙で3選。2006年安倍晋三総裁の下で自由民主党副幹事長に就任。

2008年麻生内閣内閣官房副長官に任命された。2009年第45回衆議院議員総選挙では、神奈川1区で民主党新人の中林美恵子に敗れたが、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活し4選。同年、谷垣禎一総裁の下で自民党副幹事長に就任。

2012年6月26日消費税増税法案には賛成票を投じた。同年12月16日の第46回衆議院議員総選挙では中林に5万票以上の差を付けて当選した。同年12月27日衆議院厚生労働委員長に就任。

政策[編集]

エピソード[編集]

  • 初当選以来、同じ神奈川県選出である河野洋平の信頼が厚く、初当選直後は宮澤派に入会したが、後に大勇会旗揚げに参加した。河野から派閥を禅譲される形で麻生太郎為公会を旗揚げした際もこれに加わった。なお、衆議院第1議員会館の松本純国会事務所の隣室は麻生の国会事務所である。
  • 2009年3月29日ニコニコ動画ニコニコ生放送に出演(自民党マルチメディア局主催の『教えて!まつじゅん』)。
  • YouTubeのディレクターユーザであり、主に麻生派の例会の動画を投稿している。
  • 麻生内閣で官房副長官在任中は麻生内閣メールマガジンの編集長を務めた。

所属団体・議員連盟[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e “2012衆院選 神奈川1区 松本純”. 毎日jp (毎日新聞社). http://senkyo.mainichi.jp/46shu/kaihyo_area_meikan.html?mid=A14001004004 2014年4月8日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


公職
先代:
塩谷立
日本の旗 内閣官房副長官 (政務担当・衆議院)
2008年 - 2009年
次代:
松野頼久
先代:
吉田六左ェ門平沢勝栄世耕弘成
日本の旗 総務大臣政務官
平沢勝栄小西理世耕弘成と共同
増原義剛山本保と共同

2003年 - 2005年
次代:
桜井郁三上川陽子古屋範子
議会
先代:
長妻昭
日本の旗 衆議院厚生労働委員長
2012年 - 2013年
次代:
後藤茂之